奇妙な逢瀬 夢の中で、釣り糸を垂らしながら瞑想していたタルタリヤはふいに目を開けた。
「これはこれは、珍しい客人だ」
穏やかな口調で話す彼はどこか嬉しそうに聞こえる。すらっとした体格に、黄金よりも眩い石珀の瞳、そして威厳ある佇まい。夢枕に立ったのは、紛れもなく鍾離だった。
「公子殿、息災か」
「……ぼちぼち」
「切れが悪いな。どうした? 俺で良ければ話を聞くが……」
察しが良すぎるとつくづく思うタルタリヤだったが、少し経つと口を開いた。
「鍾離先生ってさ、元素力に振り回されたことはある? あ、いや、質問を変えよう」
「――元素に流れってあると思う?」
タルタリヤは揺れ動く波紋を見ながら聞いた。彼がいつもよりやや不安げに見えた鍾離は答える。
「ああ、あるぞ」
すると鍾離は目の前にある海を指差しながら話し出した。
「例えば海、海は豊富な水元素の塊だ。魚が泳いだ際に作られる波紋はそれこそ、元素の流れと言えるだろうな。波が立つのは風の元素力に起因している。空に雲ができるのは炎元素が水分を蒸発させているからだ。流木にツタが這っているのはまさしく、草元素の成長力に因るものだろう」
「雪山で白い息が出るのは凍結反応が起きている証拠だな。まあ、これは余談だが」
「じゃあ、雷が落ちるのは?」
「ははっ、誰かが彼女を怒らせたんだろう」
沈黙すること数分、今度は鍾離から聞いた。
「元素の流れが気になるのか?」
「最近、やたらと気の浮き沈みが激しくてね……とても気になる」
「少し診てやろう」
(診れるんだ……)
タルタリヤが釣り竿を手放すと、背景が瞬く間に変化し、璃月の一室へと移った。とはいえ、部屋の中には一脚の円卓に、二脚の椅子があるのみでこれといった風情はない。二人は円卓を横目に、向かい合うように座った。
「右腕を出してくれ」
「こう?」
言われるがまま右腕を差し出したタルタリヤに対し、鍾離は頷きながら説明した。
「今から公子殿の元素の流れを見るが、少し擽ったいぞ。何かあったら言ってくれ」
「わ、分かった……」
真剣な面持ちの鍾離に気圧され、タルタリヤの身体に緊張が走った。
鍾離は人差し指と中指をタルタリヤの右手首に添えると、目を閉じて元素の中に入るイメージをした。
そして鍾離の添えた二本指が光り出した時、タルタリヤの身体がゾクリと震えた。
(来た…………!!)
一方その頃、涼しげな元素力を感じた鍾離はゆっくりと目を開けた。広がるのは一面の青、穏やかな水流はまるでタルタリヤの心の柔らかい部分を覗いているようだった。
(あまり見るものではないな……)
鍾離は気を取り直して、流されるがまま注意深く辺りを見回した。どこも純水で、煮沸消毒しなくても飲めそうなくらい水は澄んでいた。
(――!?)
突然、轟音が鳴り響いた。音に近ければ近いほど、水の流れも早くなり、気を抜くと吸い込まれそうだ。
鍾離は水流の外側を何とか見つけ出し、底を這うように音の出どころを探っていた時、彼は目を見開いた。
純水の中に濁水があったのだ!
不純物が混ざっている仄暗い色をした水はすっかり濁り、やがて純水を覆ってしまうのではないかと不安に駆られるほど周辺は淀んでいる。
良くない何者かが、潜んでいる感覚に鍾離は気持ち悪ささえ覚えた。
(…………っ!)
鍾離が手で口を覆った時、暗闇から金色の輝きが見えた。それは開けたり、閉めたりを繰り返している。
「何者だ」
鍾離が問いかけると、水の流れが激しくなった! 逆らうことのできない力に鍾離は足を取られ、息が苦しくなってきた。
せめて、正体をはっきりさせておこうと、鍾離が黒い何かを睨みつける。
(これは……!)
轟音の主はなんと、巨大な鯨だったのだ!
巨大な鯨は口を開けて今か今かと、餌を待っている。飲み込まれるかもしれないと身の危険を感じた鍾離は、元素の流れから離脱した。
「……せ、せんせ……、鍾離先生!?」
「公子、殿……? ああ……俺は、戻ってきたのか」
鍾離はタルタリヤの肩に手を付き、息を整えてから話した。
「問題があった。元素の流れ自体は安定しているが、一点だけ濁っている箇所があった」
「濁っている?」
「ああ、そこは鯨の巣だ。公子殿、鯨に心当たりはあるか?」
「俺の命ノ星座だよ」
「だとすると、ははっ……全く」
吹き出したあと鍾離は「お転婆な星座だ」と呟いた。タルタリヤは訝しげに問いかける。
「急に笑い出すなんて、俺の元素の中に面白いことでもあったのかな?」
鍾離はタルタリヤの元素の中で体験したことを簡潔に伝えた。
「公子殿の鯨が、凄まじい勢いで飲み込もうとしていた」
「俺が見た夢の内容みたいだ」
「夢?」
「うん、ずっと前のことだけど、鯨が出てくる夢を見たことがあってね。う〜ん、俺の星座だから、俺に似たのかな……」
タルタリヤは顎に指を添えて考える素振りをした。鍾離は続ける。
「かもしれないな。ともかく、いつ公子殿の元素が安定するかも分からない。暫くは様子を見たほうがいいだろう」
「じゃあ、その時は相棒にでも頼もうかな」
軽やかに言うタルタリヤを見て、鍾離は密かに安堵した。
「そろそろ戻らないと……あ、そうだ」
タルタリヤは椅子から立ち上がり、璃月式の扉に手を掛けたが、何かを思い出した様子で、振り向き様に鍾離へ言った。
「今度、部屋に呼ぶ時は、ベッドを用意しておいてくれよ?」
「……っ!」
鍾離の真っ赤な顔を見たタルタリヤは悪戯な笑みを浮かべ、部屋から消えてしまった。部屋に残された鍾離は、赤らんだ頬を隠すように口元を手で覆い、呟いた。
「……馬鹿者……」
もうじき朝がくる。次の逢瀬は現実で。