触れる 小平太は長次の流れるような髪が好きだ。柔らかくて指が滑る髪に触れて、梳いて、それから毛先に唇を落とす。
何度もしているその行為に長次は毎回恥ずかしそうに頬を染める。一見して変化がないようにも見えるが、小平太には違いが分かっていた。
「……小平太」
「ん?」
「ここは、図書室だ……」
今日も小平太が長次の隣に逆向きに腰を下ろし、寄りかかりながら一つにまとめられた髪に指を通していると、長次から不満の混じった声で注意された。図書室だから何だというのだろう。
「静かにしているではないか」
「そうじゃない」
「じゃあなんだ?」
「…………」
傍目にはもそとしか聞こえない声も小平太にはしっかり伝わる。しかし意図までは伝わらなかったようだ。
「七松先輩! なんで、わからないんすか!」
そこへ本日の図書当番であるきり丸が小平太の前にやってきて仁王立ちで声を上げた。
「図書室は公共の場です! いちゃつくんなら部屋でやってくださいよォ、まったく……人目ってもんをですねー……」
「わぁぁ、きり丸!」
あけすけな言い方のきり丸に同じ図書委員の雷蔵が慌てて口を塞ぐ。しかし雷蔵も気持ちはきり丸と同じなのか、去り際にこそっと「そういうことは、中在家先輩の為にもお二人だけの時の方が……」と小平太に言い残しきり丸を引っ張っていった。
「長次を愛でるのに場所など関係ないというのに」
小平太は不満そうに口を尖らせたが、少しして可愛らしい長次を周りに見せるのも確かに勿体ないと思い立った。
となれば即行動即実践。腰を上げると後から長次に抱きつき「かーえーろー!」と身体を揺らす。
「……当番」
「今日は雷蔵ときり丸だろ! 長次が手伝いなの、私知ってるんだからな!」
「もそ……」
長次としてはもう少し本の修繕を行ないたかったが、これ以上自分が残ると本来の当番の二人の邪魔になりかねない。
諦めて長次が道具を片付け始めると、小平太は目を輝かせて立ち上がり入り口で今か今かとそわそわしている。
「あとを頼む」
『はいっ、先輩こそお手伝いありがとうございました!』
迷惑をかけたというのに笑顔で礼を言ってくれる後輩二人に、今度ボーロを焼いて持ってきてやろうと長次は決めて図書室をあとにした。
そういえば最近実習で忙しく二人で過ごす時間が少なかったな、と長次は小平太に手を引かれながら考えていた。昔から小平太は長次が自分と過ごすより他を選ぶと拗ねるのだ。そのくせそばで待っていたり長次の用事に付き合ったりといじらしいことをする。そう考えると今日は久しぶりに時間があったのに図書室に行ってしまい、小平太には悪いことをしたかもしれない。
とはいえ後輩の前でああして触れられると恥ずかしい。それに小平太が自分に触れる時、宝物を愛でるように、壊してしまわないように触れてくることを長次はどうにもむず痒く感じていた。身体は頑丈だし、体格だっていい。顔だって怖いとよく言われる自分に対してどうしてあんなふうに触れるのか長次は不思議で仕方がなかった。
「到着ー!」
長次がぐるぐると考えている間に部屋につき、小平太は長次を座らせると自らは後ろから抱え込むように腰を下ろす。そのまま髪に顔を埋めてぎゅと長次を抱きしめた。
「こ、小平太……」
「長次もするか? 私の髪に触るの好きだろ?」
言いたいことは違ったが、首筋に持ってこられた小平太の髪を前にすると誘惑に勝てず、顔を寄せる。
ふわふわで太陽の匂いがする小平太の髪。まだうまく髪を結えなかった小平太の代わりに結っていた時から長次はこの髪が好きだった。
しばらくくっつきながら微睡んでいると、唐突に小平太が長次を抱きしめながら身体を倒して寝転んだ。反動で仰向けになった長次の上に小平太が乗っかり苦しそうな声が上がる。
「すまんすまん! いい陽気だしせっかくなら寝ながら日向ぼっこでもしようかと」
慌てて退いた小平太が眉をハの字にして謝る。
「なら、先に言え」
「そうだな! 次からはそうする!」
きっと次も唐突にするのだろうが満面の笑みで謝られると言い返す気にもなれない。基本的に長次は小平太に甘かった。
障子を通して畳に降る日差しは柔らかく、向かい合って寝転んだ二人を優しく包む。六年生になった今、こうした時間を過ごせるのはのこり僅かだろう。そう考えるとチクッと胸が痛む気がして、長次は泣きそうになるのを眉を寄せて我慢した。
「大丈夫だぞ! 私たちはずっと一緒だ!」
小平太は長次の様子に気がつくと、長次の顔を掴んで自分の方を向かせる。そして眩しい笑顔を浮かべて、なんの迷いもなく願う未来を言葉にした。
小平太が言うと本当にそうなりそうで、長次は少し表情を和らげるとそのままそっと目を閉じた。