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    いなばリチウム

    @inaba_hondego

    小説メイン
    刀:主へし、主刀、刀さに♂
    mhyk:フィガ晶♂
    文アル:はるだざ、菊芥、司♂秋
    文スト:織太

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    いなばリチウム

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    情けない攻めはかわいいねお題ガチャ
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    これで出たお題ガチャは全部!微妙に消化しきれてない部分もあるけどお付き合いいただきありがとうございました!

    #主へし
    master

    情けない攻めの審神者×長谷部シリーズ④・長谷部にハイキックで倒されるモブを見て自分も蹴られたくなる審神者
    ・暴漢に襲われかけた審神者と、その暴漢を正当防衛の範囲内で捻りあげ社会的死に追い込み審神者を救出する強くて怖い長谷部。


    【報道】
     
     政府施設内コンビニエンスストアで強盗 男を逮捕

     ×日、政府施設内コンビニエンスストアで店員に刃物を突き付け、現金を奪おうとしたとして無職の男が逮捕された。
     男は、施設に出入りを許可された運送会社の制服をネットオークションで購入し、施設内に侵入したと思われる。運送会社の管理の杜撰さ、政府施設のセキュリティの甘さが浮き彫りになった形だ。
     店内にはアルバイトの女性店員と審神者職男性がおり、この男性が容疑者を取り押さえたという。女性店員に怪我はなかった。この勇敢な男性は本誌の取材に対し「自分は何もしていない」「店員に怪我がなくてよかった」と答えた。なお、容疑者は取り押さえられた際に軽傷を負ったが、命に別状はないという―――



    【容疑者】



     何が起きたか、分からなかった。

     うまくいっていたはずだ。俺は幸運だった。運送会社で働いている友人が酔った勢いであの施設のセキュリティについて漏らしたことも、友人が酔うと記憶をなくすタイプだったことも、オークションでその運送会社の制服が簡単に手に入ったことも。車両チェックしかされないという業者用の出入り口から侵入した時はさすがに緊張したが、すれ違う人間に軽く会釈する余裕はあった。本当に誰も咎めないのでいっそ愉快になった。制服の効力は偉大だ。出入り口から一番近いコンビニエンスストアに押し入ると、手にした刃物を見て、レジにいた店員は軽い悲鳴をあげ、怯えと混乱の混じった眼で俺を見た。小柄で、若い女だった。抵抗されたとしても然程計画に影響しないだろう。益々幸運だった。刃物を突き出すと面白いくらいに後ずさった。だが、そこまでだった。店内にはもう一人、客がいた。男だ。それほど大柄ではなく、体格もよさそうには見えない。高そうな着物を着ていて、苦労なんて知らなさそうな、間抜け面だ。すぐに分かった。審神者だ。審神者というやつは、選ばれた人間なのだそうだ。そして俺は、選ばれなかった人間だった。刃物を、そいつに向けた。金を稼ぐために苦労して、こんなことでもしなければ大金を得ることもできない俺とは違い、そいつは、汗も流さず、苦労もせず、刀剣男士というやつを戦場に送るだけで衣食住を約束された身分なのだ。俺とは違って。俺とは違って!
     元々、誰も殺すつもりはなかった。金を奪い、店にある段ボールに入れて出ていくつもりだった。はたからみれば荷物を回収に来た運送会社の人間だ。後で強盗事件が発覚したとしても、運送会社が特定されるだけだ。しかし、こともあろうに説教らしきものを始めた男に腹が立った。俺だって選ばれていれば、こんなことはせずに済んだ。俺が激昂すればするほど落ち着いた声で話すのが気に入らなかった。何が「君の為に言っている」だ。お前みたいな恵まれた人間が、何を上から目線で。ふざけるな! 刃物を振り上げた。
     その時、背後で自動ドアが開く音がした。しまった、と振り返って、しかしそこには誰もいない。ドアが電子音を立てながら閉まる。誤作動か、と首を傾げて、

     記憶はそこで途切れている。

     気付いたら、真っ白な天井が視界にあった。横たわっている。ここはどこだ、と起き上がろうとして、悲鳴をあげた。首が固定されている。だれか、と口を開こうとしたが、激痛が走った。呻いていると、バタバタと足音がして、白衣の男が俺の顔を覗きこんだ。何かしゃべっているが、くぐもって不明瞭だ。ようやく聞き取れたのは、「君は幸運だ」という一言だ。なにを言っているか、よく分からなかった。


    【店員】

     後悔した。

     通学定期圏内。夜勤なし。でも時給は高め。しかも政府施設の中にあるので普通のコンビニよりもなんだかかっこいい。態度の悪いお客さんもたまにいたけれど、繁華街のコンビニで働いていた頃に比べれば頻度はずっと低かった。だから競争率も結構高くて、落ちたら落ちたで仕方ないかなと思っていたのに、面接の翌日にはすぐ採用に連絡が来て、ラッキー、と思った。志望動機やシフトにどれくらい入れるか、という質問の他に、変わった視力検査もあったけど、あまり気にならなかった。
     店長も先輩たちも親切で、卒業まで何事もなく働けそうだったのに、まさか自分がシフトの時に強盗に入られるなんて。

     お昼を少し過ぎた時間で、お客さんは一人しかいなかった。暇だなあ、と少しぼんやりしていたタイミングで自動ドアと、来店を知らせる電信音が流れたので、そっちを見た。運送会社の人だった。帽子を深くかぶっていたけど、いつも来る人じゃなくて、珍しいな、とは思った。
    「お疲れ様で、ヒッ!」
     いつものように声をかけようとしてたけれど、途中で掠れた悲鳴が出た。カウンターに手をついたその人は、ポケットから出した刃物を私に向けていた。
    「静かにしろっ 騒ぐな!」
     こくこくと頷きながらも、向けられた刃物が恐ろしく尖っているのが分かって、思わず後ずさった。動くな! とまた怒鳴られる。
    「金出せ! ―――お前も、動くな!」
     たまに見る刑事ドラマのワンシーンみたい、とちらりと思ったけれど、そんなのんきな思考は飛んでいった。強盗は私と、飲料コーナーの近くにいたお客さんにも交互に刃物を向ける。体が震えた。私だけじゃない、とほっとしたけど、私がちゃんとしないと、お客さんが刺されちゃう、と怖くなった。こんなのマニュアルにない。教えてもらってない。でも、強盗を刺激しないで、レジからお金を出して渡してしまえば、

    「あの」

     視界の端で、無抵抗のポーズをとっていたお客さんが声をあげた。 
    「やめた方がいいですよ」
    「あ?」
     その声はあまりにも落ち着いていて、半泣きの私に突き付けられていた刃物は、そのままそっちに向けられる。それでもなお、彼の態度は変わらなかった。
    「コンビニ強盗? ですよね?」
     ですよね? じゃないでしょう! 刃物が逸らされて少しほっとしたものの、レジカウンターを挟んでいる私より、強盗とお客さんの距離の方が近くて、今にも刺されてしまいそうだ。心臓がバクバクして、見ていられなくなる。実際、強盗は彼の態度に神経を逆撫でされたようで、声を荒げた。それでも男の人は変わらず落ち着いた、むしろ不自然すぎる程穏やかな声で「今ならまだ間に合いますから」とか「貴方の為に言っています」だとか説得を試みているようだった。途中、目が合った気がする。何度か見かけたことがある、審神者のお客さんだ。いつもは傍に護衛の男の人がいるから気付かなかった。今日はどうして一人なんだろう。彼は、目が合うと微かに笑った。大丈夫だよ、と言っているようだった。すぐ、言葉の意味が分かった。強盗の注意が男の人に逸れていて、入口に完全に背中を向けている。自動ドアが開いて、誰か入ってきたのに、強盗の反応は鈍かった。音に反応して振り返ったけれど、ぼうっとして、目の前に人がいるのに、まるで気付いていないみたいだった。手が振り上げられ、強盗の手首に叩きつけられる。強盗の手から刃物が落ちて、お客さんは、はっとしたように叫んだ。
    「長谷部! 抜刀禁止!」
     声と、刃物を叩き落とした男の人が一歩下がるのは同時だった。
    「え、あ?」
     そして、強盗が動揺したように刃物を拾おうと身を屈めた途端―――

    【審神者】

     長谷部の膝が、綺麗に強盗の顎に入った。
     あー、やっちゃった、と思ったけど、懐から端末を取り出しつつ、レジに近付く。ぽかんとしている店員さんの前で、長谷部のすらりとした足が上がり、瞬きした次の瞬間には強盗が視界から消えていた。かっこいい。あ、いやいやそんなこと思ってる場合じゃなくて。
    「大丈夫?」
     レジカウンターに近付くと、店員ははっとした顔で、俺と、長谷部と、それから吹っ飛んでいった強盗を見て、また俺に視線を戻した。
    「は、はい……あ、通報、」
    「俺の端末からしといた。すぐに職員が来ると思う」
    「あ、りがとう、ございます……はぁああ……」
     学生だろうか。若い店員は、へなへなと床に崩れ落ちると、心底安心したという風に息をつく。良かった。俺も、ほっと安堵の溜息をついた。緊張が解けて、腰から力が抜けていく気がする。正直、めちゃくちゃ怖かった。刃物は見慣れているとは言え、自分に向けられたものと、普段見ている刃は全然違うものだ。それでも咄嗟に強盗の注意を自分に逸らしたのは――
    「っあるじ!」
    「わっ」
     崩れ落ちそうだった体を強く掴まれて、びっくりして飛び上がった。文字通り、ちょっと浮いた気がする。
    「は、長谷部、よかったあ」
    「それはこちらの台詞です……! 荷物持ちなら俺がしますと言ったじゃないですか」
    「だ、だって、ちょっと寄るだけのつもりだったし……」
     言い訳が口をついて出るが、眉尻を下げて心配そうな、少し泣きそうな長谷部を見たらもうそれ以上何も言えなかった。
    「……主を見つけた時、どれだけ肝が冷えたか……」
    「……」
     演練帰りだった。演練が終わり、刀剣男士同士で少し話しているようだったので、すぐ近くにあるコンビニをちょっと覗いてみようかな、と思っただけだった。いつもなら長谷部がついてきてくれるけど、すぐそこだし、わざわざ声をかける程でもないし、まさか政府施設の中で強盗に遭うなんて当然想像するはずもない。しかもすぐ傍には一般人もいて、若い子だな、学生かな、可哀想に――と思いながらも、自動ドア越し、真っ青になった長谷部と目が合ったので、それでもう、俺は安心してしまったのだ。幸い、強盗の方も完全に一般人だったようで、長谷部の姿すら見えていなかったようだったから制圧は容易だっただろう。――あ、
    「こ、殺してないよね?」
    「もちろん。刀は抜いていません」
     微妙に答えになっていないような。恐る恐る長谷部の肩越しに向こうを見てみると、飲料棚のあたりで仰向けに転がっているのが分かった。呼吸はしているようだし、まあ、正当防衛、だよな……?
    「主」
    「ん、」
     血で染まり、斑になった手袋が、床に落ちた。顔を掴まれて、じっと顔を覗きこまれる。
    「……お怪我は、ありませんね?」
    「うん」
     俺は頷いて、言いそびれた言葉を、口にする。
    「……ありがとう、長谷部。ごめん、心配かけて」
    「いえ、いいんです。主が無事なら、もう、それで……」
     そうっと背中に回った腕は僅かに震えている。その背を撫でてやりながら、俺は長谷部の華麗なハイキックだとか、吹っ飛んでいった強盗に追い打ちをかけるように拳を振り上げた後ろ姿だとかを思い出していた。俺の恋人は、つよくてこわくて、かっこいいなあ、なんて、ちょっと口には出せない雰囲気だった。


    終わり

    *蛇足*
    強盗はガチ一般人。刀剣男士が見えない。(という設定)
    店員は見えてる。(そもそも見えないと雇われない。施設内の職員はアルバイトも含め刀剣男士が見えるかどうかの視力チェックがある)
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    いなばリチウム

    TRAININGhttps://poipiku.com/594323/10668650.html
    これの続き。騙されやすい審神者と近侍の長谷部の話。
    だまされやすい審神者の話2 疎遠になっても連絡をとりやすい、というタイプの人間がいる。

     それがいいことなのか、はたまたその逆であるなのかはさておき、長谷部の主がそうだった。学校を卒業し、現世を離れてから長いが、それでも時折同窓会やちょっとした食事会の誘いがあるという。ほとんどは審神者業の方が忙しく、都合がつかないことが多いけれど。今回はどうにか参加できそうだ、と長谷部に嬉しそうに話した。
     もちろん審神者一人で外出する許可は下りないので、長谷部が護衛として同行することになる。道すがら、審神者は饒舌に昔話をした。学生の頃は内気であまり友人がいなかったこと、大人しい自分に声をかけてくれたクラスメイトが数人いて、なんとなく共に行動するようになったこと。卒業する時に連絡先を交換したものの、忙しさもありお互いにあまり連絡はしていなかったこと。それでも年に一度は同窓会や、軽く食事でもしないかという誘いがあること。世話になっている上司を紹介したいと何度か打診され、気恥ずかしさはあったものの、紹介したいと思ってもらえることは嬉しかったこと。今回やっと予定が合い、旧友とその上司に会えること。
    1820

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    情けない攻めの審神者×長谷部シリーズ④・長谷部にハイキックで倒されるモブを見て自分も蹴られたくなる審神者
    ・暴漢に襲われかけた審神者と、その暴漢を正当防衛の範囲内で捻りあげ社会的死に追い込み審神者を救出する強くて怖い長谷部。


    【報道】
     
     政府施設内コンビニエンスストアで強盗 男を逮捕

     ×日、政府施設内コンビニエンスストアで店員に刃物を突き付け、現金を奪おうとしたとして無職の男が逮捕された。
     男は、施設に出入りを許可された運送会社の制服をネットオークションで購入し、施設内に侵入したと思われる。運送会社の管理の杜撰さ、政府施設のセキュリティの甘さが浮き彫りになった形だ。
     店内にはアルバイトの女性店員と審神者職男性がおり、この男性が容疑者を取り押さえたという。女性店員に怪我はなかった。この勇敢な男性は本誌の取材に対し「自分は何もしていない」「店員に怪我がなくてよかった」と答えた。なお、容疑者は取り押さえられた際に軽傷を負ったが、命に別状はないという―――
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    いなばリチウム

    MOURNING六年近く前(メモを見る限りだと2016年4月)に利き主へし小説企画で「初夜」をテーマに書いた話です。他にもいくつか初夜ネタを書いてたのでまとめてpixivに載せるつもりだったんですけど全然書ききれないので一旦ここに載せておきます!
    当時いつも書いてた主へしの作風とすこし雰囲気変えたので楽しかったし、性癖の一つでもあったので今読んでも好きな話です。
    CPではない二人の話です。長谷部が可哀想かも。
    夜な夜な(主へし R18) その日は朝から体がだるかった。
     目を覚ますと、頭は内側から叩かれているように錯覚するぐらい痛み、窓から差し込む朝日や鳥の囀りがひどく耳障りで、長谷部はそう感じてしまう思考と体の不調にただただ戸惑った。しかし、昨日はいつも通り出陣したはずだったし、今日もそれは変わりない。死ななければどうということはないが、あまりひどければ出陣に、ひいては主の戦績に支障が出る。長引くようであれば手入れ部屋へ入ることも検討しなければ、と考える。
     着替えてからだるい体を引きずって部屋を出ると、「長谷部、」と今まさに長谷部の部屋の戸に手を掛けようとしたらしく、手を中途半端に宙に浮かせて困ったように佇んでいる審神者がいた。無意識に背筋が伸びる。
    6533

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    Norskskogkatta

    PAST主こりゅ/さにこりゅ
    リクエスト企画で書いたもの
    小竜が気になり出す主とそれに気づく小竜
    夏から始まる


    燦々と輝く太陽が真上に陣取っているせいで首に巻いたタオルがすでにびっしょりと濡れている。襟足から汗がしたたる感覚にため息が出た。
    今は本丸の広い畑を今日の畑当番と一緒にいじっている。燭台切ことみっちゃんはお昼ご飯の支度があるから先に本丸にもどっていって、今はもう一振りと片付けに精を出しながらぼんやり考えていたことが口をついた。
    「小竜って畑仕事嫌がらないんだね」
    長船派のジャージに戦装束のときのように大きなマントを纏った姿に畑仕事を嫌がらない小竜に意外だなと思う。大抵の刀には自分たちの仕事じゃないと不評な畑仕事だけど小竜からは馬当番ほど文句らしき物を言われた記憶が無い。
    「いやいや、これで実は農家にあったこともあるんだよ?」
    これなんかよくできてると思うよ、と野菜を差し出される。まっかなトマトだ。つやつやして太陽の光を反射するくらい身がぱんぱんにはっている。一口囓るとじゅわっとしたたる果汁は酸味と甘さと、ちょっとの青臭さがあって我こそはトマトである!と言っていそうだ。
    「おいしい!」
    「だろうっ!」
    手の中の赤い実と同じくらい弾けた笑顔にとすっと胸に何かが刺さった気が 3868

    Norskskogkatta

    PAST主くり
    リクエスト企画で書いたもの
    ちいさい主に気に入られてなんだかんだいいながら面倒を見てたら、成長後押せ押せでくる主にたじたじになる大倶利伽羅
    とたとたとた、と軽い足音に微睡んでいた意識が浮上する。これから来るであろう小さな嵐を思って知らずため息が出た。
    枕がわりにしていた座布団から頭を持ち上げたのと勢いよく部屋の障子が開け放たれたのはほぼ同時で逃げ遅れたと悟ったときには腹部に衝撃が加わっていた。
    「から! りゅうみせて!」
    腹に乗り上げながらまあるい瞳を輝かせる男の子どもがこの本丸の審神者だ。
    「まず降りろ」
    「はーい」
    咎めるように低い声を出しても軽く調子で返事が返ってきた。
    狛犬のように行儀よく座った審神者に耳と尻尾の幻覚を見ながら身体を起こす。
    「勉強は終わったのか」
    「おわった! くにがからのところ行っていいっていった!」
    くにと言うのは初期刀の山姥切で、主の教育もしている。午前中は勉強の時間で午後からが審神者の仕事をするというのがこの本丸のあり方だった。
    この本丸に顕現してから何故だか懐かれ、暇があれば雛のように後を追われ、馴れ合うつもりはないと突き離してもうん!と元気よく返事をするだけでどこまでもついて来る。
    最初は隠れたりもしてみたが短刀かと言いたくなるほどの偵察であっさり見つかるのでただの徒労だった。
    大人し 1811

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    軽装に騒ぐ主を黙らせる大倶利伽羅

    軽装に騒いだのは私です。
    「これで満足か」
     はあ、とくそでかいため息をつきながらもこちらに軽装を着て見せてくれた大倶利伽羅にぶんぶんと首を縦に振る。
     大倶利伽羅の周りをぐるぐる回りながら上から下まで眺め回す。
    「鬱陶しい」
    「んぎゃ!だからって顔つかむなよ!」
     アイアンクローで動きを止められておとなしく正面に立つ。
     ぐるぐる回ってるときに気づいたが角度によって模様が浮き出たり無くなったりしていてさりげないおしゃれとはこういうものなんだろうか。
     普段出さない足も想像よりごつごつしていて男くささがでている。
     あのほっそい腰はどこに行ったのかと思うほど完璧に着こなしていて拝むしかない。
    「ねえ拝んでいい?」
    「……医者が必要か」
     わりと辛辣なことを言われた。けちーと言いながら少し長めに思える左腕の袖をつかむとそこには柄がなかった。
    「あれ、こっちだけ無地なの?」
    「あぁ、それは」
     大倶利伽羅の左腕が持ち上がって頬に素手が触れる。一歩詰められてゼロ距離になる。肘がさがって、袖が落ちて、するりと竜がのぞいた。
    「ここにいるからな」
     ひえ、と口からもれた。至近距離でさらりと流し目を食らったらそらもう冗談で 738

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり

    小腹が空いて厨に行ったらひとり夏蜜柑を剥いていた大倶利伽羅に出くわす話
    夏蜜柑を齧る

     まだ日が傾いて西日にもならない頃、午後の休憩にと厨に行ったら大倶利伽羅がいた。
     手のひらに美味しそうな黄色を乗せて包丁を握っている。
    「お、美味そうだな」
    「買った」
     そういえば先程唐突に万屋へ行ってくると言い出して出かけて行ったのだったか。
     スラックスにシャツ、腰布だけの格好で手袋を外している。学ランによく似た上着は作業台の側の椅子に引っ掛けられていた。
     内番着の時はそもそもしていないから物珍しいというわけでもないのだが、褐色の肌に溌剌とした柑橘の黄色が、なんだか夏の到来を知らせているような気がした。
     大倶利伽羅は皮に切り込みを入れて厚みのある外皮をばりばりとはいでいく。真っ白なワタのような塊になったそれを一房むしって薄皮を剥き始めた。
     黙々と作業するのを横目で見ながら麦茶を注いだグラスからひと口飲む。冷たい液体が喉から腹へ落ちていく感覚に、小腹が空いたなと考える。
     その間も手に汁が滴っているのに嫌な顔ひとつせずばりばりと剥いていく。何かつまめるものでも探せばいいのになんとなく眺めてしまう。
     涼やかな硝子の器につやりとした剥き身がひとつふたつと増えて 1669

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    花火景趣出たときにハイになってかいた。
    花火見ながら軽装姿の嫁といちゃつくだけ
    いつもの執務室とは違う、高い場所から夜空を見上げる。
    遠くでひゅるる、と音がしたあと心臓を叩かれたような衝撃とともに豪快な花が咲く。
    真っ暗だった部屋が花の明かりで色とりどりに輝く。それはとても一瞬でまた暗闇に戻るがまたひゅるる、と花の芽が音をなし、どんと花開く。
    「おお、綺麗だな」
    「悪くない」
    隣で一緒に胡座をかく大倶利伽羅は軽装だ。特に指定はしていなかったのだが、今夜一緒にどうだと言ったら渡したとき以来見ていなかったそれを着て来てくれた。
    普段の穏やかな表情がことさら緩んでいるようにも見える。
    横顔を眺めているとまたひゅる、どんと花の咲く音ときらきらと色があたりを染めては消える。
    大倶利伽羅の金色がそれを反射して瞳の中にも咲いたように見える。ああ。
    「綺麗だな」
    「そうだな、見事だ」
    夜空に視線を向けたままの大倶利伽羅がゆるりと口角を上げた。それもあるんだが、俺の心の中を占めたのは花火ではないんだけどな。
    「大倶利伽羅」
    「なんだ」
    呼び掛ければすっとこちらを見てくれる。
    ぶっきらぼうに聞こえる言葉よりも瞳のほうが雄弁だと気づいたのは付き合い始めてからだったかなと懐かしみながら、 843

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    梅雨の紫陽花を見に庭へ出たら大倶利伽羅と会っていつになったらふたりでいられるのかと呟かれる話
    青紫陽花


    長雨続きだった本丸に晴れ間がのぞいた。気分転換に散歩でもしてきたらどうだろうと近侍の蜂須賀に言われて久しぶりに外に出る、と言っても本丸の庭だ。
    朝方まで降っていた雨で濡れた玉砂利の小道を歩く。庭のあちらこちらに青紫色や赤色、たまに白色の紫陽花が鞠のように咲き誇っている。
    じゃりじゃりと音を鳴らしながら右へ左へと視線を揺らして気の向くまま歩いて行く。広大な敷地の本丸の庭はすべて散策するのはきっと半日ぐらいはかかるのだろう。それが端末のタップひとつでこうも見事に変わるのだから科学の進歩は目覚ましいものだ。
    「それにしても見事に咲いてるな。お、カタツムリ」
    大きく咲いた青紫の紫陽花のすぐ隣の葉にのったりと落ち着いている久しく見なかった姿に、梅雨を実感する。角を出しながらゆったり進む蝸牛を観察していると、その葉の先端が弾かれたように跳ねた。
    「……うわ、降ってきた」
    首の裏にもぽつんと落ちてきて反射的に空を仰げば、薄曇りでとどまっていたのが一段色を濃くしていた。ここから本丸に戻ろうにもかなり奥まで来てしまった。たどり着くまでに本格的に降り出してきそうな勢いで頭に落ちる雫の勢いは増 3034

    Norskskogkatta

    MOURNING主くり
    徹夜してたら大倶利伽羅が部屋にきた話
    眠気覚ましの生姜葛湯


     徹夜続きでそろそろ眠気覚ましにコーヒーでもいれるかと伸びをしたのと開くはずのない障子が空いたのは同時だった。
    「まだ起きていたのか」
     こんな夜更けに現れたのは呆れたような、怒ったような顔の大倶利伽羅だった。
    「あー、はは……なんで起きてるってわかったんだ」
    「灯りが付いていれば誰だってわかる」
     我が物顔ですたすた入ってきた暗がりに紛れがちな手に湯呑みが乗った盆がある。
    「終わったのか」
    「いやまだ。飲み物でも淹れようかなって」
    「またこーひー、とか言うやつか」
     どうにも刀剣男士には馴染みがなくて受け入れられていないのか、飲もうとすると止められることが多い。
     それもこれも仕事が忙しい時や徹夜をするときに飲むのが多くなるからなのだが審神者は気づかない。
    「あれは胃が荒れるんだろ、これにしておけ」
     湯呑みを審神者の前に置いた。ほわほわと立ち上る湯気に混じってほのかな甘味とじんとする香りがする。
    「これなんだ?」
    「生姜の葛湯だ」
     これまた身体が温まりそうだ、と一口飲むとびりりとした辛味が舌をさした。
    「うお、辛い」
    「眠気覚ましだからな」
     しれっと言 764