大人の願いと恋心「んじゃ、俺は帰るぜ」
影の中へ帰っていくバルバロスを見送るのはいつものことだ。
何かしら問題ある時や仕事しながら眠ってしまった日などを除けばほぼ毎日かもしれない。
それでも今日はいつもと違う1日――自分の誕生日だったのだ。
食事の約束。ネフィとネフテロスにお洒落を教えて貰って、精一杯着飾って……
そんな自分の前に現れたのはいつもと違う服装のバルバロス。その姿を見た途端心臓はバクバク鳴り出す。
もしかしたら誰かに服装の事を言われたのかもしれない。
それでも言われたからといって簡単に受け入れない性格なのは知っている。
そんなバルバロスと一緒に過ごす。もう最初からいっぱいいっぱいで……会話は道中も店でも普段通りにならなくて……
上手く話せなくてどうしようか思っていたときに差し出されたのは誕生日プレゼントだ。
まさか貰えると思っていなかった。
気まぐれで髪飾りをくれた事はあったけど、面倒な事や興味のないことなどはしないタイプだと思っていたから。
それなのにわざわざ選んで用意してくれて……
綺麗なピアスのプレゼント。つけてもらった時はすごく痛かった。でも――
『あ、あー……似合ってんぞ? それ』
口では誤魔化されないとか言ったけど、でもその言葉にドキリとしたのは事実で……
――あの時の私、顔とか耳……赤くなってたりしてたりしない……よな?
もし赤くなってたら揶揄ってきただろうし、きっと大丈夫……のはずだ。
悪態つかれたり、痛い思いをしたり、その後ゴシップに晒されるなど色々大変な日だったけど……
それでも祝ってもらえて嬉しかった。なんだかんだバルバロスには貰ってばかりだと思う。
まだ髪飾りのお礼も渡せてないのだ。
彼の誕生日は約3ヶ月後。その時は精一杯の思いを込めてお祝いしたい。
もらってばかりではなく、ちゃんと気持ちを返せるように……
「……バルバロスは何を貰ったら喜ぶだろうか?」
思わず呟いてしまい、はっとして影を見るけど特に反応はない。
――実際影の中にいる人物は聞いていない。悲鳴ならともかく呟き程度なら気にかけられる状況ではないというべきか。
こちらも今日の出来事や封書で晒されたことなどで精神的に余裕のないせいだけど、そんな事シャスティルは知る由もなく――
聞かれていなさそうな事にほっとしつつ再び頭を悩ませる。
中々難問だ。
けど執務で頭を悩ませるのと大切な人の為に悩むのは何か違う気がする。
執務で悩まされるのは頭が痛いけど……こっちは凄く悩んでいるはずなのに何故か悪くないというか……
――ああ、これが誰かを想うってことなんだ。
勿論このままプレゼントを決められなかったらそれは困るだろうけど……
こうやって一生懸命バルバロスの事を考えるのは多分好きなんだと思う。
どうしたら喜んでくれるだろうか。どうしたら笑ってくれるだろうか。
生粋の魔術師である彼の喜ぶ事を聖騎士の自分に出来るかはわからない。
それでも……精一杯悩んで全力で祝いたい。その結果少しでも喜んでくれたら嬉しい。
そうだ。彼はお酒好きだし今日みたいに一緒にお酒を飲むのも……
「そういえば私、大人……なのか」
忘れていたわけではないけど、お酒を飲んでもいい歳になったということはそういう事だ。
それは同時に結婚も可能になるということだ。
結婚……以前、ひょんなことから想像した将来はひとりではなくて……
私はバルバロスと共に歩めるだろうか?
彼はそうしたいと思ってくれるだろうか?
大人になったからといって自分の望みを叶えられるとは限らないけど……
色々いっぱいいっぱいな1日だったけど、それでも今日という日は大人の第1歩として悪くない日だったと思う。