情けない攻めの審神者×長谷部シリーズ④・長谷部にハイキックで倒されるモブを見て自分も蹴られたくなる審神者
・暴漢に襲われかけた審神者と、その暴漢を正当防衛の範囲内で捻りあげ社会的死に追い込み審神者を救出する強くて怖い長谷部。
【報道】
政府施設内コンビニエンスストアで強盗 男を逮捕
×日、政府施設内コンビニエンスストアで店員に刃物を突き付け、現金を奪おうとしたとして無職の男が逮捕された。
男は、施設に出入りを許可された運送会社の制服をネットオークションで購入し、施設内に侵入したと思われる。運送会社の管理の杜撰さ、政府施設のセキュリティの甘さが浮き彫りになった形だ。
店内にはアルバイトの女性店員と審神者職男性がおり、この男性が容疑者を取り押さえたという。女性店員に怪我はなかった。この勇敢な男性は本誌の取材に対し「自分は何もしていない」「店員に怪我がなくてよかった」と答えた。なお、容疑者は取り押さえられた際に軽傷を負ったが、命に別状はないという―――
【容疑者】
何が起きたか、分からなかった。
うまくいっていたはずだ。俺は幸運だった。運送会社で働いている友人が酔った勢いであの施設のセキュリティについて漏らしたことも、友人が酔うと記憶をなくすタイプだったことも、オークションでその運送会社の制服が簡単に手に入ったことも。車両チェックしかされないという業者用の出入り口から侵入した時はさすがに緊張したが、すれ違う人間に軽く会釈する余裕はあった。本当に誰も咎めないのでいっそ愉快になった。制服の効力は偉大だ。出入り口から一番近いコンビニエンスストアに押し入ると、手にした刃物を見て、レジにいた店員は軽い悲鳴をあげ、怯えと混乱の混じった眼で俺を見た。小柄で、若い女だった。抵抗されたとしても然程計画に影響しないだろう。益々幸運だった。刃物を突き出すと面白いくらいに後ずさった。だが、そこまでだった。店内にはもう一人、客がいた。男だ。それほど大柄ではなく、体格もよさそうには見えない。高そうな着物を着ていて、苦労なんて知らなさそうな、間抜け面だ。すぐに分かった。審神者だ。審神者というやつは、選ばれた人間なのだそうだ。そして俺は、選ばれなかった人間だった。刃物を、そいつに向けた。金を稼ぐために苦労して、こんなことでもしなければ大金を得ることもできない俺とは違い、そいつは、汗も流さず、苦労もせず、刀剣男士というやつを戦場に送るだけで衣食住を約束された身分なのだ。俺とは違って。俺とは違って!
元々、誰も殺すつもりはなかった。金を奪い、店にある段ボールに入れて出ていくつもりだった。はたからみれば荷物を回収に来た運送会社の人間だ。後で強盗事件が発覚したとしても、運送会社が特定されるだけだ。しかし、こともあろうに説教らしきものを始めた男に腹が立った。俺だって選ばれていれば、こんなことはせずに済んだ。俺が激昂すればするほど落ち着いた声で話すのが気に入らなかった。何が「君の為に言っている」だ。お前みたいな恵まれた人間が、何を上から目線で。ふざけるな! 刃物を振り上げた。
その時、背後で自動ドアが開く音がした。しまった、と振り返って、しかしそこには誰もいない。ドアが電子音を立てながら閉まる。誤作動か、と首を傾げて、
記憶はそこで途切れている。
気付いたら、真っ白な天井が視界にあった。横たわっている。ここはどこだ、と起き上がろうとして、悲鳴をあげた。首が固定されている。だれか、と口を開こうとしたが、激痛が走った。呻いていると、バタバタと足音がして、白衣の男が俺の顔を覗きこんだ。何かしゃべっているが、くぐもって不明瞭だ。ようやく聞き取れたのは、「君は幸運だ」という一言だ。なにを言っているか、よく分からなかった。
【店員】
後悔した。
通学定期圏内。夜勤なし。でも時給は高め。しかも政府施設の中にあるので普通のコンビニよりもなんだかかっこいい。態度の悪いお客さんもたまにいたけれど、繁華街のコンビニで働いていた頃に比べれば頻度はずっと低かった。だから競争率も結構高くて、落ちたら落ちたで仕方ないかなと思っていたのに、面接の翌日にはすぐ採用に連絡が来て、ラッキー、と思った。志望動機やシフトにどれくらい入れるか、という質問の他に、変わった視力検査もあったけど、あまり気にならなかった。
店長も先輩たちも親切で、卒業まで何事もなく働けそうだったのに、まさか自分がシフトの時に強盗に入られるなんて。
お昼を少し過ぎた時間で、お客さんは一人しかいなかった。暇だなあ、と少しぼんやりしていたタイミングで自動ドアと、来店を知らせる電信音が流れたので、そっちを見た。運送会社の人だった。帽子を深くかぶっていたけど、いつも来る人じゃなくて、珍しいな、とは思った。
「お疲れ様で、ヒッ!」
いつものように声をかけようとしてたけれど、途中で掠れた悲鳴が出た。カウンターに手をついたその人は、ポケットから出した刃物を私に向けていた。
「静かにしろっ 騒ぐな!」
こくこくと頷きながらも、向けられた刃物が恐ろしく尖っているのが分かって、思わず後ずさった。動くな! とまた怒鳴られる。
「金出せ! ―――お前も、動くな!」
たまに見る刑事ドラマのワンシーンみたい、とちらりと思ったけれど、そんなのんきな思考は飛んでいった。強盗は私と、飲料コーナーの近くにいたお客さんにも交互に刃物を向ける。体が震えた。私だけじゃない、とほっとしたけど、私がちゃんとしないと、お客さんが刺されちゃう、と怖くなった。こんなのマニュアルにない。教えてもらってない。でも、強盗を刺激しないで、レジからお金を出して渡してしまえば、
「あの」
視界の端で、無抵抗のポーズをとっていたお客さんが声をあげた。
「やめた方がいいですよ」
「あ?」
その声はあまりにも落ち着いていて、半泣きの私に突き付けられていた刃物は、そのままそっちに向けられる。それでもなお、彼の態度は変わらなかった。
「コンビニ強盗? ですよね?」
ですよね? じゃないでしょう! 刃物が逸らされて少しほっとしたものの、レジカウンターを挟んでいる私より、強盗とお客さんの距離の方が近くて、今にも刺されてしまいそうだ。心臓がバクバクして、見ていられなくなる。実際、強盗は彼の態度に神経を逆撫でされたようで、声を荒げた。それでも男の人は変わらず落ち着いた、むしろ不自然すぎる程穏やかな声で「今ならまだ間に合いますから」とか「貴方の為に言っています」だとか説得を試みているようだった。途中、目が合った気がする。何度か見かけたことがある、審神者のお客さんだ。いつもは傍に護衛の男の人がいるから気付かなかった。今日はどうして一人なんだろう。彼は、目が合うと微かに笑った。大丈夫だよ、と言っているようだった。すぐ、言葉の意味が分かった。強盗の注意が男の人に逸れていて、入口に完全に背中を向けている。自動ドアが開いて、誰か入ってきたのに、強盗の反応は鈍かった。音に反応して振り返ったけれど、ぼうっとして、目の前に人がいるのに、まるで気付いていないみたいだった。手が振り上げられ、強盗の手首に叩きつけられる。強盗の手から刃物が落ちて、お客さんは、はっとしたように叫んだ。
「長谷部! 抜刀禁止!」
声と、刃物を叩き落とした男の人が一歩下がるのは同時だった。
「え、あ?」
そして、強盗が動揺したように刃物を拾おうと身を屈めた途端―――
【審神者】
長谷部の膝が、綺麗に強盗の顎に入った。
あー、やっちゃった、と思ったけど、懐から端末を取り出しつつ、レジに近付く。ぽかんとしている店員さんの前で、長谷部のすらりとした足が上がり、瞬きした次の瞬間には強盗が視界から消えていた。かっこいい。あ、いやいやそんなこと思ってる場合じゃなくて。
「大丈夫?」
レジカウンターに近付くと、店員ははっとした顔で、俺と、長谷部と、それから吹っ飛んでいった強盗を見て、また俺に視線を戻した。
「は、はい……あ、通報、」
「俺の端末からしといた。すぐに職員が来ると思う」
「あ、りがとう、ございます……はぁああ……」
学生だろうか。若い店員は、へなへなと床に崩れ落ちると、心底安心したという風に息をつく。良かった。俺も、ほっと安堵の溜息をついた。緊張が解けて、腰から力が抜けていく気がする。正直、めちゃくちゃ怖かった。刃物は見慣れているとは言え、自分に向けられたものと、普段見ている刃は全然違うものだ。それでも咄嗟に強盗の注意を自分に逸らしたのは――
「っあるじ!」
「わっ」
崩れ落ちそうだった体を強く掴まれて、びっくりして飛び上がった。文字通り、ちょっと浮いた気がする。
「は、長谷部、よかったあ」
「それはこちらの台詞です……! 荷物持ちなら俺がしますと言ったじゃないですか」
「だ、だって、ちょっと寄るだけのつもりだったし……」
言い訳が口をついて出るが、眉尻を下げて心配そうな、少し泣きそうな長谷部を見たらもうそれ以上何も言えなかった。
「……主を見つけた時、どれだけ肝が冷えたか……」
「……」
演練帰りだった。演練が終わり、刀剣男士同士で少し話しているようだったので、すぐ近くにあるコンビニをちょっと覗いてみようかな、と思っただけだった。いつもなら長谷部がついてきてくれるけど、すぐそこだし、わざわざ声をかける程でもないし、まさか政府施設の中で強盗に遭うなんて当然想像するはずもない。しかもすぐ傍には一般人もいて、若い子だな、学生かな、可哀想に――と思いながらも、自動ドア越し、真っ青になった長谷部と目が合ったので、それでもう、俺は安心してしまったのだ。幸い、強盗の方も完全に一般人だったようで、長谷部の姿すら見えていなかったようだったから制圧は容易だっただろう。――あ、
「こ、殺してないよね?」
「もちろん。刀は抜いていません」
微妙に答えになっていないような。恐る恐る長谷部の肩越しに向こうを見てみると、飲料棚のあたりで仰向けに転がっているのが分かった。呼吸はしているようだし、まあ、正当防衛、だよな……?
「主」
「ん、」
血で染まり、斑になった手袋が、床に落ちた。顔を掴まれて、じっと顔を覗きこまれる。
「……お怪我は、ありませんね?」
「うん」
俺は頷いて、言いそびれた言葉を、口にする。
「……ありがとう、長谷部。ごめん、心配かけて」
「いえ、いいんです。主が無事なら、もう、それで……」
そうっと背中に回った腕は僅かに震えている。その背を撫でてやりながら、俺は長谷部の華麗なハイキックだとか、吹っ飛んでいった強盗に追い打ちをかけるように拳を振り上げた後ろ姿だとかを思い出していた。俺の恋人は、つよくてこわくて、かっこいいなあ、なんて、ちょっと口には出せない雰囲気だった。
終わり
*蛇足*
強盗はガチ一般人。刀剣男士が見えない。(という設定)
店員は見えてる。(そもそも見えないと雇われない。施設内の職員はアルバイトも含め刀剣男士が見えるかどうかの視力チェックがある)