#Spark お題「引き留める言葉」
山王工業高校の近くで、大晦日に打ち上がる花火を見ようと、部の先輩を誘った。名前は深津さん。一個上で、語尾がベシで、バスケがものすごくうまい。オレの、好きな人。
本当はデートの意味で誘ったけど、深津さんはオレの気持ちに多分気付いていない。でもまずは、意識させるところから。恋愛なんてろくにしたことがないけど、深津さんを好きだと自覚してから、2人きりで話せるチャンスをいつも狙っていた。深津さんは次の主将になるから、なかなか1人でいるところを見かけない。だったら自分からそのチャンスを作りに行こうというわけだ。
「いいベシ、他のみんなも誘うベシ?」
顔色を変えず返ってきたその言葉に、オレはちょっとだけしゅんとした。
「そうですよね、そうしますか」
と、当たり障りのない言葉で答えた。2人きりがいい、とは言ってないから、そりゃそうだ。いつも仲の良い先輩たちと一緒にいるから、今回も大晦日に残っているメンバー何人かと一緒に違いない。深津さんは、「聞いとくベシ」とだけ言って部室を出ていった。
当日。大雪が降った。大晦日に帰省する予定だった多くの部員たちは、足止めを食らった。秋田の雪はどかっと降る。この大雪では交通機関もそりゃ止まるだろう、と他人事のように思った。オレは年が明けてから実家に戻って、数日で山王に戻る予定だった。練習は5日から始まる。深津さんは実家が近いから、元日に顔を出して、3日には戻るそうだ。
そういえば今夜、どうするんだろう。深津さん。
あの日以来、深津さんと花火の話をしていない。山王の校庭からでも見えるから、その辺りで見れたら良いかと思っていたが、雪が降ったのは誤算だった。
いつもの夕飯後、まだ食堂に残っていた数人の中で話している深津さんについ視線を送る。すると、深津さんがこっちを見た。手招きされて、近付いた。
「二◯時半に、俺の部屋」
それだけ言われて、花火のことを覚えていたんだと嬉しくなった。深津さんと相部屋の先輩は、昨日からすでに帰省している。今夜は深津さんは1人部屋だ。他の先輩たちも来て、みんなで花火を見た後に騒ぐのかもしれない。2人きりじゃなくてもいいや、この際。深津さんの部屋に行けるなら。
オレは嬉しくなって頷いた。はやく時間にならないかな。
壁にかかった時計の針が進んでいくのを、もどかしい気持ちで見つめた。
時間になってすぐ、オレは深津さんの部屋を訪れた。手には、自動販売機で買ったあったかい缶コーヒーが二つ。深津さんがブラックがいいのか、ミルクの入ったカフェオレがいいのか分からないから、一つずつ。オレは深津さんが飲まない方を飲めばいい。
「よく来たベシ」
ゲームのラスボスみたいなセリフに少し笑みが溢れる。深津さんが腕を組んでそう言うから、ほんとにラスボスっぽくて面白かった。
「なに笑ってるベシ?」
「なんでもないです」
深津さんは風呂上がりで、ほかほかの体にグレーのスウェット姿にメガネだった。滅多に見れない気を抜いた姿に、きゅんと嬉しくなる。それにちょっと可愛い。部屋の小さなデスクに、ノートと参考書が広げられていた。
「勉強してたんすか?」
「冬休みの宿題ベシ」
「偉いっすね、まだ提出先なのに」
「さっさとやらないと、練習で時間取られてるうちに休みが明けるベシ」
それはそうだけど、なにもオレとの約束の前にやらなくても。でも深津さんって真面目だ。勉強もちゃんとやるんだな、と新しい一面が見れた気がして嬉しくなる。
「適当に座れベシ」
適当に、と言われてもオレの部屋と同じく、床には座る場所なんてない。2台のベッドと2つのデスクに、物置の棚があるだけであとはもう狭い寮の相部屋だ。綺麗に片付けられている、おそらく相部屋のもう1人の先輩が使っているだろうベッドに腰掛ける。
「他の先輩たちは?」
「他の?」
「あれ」
そういえば、花火が上がるまでもう数十分しかないのに誰も部屋を訪ねてこない。
今から馬鹿騒ぎして、盛大なパーティーになるんだろうと踏んでいたオレは、いつまでも静かなこの部屋に少しずつ緊張してきていた。
「来ないベシ、誰も」
「えっ」
大袈裟に驚きすぎて、深津さんが眉根を寄せてからしまった、と思った。こんな反応するべきじゃなかった。まるで2人きりが嫌、みたいな。
あわよくば2人きりで見れたらいいのに、と思っていたのは自分の癖に。だから缶コーヒーも2本しか買ってきてないんだろ。思いがけず降りかかってきたラッキーな展開に、受け入れるのが遅れてしまった。
「2人がイヤなら、呼んでくるベシ」
「ち、違います!そんなんじゃないっす!」
「そういえば最初から、お前は2人でなんて言ってなかったベシ」
そう言って腰を上げた深津さんは、部屋の入り口に向かって行ってしまう。せっかくのチャンスを不意にしたくなくて、オレも慌てて立ち上がった。
「ふ、2人がいいです!」
思わず腕を掴んで、深津さんにそう叫んだ。
我ながら、簡単すぎる言葉。少し恥ずかしいけど、この勢いを逃したら本気で深津さんは出ていってしまいそうで、オレは必死だった。
振り返った深津さんが、なんでもない顔をしていて、オレはさらに不安になった。なにか引き止められる言葉を、とオレのない頭が必死に回転する。
「オ、オレ、深津さんとオレの分しか飲み物買ってきてないっす!」
深津さんの眉毛がぴく、と動いた。
「飲み物?」
「コーヒーとカフェオレ、どっちがいいか分かんなくて。せっかくお部屋に招いてもらったし、あったかい飲み物と思ったんすけど」
ベッドに転がる2本の缶コーヒーを目線で促せば、深津さんはドアノブにかけた手をおろした。
「…それは、他の奴らに悪いベシ」
その言葉にホッとする。買う時は深津さんのことしか考えてなかったから2本にしたけど、部屋までの廊下を歩いてる時にもし他の先輩がいたらどう説明しよう、と思っていたから、これはこれでよかった。
大人しく元の位置に戻った深津さんに、オレはコーヒーを手渡す。
「どっちがいいっすか?」
まだ温かさの残る缶を掲げて、深津さんに聞いた。
「どっちでも、沢北の好きなほう」
「オレもどっちでも。深津さん、ブラック飲めないならオレがブラックにします」
「お前は飲めるベシ?」
「飲めないです」
じゃあダメだな、と返した深津さんが、目元だけで笑った。あ、可愛い。盛大に笑わなくても、微笑むだけでこんなに気持ちが緩むなんて。オレやっぱり、深津さんが好きかも。
「飲めなくても、頑張って飲みます。深津さんのためなら」
ちょっと勇気が出て、オレはさらに踏み込んだことを言ってしまった。
「無理しなくても、2人で飲むベシ。カフェオレ」
それってもしかして。
「間接キス…」
嬉しくて頭がバカになったオレは、思ったことを全て口に出してしまっている。キモがられないように、2人でいられるだけで、と思っていたはずなのに、深津さんがくれるラッキーに浮かれまくっている。
「イヤなら無理すんなベシ」
深津さんがブラックの方を手にかけた。いやいやそんな、イヤなわけない。
「よくポカリも回し飲みしてますしね!」
フォローのつもりで言ったけど、まるで気にしてないみたいな言い方になってしまった。そういうわけでもないんだけどな、と思いつつ深津さんの反応を伺ったら、「うん、そうだな」とだけ言った。
2人の間に気まずい空気が流れて、なにか言わなきゃと思っていると、窓の外からドン、と大きな音が聞こえた。
花火が始まった。雪が降り続いていても、決行されるらしい。夏の日に見る花火と違って、冬の寒い日は空気が冴えて澄んでいるから、花火の光がよりくっきりとして見える気がした。
「始まったベシ」
部屋を暗くして、窓の外の明るい光を眺めた。オレの部屋がある1年の寮は、花火が打ち上がる河川敷とは反対側に面しているから、こんなふうにキレイには見えない。何人かの、会場に行けなかった部員たちも、仲の良い先輩の部屋に集まって花火を見ているだろう。2人きりなのはきっと、オレたちだけだけれど。
「綺麗ベシ」
深津さんの白い顔に、花火の光が反射していた。まっすぐ通った鼻筋に見惚れて、オレは深津さんから目が離せなかった。
「ね、綺麗ですね」
バレないように隣を盗み見ながら、オレは手元にあるカフェオレのタブを開けた。
「どうぞ」
「ん」
深津さんが一口飲んで、すぐにオレに手渡した。なるべく平静を装って、オレも口をつけた。甘くあたたかい、ミルクの味が口に広がる。カフェオレなんて普段飲まないけれど、こうやって深津さんと一緒に飲んだ思い出があるなら、これからも飲んで良いかも、と思った。普通より甘く感じるのは、深津さんが口をつけた後だからか。
「寒くないベシ?」
オレが飲んでるところを見ていたらしい深津さんが、そう聞いてきた。寒くなんてなかった、心も体も。
頷いたら、深津さんがまた目元だけで笑った。
「お前、体温高そうベシ」
「そうっすか?深津さんもあったかそうですけど」
「秋田生まれは皆、寒さに強いベシ」
「オレは寒いの苦手っす、こんなに雪が降ると思わなかった」
「来年になれば、きっと慣れてるベシ。これからもっと降る」
「えー、やだなあ。寒いと手がかじかんでバスケできないし」
「体育館も冷えるベシ。動けばあったかいけど」
「…来年の冬、また一緒に花火見たいっすね」
そう言ったら、深津さんが少しだけ驚いた顔をした。オレ、変なこと言ったかな?
「そうなると良いベシ」
深津さんがまた、少し目元を緩ませた。オレの好きな顔。可愛い顔。
来年なんてどうなるか分からないけれど、それでも叶うと良いなと思った。
「花火、すごいベシ」
深津さんがまた窓の外に目線を向けた。オレもつられて花火を見たけど、結局また深津さんが気になってチラチラと見てしまう。
オレと2人きりでどんな気持ち?缶コーヒーを共有してどう思う?どうして、他のやつを呼ばなかったの?
いろいろ聞きたいことがあったけど、深津さんが静かに窓の外を見ているから、何も言えない。深津さんが纏う静かな空気が好きだ。大切にしたい。本当に、隣にいられるだけで幸せ。
この静かな世界で、深津さんと2人きりで、花火の音だけが響く。キラキラと、いろんな色のスパーク。弾けて広がって消えていく。まるでオレの頭の中みたい。
とにかく今は、深津さんと2人きりの今をしっかりと堪能して、それから考えることは一つ。
花火が終わっても、この部屋にいたい。
それを伝える言葉を、花火が終わるまでに考えないと。