前皇帝陛下の恋人に文句のひとつくらい言いたい現皇帝陛下。「こんな夜中にどういう御用件でしょうか皇帝陛下?」
カンバーランドへの内乱に巻き込まれての長期遠征を経ての帰国とそれに関する山のような報告書の作成でオライオン皇帝の側近であり親衛隊として付き従っていたサジタリウスは何ヶ月もの間休暇も返上で仕事漬けの毎日が続いていた。
その整理もやっとの事で目処がつき明日からは数日は強制的に休暇を与えられやっと自室でまともな睡眠が取れると思った矢先に皇帝陛下からのお呼び出しをいただいたのだから基本的には沸点の高めのサジタリウスであってもあまり良い顔は出来ない。
元々同じ歳の友人で同僚である気安さがあったとしてもそこは抑えなければいけない、多少出てしまっているのは今まで通りに接して欲しいと煩い皇帝陛下への甘えもあるかもしれないが。
肝心の皇帝陛下といえば夜着というより昔からのような楽な服装をしており既に湯浴みも終えて後は就寝のみという状態だったのだろうが先程から歯切れが悪い。
「あのさ...うーん、嫌でも...やっぱり大した事じゃ無い疲れてるのに悪かったな...」
などと堂々巡りの独り言を呟くのみ。
昔からの腐れ縁という経験則から言ってもこれを放っておくと彼という皇帝陛下の治世にも影響が出かねない。
「貴方ももちろんお疲れでしょうが四六時中貴方とご一緒していた私も相応に疲労しておりまともな休みも取れていないのでさっさと用件をお話いただけると...」
元々傭兵という職に就いていた事もあるがそれ以前にオライオンの気質として机仕事は苦手であるので彼の補佐をしつつ恐れ多くも皇帝陛下の自室で缶詰め状態になり報告書諸々をあげた、なんなら今座っているソファで仮眠を取った数も数え切れない。
出来ることならしっかりした寝床で頭も心も休めたい、うっかり不敬を働いてしまいそうな程こちらも疲れているのだ。
そんなことを考えていたが為に不機嫌が顔と声に明らかに出てしまっているのだろう。
意を決したのかオライオンが重い口を開き出した。
「あのさ...!......前皇帝陛下の恋人の存在って知ってるか?」
「..................は.........?」
バレンヌ定刻初代継承皇帝ジェラール帝の世からまだ100年といった現代。
まさかの出来事で突然2代目にオライオンが選ばれた事でジェラール帝や彼の興した出来事、彼の制圧した案件、継承法についても時間のできる限り調べている。
彼に近い位置にいた事と能力を認められ側近となる事を許された事もあって資料や情報に辿り着くには恵まれた状況であったことも良かった。
ただそれだけの状況であってもそんな存在の事は知らない。わかっているのは継承法を利用した継承皇帝を待つ上で支障がある血の繋がった継承者を生み出さないと決めジェラール帝は生涯独身であったという記録のみ。
「記録には残らない存在があったという事ですか...?」
「記憶には鮮明に残ってるんだよなあ...!」
オライオンは大きく溜息をつき項垂れる。
継承法を受けた人間が過去の人物の記憶を引き継ぐという状況については大した見識がないのでこういった状況も2代目である自分達の世代でも初のようなものだ。
ジェラール帝が父親であるレオン帝から力や知識以外のものを継承していた可能性もあるが、そんな個人的なしかも身内の記憶や感情の起伏については書き遺しはしないだろう。
血の繋がらない継承としてはオライオンが初めての事だ、彼をこのままにしておくにもいかない。
「困っている事はなんですか?身体的な異常?頭痛や目眩、立ちくらみや吐き気などの諸症状はありますか?」
「......う...そういうのは無いんだけどさ......。」
そう言ってオライオンは青く染めた髪を掻きむしる。とりあえず切迫した体調不良という事は無いのであれば良い。
ただオライオンの様子を見ると他に何か問題があるからサジタリウスが呼び出される事になったのだろうからそこについては確認するしかない。
「じゃあ他に問題が?いつもならさっさと言いたい事言いっ放しの貴方が言い淀む程の事があるのでは無いですか?」
ここまで黙りを決め込まれるともう煽ってでも言わせるしかないとサジタリウスも腹を決める事にした。
「.........俺の......じゃなくて俺に...俺に似た男がさ...。」
「はい。」
「俺の事...じゃなく前皇帝陛下の事を押し倒してるんじゃないかという記憶が寝入り端に突然頭の中に浮かんできてもうそれから色々いっぱいいっぱいになって眠れなくて困ってたらお前の事呼ばれました...。」
「はい...............え?」
記録に残らずとも記憶に残るまでの事は継承法における様々な法改正を行い周知させた先帝でもどうにもならなかったという事だろう。
皇帝だって人間なのだから感情の制御も愛する存在を作る事も別に悪い事では無いはずだ。
ただその記憶をほぼ直に引き受けている2代目皇帝が少々どころではなく被害を受けている事を除けば。
「それで貴方自身の問題は?そう言った記憶を垣間見て何かしらの変化があるのでは?」
そう言ってサジタリウスはオライオンに近づくがオライオンには距離を取られる。
「無い!なんにも無い!だから近寄るな...!!」
そんなに顔を赤くして必死に避けたら何かあると言っているようなものでしょうよとサジタリウスは思う。
「それなりに女性とは遊んでましたよね?まあ今の立場でそういう訳にもいかないでしょうが...自分で処理なさったんですか?」
「処理とか言うな!今の出来事で勃ってる前提で話してるだろお前!!」
「言いにくい問題となったらそうとしか考えられないでしょうが、貴方としてもジェラール帝の事としても。」
「とにかく自分で何とかするから...!お前にだったら話せると思ったし言う事言ったら気分楽になったしもう戻ってくれていいから...!!」
そんな顔をしてソファの端の端まで避けられてもこのまま放って置けるわけが無い。
「お手伝いしますよ、私と貴方の仲でしょう?」
こちらは1ヶ月を越える遠征からの大量の内勤仕事で疲れた所を呼び出されているのだ、理性など働いているわけが無い。
それは我が皇帝陛下も同じ事なのだから流されてしまえばいいのに。