はじめて 授業も終わり、生徒たちを外へと急かす。集団下校のため、特別な日でもあるから学校が終わってから楽しい思い出を作って欲しくて。
「せんせぇさよーなら!」
「はい、さようなら」
一人、また一人と生徒を送り出す。気がつけば、教室に残っているのは最後の一人になっていた。
「ルカくん? なにか探してるのかな。早く行かないと、班の子待ってるよ」
「んぅ…あのね、えっと、シュウ。 これね、わたしたくて」
「うん?」
その手に握られているのは、可愛いラッピング袋だった。ペンギンの書かれた袋に、金色の留め具がついている。
「こら、ルカくん。 学校にお菓子持ってきちゃダメでしょ。 見なかったことにしてあげるから早く帰ろう?」
「! やだ! これね、シュウにわたしたくてもってきたの。 だからうけとってくれないとやだ」
「えぇ?」
どこからどう見ても手作りのそれは、自分のために作られたものだという。教師って生徒からお菓子もらっていいのかな。まぁ、没収って形になるから貰うのも変わらない気がするけれど。
「ん!」
悩んでいると、強引にチョコを渡される。受け取った僕を見て、ルカくんは満足そうに笑った。
「おかえし、きすでいいよ」
「んはは、しないよ。 キスは大事な人のためにとっとくものなんだよ」
「だからシュウにあげるの」
わかってないなぁと零す姿に笑みが盛れる。こうやって懐いてくれる子も、数年経てば恋人ができてあの頃は幼かったなんて言うんだろう。特にルカくんは人好きされるし、見目もいいからすぐに彼女が出来ちゃうんだろうな。
「シュウ、ちゃんとそれたべてね!」
「ん〜、本当は貰っちゃダメなんだけと、ありがとうルカくん」
ぽすりと頭を撫でれば、へへっと笑い教室から走り出す。扉まで走ったところでくるりとこちらを振り返り、眩しい笑顔を向けられる。あぁ、子供って可愛いな。教師をしていてそう思うことは多々あるが、今回は特に癒しを貰った。
帰宅後、教員から貰ったチョコレートと、ルカくんから貰ったチョコレートを並べる。
「結構貰っちゃったな…お返しが大変かも。 頑張らなくちゃね」
中には高級店のチョコも入っており、気合いが入ってるなぁと感心する。しかし、1番目を引くのはルカくんからもらったチョコレートだった。手作りで、不格好で、チョコを溶かしただけの可愛い形をしたチョコレートたち。なんだかすぐ食べるのは勿体なくて、仕事仲間から貰ったチョコレートに手を伸ばす。
「ん、これ美味しい。 チョコマカロン? お店チェックしておこう」
ぱくりぱくりと、ひとつずつ口に運ぶ。あらかた食べ終え、残すのはルカくんのチョコレートだけになったしまった。留め具を外し、一粒のチョコをすくいあげる。
「はは、ねこかな? これ」
大切に、口に運ぶと濃厚な甘みが口の中で蕩けた。生クリームを多く使っているのだろうか、普通のチョコレートよりも口溶けが滑らかな気がする。
「ん、ふふ。 美味しい」
なんだか勿体なくて、また留め具を付け直す。しっかりと冷蔵庫にしまい、また明日の楽しみとして残しておく。手作りだから早く食べなければいけないけれど、これぐらいなら大丈夫だよね。
「…おかえし、するべきだよねぇ」
何にしようか、お菓子をあげるなんて出来ないし。メッセージカードなんてどうだろう?来月のことを考えると、なんだか楽しくなってきて次の休みは渡すメッセージカードを買いに行こうと心に決めた。さて、メッセージにはなんて書こうか、なんて。
「そんなこともあったなぁ」
机に並ぶチョコレートを見て、ふと零す。ルカはどうしたの?って顔をしている。
「ルカがはじめてくれたチョコ、覚えてる?」
「あぁ! 手作りしたやつだね! あの時シュウ、キスしてくれなかった」
「んはは! そりゃしないよ。 教え子だしね。 冗談だと思ったし」
「冗談なんて言わないよ! あ、でもメッセージカードくれたのは嬉しかったけどね!」
なんでこうなったのかは分からないけれど、今の僕はルカと同棲している。ルカが卒業して、大学生になった時にばったり出会ったのだ。シュウ?なんて声をかけられた時は、立派になりすぎてて誰かわからなかった。あれよあれよと距離を詰められ、気がつけば恋人になっていて、同棲まで漕ぎ着けたのだからルカのパワーは凄い。
「あの時さ、嬉しかったんだよね。 手作りってなんか特別でいいなぁって思ってさ」
そう話していると、ルカが持っていたチョコを落とす。中身は大丈夫だろうか。
「シュウ、手作り好きなの」
「? うん、嬉しいよ」
「OMG!!!!」
ルカは頭を抱え、テーブルに並ぶチョコを見て絶望した顔を浮べる。僕なんか言っちゃったかな。
「あ〜…ルカ?」
「……作る」
「へ?」
「手作りチョコ作る!」
「作るって…もうチョコはいっぱいあるじゃない」
机を見てみれば、所狭しとチョコレートが陳列されている。ここだけで百貨店のチョココーナーができそうな勢いだ。
「でもっ、シュウ、手作りが好きなんでしょ…?」
「既製品でも嬉しいよ? 美味しいし」
プレゼントして貰えたチョコを一粒、口に運ぶ。カカオがしっかりしていて食べごたえがあるなぁ。
「う〜…来年は手作りにするから!」
「んはは、楽しみにしてるね」
未だ悔しそうなルカをみて、けらけらと笑う。来年は何を作ってくれるんだろう。ていうか、ルカってお菓子作りするのかな?あんまりイメージにないや。
「僕もホワイトデーのお返し、手作りにしようか?」
「! いいの?!」
「簡単なものしか作れないから、期待はしないで」
「するよ! する! だってシュウの手作りだもん!」
ブンブンと、無いはずのしっぽが揺れている気がする。あまりの喜びように頬が緩む。こんなに喜んで貰えるなら、お菓子作りも悪くないかもしれない。自分が作れるお菓子はなんだろう、レシピ本でも買ってこようかな。
「あ、でもこんなにたくさん作れないから。 手作りひとつとその他は既製品でいい?」
「手作りだけでいいよ。 これは俺があげたいからあげてるだけだし」
「そう言っても…貰ってばっかりは申し訳ないよ」
「俺があげたいの! だから安心してもらって、美味しいお菓子作って?」
じ、と上目遣いで見つめられたらNoとは言えない。ずるいなぁと溜息をつき、ルカを見つめる。
「じゃあ、なんのお菓子がいい?」
一ヶ月後には上手く作れるようになってるといいな、そんな願いを込めながらチョコレートを一粒口に運んだ。