月見酒くるくると回ったルーレットがゆっくりと止まって、それと同時にいくらかの金銭が財布に入る。今日も大当たりとはいかなくて残念だったなぁと踵を返そうとしたときに、不意に地図が目に入ってカジノの上の階に誰か救急隊員がいるのに気が付いた。さっきまで吹雪いていたことを思い出し、一体こんな寒い中で誰がいるんだろうかとエレベーターで屋上に上がれば夏場はそれこそ小さく区切られたプールやカウンターバーで飲んでいる若者集団を見かけたけれど今は人の姿はなく、ただしんしんと行くが降り積もっている。薄く降り積もった雪を踏み進めながら辺りを見回せば、あちこちが普段の照明とは別にライトアップされていてまさしくデートスポットだなぁとぼんやり思う。GPSの場所は入り口から一番遠い手すりの辺りだろうか。そのまま進んでいけば焚火を囲むように設置された丸いベンチがいくつか並んで設置された辺りまで来た。夏場はここでバーベキューが出来た気もするけれど、今の時期雪を遮る屋根や風を防ぐための壁がないそこにたむろしている人がいるわけでもない。それなのにそれぞれのベンチの中心に置かれた焚火からは赤い火と共にぱちぱちと火の粉が上がっていてこんなところまで毎日管理しているのか、なんて思いながら見回せばその中の一つに見知った姿を見つけた。
ゆらゆらと揺れる桃色の髪。自分でさえ珍しくコートにマフラーまで巻いているというのに、薄いパーカー姿でいることに気づいて思わず眉根が寄った。まだこちらには気づいていないらしい、サクサクと雪を踏み進めていけば彼女の付近に酒瓶が転がっていることに気づいて、また飲んでいたのかと少し呆れた。
「ももみさん…?」
「っひゃぁ!、あ、ぁえ…?ウィル…?」
「っちょ、」
「っきゃん!!!」
突然声をかけたことに驚いたのだろう勢いよく振り向いてそのまま背中から落ちていって、慌てて手を伸ばしたけれどひっくり返ってしまった。足元に転がる酒瓶を踏まないように近づいて足だけベンチに乗ったまま背中から落ちてしまった彼女を助け起こす。触れた体は思っていたよりずっと冷たくてそんなに長い間ここに居たのかと驚いた。
「大丈夫ですか…?」
「うぅ…」
「こんなに体も冷えて…」
「えへへ…なんか雪が綺麗だなって見てたら、冷えちゃったみたいです」
赤くなった目元をごまかそうとしているのか顔を伏せているのに気づいて、小さくため息を吐いた。つけていたマフラーとコートを外して肩にかけ、口元を隠すようにマフラーで覆えば困ったように笑う。とりあえず、ナカに戻ろうと体を起こした時に、くぃ、と袖が引っ張られてももみさんに視線を戻せばうつむいたままこちらを見ないで小さく私の名前を呼んだ。
その声にいつもの覇気はない。明るさも元気さも全部押し殺した迷子になった子供が不安で不安で仕方がない時に出すようなか細い声。袖を掴んで、というか縋って、というか、たった二本の指で引っ掛けるようにして袖に触れた彼女の手は小さく震えているようにも見えて。離れるべきではないなと彼女の隣に腰を下ろした。
こつん、とつま先に触れたボトルに視線を移すと中にはまだなみなみと液体が入っているのに気づいて拾い上げる。たしかカジノの上のバーで買えるウィスキーの一種だったように思う。飲み口が軽くて、ももみさんにも飲みやすいだろうと冗談めかして渡したのに、ここまではまり込むとは思わなかった。隣で座っている彼女に視線を向ければ、鼻の先を赤くしたままぼんやりと空を見る目は動かなくて何がそんなに楽しいのかとつられて彼女の視線が向く方にそのまま視線をずらす。
真っ暗な夜空、星は見えないけれど今日は酷く月が大きく見える。そんな月に照らされてしんしんと街に降り注ぐ雪。はぁ、と息を吐けば真っ白く煙のようになってすぐに風にかき消されてしまった。
カジノの真上だから、喧騒とかが聞こえてもおかしくないと思うのに雪に吸われてしまったのか聞こえるものは精々自分の呼吸音と、わずかばかり、ももみさんの方から聞こえる鼻をすするような音。
泣いていたのを隠されたのを不意に思い出して腹の奥でもやもやとしたものがめぐるのを感じる。
彼女は、ももみさんはいつだってそうだ。
私に弱さを見せることをよしとしない。
私の前で取り繕って、必死に仕事をこなして、
真面目な姿に好感が持てないのかと聞かれればそうではないけれど
でも、子供なのだからそんなに無理に大人びようとしなくてもいいのではないかと思うのだ。
すん、すん、鼻をすするような音。
何があったのか聞くのは簡単で、その細い肩を抱き締めるのだって、一瞬あればできてしまう。
素直に声をあげて泣けばいいのに。
子供だからとかお酒のせいだとか、寒いからだとか眠いからだとか言い訳なんていくらでもある。
そんな色々なものを言い訳にして泣けばいいのに。
そうしたら、どうしたんですかって、私の唇は言葉を紡ぐし、私の手は貴方の頭を撫でるのに。
彼女の視線は月にとらわれたまま。
子供のように、普段のように、いっそ縋ってくれたのなら、
この手であなたを抱き締められるのに。