理由断末魔と共に魔物が地に伏せる。刃に付いた血液を振り払って、ゼロスはため息をついた。連戦が続き、流石に疲労が募っていた。
「……ったく、もうすぐ街だってのに、この辺やけに魔物が多くねえか?」
傍で、同じように魔物を倒し終えたロイドに問いかけるも、返事がない。どうかしたのかと振り返ると、ロイドは二振の剣先から血を滴らせたまま、ぼうっと突っ立っている。
「ロイド?」
怪我でもしたのかとゼロスが側に寄っても、ロイドは少し荒い息を吐きながら、返事をしない。いつもと違うロイドの様子に、ゼロスは眉根を寄せて肩に手をかける。
「ロイドく〜ん、……聞いてる?」
「え……、ああ!ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
急に我に返った様子で、ロイドが笑う。その笑顔に違和感を覚えて、ゼロスはロイドの目を覗き込んだ。思えば、今日は朝からどことなくおかしかった。それはゼロスでなければ見逃してしまうほどの、小さな変化ではあったがーーー。
「……ロイド」
「な、何だよ……ッ」
鼻先が触れ合いそうなほどまで顔を近づけるゼロスに、思わずロイドが顔を赤くしてぎゅっと目を瞑る。その額に、ゼロスは自らの額を押し当てた。ゼロスの意図に気付いて、ロイドは慌てて体を離そうとするが、今回はゼロスの方が一枚上手だった。ロイドの腕を引き寄せ抱き込むと、手袋を外した手でロイドの首筋や額に触れる。そこは、驚くほどに熱を持っていた。
「やっぱり。熱あるだろ?」
自然と声が低くなるのは仕方がなかった。これでもう何度目だ、ロイドがゼロスに体調不良を隠すのは。ロイドは罰が悪そうにゼロスの腕を押し除けるが、その手にいつもの力がない。
「別に、これくらい平気だって……」
「俺さまの目は誤魔化せないぜ」
ゼロスは口元だけで笑って、真剣な目でロイドを見た。その目に気圧されて、ロイドは黙り込む。
(……ゼロスが怒ってる)
あれだけ体調不良や怪我を隠すなと言われていたのに、またやってしまった。それは旅の中でロイドに身についた、悪癖とも呼ぶべき行動だった。もちろんそれが、ロイドのゼロスに対する、心配をかけたくないという気持ちから生じていることは、ゼロス自身百も承知だった。しかし無理を押した結果、倒れたり怪我を悪化させたりと、結局ロイド自身が苦しむことになるそれを、ゼロスが看過することはできなかった。
ゼロスはロイドの腕を引いて、近くの街まで急いだ。
◇
あれから、魔物に遭遇することなく街まで到着したのは運が良かった。ゼロスは適当な宿屋を取ると、ロイドを部屋のベッドに座らせた。不調がゼロスにばれたことで気が抜けたのか、ロイドの頬は先ほどより赤い。宿屋までの道中、黙ったままのゼロスに、ロイドは眉根を下げて申し訳なさそうに呟く。
「……悪い、ゼロス」
ぐ、とゼロスは優しい言葉をかけそうになる衝動を押し込める。ここで甘やかせば、また同じことの繰り返しだ。ロイドに理解させるには、少し考えさせた方が良い。だが、弱ったロイドに冷たくするのは、ゼロスの性格上不可能だった。ゼロスはため息を吐いて、ロイドの目を見た。その眼差しはただ、ロイドを案じている。
「……それ、何に対する謝罪?」
「お前に、迷惑かけて……」
「ちげーだろ、バカ。……ああもう、良いから寝てろ」
やっぱり、ロイドは全く分かっていない。ゼロスはロイドの首元を寛げて、そのままベッドに押し込めた。手持ちの薬は切れていた。医者に往診を頼みに行こうと、ゼロスが立ちあがろうとした瞬間、服の裾をクン、と何かが引っ張った。ロイドの指だった。
「ゼロス」
ロイドが、不安そうな表情でゼロスを見ている。幼い子供のような仕草に、ゼロスは目を見開く。ロイドは熱で潤んだ瞳で、縋るような声でゼロスに告げた。
「……怒んないで」
置いて行かれた子供が泣くのを我慢しているような、そんな声だった。
(反則だろーが……)
あのロイドにこんな風に甘えられて、怒ったポーズを続けることなど、誰ができるだろう。少なくとも、ゼロスには無理だった。ゼロスは表情を緩めると、服の裾を掴んだロイドの指を握って、あやす様に揺らした。
「もう、怒ってねえよ。……今はどっちかってーと、お前に無理させて気付いてなかった、自分に腹が立ってんの」
「ちがう、俺……っ」
ロイドが首を振る。その拍子にツ……と、ロイドの目から涙が溢れた。体と一緒に、心も弱っているのだろう。慌てて涙を隠そうとするロイドの手を取って、その涙の筋をゼロスは親指で拭った。
「俺の前では、弱いところ見せて良いんだよ、ロイド」
そっと。
その心の奥にまで、言葉が届くように、ゼロスは囁いた。ロイドの涙が止まり眠りに着くまで、ゼロスは側に寄り添っていた。
◇
宿屋に往診に来た医者は、疲労が蓄積していたのだろう、と熱覚ましを出した。貴方もお疲れのようです、少しゆっくりなさってください、と医者に労わるような視線を向けられて、ゼロスは静かに内省していた。
近頃大きなエクスフィアの取引に関わる事件が立て続けにあったせいで、ゼロス自身も過労により思考力が低下していた。生き急ぐように戦いに向かうロイドを、諌めるべき立場だと自覚していたのに、人の身の限界に気付いていなかった。医者の言う通り、この街でしばらく休息を取るべきなのだろうーーーロイドも、そして自分も。
部屋で軽食を済ませた後、医者から処方された薬を飲んだロイドは、うとうととしながらゼロスに話しかける。
「お前が怒ってた理由、分かったよ」
ソファに寝転んで、街の資料館から借りてきた資料に目を通していたゼロスは、視線でその続きを促す。ロイドは、赤くなった目を、恥ずかしそうに細めた。
「……俺が、お前を頼らなかったから」
ゼロスはロイドの枕元に腰掛けると、その頭を撫でた。正解、と笑うゼロスの笑みは、もういつも通りで、ロイドは安堵の微笑みを浮かべた。
「頼られないのも、辛いのよ。……知ってるだろ?」
ゼロスが言っていることの本意を察して、ロイドも頷いた。
天使になっていく過程で、人間性を失っていったコレットの変化に気付けなかった時、ロイドは自分の無力さが許せなかった。コレットが頼ることもできない弱い自分を。その時と同じような思いを、ゼロスにさせていたのだと気付いて、ロイドはゼロスの手を握った。
「ゼロス、……側にいてくれるか?」
「おーよ」
ぶっきらぼうな返事とは裏腹に、ロイドの手を握り返すゼロスの手のひらは優しい。こちらを見下ろす目も、表情も、余りにも優しくてーーーロイドはまた、不意に目頭が熱くなった。
その時、ロイドの脳裏に過ったのは、森の中の記憶だった。ゴツゴツした大きな手、それから、優しい香り。
「……昔、熱を出した時も、こうやって……親父が、ずっと側にいてくれたんだ。……でも、それよりずっとずっと昔に、誰かが……」
そこまで話して、ロイドは微睡の中に落ちていった。ロイドの中に眠る、幼い頃の記憶。その欠片を垣間見て、ゼロスは優しく目を細めた。
「……おやすみ、ロイド」
健やかな寝息をこぼす唇を指でなぞり、いや唇はちげーだろ、とハッとする。近頃ロイドが可愛く見えていけない。
ロイドの髪に口付けを落として、ゼロスは部屋の灯りを消した。
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まだゼロスを上手く頼れないロイドくんの、できてないゼロロイのつもりだけど、はたから見たらどう見ても付き合ってるみたいなやつでした。
リクエストありがとうございました!
遅くなってごめんね!