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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    万葉視点。
    IFルート・奮起前の万葉としてお楽しみください。

    #万蛍

    銀世界での誓いいつから自分はこんなにも脆くなってしまったのであろうか。



    「あ、万葉みっけ」

    海辺の崖下にある木陰。
    潮風が吹き、植物の匂いに包まれて静かに過ごすことができる、ちょっとした穴場。
    定期的に訪れるこの場所で今日も寝転んでいると、彼女がやって来た。

    「蛍……。おはよう」
    「あはは、寝起きの顔だ」

    からからと笑いながら横に座ってくる蛍。
    目を擦り、ゆっくりと身を起こした。

    「あのね、さっきパイモンがね…」

    笑いを我慢できないといった風に話し始める彼女。

    (随分と長い付き合いのような気がするが……)

    この少女と知り合ってからまだ三月(みつき)も経ってはいない。
    「稲妻へ行きたい」と言い突如として現れた彼女は、強い決意を秘めたその瞳から受けた印象通りの勇敢さを持っていた。

    (このようなか細い腕で……)

    身振り手振りを交えながら楽しげに話す蛍をじっと見つめる。

    (どれだけの危険が待ち受けていようとも、行かねばならぬ理由があるのだろうな)

    一切詳しいことは知らない。聞いてもいない。
    稲妻の話となると途端に真剣な顔つきになる彼女を見て、流浪人如きがずけずけと土足で踏み入ってはいけない気がしたからだ。

    「それでね、タルタリヤが…」

    (……タルタリヤ)

    一度は死闘を繰り広げた相手だと聞いた。
    確か、璃月で仙人も共に戦うほどの大事件があった際に深く関わったのだったか。

    (蛍の話は不思議とよく覚えているな)

    我ながらのらりくらりと生きていて、他人にあまり深入りしていないのだ。
    結果、心底どうでもいいと思ってしまっているのか雑談となると余程印象に残ったことしか覚えていない。

    (そう、拙者は……あらゆることが)

    「……葉。万葉ってば!」

    蛍の大声で現実に引き戻され彼女に顔を向ける。

    「どうした?」
    「どうしたもこうしたも。全然話聴いてないでしょ!」
    「……すまぬ、寝ぼけているようだ」

    素直に謝ると、少しむくれた蛍がご丁寧に最初から話し始めてくれた。

    漸く、パイモンがタルタリヤを遠慮の欠片もなく財布として連れ回していた、という話が終わったと思うと(何だか酷い内容を聴いた気がする)、

    「わ、喋り過ぎた!急がなきゃ」

    そう言い、蛍が慌てて立ち上がった。

    「用事があるのか?」
    「うん。や、用事自体は明日なんだけどね。買い出し行かなくちゃって」
    「買い出し?」

    聞き返すと、蛍が名案を思いついたとばかりに手を叩いた。

    「そうだ!明日の夜、お友達沢山呼んでパーティーするんだけど万葉も来てよ!美味しい料理いっぱい食べられるよー!」

    予想外の提案で返答に窮してしまう。
    善は急げとばかりに蛍が猛スピードで何かを紙に記して、それを手に握らせてきた。

    「はい地図!たまたまみんなの予定が空いてる日でね。あ、心配しなくても気さくな人ばっかりだから」
    「待て、拙者は」

    言い終わる前に飛んで行ってしまった。

    「……参ったな」

    思わず呟きがもれる。
    交友関係を広げる気はあまりないのだが。

    (そのようなもの、拙者にはもう……)

    少しだけ俯き広げた地図はあまりにも……あまりにも雑で。

    「……参ったな」

    同じ言葉を呟いてしまった。



    大遅刻だ。
    そういえば時間など全く教えてくれていなかった気がするが大遅刻に違いない。

    「戌刻半……急がねば」

    正直、行く義理などないのだが。
    取り敢えず璃月港であることだけは分かった解読不能な地図を握りしめ走る、走る。

    (悲しむ蛍の顔は……見たくない)

    あんなに嬉しそうに誘ってくれたのだ、行かなければ絶対に傷つくだろう。

    (恋人でもない、知り合い一人の為に……)

    何をしているのだか。
    自嘲気味に笑った瞬間、鈴を転がしたような声が聞こえた。
    通行人が仰け反るほどの急ブレーキをかけ、目を閉じ耳をすませる。

    (──いた)

    間違える筈もない。
    あどけない少女の声がする方へと一気に駆け出し、そして。

    「蛍!」

    風の力で上空に舞い上がり、高所に位置する料理亭に着地した。
    優雅に食事をしていた客らが驚きひっくり返り、

    「きゃああ!?か、万葉。ビックリした」

    蛍もまた、驚愕していた。

    「すまぬ、遅れたでござる。急いだのだが」
    「う、ううん。来てくれてありがとう。嬉しいよ」

    慌てつつも椅子を用意してくれる蛍。

    「ごめんね。あの地図分かりにくかったかもって心配してたところだったの」
    「独創性のある地図ではあったな……。構わぬよ、蛍の声が聞こえれば遠くともすぐに分かるでござる」
    「声?わ、私の声で場所が分かったの?流石だね」
    「大したことではない」

    一息つき、蛍が周りにいる友人たちを紹介してくれる。酒で潰れてしまっている者はまた次の機会になりそうだった。
    取り敢えずの笑顔は浮かべながらこちらも自己紹介する。

    (確かに、皆気さくで話しやすいな)

    蛍の友人の時点で悪い人間などきっといない。
    そのような者は彼女自身が許さないだろうから。
    安心すると同時に少しだけ、寂しさが過った。

    (拙者がいなくとも、蛍は……こんなに大勢の人に愛されている)

    ふわふわとした生き方をしている自分と違い、これから先も沢山大切な人ができて、こうして笑い合って。
    そうやって生きていくのだろう。

    (それは友人であり、仲間であり……伴侶、であり)

    急激に食欲がなくなってきた。

    何か話しかけられている。答えなければ。早く。早く。

    (……うるさい)

    眠れぬ嵐の夜みたいだ。
    ああいう日は耳鳴りがして仕方がない。
    自分は耳が良過ぎるから。
    うるさい。うるさくて堪らない。──落ち着かない。

    「大丈夫?」

    「……あ」

    蒼い瞳。少し明るい茶色の髪。
    気付くと長身の男が覗き込んできていた。

    「なんか顔色悪くない?あ、リバースしそうとか」

    軽い口調ではあるが「持てる?」と水を手渡してくれた。気が利きそうな男だ。

    「ちょっと!万葉をいじめないで!」

    蛍の声。
    駆け寄ってきた彼女の顔を見るだけで気分が楽になった。

    「ごめんね万葉、お手洗いに行ってた隙に」
    「誤解だって。寧ろ俺は介抱してて」
    「どうだか。異国の剣士に闘争心が芽生えて煽ってたんじゃないの」
    「酷いなぁ……戦ってみたいのは確かだけどさ」
    「ほんと油断ならないんだから、タルタリヤってば」

    (タルタリヤ……)

    心が騒めく。

    (この、男が)

    『全力で戦って、その後なんだかんだで仲良くするようになって。だから私にとって、少し特別な人かもしれないなぁ』

    そう言っていたことを思い出す。

    (この男は……蛍の抱えているものを、どこまで知っているのであろうか)

    まだ争っている二人に視線をやる。
    調子のいいことを言ったのだろうタルタリヤが蛍に頭を叩かれる。「乱暴だなぁ」、口を尖らせつつ満更でもない様子で笑う。
    そこに遠慮など一切存在していなかった。

    『ねぇ、今更だけど……遊びに来るの、迷惑じゃない?』

    釣りをしている自分に、彼女がそんな質問をしてきたことがある。
    「迷惑な筈がない」、そう答えると大きく笑ってくれた。

    (迷惑、などと。毎日来てくれたって……構わぬのに)

    タルタリヤが蛍の頬を摘んだ。

    (このような浪人風情、気遣う必要など)

    怒った蛍がタルタリヤの両頬をこれでもかと引っ張る。

    (同じように……触れてくれて、いい)


    もう、限界だ。


    勢い良く立ち上がると二人共目を見開いていた。

    「万葉?」
    「──帰るでござる」

    彼女が追いつけぬよう、出せる限りの全速力で走った。
    この耳のせいで、制止する彼女の声が離れても離れても聞こえてきていた。



    蛍を察知しては逃げるようになって何日か経った。
    ぼうっとするせいか日付の感覚がない。
    漠然と過ごしつつも、時折物思いにふけっていて。

    ある時は雲ひとつない晴天の下。
    ある時はそぼ降る雨を眺め。
    またある時は。

    (流石に寒いな……)

    飛翔しながら行き着いたここ、ドラゴンスパインで雪の上に寝っ転がり空を仰いだ。
    この数日間、ろくに刀を触っていない。

    (身体が鈍る……)

    今この状態で襲われたらひとたまりもないかもしれない。

    (……それでもいい)

    浪人ひとり死んだところで誰も悲しまない。
    それなりに日々を楽しんで生きては来たが、あの日からどうにも生への執着が薄れている。

    銀世界。
    氷花の舞う音だけが聞こえる。

    (雪は好きだ……静かで、何者にも邪魔されぬ)

    せっかく遥々こんな所へとやって来たのだ、寒さに耐えられなくなるまで雪景色に浸っていたい。

    しかし。

    「万葉!!」

    目を見開き飛び起きる。
    降り立って来たのは。

    「何してるの!?危ないんだよ、ここ!」
    「……蛍」

    油断した。
    いや、接近されても気付かないほど衰えていたか。

    「やっと会えた……良かった」

    瞳を潤ませた蛍が着物の袖を弱々しく握ってきた。

    「ずっと謝りたくて。ごめんね、パーティー嫌だったんだよね?知らない人ばっかりだし。気遣えなくてごめん……」

    蛍の涙声に胸が詰まる思いがした。

    「……違う。誘ってくれたことは、嬉しかったでござる。……ただ」
    「ただ……?」

    唇が震えた。
    待て、何を言おうとしている?

    (いつからここまで腑抜けた?何者にも干渉せず、縛られず、そうやって生きてきたではないか。そうしてきたからこそ、強くいられたのであろう?)

    それが、僅かな時間付き合っただけの少女ひとりにこんなにも乱されて。

    ハッキリと分かる。
    今、自分は激しく動揺してしまっている。
    悟られたくない、悟らせてはならない。
    冷静さを失わず、決して本心は見せない。
    でなければ。

    (いつから自分は、ここまで脆くなった?)

    雪の中、汗が一筋流れた。
    見下ろしたすぐそばに蛍がいる。
    俯き大粒の涙をこぼして、

    「言いたくないほど、傷つけたってこと……?」

    消え入りそうなその声を聞いた瞬間。

    「──違う。あれ以上見ていたら……嫉妬心を抑え切れなくなっていたからだ」

    言って、しまった。
    思わず右手で口を覆う。

    「え、それって……」
    「……、あ」
    「タルタリヤに対してって、こと?」

    熱い。顔が熱い。耳まで熱い。
    心臓が破裂しそうだ。
    もう歯止めがきかない。

    「っ……そうでござる。拙者は、蛍のことが……どうしようもなく、愛おしいから……」

    声が震える。
    みっともない、こんな一面。こんな顔。こんな声。
    だが、目を逸らしてはならないと思った。
    大切な言葉を伝えているのだから。

    (忘れていた……心が熱をもつ感覚)

    言ってから、小さく笑ってしまった。

    「え、っ……えええ……!?」

    涙目の彼女がおそらく自分よりも真っ赤になっていたから。



    『変わった服装だよね。武器も初めて見る……あ、ごめん!勝手に触って』

    初めて遊びに来てくれた日、人懐っこさに毒気を抜かれて。

    『ケガしてるじゃない!だめだよ、かすり傷だからって放っておいたら』

    表情豊かで、誰かの為に必死になれて。

    『今日暑いね〜、あれ?なんか……元気ない?』

    ふわふわしているのに、相手をちゃんと見ていて。


    (ああ……好きだなぁ)

    思い出せば思い出すほど、好きになる。
    この少女にだけは何も隠せる気がしない。

    (見透かされても……構わぬ)

    随分と丸くなったものだな、自分も。
    故郷を捨ててこれまでの間、弱みなど一切見せず歩いて来たのに。

    苦笑して、ふと考えた。

    (蛍を好きになったから脆くなった。……などとは)

    思いたくない。
    彼女に失礼であるし、何より自分で自分を許せなくなる。

    かと言って急に嫉妬心が消えるわけでも、気分が沈まなくなるわけでもない。
    あの男のことはいくら精神を研ぎ澄ましても考えただけで心乱されるだろう。

    (少しずつ、だな)

    「や、いき、なり、その。へ、へんじ、いいい、今、しなきゃだめっ……!?」

    可哀想なくらいに混乱している蛍を見て微笑ましくなった。

    「いや、いつでも構わぬでござるよ」
    「そ、そそ、そっか」

    口では安堵しつつ手は胸元でギュッと握りしめたままの蛍。戦闘時の覇気は何処へやら。
    それにしても、自分より慌てている人間を見ると冷静になると聞いたことがあるが、本当のことだったとは。


    「……だが」

    いつもの余裕を取り戻したついでに、悪戯をしてやりたくなった。

    蛍の肩を抱き寄せ、柔らかな頬に触れて。

    「他の男に渡す気はないでござる。──そのつもりで」

    一言、放つ。

    「〜〜〜っ!!」

    顔から湯気を発しそうなほど真っ赤になりそのままの状態で時が止まっている蛍を見て、予想通りの反応に満足した。
    くすりと笑い背を向け、ひとつ伸びをする。

    「さて、そろそろ降りるか。手の感覚がなくなってきたでござるよ」

    硬直したままの蛍に微笑み、

    (強くならねば)

    帰って早速鍛錬をしようと、そう思った。
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