芸能パロ石乙 所謂BL営業をしていたのは、単にファンの子が喜んでくれるから、という気持ちからだった。男同士で絡むことに嫌だとは思わなかったし、相方の虎杖が明るくてファンサービスが上手かったから、それに同調できるならちょうど良かった。
確かに一部の人からは変とか気持ち悪いとか言われたこともあったけれど、そんなことに悩む暇もないくらい、その頃は毎日どうやったらみんなに楽しんでもらえるかなって考えるので精一杯だった。
その時の経験もあって、俳優として本格的に活動するようになっても、共演者と写真を撮るときはそういう要素を意識するようになった。異性に触ったり近すぎると、今はいろいろ言われてしまうけれど、同性だったら特に言われないし、些細な要素であれば、相手に気付かれることもない。
(だってそうすれば、みんな喜んでくれるから──)
そんな思考が行動を支配していた自覚は、なくはなかった。
だから──。
「俺がお前に確認したいのは、俺にも同じことをしたのか?ってことだ」
石流のインスタグラムの一番最初の投稿、意図的に顔を近づけて撮ったツーショットの画面を見せられながらそう問われて、乙骨はその言葉を否定できなかった。もちろん自分のファンにそういう絡みをすると喜んでくれる子が多いから、という気持ちはあったけれど、知らずにそういう絡みをしていたと知られたら、嫌がる人もいるだろうと。
SNSに疎い石流なら気付かないだろうなという考え方も確かにあった。追々、石流のことを好きになり、付き合うことになるだなんて知っていれば、こんなことはしなかったかもしれないとも思う。
でもそれは全部たらればの話だ。
「…………すみません」
重苦しい空気の中、乙骨はそれだけ口にした。
石流はその言葉にひとつ息を吐いてから、スマホを閉じた。
「……そんな顔すんなよ、俺がイジメてるみてーだろ」
そんなはずはない、自身の行動で彼に不快な想いをさせてしまったのは自分のせいだ。そう思ったから首を左右に振れば、石流はまたひとつ息を吐いてから、スマホを操作した。
「久しぶりに前の投稿とか見返していたけど、今改めて見てみると、確かにオマエの距離が異様に近かったり、角度とかそういう狙ってんのかなって何となく分かる写真が多いなって思ったよ。そんで反応してくれるのは大体オマエのファンの子だった」
苦笑しながら、でも面白そうにそう言って、石流は改めて乙骨の方を見た。
「でも、徐々にそういうのは減ってきただろ?俺も自分だけ写った写真を投稿をするようになったし、元々俺のファンだったり、全然関係ないアカウントから反応が来るようにもなった。それでもオマエのファンの子たちは俺のフォローを外したりしなかったし、オマエが写ってなくても反応してくれたりしてたんだぜ?」
俺の言いたいこと分かるか?と聞いてくる石流に、乙骨は不安げな視線を向けながらも首を横に振った。
それに石流は笑って言ったのだ。
「切欠はどうであれ、俺はオマエにSNSを勧めてくれたことで、ファンの層は広がったし、SNSの更新だって楽しめているってことだ。だからそんな、縮こまったりするなよ」
まるで責めてない、と言っているようにも聞こえる石流の言葉に、乙骨はチラリと石流を伺いながら聞いた。
「……怒ってないんですか?」
「何を怒るんだよ。まぁ勝手にそういう営業されてたのかってのは先に言っとけよとは思ったけど、オマエだって悪気があってやったわけでもないんだろ?」
石流もスマホから乙骨に視線を移してきて、苦笑しながらそう言ってきた。その言葉も視線も優しくて、じわりと胸が熱くなった。
確かに自分は、ファンの子に喜んで欲しいと思う以前に、自分の役を痛めつけていた石流の役への印象を石流自身に向けてもらいたくなくて、何よりファンの子たちの石流への印象をよくしたくて、とても距離の近い写真を撮って投稿した。あの時の自分には、石流のイメージを良くするにはいつもの手法を使うのが手っ取り早いとも思ったから。まさかそこまでの意図を石流が察してくれたとは思わないが、何か意図があったのだとは考えてくれているのだ。
自分のことをそこまで信頼してくれている。
その気持ちが嬉しくて、ほんの少し、目頭が熱くなった。
「……龍さん…」
そんな風に信じてくれているなら、自分もその気持ちに応えたい。
「……ごめんなさい、全部、話します」
震える声でそういう乙骨に、石流も苦笑して返した。
「…別に話したいことだけ話してくれりゃーいいさ、俺だってオマエに話せていないことなんて、山ほどあるんだから」
その笑みにはほんの少し、自嘲が含まれているように見えた。
それから一週間ほど過ぎたある日、乙骨は石流ととある劇場に来ていた。舞台を一公演観劇した後、関係者スペースに向かった。
「最近の舞台は仕掛けがすごいですね」
「そうだな、俺も何回か出たことあるが、客席がまるごと動くとかそんなのあるんだな」
そんなことを話ながらスタッフに連れられて出演者の控え室に向かった。そこにいたのは、乙骨の元相方である虎杖だった。
「あ、憂太!」
「悠仁くんお疲れ~」
まだ舞台のメイクも落としておらず衣装の着替えだけ済ませた虎杖は、乙骨の姿にそう言って駆け寄ってきて、それから乙骨の後ろにいる石流にも気付いた。
「あ、石流さんも来てくれたんだ!どーも初めまして、憂太の元相方の虎杖悠仁っす!」
「どーも」
石流も軽く会釈した。
「俺まで招待してくれてありがとな」
「いえいえ、俺のせいで憂太との関係にヒビが入ってないか心配だったんで!」
そして、虎杖がさらりと言ったことに、乙骨が「ん…!?」と反応する。
「え、待って、それ、どういう…!?」
「え、だって憂太のガチの相手って石流さんなんだろ?」
更に虎杖が当然のように言ってきたことに、乙骨はブッと噴き出した。
「な、なん…!?」
「は?なんで気付いたかって?むしろインスタであんな投稿してたら気付くだろ」
更に虎杖は「それに」と続けてくる。
「前に例の刑事ドラマの公式アカウントが2人のオフショ載せてたじゃん?石流さんを憂太が抱えているやつ。あれの憂太の顔がさ、本気で慌ててて照れてて、ああこれガチなんだって思ったんだよ」
クスクスと笑いながら、そういう虎杖に乙骨は恥ずかしさで顔を覆った。後ろにいる石流にも「こいつなんだかんだで分かりやすいよな」と言われた。穴があったら入りたい。
「そんなことより、写真撮ろーぜ、写真!」
「そんなこと…」
「石流さんも一緒に!」
「俺もいいのか?」
がっくり肩を落としている乙骨の両脇に虎杖と石流が並んで、虎杖がスマホのカメラを構えたところで、乙骨が「ん!!??」と異変に気付いて。
「待って、なんで僕が真ん中なの!?ここは舞台に出てた悠仁くんが真ん中でしょ!?」
「細かいことは気にするなって~」
「つか、この並びだと、ゆうの元カレと今カレに挟まれてるとか思われるんじゃねーか?」
「お、石流さん、分かってんね!」
「いやいやいや????」
僕もうそう言うのやりたくないのに!!!と内心叫ぶ乙骨を尻目に3人の写真は撮られ、SNSに投稿された。
そして案の定『憂太くんの元カレと今カレが揃っちゃった???』『これは仲のいい修羅場ショット』というコメントが寄せられたとかされなかったとか。
※一先ず終わり。後日談で少し続きます。