夜な夜な(主へし R18) その日は朝から体がだるかった。
目を覚ますと、頭は内側から叩かれているように錯覚するぐらい痛み、窓から差し込む朝日や鳥の囀りがひどく耳障りで、長谷部はそう感じてしまう思考と体の不調にただただ戸惑った。しかし、昨日はいつも通り出陣したはずだったし、今日もそれは変わりない。死ななければどうということはないが、あまりひどければ出陣に、ひいては主の戦績に支障が出る。長引くようであれば手入れ部屋へ入ることも検討しなければ、と考える。
着替えてからだるい体を引きずって部屋を出ると、「長谷部、」と今まさに長谷部の部屋の戸に手を掛けようとしたらしく、手を中途半端に宙に浮かせて困ったように佇んでいる審神者がいた。無意識に背筋が伸びる。
「朝からすまない。…少し、いいか」
「はい。主命でしょうか」
「ん、うーん…そこまで大袈裟な話でも……あるか。他の者に聞かれたくないんだ。部屋に来てくれるか」
手招かれるままに審神者の部屋へ向かうと、審神者は部屋の周りを警戒するようにきょろきょろと見回してから戸を締めた。そうしてから机の、鍵のかかった棚に手を掛け、鍵を外す。更にその奥に手をやると、長谷部の目の前に一枚の書類を広げた。
「読んでくれ」
「は、」
紙の下の方には政府関係者の署名と印が押されている。余程重要な書類なのだろうか。それを自分が手に取っていいものか…一瞬躊躇ったが、言われるままに目を通す。目を通して、長谷部は思わず声もなく審神者の顔を凝視してしまった。
『審神者たる貴殿は、本丸に顕現している刀剣男士を一人、正妻として娶ること』
書類の一番上にはそう書かれている。審神者は、長谷部が確認するまでもなく、男である。そして刀剣男士ももちろん男だ。『妻』とは男が女を娶った場合の名称ではないのだろうか。何か、自分の中の常識とは違った認識が2205年にはあるのか…何を問うべきか迷っていると、そんな考えを見透かすように審神者は小さく笑った。
「いや、戸惑うよなあ。私も最初それを読んだときは驚いたんだけどね――」
審神者の話によると、それは『命令』なのだという。何でも、審神者である彼と、現世と過去の狭間に存在する本丸との結びつきを確固たるものにするには、本丸で顕現した刀剣男士と深く結びつくことが必要だということだった。といっても必要なのは形式上の手続きだけであったから、直筆のサインさえあれば、それをこんのすけが運び、政府の方でよしなに取り計らうだけだ。だからその書類には、政府の印の他に「妻:」「夫:」と、名前を書く欄が二つあった。
「娶ると言っても形式上のものだけで、特別なことはないんだ。…ないんだが、これを皆に言うと…当たり障りがありそうでね。誤解を生むというか」
それはそうだ、と長谷部は思う。
『正妻』『娶る』
言葉はどうであれ、それはつまり、審神者がだれか一人を選ぶということだ。四十余りある誰かの中から一人だけ。事情を話したとしても、ほとんどのものはぜひ自分を、と審神者に迫るだろう。
「誰か一人を選ぶだけのことだが、揉める上に時間がかかりそうだろう? しかしこれの提出期限は明日に迫っていてだな……」
「…なるほど。また文の封を切るのを後回しにしていたのですね?」
審神者は、未だに形式を重んじる政府からの紙媒体での書物を疎んでいた。封を開けないまま机に放置された書類が、実は提出期限が間近に迫っているもので…という事件はこれまでにも何度かあった。それを思い出しながら指摘すると、誤魔化すように「まあまあ」と笑う。
「手っ取り早く…というと情緒がないが、どうだ、この書類に名前を書いてくれないかな。お前なら付き合いも長いし、面倒事にならなさそうだから適任だと思うんだ」
「ええ勿論。主命とあらば」
一も二もなく頷くと審神者は「本当か!」と顔を輝かせ、いそいそと机からペンを取った。
「刀帳に載っている通りの名前でいいからな」
「はい」
へし切長谷部、と書くのに数秒もかからない。「妻:」の欄に書いて書類を渡すと、審神者はそれを大事そうに受け取った。
「いやあ、長谷部に頼むとやっぱり話が早いな。助かったよ」
「いえ、家臣として、主の業務が滞りなく進むよう努めるのは当然のことです。名を書くくらい、造作もないことですし」
「はは、主思いの部下を持って俺は幸せだよ。…よし、用はこれだけなんだ。妻といっても本当に書類上だけだから、後はいつも通りで構わん。行っていいぞ」
「はい。失礼します」
実際には名前を書いただけだというのに、審神者は随分上機嫌になり、長谷部もなんだか誇らしく思えた。あれだけだるかった体も軽くなったような気がする。手入れ部屋には入らなくてよさそうだと判断すると、長谷部はすぐに出陣の準備に向かった。
「後はいつも通りで」と言われてはいたが、その日の夜は、再び人目を忍んだ審神者に呼ばれた。
「形式だけっていうのも寂しいからな。祝いと礼も兼ねて、いい酒を用意したんだ。他のやつには内緒だからな?」
そう言って、何やら変わった形の入れ物から、長谷部の手の中の器にその中身を注いだ。ややとろみのあるその酒は甘い匂いがして、審神者に礼を言ってから口に流し込むと、喉がひりつくように甘い。思わず咳き込むと、審神者は愉快そうに笑って「高いんだから、吐くなよ?」と茶化すと、再び器になみなみとその酒を注いだ。注がれては飲まないわけにはいかない。咳き込まないように、今度はゆっくり喉に流し込むと、舌に残った甘さがしつこくまとわりついた。度数が高いのだろうか。二杯飲んだだけで視界がぐらぐらと揺れた。長谷部は一部の刀のように好んで酒を飲んだりはしないので、それが酔いなのかそうでないのか、判別がつかない。祝いも兼ねて、というのなら自分も主の器に注がなければ、と手を伸ばしたが、審神者はひょいと入れ物を遠ざけて、再び長谷部の器に注いだ。三杯目。「あるじ、は」抗議するように見上げた先、審神者の顔がぼやけて見えた。
「私はいいんだ」
ぐにゃりと歪んだ輪郭で審神者が囁く。
「これはお前の為に用意したんだからな」
「……おれ、の、ため…?」
顔がじわじわと熱くなった。酒のせいだろうか。三杯目を舐めるように飲みこむと、途端急速な眠気に襲われ、長谷部は目を開け続けることが出来なくなった。
「眠いのか?」
「は、い……」
「眠ってしまっていいよ」
「いえ…でも……」
戦績の報告もやるべきことも済んでいるとは言え、主の部屋でいくらなんでも、と思う気持ちが長谷部を押しとどめる。だというのに、審神者の手がほとんど閉じている長谷部の瞼を覆い、緩やかに撫でたので、それが余計に眠気を誘った。
「大丈夫だよ、眠っている間に、全部済ませておくから」
「…ぜん、ぶ…? なに、が」
その言葉の意味を考える前に、長谷部の意識は落ちるようにまどろみの中に沈んでいった。
「――、ぅ、あ……?」
どれくらいの間眠っていただろうか。鈍い痛みと、胃がせりあがるような圧迫感で目が覚める。体がやけに熱い。薄く目を開けると、頭の上から「げ、」と焦った声がした。
「あ、るじ…? ぁ、くっ」
声をあげると同時に下腹部が圧迫されるような感覚で息が詰まる。あたりは薄暗く、自分の部屋ではないが、酒を飲んでいた審神者の部屋でもない。ただ体の下には柔らかな布団があって、長谷部はそこに仰向けに寝かせられているのだった。敷布が肌に直接触れている感覚から、服を着ていないことにも気付く。部屋は薄暗い上に、靄がかかったように視界が曇っていて、何か焚かれているのか、独特な香りが鼻を擽った。それでも目を凝らして神経を研ぎ澄ませれば、薄暗さの中、審神者が首を傾げてこちらぞ覗き込んでいるのがようやく見て取れる。
「分量間違えたか…? ずっと寝ててくれた方が助かったんだがなあ」
「っ、え…?」
その言葉の真意が分からず、体を起こそうとすると圧迫感がひどくなった。
「ぁ、ひっ」
「ああ、動かない方がいいぞ。中が切れてしまう」
「えっ、中って、あ、あっ?」
声が喉に引っかかってうまく言葉にならない。しかし、暗闇に目が慣れたのか、寝起きの頭がようやく覚醒したのか、そこで長谷部はようやく、置かれている状況をうっすら理解することが出来た。それが理解しがたい光景だったとしても。
「んぁ、な、な、何を…っ」
「何って」
圧迫感の正体であった下腹部の更に下を審神者の手が撫でて、無意識に腰が跳ねる。跳ねた拍子に、審神者の股座と繋がったそこがぐちゅ、と音を立てた。中を犯されてる、と気付くと同時に布団の上に投げ出された足を抱えあげられる。あらぬ箇所でみちり、と肉が肉を押し出す感触。長谷部の脚の間を体で割って入った審神者は、額に汗を浮かべながらも、まるで昼間と変わらない、困ったような笑顔で言った。
「妻とセックスしてるんだが」
そうして長谷部の戸惑いなど気にもかけず、ぐいと大きく体を屈める。「ひっ」と掠れた声が零れた。審神者の動きに合わせて、体を内側から広げられるような感覚に襲われる。ひどく苦しいし、尻の狭間がひりつくように痛むのに、肉と肉が擦れて、腰をぞくぞくするような痺れが走った。
「はあ、さすがにきついな…じゅうぶん解したのに」
「う、あっ あっ、あーっ」
意識がはっきりすればするほど、脈打った肉がごりごりと内壁を擦りながら押し入る感覚が鮮明になる。しかし、その苦しさと痛みより、「どうして」という疑問の方が大きかった。形式だけ、と審神者は言わなかったか。形だけのものだと、あとは何も変わりはしない、と。それなのに、これではまるで―――
「形式だけのはずだったんだがなあ」
審神者はいつだって長谷部の考えを見透かすかのようにその先の答えを言ってしまう。
「初夜に体の交わりも持たなければ、結びついたことにはならないんだとさ。ごめんな。私も不本意なんだけれど、仕方ないよな? こうしないと私はこの本丸に存在し続けることができないんだから」
「ぅっ、ふ、あっ」
「お前も不本意だろうけど、大丈夫だよ」
「お、れは…っあ!」
「さっき飲ませた酒にはまじないをかけてあるからね。明日には何も覚えていないはずだし…本当は朝まで目覚めないはずだったんだが…まあ誤差の範囲内か」
「ひっ、や、あ、あぁ、」
滔々と話しながらも腰を何度も押し付けるので、審神者の声と、ぬちゅぬちゅというあからさまな交わりの音が同時に耳を犯した。何か言いたいのに、言い返したいのに、口の中に残る酒の甘さが張り付いたように塞いで、うまく言葉が出ない。不本意じゃない、と言いたいのに、口から出るのは言葉にならない喘ぎばかりだ。長谷部を犯しながら薄く微笑んでいる審神者に違和感を覚えるが、行為そのものは決して嫌ではなかった。しかし、審神者が長谷部の脚を肩に担ぎあげ、更に体を寄せたので、喉からは最早悲鳴のような声が漏れる。本来何かを受け入れるべき場所ではないそこが、下生えが触れる程深く穿たれて、みちみちといやな音を立てて犯され続けていた。どうなっているのか確かめる術はないが、何かを塗られたのか、揺さぶられる度、穴から溢れるぬるついた液体が尻肉の間を流れていく。
「ひっ や、あぁ…」
「おっと、暴れるなよ」
「や、やめ、あっ あう」
伸ばした手は、抵抗と見られたのか、すぐに掴まれて布団に押し付けられる。ちがう、と訴えたくて、けれど伝える程の余裕もない。
本当は、嬉しかった、と。
本丸で共に生活しているのに、自分たち刀剣男士とどこかで一線を引いて、審神者という役割に関わる部分以外では距離を置く男に、それならせめて臣下として一番近いところにいたいと、そう思ってずっと仕えてきたのだ。仕事人間である審神者に、自分も同じ性質ですよと言わんばかりに事務的に務め続ければ、彼は自分にだけは他よりもいくらか頻繁に声をかけてくれるようになった。それが誇らしく、嬉しくて、けれどそれを伝えてしまえば彼は嫌がるだろうと、気持ちを隠して、仕え続けた。だから審神者の申し出は、それが例え形式上のものだとしても、審神者自身にそういった深い気持ちが一切ないのだとしても、『お前なら』と長谷部を選んだ事実はこれ以上にない幸福だった。その事実だけを胸に、これからもずっと臣下として彼の傍にいられると、気持ちを押し隠してい続けることに耐えられると、そう思っていたのに、まさかそう思った夜のうちに抱かれるだなんて想像するわけがない。
「ひぐ、う、うう~~~っ」
「あー、泣くなよ…参ったな」
涙で滲んだ視界の仲で、眉を顰めた審神者の顔が歪んだ。一方的に凌辱されることも、痛いくらいに犯されることも長谷部は平気だ。痛みは耐えるだけだし、傷がついたら手入れをすれば残らない。しかし、恋い焦がれた主に義務的に抱かれているのだと思うと、手入れでは決して届かない場所がひどく痛んだ。これまでそうだったように、審神者に抱かれる夢を見て翌朝罪悪感にかられた方がずっとマシだ。
腕を押さえつけられては顔も隠せず、零れた涙が敷布に染みていく。
「…ひどい顔だ」
「ん、あ、ごめ、なさ…」
顔を背けて審神者の視線から逃れようとすると、腕を押さえつけていた手が離れて、代わりに逸らした顔を容易く捉えた。
「ひっ!」
「ああ、目が真っ赤だ。かわいそうに」
「や、やめ、見――っ」
言葉とは裏腹に、審神者はやはり目を細めて笑んでいる。話す言葉も調子にも熱は感じられないのに、内側を犯す性器は硬度と熱を持っていて、そのアンバランスさに、快感以外の寒気が背筋を走った。熱に浮かされたように頬を紅潮させたその表情も、ぎらついた眼も、「初夜だけだなんて勿体ないなあ」と上擦って漏れた声も、長谷部は知らない。
「うぁ、ん、…ひっ」
けれどその感情を言葉にすることは出来なかった。言葉にならない声が半開きの口から呻きのように漏れる。
もう一度伸ばした手は空を切り、抱き込まれた体が揺さぶられるのに合わせて人形のように揺れた。
「もう少し、もう少しだからな…っ」
「あっあっ、や、あぁっ うぁ、」
審神者がいっそう強く腰を叩きつけると、ばちゅん、と結合部が激しく音を立てた。激しく数度叩きつけられたかと思えば、今度はぐりぐりと腰を押し付けられるように進められ、腹の奥がじわりと熱くなる。
「っ、ぅ……」
「はあ……あー、出る…っ」
零れないようしっかりと腰を抱き寄せられながら、審神者の精がとくり、とくりと注ぎ込まれる。その狂おしく切ない感覚を最後に、長谷部の意識は暗闇に落ちていった。
目を覚ますと、ひどく体がだるかった。
頭はガンガンと痛み、窓から差し込む朝日や鳥の囀りがひどく耳障りで、長谷部はそう感じてしまう思考と体の不調にただただ戸惑った。しかし、昨日は数回出陣した他はいつも通り過ごしていたはずだし、今日もそれは変わりない。死ななければどうということはないが、あまりひどければ出陣に、ひいては主の戦績に支障が出る。長引くようであれば手入れ部屋へ入ることも検討しなければ、と、考えて、長谷部は着替えながら首を傾げる。こんなことが、前にもあったような気がしたのだ。
しかし、考えたところで頭の隅がもやもやしたまますっきりせず、仕方なくだるい体を引きずって部屋を出た。
「長谷部、」と声がかかる。
前にもこうして声をかけられたことがある気がした。目の前には、今まさに長谷部の部屋の戸に手を掛けようとしたらしく、手を中途半端に宙に浮かせて困ったように佇んでいる審神者がいる。前に、こんな光景を見た気がした。無意識に背筋が伸びる。
「朝からすまない。…少し、いいか」
そう言って薄く笑った審神者からは、嗅いだことがあるような、不思議な香りがした。
終