視線 不意打ち 茹だるような暑さの中、二学年上の先輩と出向いた任務で負傷した。
広範囲に攻撃を仕掛けてくるタイプの呪霊で、避けるタイミングを見誤って真っ向から攻撃を受けてしまった。
肋骨の骨折と、脛の深い切傷は反転術式による治療を受けた。腕と顔にできた擦り傷には、保健師がガーゼを貼ってくれた。
自室に戻って洗面でふと鏡に映った顔を見ると、ガーゼを貼り付けている顔がとても間抜けに見えた。
まるでこのガーゼが、不甲斐ない自分とこんな擦り傷など作らない先輩達との力量差を表しているかのようで、気が滅入った。
今日は、夕方から一つ上の先輩達と一緒に近所に花火を見に出かける予定だった。灰原が部屋まで迎えに来てくれたがとてもそんな気分にはなれず、怪我を理由に断って、謝りながら送り出した。
薄暗い部屋の中、ベッドへ横になってぼんやりと天井を見上げる。こんな状況では、気が滅入るようなことしか考えられなくなってくるので、無理矢理思考を切り替える。灰原は今日の花火大会をとても楽しみにしていた。楽しんでいるといいが。
しばらく横になっていると、ドンドンと無遠慮にドアがノックされた。
「ななみぃ起きてる? 起きてるよな?」
何故だ。何故花火大会に出かけているはずの五条さんが、寮にいる。
「なぁななみぃ。開けていい?」
ガチャリと返事を待つまでもなくドアを開けて、ズカズカと部屋に入ってきた。
「花火見ようぜ。」
いたずらっ子のような笑顔でにっかりと笑っている。
「何故ですか?」
「あ? なにが?」
「何故、花火大会に行かなかったんです?」
「だって、暑いし、だりぃもん。」
それなら大人しく部屋に居てはどうかという言葉が出かかったが、黙って後ろをついて歩く。この人と出会ってまだ数ヶ月だが、一度言い出すと誰の言うことも聞かない人だということは嫌というほど思い知らされていた。
寮を出て、高専の敷地内を移動する。静かな空間に、五条さんが持つビニール袋のガサガサという音だけが響いていた。
「よし、ここにしよ。」
そう言って、大きな社のような建物の前で立ち止まると、いきなり私の背中をむんずと掴んできた。
抗議の声を上げる間もなく、突然体が宙に浮いて、気が付けば屋根の上にいた。
「よしよし。ここならよく見えそうじゃん。」
呆気にとられる私に向かって五条さんは、持っていたビニール袋の中から取り出したアイスを差し出した。
「これ、食べながら見ようぜ。」
そう言われて受け取ったアイスの袋には大きく『げとう』と書いてあって、五条さんが持っているアイスには『家』を丸で囲んだマークが書かれていた。
「これ、もしかしなくても夏油さんと家入さんのでは?」
「大丈夫。大丈夫。」
全然大丈夫な気がしないが、アイスはすでに溶け始めていて、このまま私が食べなくても無駄になるだけであることは容易に想像ができた。
「私は、五条さんから受け取って食べただけですからね。」
一応断りを入れてから、袋から取り出したソーダ味の棒付きアイスを食べ始める。暑い外では溶けるのが早く、垂れてしまうのを時々舐めとりながら食べ進めた。
五条さんは二本入りのチューブ型のアイスを食べながら、私が食べる様子をじっと見ていたので、行儀が悪かったかなと少し恥ずかしくなった。
アイスを食べ終わる頃に、ちょうど花火が上がり始めた。この場所からは、とてもきれいによく見えて思わず見入ってしまう。
「やっぱり、ここにして正解。」
五条さんは、いつもの笑顔でにっかりと笑って言った。
私達は並んで座り、黙って花火を見ていたが、私は途中から五条さんばかり見ていた。
花火が上がる度に頭が上下して、不思議な色合いの髪がふわふわと揺れていた。
暗がりの中でも浮かび上がるような白い頬には、私のような擦り傷など一つもない。
サングラスを外した青い瞳に花火がキラキラと映って、とても、綺麗だった。
何故この人は私と一緒に花火を見ているのだろう。
何故皆と一緒に出かけなかったのだろう。
ぼんやりと考えていると、ふと唇にぬれた感触がして、気が付けば眼前に五条さんの瞳の青が広がっていた。
突然のことに驚いて後ろに下がろうとすると、がっしりと腰を抱かれてもう一度唇が重なった。ちゅっと音を鳴らして離れた唇を見ながら、何故かを問おうとすると五条さんが先に口を開いた。
「なぁ、なんで?」
問いかけておきながらまた唇を塞がれ、ちゅっちゅっと啄むようなキスをされる。
「なんで花火じゃなくて俺ばっか見てんの?」
唇を重ねたまま、吐息と共にもう一度問われる。
「なぁ、ななみ、なんで?」
「…あ、あの…」
「うん…」
「きれい…だったので…」
鼻先をすりすりと触れ合わせてから、唇を重ねる。角度を変えて何度も重ね、最後に下唇を甘噛みしてから離れていった。
唇は離れたが、五条さんの長い腕に抱きしめられて今度は耳に口付けられる。ぢゅうっと湿っぽい音と一緒に、五条さんの言葉が耳から直接脳に響いてくらくらする。
「ななみ、俺のことすき?」
口付けはそのまま首筋へと下りてきて、伝う汗をぺろりと舐め取られる。
「え? あっ…はぁっ…」
首筋に鼻先を埋めたままで、シャツの裾から五条さんの熱い手がするりと入り込んでくる。汗ばんだ肌の上を好き勝手に這い回り、脇腹を撫でられてびくりと仰け反ってしまった。
「なぁ、言って?」
「あ…んっ…す、すき…?」
五条さんの大きな手に腰をがっしりと掴まれて、指先で腰骨を一つずつたどられると、触れられた箇所から甘い痺れが広がっていった。
「うん、すき?」
「ん…す、すきっ…すき、です」
言い終わる前に唇を塞がれる。薄く開いた唇の間から、五条さんの舌が入り込んできて好き勝手に動き回る。私の喉からは、自分のものとは思えないような、「くぅ」とか「んぅ」といった情けない音がしきりに発せられた。
舌先を絡め合い、どちらの物ともわからない唾液をこくりこくりと飲み込むと、ようやく五条さんの唇が離れていった。
五条さんは満足そうな顔で私を見て、大きな瞳をきゅっと細めた。
「続きは部屋に戻ってしよ。」
よく知るいたずらっ子のような笑顔ではなく、大きな獣のように見えて私は思わず呟いた。
「食べられちゃう…」