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    hjm_shiro

    @hjm_shiro

    ジャンル/CP雑多

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    hjm_shiro

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    凪玲/玲王がなぎれおを知ってしまう話
    ⚠プロ設定

    タイトルの通り、玲王がなぎれおの存在を知り、なぎれお漫画や小説にのめり込んでしまう話。プロになり、BLTVを通して世間に二人の仲の良さが認知されています。

    #なぎれお
    lookingHoarse
    #ngro
    #凪玲

    「なにこれ、やっば……」

     思わず、声に出して呟いていた。
     だだっ広い寝室。男ひとりが生活するには広すぎるその部屋で、玲王は齧りつくようにスマホの画面を見ていた。

    『もう……だーめだって、凪♡』
    『いいじゃん。俺、頑張ったんだから。ご褒美ちょーだい♡』
    『仕方ねぇなぁ♡』
    『俺……そう言って、許してくれるレオのこと好き♡』

     そんなセリフがつらつらと並び、凪とキスしているシーンが描かれている。
     凪とレオって自分たちのことだよな……と思いつつも、画面をスクロールする指が止まらなかった。やがて、物語の中で二人が深いキスをし始める。
     玲王はうわあああっと叫ぶと、思い切りスマホをぶん投げた。力いっぱい投げたせいか、スマホがシーツの上でバウンドする。そのまま床に落ちたが、怖くて拾いに行けなかった。

    「これ……絶対、俺たちのことだよな……」

     ぱたぱたと火照った頬を手で扇ぎながら、ゆっくりとベッドを降りる。
     小説の中で、凪とキスしていた。というか、セ、セ、セックスまでしようとしていた。読み間違いでなければ、たぶん。
     玲王は恐る恐るスマホを拾いあげると、画面をスクロールした。すぐに、ただならぬ様子のセリフが並んでいることに気付き目を伏せる。
     だけど、気になってしまうのが人間の性ってやつで。

    『なぎ、もうおなか、苦しい……』
    『ごめん、でももうちょっとだけ頑張って』

     物語の中で自分が喘いでいる。自然と咥内に唾液が溜まった。ごくりと喉を鳴らし、続きを読み進めていく。
     未知の世界だった。そもそも男同士の恋愛小説なんて読んだことがない。それも、自分と凪が題材になっている話なんて。

     その夜、玲王は生まれて初めて触れたBL小説にすっかり夢中になると、ベッドの上で寝落ちするまで、馬鹿みたいになぎれお小説を読み耽ってしまった。



     ◆

     なぁ、知ってる? 男同士の恋愛漫画とか小説があるんだぜ――と言われたのは先週末のことだった。
     確か、練習試合が終わり、明日は久々のオフになるから、みんなで飲みに行こうぜーという約束をロッカールームでしていたときのことだった。
     千切りがニマニマと笑いながら近付いてきたのだ。スマホを持って。

    「は? 急になに?」
    「だーかーら、ボーイズラブだって」
    「いや、それは知ってる。俺が言いたいのは、なんでその話をいま持ち出してきたのかってこと」

     さすがにボーイズラブの意味は分かるし、知識もある。触れたことはないけど。
     二十年以上生きていればいろんな色恋の在り方に触れるし、別段いまの時代においては同性愛も珍しいことではない。だからこそ、このタイミングで話題にしてきたことが気になった。

    「ほら、俺たちの様子がBLTVでも流れてるじゃん?」
    「あー……、まぁ、そうだな」

     BLTVとはブルーロックTVの略である。
     数年前、玲王も、そして千切もブルーロックに招集され、そこでサッカー漬けの日々を送っていた。だからこそ、今の自分たちがあるわけだが、その際、動画を通してメンバーの様子が全世界にネット配信された。ファンを増やすためのコンテンツ……というよりは、自分たちの市場価値を高めるための、いわばオークションコンテンツだ。試合の様子はもちろんのこと、練習中やプライベートな時間まですっぱ抜かれた。
     その、ある意味で悪しき風習のBLTVがまた復活した。今年の春に、散り散りになっていたメンバーが、日本代表選手としてまた集まることになったからだ。当然、オフの日以外は練習場に集まることになる。それならば、と、またBLTVを復活させようという話になった。
     つまり、このロッカールームでのやり取りも配信されている。正直、かなり迷惑な話ではあるが、人気商売としての側面も取り入れていかないと、サッカービジネスが盛り上がらないことは確かなので文句は言えない。

    「で、そのBLTVがどうしたんだよ?」
    「その映像がさ、また盛り上がってて……ほら」

     SNSで拡散されてんだよ、と千切がスマホの画面を見せてくる。
     そこには自分と凪の姿が映っていた。練習を終え、もう歩けないとぐずつく凪を背負ってやっている映像だ。

    『ほら、自分で歩けー』
    『無理、歩けない』
    『ばか、寄りかかるなよ!』
    『お願い。ちかれたー』
    『もう……だーめだって、凪』
    『いいじゃん。俺、頑張ったんだから。ご褒美ちょーだい』
    『仕方ねぇなぁ』
    『俺……そう言って、許してくれるレオのこと好き』

     そんなよくある一コマに対し、
     この二人デキてる。尊い。可愛すぎる。語尾にハートマークついてるでしょ。これで付き合ってないとか嘘じゃん……。
     といったコメントが付いていた。
     なんだこれ、と笑って、千切にスマホを返す。

    「この動画、めちゃくちゃウケいいみたいでさー。俺のところにも拡散されてきたんだけど、お前等すっかりそういうことにされてんぞ」
    「そういうことって……?」
    「だから、」
    「ねぇ、レオ。早くこっち来てよ」

     着替えさせてーと後ろのベンチに座っていた凪が手を伸ばしてくる。
     お前は赤ちゃんかよ、と呆れるも、はいはいと返事をして凪のユニフォームを脱がせた。風邪を引かないようにタオルで汗を拭ってやって、新しいシャツを着せる。わしゃわしゃと頭の汗も拭いてやったら、ご満悦といった表情で凪が目を細めた。

    「そういうことやってるから……」
    「ん? なんか言った?」
    「いーや、なんでもなーい」

     千切が呆れたと言わんばかりにそっぽを向いてしまう。
     でも、これが凪との距離感なのだ。デキてるとか言われても、別にそんなことはないし、至って普通の距離感だ。そして健全な友好関係を築いている。

    「まぁ、でも、今度SNSでエゴサしてみろよ。"なぎれお"って」

     ぽん、と肩を叩いて千切がロッカールームを出ていく。気付けば、二人だけになっていた。このままだと次のミーティングに遅れる。

    「ほら、凪! 下も脱げ!」
    「ヤダ。めんどくさーい」
    「あぁ、もう!」

     本当に俺がいないと何もできねぇのな、お前。とぼやいて、凪の下も脱がす。
     そのときは千切に言われたことをすっかり忘れて、カメラが絶えず回っている中、凪の着替えを手伝ってやった。


     ……そんなやり取りがあったことを、何故か昨日の夜にふと思い出した。
     嗚呼、もう、相変わらず練習きっちぃ。おまけに、こっちは御影コーポレーションの仕事もやんねぇとなんだぞ、と悪態をつきながらスマホを握り締め、ベッドにごろんと横になったときだった。ふと、SNSのアイコンが目に入ったのだ。
     普段はあまり、SNSの更新をしていない。一応、アカウントはあるが、運用の方はほぼ任せきりか放置だ。
     サッカー選手としての御影玲王のアカウント、御影コーポレーションの宣伝担当としてのアカウント、そしてプライベート用に作った誰にも教えていないアカウント。
     選手アカウントは週に数回更新しているが、御影コーポレーションのアカウントはプロに任せている。ビジネスである以上、監修は入れておかないとだし。
     そして、もうひとつのプライベート用アカウントは完全に放置だ。ごくたまーに御影玲王だと分からないような写真やテキストをアップしている。
     そんなわけで、多忙な生活を送る玲王にとって、SNSの更新は優先順位としては下だった。だから、率先してアプリを開くようなことはしないのだが、昨夜は珍しく気が向いた。
     どうも千切から言われた、エゴサしてみろよ、という言葉が引っかかったからだ。
     そもそも、"なぎれお"ってなんだろう。なぎとれお……ってことは自分たちのことだろうか? でもだったら、別に自分の名前が最初でもよくない? と思いつつ、検索バーになぎれおと打ち込む。
     すると、すぐにいろんなものがヒットした。

     なぎれおマジで可愛いー!
     BLTVのなぎれおはヤバイ。
     この前、服を着せ替えてた。
     なぎれおの新作漫画です!

     よく分らない呟きではあったが、なんとなく自分たちのことだと気付いた。それどころか、

    「すげぇ……」

     自分たちが漫画になっている。しかも、かなり特徴を掴んだ漫画だ。アマチュアとは思えないレベルの画力で、自分たちのことが描かれている。しかも、よくある日常のシーンが描かれていた。

    「なんだこれ、めちゃくちゃ凪じゃん!」

     あーんと口を開けて、ご飯を食べさせてもらっているシーンなんか、実写そのものだ。食べるのめんどくさーいっていうセリフにもリアリティがある。
     その漫画に対し、赤ちゃんじゃん! とか、雛鳥みたい! というコメントが付いていて思わず笑ってしまった。フィクションなのに、凪の解像度が高すぎる。

    「これとか、凪にそっくり」

     ププッと笑って、自分たちの生活をそっくりそのまま切り取ったような漫画に感嘆する。
     しばらく漫画を読み進めていると、また違ったものを見つけた。どうやら小説のようだ。
     簡単なあらすじと、閲覧注意と書かれた説明文。その下にはリンク。
     そのものものしい雰囲気に、少しだけタップするのを躊躇った。閲覧注意というワード自体が物騒というか、言葉が強いというか……。とにかく、少しだけ躊躇ったが、好奇心の方が勝ってしまった。
     リンク先をタップすれば、先日のBLTVを見て思いついたなぎれおです、と書かれている。よくよく小説を読み進めてみると、やり取りに既視感があった。

    『もう……だーめだって、凪♡』
    『いいじゃん。俺、頑張ったんだから。ご褒美ちょーだい♡』
    『仕方ねぇなぁ♡』
    『俺……そう言って、許してくれるレオのこと好き♡』

     いやいやいや。こんな語尾にハートマークが付くような喋り方はしてねぇ。
     だけど、物語の中の凪に迫られてドキドキもしている。優しく顎をすくわれて唇が触れ合う瞬間なんか、あまりの恥ずかしさに汗がどっと吹き出していた。

    「これ……絶対、俺たちのことだよな……」

     だって、マジでこんなやり取りを凪としたし。
     ぱたぱたと火照った頬を手で扇ぎながら、ゆっくりとベッドを降り、叫びながら投げ捨てていたスマホを回収する。
     もうそこからは画面をスクロールする手が止まらなかった。イケナイものを読んでいると自覚しているのに、凪とのその先に興味が湧いてしまう。
     自分が凪に抱かれる側なのは不服だが、でもドキドキしているのは事実だ。こんなふうに凪に迫られたら、どうにかなっちまいそう……なんて想像しながらベッドに横になる。

    『なぎ、もうおなか、苦しい……』
    『ごめん、でももうちょっとだけ頑張って』

     マジでこんなこと言うのかな。というか、お腹が苦しくなったりするのだろうか。
     すりっと自身のぺったんこな腹を撫でる。
     物語の自分は苦しそうに、でも気持ちよさそうにしていた。おまけに、その小説の中の凪が、なんというかかっこいい。たぶん、普段の凪とはちょっと違うからだろう。一生懸命ながらも、健気な姿がよかった。


     そんなわけで、昨日は寝落ちする直前までなぎれお小説を読んでしまった。
     あとで分かったことだが、名前が先にある方が攻め、つまり男側のポジションで、後にある方が攻めの一物を受け入れる側らしい。逆も読んでみようかと思ったが、最初になぎれおを読んでしまったせいか、違和感の方がすごかった。
     凪に迫られたい願望でもあんのかな、俺、なんて馬鹿なことを思いながらロッカールームに入る。すると、早々に千切に目の下のクマを指摘された。

    「うわっ、レオ、目の下のクマすごくねぇ?」
    「あー、昨日ちょっと眠れなくて……」
    「ふーん、珍しい。体調管理はしっかりしてそうなのに」
    「会社のほうが忙しくてさ」
    「あー、御影コーポレーションの仕事も手伝うのが、選手になるための条件だったけ?」
    「そうそう」

     適当に嘘をつき、ふわっとあくびをする。
     早く頭を切り消えて、サッカーに集中しなければ。そう思うのに、昨日読んだ小説の続きが気になって仕方なかった。いろいろ読み進めているうちに寝落ちてしまったから、最後まで読めていない話があるのだ。
     話の中では――便宜上、分からなくなるので"れお"とするが――れおが凪への恋心を自覚するシーンで止まっていた。
     馬鹿だなぁ、コイツ。分かりやすいぐらいアピールしてくる凪の気持ちにいまさら気付くなんて、と物語の中の自分を罵倒する。自分だったら、絶対に気付くのに。すぐに気付くし、逃げるなんて真似もしねぇ。まず、ベッドの上で逃げ回るなど男としての名が廃る。迫られたらこっちも攻める一択だ。受け入れてこそ、漢ってもんだろ。

    「……お」
    「……………」
    「レオ」
    「うおっ!?」

     急にひやりとしたものをうなじに押し当てられてびっくりする。慌てて振り向けば凪が立っていた。ドリンクを二つ手にして、眠そうな目を瞬かせている。

    「何度も呼びかけたのに」
    「わ、わりぃ」
    「あとこれ、レオの分」
    「サンキュー」

     食堂あたりからついでに持ってきてくれたのだろう。手渡されたドリンクを受け取る。そのとき、ちょん、と凪の指先に触れた。その瞬間、電流が走ったみたいに背筋がぞわりとした。

    「っ!」
    「レオ?」

     ぼとりと落ちたドリンクが床の上を転がる。どうしちゃったの? と顔を覗き込んできた現実の凪と、小説の中の凪が重なった。
     いつもはなんとも思わず見ているが、凪の顔は意外と整っている。ベビーフェイス寄りではあるものの、集中しているときは表情が凛々しくなり、かっこよくなる。そんな凪にじっと見つめられて、頬に熱が集まった。
     だって、昨日、読んでしまった。凪に見つめられたあと、自分がどうなってしまうのかを。

    「ねぇ、レオ。顔が赤いけど、大丈夫?」
    「だ、大丈夫だから! 近づくな!」
    「は?」

     あからさまに凪の表情が険しいものになる。離れれば離れるほど、なんで避けんの? と迫られた。気付いたら壁側まで追い込まれている。

    「やっぱり赤い。熱でもある?」
    「だから、大丈夫だって!」
    「そんなふうには見えないけど」
    「……ひゃッ!」

     こつんと額同士を押し当てられて、ひっくり返ったような声が出た。
     こんなの、一歩間違ったらキスすんだろ!! なぎれおの二人だったら、このままキスしてるわ!! と、謎の怒りと羞恥が湧いてくる。

    「レオ、」
    「はいはいストップ。続きは練習が終わってからなー」

     べりっと千切に引き剥がされて、やっと凪から開放された。ふーっと息を吐き、胸を撫で下ろす。
     ダメだ。どうかしている。小説の中の凪と現実の凪を同化させてしまうなんて。切り離して考えなければ。

    「で、お前は大丈夫かよ? マジで顔赤いけど」
    「お、おう。問題ねーよ」

     なんとか冷静を装い、ユニフォームに着替える。
     試合が始まる直前までロッカーの隅に置いたスマホが気になって仕方なかったが、なんとか邪念を振りはらってロッカーの扉を閉めた。



     ◆

     その日、玲王は誰よりも早く家に帰ると、すぐにSNSのアプリを立ち上げた。間違って操作してしまわないよう、動かしているのはプライベート用のアカウントだ。検索バーになぎれおと打ち込むと、すぐに目当てのものが流れてきた。

    「あー、最高……」

     可愛らしいタッチのイラストに、思わず感嘆の声が出る。
     その漫画の中では、珍しくれおが凪にお世話される側になっていた。たまには俺もれおのことをお世話するね。と言って、れおにご飯を食べさせたり、髪を乾かしたり。だけど、うまくできなくて落ち込んでいる凪に、思わず頑張れと心の中で応援したくなってしまう。
     現実世界では、凪にお世話されたことがない。けど、それはそれで楽しいかもしれない。今度、たまにはお前が俺の面倒を見ろよ、って言ってみっかな。そしたらどんな顔をするんだろう。
     ひとりで妄想してくつくつと笑いながらベッドに横になる。
     漫画の中のれおは凪に不器用ながらも尽くされていて、なにやらお風呂まで入れられていた。シャンプーされ、リンスまでされ、いよいよ体に凪の手が触れる。

    「……っ、」

     漫画の中でぴくりと体を震わせる描写に、玲王まで息を止めて読んでいた。うなじや二の腕、指先まで丹念に洗われているれおを見て、自然と下半身に熱が集まる。
     いや、さすがに、これはダメだろう。
     慌ててアプリを閉じ、深呼吸をした。スーハースーハーと何度か深い呼吸を繰り返し、自身を落ち着かせる。
     作り物として楽しめているうちはまだいい。自分たちのことが描かれているとはいえ、あくまで別次元の話だと割り切って楽しめるのなら。だけど、娯楽として消費できなくなったらダメだ。物語に没入して、れおの追体験をし始めたら、いよいよヤバイ気がする。だけど、

    「クソッ……気になる………」

     だってこんなに萌えるんだぞ!? 萌えって言葉の概念を最近知ったが、この居ても立っても居られないような、暴れ出したくなるような、このどうしようもない気持ちが萌えというものらしい。確かに、なぎれおを読んでいるときは、自然と頬が緩むし、夢中になって時間を忘れてしまう。まるで自分のことのように二人の行く末が気になってしまうのだ。
     ハッピーエンドになったらガッツポーズしてしまうし、バッドエンドならバッドエンドで物語のれおと一緒に涙を呑む。正直、どんななぎれおであっても最高じゃん……って気持ちで読んでいるため、ぜんぶ最高の作品だった……という感想で終わるのだが。

    「この話はやめて、別のにするか……」

     本当は気になるが、疲れのせいか体が反応しそうになったため、ひとまずその作品は閉じた。ブックマークには入れておいて、今度は小説を開く。なぎれおがくっつくまでのお話です、とキャプションに書かれていた。
     おー、これならいいじゃん! と読みだしたが止まらなかった。

    「っ、バカ! そこは抱き締めるところだろ……!」

     二人とも鈍感すぎるしウブすぎる。れおが寂しそうにしてるだろ! というか、自分がモデルなせいか、れおの気持ちが痛いほど分かってしまう。
     あー、もう、早くくっつけよ、と思うのに、先を読むのが勿体なくもある。昨日、いくつか読んだ感じだと、この作者はハピエンが売りっぽいから、かならず幸せいっぱいのなぎれおを拝むことができるのだ。約束されたハッピーエンドほどありがたいものはない。
     案の定、最後はキスして終わっていた。

    「はー、マジでよかった。これがタダで読めるとかおかしくねぇ……?」

     ベッドの上で大の字になり、ほくほくした気分で天井を見つめる。とにかく、アカウントはフォローだなーと思い、即フォローする。
     本当に、こんな素晴らしいものがタダで読めるなんて、この世のバグだとすら思えてしまう。できれば今すぐにでも小切手を渡し、好きな金額を書き込んでほしいところだ。それぐらい価値がある。

    「ってか、凪とキス、か……」

     ぼんやりと天井を見つめながら、唇に人差し指を滑らせる。
     凪って、ムードとかなさそうだから不意打ちでキスしてきそうな気がする。でも、変なところで空気が読めないから「キスしてもいい?」って聞いてきそうな気もする。そしたら、恥ずかしいこと聞くなよバカ、って返すだろうな。で、最初のキスは歯が当たる……ことはないか。あいつ、なんでも器用にやりそうだからキスも上手そうだ。唇も柔らかいだろうし――

    「っ、だから違うって!!」

     悲鳴じみた声を上げながらスマホをぶん投げる。またしてもシーツの上でバウンドした。
     さっきから自分でも奇怪な行動を取っている自覚はある。けど、やめられない。
     投げ捨てたスマホを再度拾い上げる。投げた拍子に画面が切り替わっていたのか、先ほどブックマークした漫画がまた表示されていた。ちょっとだけいかがわしいそれを、恐る恐る開く。

    「うわ……」

     案の定、そういう展開になっていて、玲王は息を呑んだ。鎮めたはずの熱がまたぶり返してくる。
     
     早く、閉じなければ。

     そう思ったが、結局玲王は最後までその漫画を読んでしまった。


     ◆

     一体、どこまでなら許されるだろう。
     そんなことを玲王は思う。


     玲王は誰よりも遅くロッカールームに入ると、ハァと深いため息をついた。

    「今日も眠そうだね」
    「な、なぎ……!」

     背後から肩に顎を乗せられて、びゃっと猫みたいに飛び跳ねる。えっ、何その反応……と、驚いた表情を見せる凪に、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。

    「なんかまた顔赤くない?」
    「そんなこと……ない、と、思うけど……」

     じっと見つめられて、顔を背けてしまう。そのまま追いかけるように顔を覗き込まれたが、ふいっと視線を逸した。
     だって、この近さはダメだ。昨日、れおの肩に顎を乗せる凪と、振り向きざまにキスする漫画を読んだばかりだ。それに、今日はいつも以上に、凪に対して後ろめたい気持ちがある。

    「レオ、なんか俺のこと避けてる?」
    「別に避けてねぇよ」
    「うそ。じゃあ、ちゃんと俺のこと見て」

     あからさまに距離を取ろうとする態度が気に食わないのだろう。くいっと顎を掴まれて、ひぇっ、と間抜けな声が出る。今朝、ベッドの中で我慢しきれずに読んだなぎれお漫画みたいな展開じゃん……と口をパクパクさせていると、どうしたの? と言わんばかりに顔を近付けられた。

    「っ、ほら、もういいだろ……!」

     凪の手を振り払い、くるりと背中を向ける。じっとりとした視線を背中に感じたが無視した。しっしっと犬を追い払うみたいに凪の体を押しのけて、乱暴に服を脱ぎ捨てる。
     そんな玲王を見て不思議に思ったのか、千切が近付いてきた。

    「お前、最近ちょっとおかしくね?」
    「おかしくねぇよ。至って普通」
    「凪に対しての反応が変じゃん」
    「それは千切が……!」

     思わず声を荒らげてしまう。俺が、なに? と尋ねられて言葉に詰まった。モゴモゴと言い淀むなんて自分らしくもない、と、思いつつ視線を落とす。そこで合点がいったのか、千切が「あー、もしかして」と玲王の肩を抱き寄せた。

    「アレのこと調べた?」
    「っ……!」
    「その反応は図星だろ」

     ケラケラと耳元で笑われて、思わず持っていた服を投げつけてしまう。だが、その前にするりとかわされて不発に終わった。

    「へー、調べたんだ。で、どうだった?」
    「どうって言われても……」
    「すごかっただろ? いろいろと」
    「バカ! 変な言い方すんなよ!」
    「ねぇ。調べたって、何を?」

     玲王と千切の間に凪も割って入ってくる。
     あーもう、最悪だ……と、玲王は両手で顔を覆った。

    「凪にはヒ・ミ・ツ♡」
    「は? なんでレオとお嬢との間に秘密があんのさ」
    「別に大したことじゃねーから言ってもいいけど……どうする? レオ」
    「ダメに決まってんだろ」

     ぴしゃりと言い放ち、ヤケクソだと言わんばかりにポイポイと服を脱ぎ捨てる。「何それ教えてよ、レオー」と腰に纏わりついてくる凪を引き剥がすと、手早く髪をひとつにまとめ、ユニフォームに着替えた。脱ぎ捨てた服をロッカーの奥へと押し込み、最後にスマホを服の上に置く。

     あぁ、もう、めちゃくちゃ気になる……。スマホが目に入るたび、アプリを開いて、なぎれお漫画や小説を読みたくなってしまう。正直、今すぐにでもアプリを開きたい気持ちに駆られたが、ぐっと堪えた。何度もちらちらとロッカーの中を覗いては、邪念を振り払うように頭を振る。
     そんな玲王の挙動不審な行動と秘密の内容が気になって仕方ないのだろう。ロッカールームを出ても、ピッチに入っても、「レオ、いい加減教えてよ」と凪に追究された。
     だけど言えるわけがない。お前と俺がモデルになっている"なぎれお"漫画と小説があって、あまつさえその中でキスだのセックスだのしてるんだぞ、とは、口が裂けても言えなかった。
     それに、昨日はもっとヤバイところまで踏み込んでしまった。疲れていたとはいえ、誤作動を起こしたとか死んでも言えない。


    「……お」
    「…………」
    「レオ!」
    「え、なっ……ブッ!」

     ボゴッと嫌な音を立てて、腹にボールが直撃する。気付けば軽いウォーミングアップから試合形式の練習に変わっていた。
     不意をつかれて入った球が鳩尾にクリーンヒットする。あまりの衝撃と痛みに、その場に崩れ落ちた。

    「レオ!!」
    「大丈夫か!?」
    「ちょっとどいて! レオ、大丈夫?」

     すぐに練習が止まり、わらわらと人が集まってくる。その中をかき分けるように凪がやってきた。腹を押さえて俯く玲王の前髪をさらりと上げる。

    「大丈夫……じゃないよね。汗がすごい」
    「別に……大したことねぇよ。だから、早く散れ。お前も練習に戻れ」
    「は? なに馬鹿なこと言ってんの?」

     放っておけるわけないでしょ。と、言われたその瞬間、ふわりと体が浮いた。はっ? え? と呆ける玲王の体を凪が抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこをされていることに気付き、ぶわっと頬が熱くなった。

    「バカ、降ろせ! つーか、そこはせめておんぶだろ!!」
    「だってレオ、お腹押さえてるから……。それにお腹痛いのにおんぶだときつくない?」
    「それはそうだけど……」

     だけどさすがに他のメンバーからの視線が痛い。居た堪れない気持ちになってくる。

    「俺がレオのこと運ぶから、みんなは戻ってていーよ。あと、レオに腹パス出した奴はあとでツラ貸せ……じゃないや、俺と話し合いしよう」
    「いや、腹パス出したつもりはないけど!?」

     慌てて反論する潔だったが、凪のただならぬ様子を見て、すぐに大人しくなった。すべてを諦めたような顔でスミマセンでしたと謝る潔に、気にすんなと返す。だけど、凪の方が何故か許さないと怒っていた。

    「まぁ、いいや。ひとまず医務室に行こう」
    「……おう」

     もうこうなったら、凪に大人しく運ばれるしかない。メンバーからの視線が恥ずかしいけど。
     ギュッと凪のユニフォームを握り、なるべく顔を見られないように俯く。
     凪を背負って運ぶことはあれど、自分が凪に運ばれるなんて、ましてやこんな形で運ばれるなんて思ってもみなかった。
     いつもは面倒くさいのオンパレードな癖に、こういうときだけは甲斐甲斐しいんだよな、コイツ……と笑ったら、なに? と上から声が降ってきた。

    「なんでもない」
    「じゃあ、さっきの秘密、教えてよ」
    「まだ気にしてんのかよ」
    「当たり前でしょ。早く教えてよ」
    「ぜってーヤダ」

     昨日、お前と俺の十八禁漫画を読んで一発抜きました。とか、天地がひっくり返っても言えない。この秘密だけは墓場まで持っていかなければ。まだまだ長い人生だというのに、この歳で既に重すぎる秘密を持ってしまったことに気が滅入った。

    「てか、医務室って誰かいたっけ?」
    「あー、どうだろうな? 普段あまり使わないし、いねぇかも」

     そんな会話をしながら医務室に入る。案の定、医務室には誰もいなかった。そっとベッドの上に降ろされ、大丈夫? 痛くない? と凪が少しだけ不安そうな顔で尋ねてくる。
     こうして心配してくれるのは素直に嬉しい。だけど、凪と二人きりになってしまったのはまずい。この状況はアウトじゃね……? とすぐに脳内でアラートが鳴る。
     ボロを出す前に凪を帰そうと「もう大丈夫だから帰れ」と伝えたが、凪は頑なに帰ろうとしなかった。
     それどころか、

    「お腹みせて」
    「は!? ちょ、ユニフォームを引っ張るな!!」
    「全然、大丈夫じゃないじゃん。ほら、お腹、赤くなってる……」
    「バカ、触るなっ、あ…!」
    「え……?」

     変な声が出て咄嗟に口を塞ぐ。だけど遅かった。凪の訝しむような視線に耐えきれず俯く。
     お願いだから早く出ていってくれ……! いますぐに!! それか誰か入ってこい!! と、願うときに限って誰も入ってこないから、神様ってやつは意地悪だ。

    「レオってさ」
    「な、なんだよ……」
    「案外、敏感なんだね」

     くすぐったいんでしょ。と、的はずれな答えを出した凪に脇腹を撫でられる。
     確かにくすぐったい。けど、今はそういう問題じゃない。こんなの、なぎれお小説だったら、そのままベッドで押し倒されて始まってしまう。なにが、とは言わないけど。

    「な、凪! ほら、冷やすもの! 冷やすもの持ってこい!」
    「あー、そうだね。ちょっと探してくる」

     やっと本来の目的を思い出したのか、凪が棚の方へと移動する。玲王はふーっと息を吐き出すと、すぐさま布団の中に潜った。

    「湿布でいい?」
    「ん、サンキュー」
    「やっぱり具合悪い?」
    「いや……でもちょっと休んでから戻るわ」
    「そっか。じゃあ、ゆっくり休んでね」

     凪から湿布を受け取り、逃げるように布団を頭から被る。

     言わずもがな、この映像はネットの海を渡りに渡って、さらになぎれお漫画や小説が潤いまくった。


     ◆

    「あのさ、レオ。今度こそ、みんなで飲みに行こうって話があるんだけど」

     練習終わりのロッカールーム。潔にぽんぽんと肩を叩かれた。
     そういえば、かなり前に企画された飲み会の話は、結局うやむやになったまま流れたんだっけ、と、記憶を手繰り寄せる。今回は幹事が潔だから、無事に開催されるだろう。この前は珍しく蜂楽が「俺やるー!」と立候補したのだが、案の定というべきか、うまく取りまとめができなくて流れてしまった。

    「オッケー。いつ?」
    「急で申し訳ないんだけど今日か、来週の水曜日なんだけど……」
    「あ、今日はダメだわ」
    「分かった。じゃあ、水曜日な。今のところ、水曜日はみんな来れるっぽいし……つーか、お前の後ろが怖いんだけど……」
    「え?」

     くるりと振り返る。後ろには凪が立っていた。いつも通り、何を考えているのか分らない、ぼんやりとした顔で立っている。

    「凪がどうしたんだよ?」
    「いや……なんでもない……。けど、この前のことはちゃんと謝ったからな!」

     凪に向かって潔が言う。あー、あのときの、と思ったが、玲王自身は特に気にしていない。別にいーよ、と再度伝えたが、凪がするりと後ろから腹に腕を回して抱きついてきた。

    「一週間、レオのお腹に跡が残ってたよ」
    「それはごめん……」
    「もう治ったからいいって! つーか、お前は離れろ!」

     くっつき虫みたいに纏わりついてくる凪を引き剥がし距離を取る。
     ここのところ、凪のスキンシップが激しい。今までも激しかったといえば激しかったが――なぎれお漫画や小説を読み、客観的に自分たちを捉えることで、やっとその異常性に気付いた――ここ最近は違和感を覚えるぐらいだ。
     えー、と不服そうな顔でこちらを見る凪を無視する。

    「レオ、最近本当に冷たくない? 俺、なんかした?」
    「なんもしてねーよ。ただ……」
    「ただ……なに?」
    「いや……。てか、いま何時だ!?」
    「九時前だけど」
    「マジ!? 早く帰んねぇと!」

     急ぎ荷物をまとめ、ロッカーの扉を閉める。
     慌てて帰ろうとする玲王の腕を凪が掴んだ。

    「このあと何かあるの? 誰かとの約束?」
    「別になんでもいいだろ。っていうか、痛い」
    「よくない。こんな時間から誰かと会うの?」
    「ちげぇよ。仕事」
    「本当に?」
    「……あぁ」

     嘘だ。仕事なんてない。だけど、玲王には早く帰らねばならない理由があった。

    「じゃあ、お先!」
    「おつかれー」

     急ぎ練習場を抜け、タクシーを捕まえる。転がり込むように自室へ入ると、数十時間前までスマホを握りしめて寝そべっていたベッドの上にダイブした。
     あー、この瞬間が至福すぎる……。
     ゴロゴロとベッドの上を転がりながら、スマホを取り出す。
     今日は、推し作家の小説が更新される日だ。十時には続きをアップします! と呟いていたから、もうそろそろ更新されるはず。
     かなり良いところで話が止まっていたから、続きが気になって仕方なかった。それに、今日はもうひとつビッグイベントがある。

    「おっ、きたきた」

     何度もタイムラインをリロードし、最新の呟きを読み込む。すぐに『なぎれおが世界一幸せになるため⑤』のリンクが現れた。ワクワクしながら、そのリンクをタップする。

    『レオ、今日の試合でボールぶつけられてたでしょ』
    『……お前、よく見てたな。練習の班分け違ったのに』
    『レオのことなら何だって気付くよ。ほら、お腹みせて』
    『ちょ、バカ、急にシャツを捲るな!』
    『あーあ、赤くなってる』

     …………。
     ちょっと待て、この前のやり取りと酷似してね? 場所は同棲している部屋だけど、シチュエーションがこの前とそっくりだ。
     そして、やっぱり創作の中だとそうなるよなぁ、という展開で二人がイチャイチャし始める。

    「恥っず……」

     改めて読むとなかなかに恥ずかしい。医務室での映像がネット配信されてから、かなりなぎれお創作が潤ったが、やはりこうして小説にされたもの――それもほとんどそのまま描写されたもの、かつ、推し作家が書いたもの――を読むと、恥ずかしさと萌えが凄まじかった。

    「はー、今回も最高すぎだろ……」

     すぐに作品を拡散し、感想を呟く。
     最近、また新たな楽しみ方を知ったのだが、読んだものを拡散したり、感想を書いたり、なぎれおのことについて呟いたりすると、同じようになぎれおが好きな人から反応が返ってくることに気付いた。最高だった! めちゃくちゃ好き! と、語彙もへったくれもない感想や、なぎれおの良さを語っているうちに、ぽつぽつとリプライが付くようになったのだ。このなぎれお小説最高! と呟いたら、分かります、その作品めちゃくちゃいいですよね! と共感される。
     このなぎれお漫画もオススメ。
     マジで解釈の一致。
     このときのレオ可愛かった。
     といったリプライは、玲王をさらに楽しくさせた。

    「あっ、やべ」

     ちょこちょことリプのやり取りしているうちに、もうひとつのビッグイベントが迫っていることに気付いた。

    「ちゃんと買えっかな……」

     ソワソワした気持ちで、またしてもタイムラインをじっと見つめる。
     さらに分かったことだが、なぎれおが本にもなっているらしい。同人誌と呼ばれるもので、推し作家が作った漫画や小説を本で読むことができるのだ。
     最初は同人誌を買うことに抵抗があったが、一冊買ったらあとはどうでもよくなった。今では枕元にお気に入りの同人誌まで並んでいる。ビジネス書、自己啓発本、そして同人誌。なんとも規則性のないラインナップだが、眠れない夜のお供にぴったりだった。ただひとつ困るのは、同人誌の場合、興奮してさらに眠れなくなってしまうのだが。

    「よし、来た!」

     告知時間通りに流れてきた通販のリンクをタップし、パスワードを打ち込む。人気作家の本だから買うのに苦労するかもしれないと思ったが、問題なくページを開けた。あとはカートに入れるだけ、だが。

    「全然、読み込まねぇ……」

     何度もボタンを押すが、カートに入らない。相当、アクセスが集中しているのだろう。かなり粘って粘って、粘り勝ちした。

    「ヨッシャ!!」

     ベッドの上で立ち上がり、ガッツポーズする。
     これで、またひとつコレクションが増える。日々の疲れを癒やしてくれる本が増える。

    「マジ楽しみだなー」

     いくつかあるうちの一冊を本棚から抜き、同人誌を開く。
     このなぎれお漫画は、W杯で優勝し、サッカー選手を引退したあとの話だった。二人で同棲しているが、れおの方に見合い話が舞い込み、紆余曲折ありながらも最終的に結ばれる話である。
     これに関しては、この先の未来で本当に起こりそうだった。たとえ引退せずとも、数年後には凪と同棲しているかもしれない。
     実を言うと、少し前からそんな話をしている。面倒を見られたい凪と、御影家から出たい玲王。完全に利害の一致だ。
     W杯で優勝し、サッカー選手を引退して仕事で独り立ちできるようになったら、家を出ていきたいと思っている。いつまでも、両親の元で半分監視されつつ制約のある暮らしをしていたくはないのだ。
     そうなったとき、真っ先に思い浮かんだのが凪の顔だった。
     どうせアイツ、今も適当に暮らしてるんだろな。だったら、まとめて面倒みたいし、それに一緒に住んだらもっと楽しくなりそう。
     そんなふうに思っていたけれど、こうして同人誌を読んでいると、いろんな問題にぶち当たりそうだとも思う。あと、

    「……マジでこんなことになったらどうしよ」

     凪とハグしたり、キスしたり。
     間違って一線を越える日が来るかもしれない。お互い男同士だから、あり得ないだろうけど。それに、あくまでなぎれおは娯楽として消費しているから、もちろん玲王にもそんな気はない。
     ただ、最近は誤作動を起こす日も多い。紙やデータの中の凪に、ドキッとする瞬間があるのだ。
     それだけならいいが、最近では現実の凪と混同し始めている。
     凪に触れられるとドキドキするし、自然と目で追ってしまう時間が増えた。

    「なぎれおの読みすぎだな……俺」

     凪を好きになる? おまけに恋人同士になる? そんなのはあり得ない。
     たとえ、そういう意味で凪を好きになったとしても、凪が自分のことを恋愛的な意味で好きになってくれることは、100%ないのだ。
     そんなことを考えていると、なぜだか心臓が痛む。

     玲王は開いていた同人誌を閉じると、そっと枕元の、お気に入りの本がたくさん並んでいる場所に戻した。


     ◆

    『ねぇ、れお。ちゅーしたい』
    『だーめ♡ っていうか、お前、ちょっと飲み過ぎじゃね?』
    『そんなことないよ。全然、よゆー。だからさ、いつもみたいにキスしてよ』
    『ちょっ、バカ! 外ではダメだって!』
    『だったら、れおの部屋いきたい。それならいいでしょ?』
    『……ったく、仕方ねぇなぁ♡』

     緩みそうになる頬を引き締めて、酔っぱらった凪をタクシーの中に押し込める。行き先を告げれば、すぐにタクシーが動き出した。れお〜くらくらする〜〜と、もたれかかってくる凪の頭をよしよしと撫でる。

    『もうちょっとだからな、凪』
    『うん……。頑張る』

     だからいっぱい褒めて。と、凪が自ら頭を差し出してきた。コイツ、飲むとさらに甘えたになるよなぁ……と呆れるも、悪い気はしない。れおもれおで犬を撫でるときみたいに、わしゃわしゃと凪の頭を撫でた。

    『……あのさ、れお』
    『ん? どうした?』
    『本当は酔ってなかった、って言ったら怒る?』
    『は? 酔ってねぇのかよ』
    『いや、さっきは本当にくらくらしてた……けど、もう大丈夫。だから、』

     無造作に投げ出していた右手に、凪の左手が重なる。すりすりと指の間を親指の腹で撫でられた。下心がある触れ方に、腹の底がキュンと重たくなる。

    『部屋についたら、れおといっぱいイチャイチャしたい。……ダメ?』


     ◆

    「はーーなにこれ!! 最高じゃん!!」

     思わず、持っていたスマホをぶん投げそうになった。
     ヤバイ、破壊力が凄まじすぎる。このタイミングで、ダメ? って聞くのはズルすぎるだろ! あと、マジで凪があざと可愛すぎる……。

    「ダメとかねぇわ。むしろイエス一択だわ……」

     玲王はころころと布団の上を転がると、にやけそうになる顔を枕に押し付けた。スーハースーハーと何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから、もう一度スマホ画面を凝視する。
     続きを読もうと、画面をスクロールする指が震えた。もう結末は分かっているのに、それでも期待と興奮で呼吸が早くなる。

     実を言うと、このなぎれお小説は数日前に一度読んでいる。あまりにも萌える!! と、なぎれお愛好家たちの間で話題になったからだ。瞬く間に作品と感想が広がり、玲王のタイムラインにも『酒は飲んでも飲まれるな〜〜酔っ払い狼にご注意〜〜』の小説が流れてきた。
     だけど。

    「酔っ払い凪に迫られる話か〜。そういやぁ、前にも読んだなぁ……」

     正直、初めは気乗りしなかった。設定だけ読めばよくあるシチュエーションだし、ちょっと前にも似たような話を読んだばかりだ。だから、お腹いっぱいである。
     それに"周りから絶賛されている"イコール"自分の好みにマッチする"とは限らない。性癖や趣向、そのときの気分によって、求める話も変わるからだ。どんなに絶賛されていても作品の空気感とマッチせず、いまいち楽しめないことだってある。
     だから、この話は後回しでもいっかな――

     なんて思っていた自分を恥じたい。思いきりぶん殴りたい。
     読んだら最高だった。最高の二文字しかなかった。
     酔っぱらった凪が可愛すぎるし、それに絆されてしまうれおにも共感できるものがある。
     それになにより、アダルトシーンが濃厚だった。小説は読み手の想像力に委ねる部分が大きい。それゆえに、描写がリアルであればあるほど物語に没頭することができる。
     おまけに、小説はすべて頭の中で想像するから無修正だ。よりリアルに凪の凪を想像できる点も強みである。といっても、ブルーロック時代に何度も風呂場で凪の凪を見ているが。

    「何回読んでも最高……」

     ハァ、と悩ましげなため息をつき、画面を閉じる。
     そろそろ、家を出なければならない時間だった。最後まで読み返したい気持ちをグッと押さえ、ベッドから降りる。

     今日は、この前ながれてしまった飲み会の日だった。オフの日以外は常に顔を合わせているメンツだが、苦楽を共にしている分、飲み会になるとさらに盛り上がる。
     今日も二次会まで行っちゃうんだろうなーなんて思いながらクローゼットを開く。あーでもない、こーでもないと服を吟味しながらも、もしかしたら、さっき読んだなぎれお小説みたいなことが起きたりして……と考えてぶんぶんと頭を振った。

    「だから違うって!!」

     何が違うのか、誰に対しての否定なのかよく分からないまま、選んだ服を床に投げつける。
     最近、なぎれおを読むだけでは飽き足らず、脳内でいろんなことを妄想してしまうようになった。現実と切り離して考えているつもりでも、ときどき凪の顔がちらついてしまうのだ。そのたびにソワソワと落ち着かない気持ちになるし、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような、腹の底が重たくなるような、そんな気持ちになってしまう。

    「疲れてんのかな……俺」

     ぽつりと呟き、ぼんやりと視線を落とす。

     ここのところ、サッカーの練習もきつくなってきたし、自分で管理している仕事の方も大変になってきた。いま、玲王が住んでいるタワーマンションも、投資住宅事業として、自らが広告塔となり維持管理している。それ以外にも株の動向チェックやサッカー選手としての取材など、いろんな予定が詰め込まれているせいで、オフの日以外は分刻みのスケジュールをこなしてた。
     だからこそ、なぎれお漫画やなぎれお小説が欲しくなる。多忙を極める玲王にとって、なぎれおは最大の癒やしであり娯楽だった。そして、自分が御影玲王であることを忘れさせてくれる至福の時間でもある。
     それに、最近では感想を呟くことに加えて、ちょこちょこと【こんななぎれおがあったら最高なんだけどな!】リストまで作っている。
     本当はお互い両思いなのに、すれ違いすぎて結ばれるまでに数年が経ってしまった話とか。好意に気付かないれおを振り向かせようと、凪が頑張る話とか。
     絶対にあり得ないことを妄想することで、また違った欲求を満たしているのだ。
     おまけに、そこそこウケもよく、
     このなぎれお可愛すぎる。
     れお気付いてあげて!
     マジでレオって鈍感すぎるんだよね。
     といったメッセージまでもらうようになった。それがさらに玲王の気持ちに弾みをつける。
     最初こそ、ヤバイ趣味を持ってしまったと焦ったが、いまでは毎日が楽しくて仕方なかった。だけど、楽しければ楽しいだけ、現実の凪を汚すような行為をしている気がして罪悪感が募る。
     いい加減、現実の凪とも向き合わなければならないのに。避けてばかりではいけないのに。

     何度目か分からないため息が落ちる。玲王はぱたんとクローゼットの扉を閉めると、引っ張り出した服に袖を通した。


     ◆

     潔によって開かれた飲み会は定刻通りに始まっていた。あらかた注文が済んでいるのか、座敷のテーブルには各々で頼んだ料理が並んでいる。
     玲王も入ってすぐの場所に腰を下ろすと、千切からメニュー表を受け取った。

    「珍しいじゃん。レオが遅れてくるなんて」
    「悪い、悪い。出る直前で、仕事の電話がかかっちまって。最近、仕事も忙しくてさー」

     謝るポーズをし、ひとまずビールを頼もうとボタンに手を伸ばす。ビールを注文するついでに、追加でつまみも適当に注文しておいた。

    「なんだっけ、レオが管理してる不動産……だっけ?」
    「そー。合宿で忙しいときに限って仕事も大変でさ」

     まだビールは来ていないが、先に目の前の枝豆に手を伸ばす。ほとんど無意識に、剥いた豆を皿の端に寄せていることに気付き、手を止めた。凪用に、と思って剥いてやる癖がすっかり染み付いているのだ。今は隣にいないのに。

    「てかさ、ちょっと聞きたいんだけど」

     千切が声のトーンを落としながら近付いてくる。なんとなく嫌な予感がしながらも耳を傾けたら、案の定「お前等、なんかあったの?」と突っ込まれた。

    「別に……なんもねぇ」
    「その割には凪のこと意識してんじゃん」
    「ハァ!? してねぇし!!」

     ドンッと強くテーブルを叩いてしまう。一瞬、しーんと場が静まり返ったが、ビールを持ってやってきた店員のおかげで、すぐにまたいつも通りの空気に戻った。

    「本当に何もないって」
    「ふーん……」

     追求するような視線に耐えきれず、届いたビールを一気にあおる。
     久々に味わう麦の旨さと喉越しの良さに、ぷはーッと息を吐いた。生きてる心地がする。いつも高給ワインだのウィスキーだのを会食で飲まされているせいで、こういったものが一層おいしく感じる。

    「でも、相変わらずなぎれおは読んでるんだろ?」
    「ブッ」
    「ちょっ、吐き出すなよ」
    「だって、お前が変なこと言うから!」

     ついつい、出掛ける前に読んできたなぎれお小説の中身を思い出してしまった。思い出したことによる羞恥なのか、アルコールによる熱さなのかよく分からないまま、パタパタと手で顔を扇ぐ。それで合点がいったのか、千切がニヤリと笑った。

    「分かった、アレだろ。なぎれおの読みすぎで、変に凪のこと意識してんだろ」
    「っ、だから違うって!」
    「どうだか」
    「だから違ぇ! 別に凪のことなんて、」
    「俺が……なに?」

     後ろから声がして振り返る。気付けば真後ろに凪が立っていた。なんで此処に、と思ったが、どうやら席を移動してきたみたいだ。
     マジで最悪……と額を押さえ、ため息をつく。
     凪の隣に座りたくなくて、わざと理由をつけて遅れてきたというのに。凪からやってきたのでは意味がない。
     だが、そうとは知らずに凪は無理やり間に割って入ると、れお〜と言ってすり寄ってきた。

    「あっ、これ、俺のために剥いてくれたの?」
    「バカ、ちげぇーよ。これは俺が食うやつ!」
    「でも、レオはこんな食べ方しないよね」

     あーんと雛鳥のように口を開けて、豆を食べさせてもらおうとする凪になんだかなぁ、と思う。
     現実の凪は可愛くてのんびりしてて、いわゆるなぎれおとしての攻めの要素なんてこれっぽちもない。サッカーをしているときは同じ男から見てもかっこいいと思うし、この前ボールが腹を直撃したときはまるで王子様みたいに抱きかかえてくれたけど。
     だけど、それとこれとは違う。だから、現実の凪を好きになることなんか……。
     好き……に、なる、こと……なんか…………。

    「レオ?」
    「ッ……!?!?」

     下から顔を覗き込まれて、ビクッと肩が跳ね上がる。
     一体、どうしてしまったんだ。凪がやけにキラキラして見えるし、それになにより体が熱い。
     玲王はぶんぶんと頭を振ると、その熱さを誤魔化すように、冷たいビールを胃に流し入れた。

    「おー、いい飲みっぷりだね」

     俺もいっぱい飲んじゃお、と凪も玲王を真似してジョッキを空にする。
     それを傍から見ていた千切が「おいおい、大丈夫かよ……」呆れた顔で見ていたが、そのときには既に正常な思考ができないぐらいにはおかしくなっていた。


     ◆

    「アハハ! やべぇ、凪が二つに分裂して見える」
    「ほんと? じゃあ、レオにいっぱい甘えられるね」
    「なんでそうなるんだよ。サッカーしろよ、サッカー!」

     ゲラゲラと笑いながら凪の首に腕を回す。
     強かに酔っているせいか、足元がふわふわしていた。まるで雲の上を歩いているかのような、そんなふにゃふにゃとした感覚だった。

    「じゃあ、これから二次会に行く人ー!」

     子どもみたいにぴんと手を上げて、潔が言う。
     既に一次会は終わり、玲王たちは店を締め出されている。そんな中、潔が二次会の手配をしていた。
     どーする、なぎぃ……なんて自分でもどこから出してる声なのかよく分からないまま凪を見つめる。凪もいつも通りぼんやりとしていた。んー……と唸ったきり何も言わない。暫くして、凪が甘えるように凭れかかってきた。

    「ねぇ、レオ。ぎゅーってしたい。それか頭撫でて」
    「なんだよ、それ! っていうか、お前、ちょっと飲み過ぎじゃね?」
    「そんなことないよ。全然、よゆー。だからさ、いつもみたいに頭撫でてよ」
    「ちょっ、バカ! ひっついてくんなよ! 此処ではダメだって!」
    「だったら、レオの部屋いきたい。それならいいでしょ?」
    「……ったく、仕方ねぇなぁ」

     俺たちは二次会パスなー、と、遠くにいる潔に叫んで、代わりにタクシーを呼ぶ。
     久しぶりに凪と話し、触れ合っているせいか、めちゃくちゃ楽しかった。ダメとかなんとか言ったくせに、ふらふらと揺れる凪の体を抱き締める。自分の体も相当、ふらふらしていた。

    「レオー、眠いー」
    「ここで寝るのはダメだって!」
    「ん……」
    「ほら、タクシー来たから」

     なんとか力を振り絞り、酔っぱらった凪をタクシーの中に押し込める。行き先を告げれば、すぐにタクシーが動き出した。れお〜くらくらする〜〜と、もたれかかってきた凪の頭をよしよしと撫でる。

    「もうちょっとだからな、凪」
    「うん……。頑張る」

     だからいっぱい褒めて。と、凪が自ら頭を差し出してきた。コイツ、飲むとさらに甘えたになるよなぁ……と呆れるも悪い気はしない。ついつい手が伸びてしまい、わしゃわしゃと凪の頭を撫でた。

    「……あのさ、レオ」
    「ん? どうした?」
    「……いや、なんでもない。言ったらレオのこと、びっくりさせちゃうだろうし」

     何かを言いたそうにじっとこちらを見つめる凪に、何故か既視感を覚える。だけどアルコール漬けになった脳みそでは、記憶のかけらを手繰り寄せることすらできなかった。

    「どうしたー、凪。気持ち悪くでもなったか?」
    「ううん。大丈夫。ただ、レオの新しい家に行くの初めてだからちょっと嬉しい」
    「…………」

     にこっと、本当に僅かににこっと凪が微笑む。常に表情筋が死んでるあの凪が、酔っているとはいえ笑うなんて……!
     謎の興奮と歓喜に心臓がおかしな音を立てる。こんなの、なぎれおだったら恋に落ちてる!! つーか、100%凪はれおのことが好きだし、れおも凪のことを好きになる。下手したらここで一発キスしてる……と、此処まで妄想してはたと気付いた。

    「ヤッベ」

     そうだった。部屋にはなぎれお本が散乱している。寝室のみならず、リビングのソファにも山積みされていた。今朝、通販で注文していたなぎれお漫画や小説が届いたからだ。
     そのことを思い出し、サァっと顔から血の気が引く。だが、無情にもタクシーが止まってしまった。

    「こちらでよろしいでしょうか?」
    「あ、いや、」
    「はい。支払いはカードで」

     やけにはっきりとした声と俊敏な動作で凪がカードを切ってしまう。
     やっぱりお前の家にしよう、とは言えなかった。もうマンションの前まで来てしまった。

    「レオ?」

     早く行こうよ、と自分の家でもないのに凪に引っ張られる。その間も、脳みそはフル回転していた。さっきまで吐き気などなかったのに、エレベーターに乗って体が持ち上げられた瞬間、吐きそうになった。
     本当にまずい。まずすぎる。このままだと凪に秘密がバレてしまう。凪と自分をモデルにしたなぎれおが好きであることが。まさかの本人にバレてしまう。

    「すごいね。エレベーターで部屋まで直通なんだ。もう玄関? っていうか部屋じゃん」

     気持ちが整わないうちに扉が開く。こんなときだけ効率性とセキュリティを求め、居住フロア直通でエレベーターを作り、開けたら即玄関という作りでオーダーしたことに後悔した。

    「凪ッ!! 本当にごめん。ちょっとだけここで待ってろ」
    「えー、でも早く入りたい。トイレに行きたいんだよね。もう漏れちゃいそう」
    「ハァ!? バカ! それを早く言えよ!」

     すぐに凪をトイレに案内する。トイレはリビングを抜ける前にあった。

    「いいか。俺がいいって言うまで出てくるなよ」
    「ほ〜〜い」

     絶対だからな! と念を押し、すぐさまリビングに入る。
     家を出るときのまま、ソファの上に鎮座する同人誌を急ぎ回収した。といっても、あまりにも量が多いため、一回では運べない。
     嗚呼、この十八禁本が気になる……と、きわどい表紙を見て思いながらも、なんとか五往復してなぎれお本を寝室に移動させた。
     正直、寝室もかなりの量になっている。もはや、ベッドの上まで侵食していた。仕方なく、ベッドになぎれお本を積み上げる。

    「さすがにヤバイやつは隠さねぇと……」

     表紙から肌色が強めなものは、見つかったら最後、人権を失ってしまう。でも、このなぎれお本はあまりにもえっちで最高だった。もう何度も何度も開いているから、紙に開き癖がついてしまっている。よく開くところに至っては、少しだけ紙がよれていた。

    「この凪、めちゃくちゃかっこいいんだよな……」
    「……俺がどうしたの?」
    「いや、だからこの凪が……」
    「っていうか、すごいね。俺たちの本がいっぱい」


     ……………。
     ……………………?


    「は?」

     ぽろりと持っていた同人誌が手から滑り落ちる。トイレから寝室は一番遠いはずだし、一番奥にある部屋だし、っていうか、出てくるなって言ったよな……? 

    「おーい、レオ?」

     ありゃ、固まっちゃった? と言って、凪が同人誌を拾い上げる。
     その動作がやけにスローモーションに見えた。ペラペラと同人誌をめくるやいなや、へぇー、と凪が抑揚のない声で呟く。
     レオってこういうのが好みなんだ。と言われた瞬間、ぶわっと頬が熱くなった。

    『玲王、大好き』
    『だから玲王の全部をちょーだい?』
    『嫌って言う割には、善さそうだね』
    『意地悪されるのが好きなんだ』

     セリフを読み上げたかと思いきや、同人誌を片手に持ったままトンと肩を押される。軽く押されただけなのに、いとも簡単に体が転がった。続きはなんだっけ、と中身を確認しながら、ベッドの上にあがってきた凪に頭が真っ白になる。

    「ねぇ、この本だと、このまま俺がレオにキスしてるんだけど……。あっ、あとえっちもしてる」
    「…………」
    「すっご……。下手なAVより描写がリアルじゃん」
    「…………」
    「俺たちもシてみる?」

     そう言われた瞬間、脳内で何かが弾けた。

    「へっ、あ……」
    「興味あるからこんな本があるんでしょ? ほら、早く目閉じて」
    「っ、い、や、だって、俺たち……」

     男同士だし、親友だし、恋人同士じゃないし、漫画とか小説の中のなぎれおじゃないし。そもそも、

    「気持ち悪く、ないのかよ……」
    「は? なんで?」
    「だって、お前と俺がモデルになってる話を読んでるなんて、普通は引くだろ……」

     自分なら引く。そう思ったが、凪はため息をついただけだった。

    「別に気持ち悪くないよ。っていうか、知ってた」
    「…………は?」

     またしても思考がフリーズする。
     知ってたって、なに?

    「この前、千切から教えてもらったんだよね。で、俺も"なぎれお"をいくつか読んだし、レオがなぎれおを好きなことも知ってたよ」

     それに、コメントだってしたじゃん。と言われて、いよいよ本当に息が止まりそうになる。
     自分の裏垢が凪に知られていたことにも驚きだが、それに対してリプライまでされていたとは思わなかった。やけにずれたリプライというか、まるで現実のレオを見てきたかのようなコメントに少し違和感はあったけど。だけど今はそんなこと、どうでもいい。もういろんなことが起こりすぎて、泣き出したい気持ちになる。

    「だけど、さすがにレオの好みがこういうのだとは知らなかったかな」

     初めから激しくされるのが好きなんだ? と言われて、ぶんぶんと首をふる。だけどもう、全身余すところなくなく真っ赤だ。逃げ出したいのに、何処にも逃げ場がない。縋るような気持ちで凪を見つめるも、逃さないとばかりに顎をクイッと持ち上げられた。

    「な、なぎ……!」
    「こーら、暴れないの。ちょっとだけ強引なのが好みなくせに。ぜんぶ、知ってるんだから」

     好きだよ、玲王。これで、フィクションじゃなくなるね。
     と、囁いた凪の唇が、強引に唇を奪っていく。

     初めて凪としたキスは、今まで読んできたなぎれお漫画や小説とは比べものにならないくらいドキドキした。
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    Replies from the creator

    hjm_shiro

    DOODLE凪玲/【最新】nagi_0506.docx
    ⚠監獄内の設定を少しいじってる

    凪に好きなものを与えて、うまくコントロールしているつもりの玲王と、いやいやそうではないでしょ、って思ってる周りの人たちが思わずツッコんじゃう話。
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    「たまにレオってすげぇなって思うわ」

     千切がぽつりと呟く。千切は本場よろしく油でベチャベチャになった魚――ではなく、さっくりと揚がったフィッシュフライをフォークに突き刺すと美味そうに頬張った。玲王としては特に褒められることをしたつもりはないのだが、ひとまず適当に話を合わせて、そう? と軽く相槌を打つ。

     新英雄大戦がはじまってから、選手たちは各国の棟に振り分けられている。それぞれ微妙に文化が異なり、その違いが色濃く出るのが食堂のメニューだった。基本的には毎日三食、徹底管理された食事が出てくるのだが、それとは別に各国の代表料理も選べるようになっていて、それを目当てに選手たちが棟の間を移動しに来ることもあるほどである。今日はフィッシュ&チップスと……あとはなんだったかな、と思い出しつつ、玲王はナイフでステーキを細かく切った。そうして隣にいる凪の口にフォークを突っ込む。もう一切れ、凪にやろうとフォークにステーキを突き刺したときだった。千切の隣に見知った顔ぶれが座った。
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