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    田崎ちぃ

    @tazaki_c

    読み物。暇つぶしにどうぞ。

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    田崎ちぃ

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    ノスクラ。
    バイセク自覚あるドラちゃんと認めたがらないノース師匠がノンケ男に惚れて、これは恋か恋じゃないのかとすったもんだする話。
    なにはともあれ、まずはお友達から。

    #ノスクラ
    nosucla.

    私の男 物心ついた時にはそうだったように思う。誰かに言われたわけでも、何かに影響されたわけでもなく。
     その当時はタブー視されていたから口外することはなく、ただ胸の内に秘めて過ごすことが多かった。
     しかしドラルク本人はそれを否定することはなく、ありのままの自分を素直に受け入れていた。なぜならドラルクは完璧な存在なのだから。他人と違うからと言ってそれがマイナスになることは有り得なかった。
     だからこれは当てつけでもあった。子供の頃から聡明であったドラルクは自分のことも、彼のことも理解した上でただ一人、師匠(せんせい)に告げたのだ。
    「男が私に惹かれることもあるでしょう。私は完璧な存在なので、それも仕方ないことです。私は拒みませんよ。女性にしか興味がないあなたには決して、理解できないでしょうけど」

     愛してもいない人間の女性を口説き、自分の欲望を受け入れられないあなたとは決して、理解し合えないでしょう。

     例えば、師匠の眼差しが自分と同じ、それであると気づいたのは、ドラルクを弟子として共に過ごした一つ目の屋敷を去ってからだ。
     吸血鬼は居住地を転々とすることが多かったので、ドラルクもそのことに関しては何も疑問に思わなかった。長く住むほど周囲の人間に正体がバレる可能性が高くなるので、上手く人間社会に溶け込むためにそうする習わしだ。
     しかしノースディンは時折、何かを探すように、それを見つけたかと期待しては、人違いだったことに気づき落ち込んだように押し黙った。
     彼の視線の先にはいつも似たような容姿の男が存在していた。黒い服、癖の強い髪に、彫りの深い容貌。
     昔から祖父や父への敬愛にしては、持ち前の能力とは真逆の情熱的とも言えるような目を向ける男ではあったが、これはそれとも別物であった。
     そして人間嫌いの氷笑卿の屋敷に入った唯一の客人をドラルクは知っている。あの男が何処の誰で一体師匠の何だったのか。今はもう知る由もないけれど。
    「口は災いの元だ。言葉を慎むように」
    「非難されるのが怖いんでしょう。ヒゲヒゲの教育が悪いから私がそうなったなんて噂されたら困りますもんね。でも黙るつもりはありませんし、誰もこの可愛い私を傷つけたりしませんよ」
     自由気ままな吸血鬼なのに、この大人は好きも嫌いも言えない哀れな男なのだと、その当時はそう思っていた。


    *

     だからすぐに気づけなかった自分の失態に嘆き、悔しさのあまり瞬く間に塵山となった。
    「やりやがったなあのヒゲヒゲ!」
     人型に戻りながらも日本語で口汚く罵るくらいには、ドラルクは激昂していた。
     目の前でお茶とクッキーを懐かしんでいた客人は言語は分からずとも、ドラルクの怒りに反応してか恐る恐るといった様子でティーカップをソーサーに戻す。
    「すまない、私はここに来るべきじゃなかったか?」
    「いえいえ、まさか、大歓迎ですよ。ようやくあのヒゲヒゲの弱みを握ったんですからね!」
     ドラルクはさっと古いルーマニア語に切り替え、にこやかに悪い笑みを浮かべながら向かい合ってソファーに腰掛ける吸血鬼――クラージィにさらにクッキーを勧める。
     まさかあの時の聖職者を吸血鬼に転化させていたとは。
     痩せこけ変わり果てたその容貌だけでなく、人間だった男が吸血鬼になっているなんて思いもせず、再会してすぐには不覚にも気づかなかった。
     いつもノースディンが探していた面影が今はっきりと実像を持ってドラルクの前に、自分の血族として転化させた理想的な姿で現れたのだ。
     好きも嫌いも言わずして、どうやってこの真面目そうな元聖職者の男を口説き落としたのだろうか。プライド高いあの男が本気になった相手に魅了を使ったとは思えない。
    「……ノースディンはまだ生きてるのか?」
    「相変わらず口うるさく師匠面をしていますよ。吸血鬼ですからね、寿命はあなたが思っているよりずっと長いでしょう」
     そう答えればクラージィはあからさまにホッとした顔を見せて頬を緩ませた。
    「クソーッ、あのヒゲヒゲ、一体いつの間に手を出しおったんだ。しかも育児放棄だなんて非道この上ないわ! 存分にネタにしてくれよう」
     極上の娯楽を手に入れたと言わんばかりにドラルクは愉快を滲ませた極悪面を隠しもせず、しかし上品な仕草でスマホを耳に当てる。
    「もしもし、お父様?」


    *


     新横浜に比べて、栃木の山奥の屋敷で過ごす夜はずいぶんと静かだった。
     あの場所は人間も吸血鬼も等しく賑やかで、昼も夜も明るい街だった。良い時代になったものだと、クラージィは感慨深くなる。
     夢から醒めたばかりで右も左もわからぬ生まれたての吸血鬼が辿り着いたのは、本来なら吸血鬼を退治する人間が経営する、吸血鬼退治人事務所であった。
     ドラルクの話では今夜、クラージィを吸血鬼にした親とも呼べる存在が現れるというのだ。
     連れて来られたドラウスの屋敷の姿見を覗いて、クラージィは初めて自分のみすぼらしい姿に羞恥を覚えた。長く伸びた癖毛を束ね、借りたドレスシャツとスーツで着飾って、寒いので黒いコートも羽織った。真っ黒な服を着ていると、鋭い牙を持っていても馴染みのある姿のようで落ち着いたからだ。
     自分を奮い立たせるため、目覚めたばかりの時に見た美しい虹を思い起こす。寒さに包まれて、生の実感をようやく味わったあの瞬間を。
     吸血鬼は血を重んじ、血族を大事にするらしい。中でも竜の一族は温厚で、情が深い。
     しかし、もし拒絶されたら?
     本当に捨てるつもりで眠らされていたのだとしたら?
     会ったことがあるかどうかもわからない親吸血鬼の存在に、何故だかクラージィは不安を募らせる。親とは子が自立するまで目には見えない繋がりがあると聞いた。そのせいだろうか。
    「何も心配しなくていい。少し紅茶でも飲んで落ち着きたまえ」
     ドラウスがクラージィの緊張で冷えた手に紅茶の入ったカップを握らせる。一口飲めばじわりと温かさが体に染みた。
    「……ありがとう」
    「お前を転化させた男は私の知る限り、一族の子供は目に入れても痛くないほど可愛がる男だ。一見そうは見えないかもしれないが冷たいのは能力だけで、努力家で情に厚い男だよ」


    *


     幽霊を見たような顔で、ノースディンはクラージィを見つめた。
     まるで他の吸血鬼の存在など目に入ってないかのように、かつて吹雪の悪魔と呼ばれて人間に恐れられていた男は駆け寄って、存在を確かめるように手袋をしたその冷たい手のひらでクラージィの頬を包んだ。
     顔を見合わせ、まじまじと揃いの赤い眸を覗き込み、ようやく何かを察したように目元を緩ませる。
    「おいドラ公、その辺にしとけ。後は親子水入らずの方がいいだろ」
     すぐ後ろではロナルドの言葉も気にせずドラルクが高性能のスマホで、かつての宿敵であり現代において親子となった二人の再会を嬉々として録画していた。
    「手間をかけたな、ドラウス」
     ノースディンは目だけを親友だというドラウスに向けて声をかけた。
    「おいケツホバ卿、彼を保護したのはこのドラドラちゃんだぞ! 礼の一つも言えんのかね?!」
     騒ぎ立てるドラルクは砂を散らしながら、肩に乗ったジョンに慰められ、ロナルドに引きずられるように退出して行った。
     ドラウスの手によってパタンとドアが閉じられ、二人きりで部屋に残される。
    「元気そうでよかった、ノースディン」
    「お前が、それを言うのか」
     呆れた顔を見せたかと思えばノースディンはクラージィをしっかりと抱き締め、冷たい頬に柔らかなキスを与える。
     まるで、ずっとそうして来たかのように。
    「寒くはないか? クラージィ」
     あぁ、この男が私の親で、私の名前を覚えていてくれたのだ。
     耳元で聞こえた優しい男の声にクラージィは酷く安堵し、その腕に身を預けた。

    *
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