テレビゲームをする主へし「あっ、これ懐かしい!」
部屋の奥からそんな声が聞こえる度、長谷部は手を止める羽目になる。本丸の大掃除も佳境だというのに、肝心の審神者の部屋だけがなかなか片付かない。声がする方へ向かってみれば、審神者の私室は案の定、物という物が散乱したままだった。
「主?」
つい声に呆れも混じるというものだ。
振り向いた審神者は「しまった」という顔をしながらも、手に持ったものを長谷部にも見せてくる。良くないと思いながら覗き込めば、それは見たことのない機械だった。手のひらふたつ分くらいの大きさの箱から、コードが伸びて子機のようなものに繋がっている。
「これ、懐かしくない?子供の頃みんなとやったなあ」
「……俺は記憶にないです」
「あっ、そうか」
悪びれた様子もなく審神者がごく普通に、
「長谷部はまだいなかったっけ」
というので歯ぎしりしたくなる。審神者が押し入れから何か見つける度――それは審神者が子供の頃のアルバムであったり、卒業証書であったり、古びた漫画だったりした――長谷部の苛立ちは募った。この部屋は本丸のどの場所よりも審神者の歴史を物語るものたちで溢れていて、審神者にとっての「懐かしい」ものは長谷部にはほとんどが初めて見るものだった。長谷部がこの本丸に顕現したのは数年前で、今やほとんど毎日近侍を任せられる程の信頼を得ているものの、幼少期から本丸で育った審神者や初期刀、それに続く面々のほとんどから見たらまだまだ新参者だ。その事実を、こういう時にいやという程思い知る。その気持ちを知ってか知らずか、眉間にぎゅっと皺の寄った長谷部を横目に、審神者は機械の埃を払うと、ひっくり返したりコードを繋いだりして何やら組み立てている。
「……主?」
今度は怪訝な声になった。審神者はまだ幼さの残る顔で「ちょっとだけ」と悪戯っぽく笑う。コードを何本か繋いだ機械の電源を押すと、立ち上げられた液晶がブォン、ジジジ、と音を立てた。
「長谷部はこっちね」
「はい。……はい?」
手渡された子機を反射的に受け取る。柔らかな曲線の、不思議な形をした機械だ。ボタンがいくつかついていて、薄れてはいるが〇や△の文字が印刷されていた。まじまじと観察している間に審神者はあやしげな音を立てる液晶を見ながら、もう一つの子機で何やら操作を進めていた。
「えっとね、競争ゲームみたいなやつ」
「競争……」
「十字キーが方向で、丸が走るボタンね。三角でアイテム使える」
「はあ……?」
「やってみればわかるよ。キャラクター選んで……適当でいっか。長谷部はこの緑の帽子被ったキャラね。俺赤いやつ」
あれよあれよという間に準備は終わったらしい。チカチカと光る画面に、車に乗った二頭身のキャラクターが現れる。長谷部が状況を飲み込みきる前に「よーい、ドン!」と画面から甲高い声が聞こえた。
「えっ?」
「長谷部、まる!まるボタン押して!」
「しゅ、主命とあらば」
慌てて子機を握り直し、〇ボタンを押すと、赤いキャラクターの背中を追うように、緑帽子のキャラクターが乗った車が走り出す。競争、と審神者は言った。うねうねと曲がりくねった道を走り、順位を競うゲームということらしい。落ち着いてみれば操作は簡単だし、シンプルな作りだ。画面上で前を走る審神者の背中を追うだけで良い。こっそりと審神者を横目で見れば、慣れた様子で指を動かしながら、やはり「懐かしい」と呟いている。素直に、面白くない、と思った。長谷部には馴染みのない機械に楽しそうに向き合う審神者や、その中の思い出に自分がいないことを思うと何とも言い難い悔しさがある。それを置いても今は掃除中で、遊んでいる暇はない。ゲームの操作自体は難しいものではなかったので、長谷部はキャラクターを操作する手は休めないまま口を開いた、が。
とん、と腕に軽い衝撃があった。
「あ、ごめん」
長谷部の腕に体ごと軽くぶつかった審神者がちらりと此方を見上げて困ったように笑う。
「これ、昔も、ん、クセだったんだよね……つい傾い、あ、またカーブ、あ、あっ」
画面を見たままの審神者が小さく声をあげ、同時に体が傾いて長谷部に寄りそうように密着する。画面の中でも、審神者が操作するキャラクターが急カーブで車ごと傾いていた。長谷部は手元の十字キーを動かしているだけだが、画面の中の緑帽子は同じように傾いて走り抜けていく。しかし、再びカーブに差し掛かると審神者の体は同じように長谷部の方に傾き、その度に肩や腕が触れ合った。微かな重みと体温が預けられる度、長谷部の心臓は跳ねる。
「……動く、必要は、ない、のでは」
「だからクセ、なんだ、ってば、あ、ごめん」
「っ、いえ」
長谷部の動揺などつゆ知らず、審神者は少し恥ずかしげに笑って体を離した。長谷部も、つい先ほどまで感じていた苛立ちを忘れて、妙にそわそわとした気持ちでゲームに集中することにした。審神者は再び画面に食い入っている。カーブに差し掛かる度、審神者の体が右に左にと揺れ、左に揺れると長谷部の右腕あたりにぴったりと寄りそった。僅かな重みと体温に頬が緩む。ゲームの操作自体は難しいものではなかったし、審神者が傾く方向に十字キーを倒せばいいだけだった。時折、カーブとは反対側にそっと体を傾けると、こちら側に傾いた審神者と肩が軽くぶつかり合う。
「わ、逆逆!」
「すみません、難しいですね」
どきどきしながら謝ると、審神者もおかしそうに声をあげて笑う。そんな戯れを何度か繰り返すと、画面の中で赤いキャラクターが先にゴールを示すラインを超えた。画面の中でもぴったり寄りそう様に走っていた緑帽子のキャラクターも同じように走り抜ける。
「はー……久々にやると結構楽しいな。長谷部どうだった? 初めてだったよね」
そう言ってこちらに笑顔を向ける審神者との距離は今までにないくらい近い。軽くぶつかったり寄りそったりを繰り返している内に慣れてしまったのか、カーブがなくなって、競争が終わっても審神者の肩や腕は長谷部の方に預けられたままだ。審神者が懐かしいといって取り出してきた機械には何の思い入れもなかったし、ゲームそのものも単純で、特別面白みのあるものに思えなかった。しかし。
「……はい、楽しかったです。とても」
心が弾み、楽しいひと時を過ごせたのは事実だ。答えれば、審神者も嬉しそうに「良かった!」と笑う。
その後、掃除の進捗具合を見に来た歌仙に見つかり、ふたり揃って叱られたのは当然の流れだったが。
「また今度ね」
叱られたあと、審神者が内緒話をするように囁いたので、長谷部にとってはそれでもう、良い思い出になったのだった。
おわり