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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    美味し過ぎるこの関係性を私が放っておけるはずもなく。
    ということでタルタリヤとの三角関係開幕です。

    #スカ蛍
    ScaraLumi
    #タル蛍
    chilumi

    散兵様と公子様「おまえ、やたらと上機嫌だな」

    塵歌壺内で鼻歌交じりに髪をといていると、ふよんと飛んできたパイモンに話しかけられた。私の膝の上に座るなりふてぶてしくハスの花パイに手を伸ばしている。

    「いつもこんな感じじゃない?」
    「いや違う。少なくともトーンが高い」

    なんだそれは。
    首を傾げるとパイモンが次から次へとパイをムシャムシャ貪った。さっきご飯を食べたばかりなのに仕方のない子だ。
    ヘアブラシと鏡を片付ける私。彼女がまた口を開く。

    「一週間前……何かあったな?」

    ドキッとする。その辺りは、確か。

    (スカラマシュと話をした……)

    あれはそう、仲直りというやつだ。監禁事件をそんな可愛らしい言葉で済ませて良いのかはさておき、間違いなく彼に近付けた日だった。
    照れ顔を脳内で巻き戻しまくる。台詞に至ってはエコーすらかかってきた。

    (嬉しかったなぁあ……!)

    世界で私しか知らないのではなかろうか、あのスカラマシュは。
    彼の実年齢を考えると彼女の一人や二人や十人いたかもしれないし普通に晒していたかもしれないがそれは私の中でなかったことにしよう。

    (や、スカラマシュの彼女……見てみたい気はしなくも)

    相当虐められるのが好きそうだ。彼が恋心を抱く女性像にも興味があるなぁ。
    ……でもやっぱりなし。妬いちゃうからなし。

    (これじゃまたお子様扱いされるよね)

    溜息をつくと、パイモンにほっぺたを強く引っ張られた。

    「い、いたた!なに!?」
    「百面相が気持ち悪かったから」
    「ええ?っ……て、あああ!」

    すっからかんになった皿を見て大声をあげた。五個もあったパイが見事なまでに……!

    「私の分ないじゃん!」

    怒りを露わにした私からパイモンがケタケタ笑いながら離れた。そのまま窓の方へ向かってゆく。

    「続きは後で聞くぞー!」
    「待ちなさい、こら!パイモンっ……」

    あっという間に上空、遥か彼方へと飛んで行ってしまった小さな背中。ぐぬぬと見守ることしかできず、ややあって諦めた。もう、楽しみにしてたのに……。
    時計を見るとまだ昼過ぎだったので、やむを得ず私は璃月に同じ物を買いに行くこととした。

    ……まさか、とんでもなく予想外な出来事に遭遇するとは思いもせず。




    昼食時なのもあって璃月港は非常に活気づいていた。
    あちらこちらから美味しそうな匂いが漂ってきて、ハスの花パイを買いに来たというのについつい浮気をしかける。

    (ダメダメ、無駄遣いは禁物)

    それを言うなら生活必需品でも何でもないパイなど最たる物だがお菓子は女の子の嗜みだと心の中で意味不明な言い訳をする。だってそうでしょ?頑張った後には甘い物がなければ。

    「あった!」

    軽い足取りで歩いているとお目当てのパイを発見した。うわ、大行列。
    普段こんなに並んでいただろうか……疑問符を浮かべてすぐに理由が分かった。『数量限定・プレミアムハスの花パイ!』と書いた看板があったのだ。どうやら材料から拘った一品らしい。

    (パイモンに内緒でもっといいの食べちゃお)

    全部食べる彼女が悪いのだ。小悪魔・蛍の囁きに従ってワクワクしながら並ぶ。お、意外と客捌きが速い、もう私の番か……、え?

    (たっっっっか!!)

    お値段なんと、普通のパイの三倍。目玉が飛び出そうになる。「お嬢ちゃん、早く決めてくれないか」、店主に言われ焦る私。ど、どうしよう。

    (た、食べたい。でも)

    高い。でもでもこれを逃すと。
    数量限定商法という名の糸に絡め取られていた時。

    「それが食べたいの?」
    「え……っあ!」

    ひょいと横から現れたのは。

    「タルタリヤ!」
    「やあ相棒。久しぶりだね」

    ファデュイ執行官・公子。
    朗らかに笑んで分厚い財布をポケットから出す青年、驚きを隠せない。なんという偶然だろう。

    「いくつ欲しいんだ?」
    「み、みっつ!」
    「あはは!沢山食べるんだねぇ、いいよ。おじさん、これ三つね」

    紙袋に入れられるパイたち。目を輝かせてその様を見る。ハタから見れば図々しい女だが気にすることはない、彼の財布は毎日パンパンなのだから。ありがたく奢られるとしよう。
    紙袋を持ち先ほどよりも軽やかな足取りで手近なベンチに座る。タルタリヤも一緒だ。

    「えへへ、ふふふ……」
    「そんなに嬉しいの?」
    「うん!ありがとう、タルタリヤ!」

    大きく笑って返すと、タルタリヤがヒシッと抱きついてきた。

    「どういたしまして!可愛いなぁ、本当に〜、明日から一日十個買ってあげる!」
    「流石に多いし飽きるしいらない」
    「つれない所がまた可愛い」

    私ならもはや何でもいいといった様子。
    以前食事にしつこく誘ってきた例が物語っているが、私は彼にとても気に入られている。煩わしさを感じる時はあるものの悪い気はしない、こうしてご馳走にもなれるしね。
    もっしゃもっしゃとパイを頬張る私をご満悦な表情で見ながらタルタリヤが言った。

    「聞いたよ、稲妻でも大活躍だったんだってね?」
    「まあ……」

    当たり前だが彼に私の動きは筒抜けのようだ。下っ端からの報告か?スカラマシュに聞いたとか……ないな、想像だがタルタリヤと会話したがるようには思えない。
    二個目のパイに手を出したところでタルタリヤが「そうだ!」と指を鳴らした。

    「一国を救ったんだ、お祝いしよっか!素敵なディナーに招待するよ」
    「ファデュイに祝われたくないんだけど……」
    「酷い目に遭わされたって?うんうん、そりゃそうだ。なにせ淑女に加えて、気難しいことこの上ない…」

    「散兵とかね?」

    お喋りな彼の言葉を冷徹な声音が遮った。

    「そそ、散兵……へ?」

    タルタリヤと同時に声のした方へ向く。……黒い、強烈なオーラが見えた。今にも爆裂しそうなそれを従えていたのは、特徴的な被り物の……。

    「スカラマシュ!?」
    「どうも。僕の悪口で盛り上がっているのかい?」

    執行官・散兵その人だった。





    「せんぱーい!こんにちは〜」
    「殺す」

    なんというテンションの違い。よっこい、と立ち上がりちっちゃな先輩の前へ歩くタルタリヤ。すごい身長差だな、心中だけの言葉に留めておき私も腰を上げた。

    「なになに?おやつ欲しいの?」
    「青二才が……よほど死にたいんだね」
    「わわ、待って!ここ街中だから!」

    バチバチと電撃を纏いだしたスカラマシュを慌てて止める。港が地図から消えかねない勢いだ。
    明らかにムッとしたスカラマシュだが、どうにか鎮まってくれた。この間三秒、果てしなく長かった。おとなしくなった彼をタルタリヤが"はて?"といった風に眺めている。どうしたのだろう?

    「スカラマシュ、璃月にいたんだね」

    気を取り直して話しかけると、なぜか一瞬口ごもった後にスカラマシュが返事をしてきた。

    「いたら悪いの」
    「ううん。また会えて嬉しいよ」
    「やめてくれないか?君を喜ばせる為にいるんじゃないから」

    フイと顔を背けられてしまった。しかし曲がりなりにも彼とそこそこ関わってきた私には分かる、これは怒っていない。刺々しさ具合が違うのだ、怒る時はもっとこう……。

    「散兵にもパイ買ってあげようか?」
    「殺す」

    うん、こんな感じ。
    青年の好意を粉砕するスカラマシュ。さ、さっきからタルタリヤに殺気しか向けてなくない?滝のように汗を流しながらハラハラする私。港がクレーターと化すビジョンが見える。
    タルタリヤはと言うとスカラマシュを不機嫌にさせるのが相当楽しいのかニッコニコだ。これ以上逆鱗に触れないでほしい。

    「先輩さぁ」
    「君みたいな出来の悪い後輩はいない」
    「旅人さがしに躍起になってるって、本当だったんだね」

    え?
    謎過ぎる台詞に目を瞬かせてしまう。私さがし?

    「……なんの話だ」
    「散兵様の部下一同が言ってたよ、この子の居場所を逐一報告しろって命令されてると」

    ちょいちょいと私を指差すタルタリヤ。どういうことだ?
    心なしワナワナし始めたスカラマシュに彼が続けて言う。

    「彼女の動向を確認しに来たんじゃないの?だって今、璃月での計画なんかないよね?」

    ……タルタリヤの言葉が正しいのなら。
    一つの仮説に行き着く。先日、万葉と買い物をしていた時。

    (近くにいたの、偶然じゃなかった?)

    一体なぜ私に拘る必要があるのだろうか。ファデュイにとって邪魔な存在だから?それにしたって、執行官自ら来なくてもいいのではないだろうか?来るからには捕らえるなり極端な話殺すなりしてしまえば良いのでは……散兵が赴く意味が分からない。

    『君に拒絶されるのが寂しいんだ』

    過ぎる記憶。
    も、もしかしなくとも、私に。

    「私に会いたかっ」
    「君は最要注意人物だから。それ以外の理由はない」

    ぴしゃりと言われてしまった。タルタリヤがまたしても物珍しそうに彼を見ている。
    すっかり気分を害した様子のスカラマシュに私は軽くショックを受けた。自惚れだったか。

    「そ、そうだよね……ごめん」
    「真に受けるな、馬鹿」
    「え?」
    「っ、いやそのままでいい、自意識過剰なんだよ君は」

    追い討ちをかけられガックリする。「ああ、くそ」、スカラマシュが悪態をつきながらタルタリヤの胸ぐらを掴んだ。やはり身長差が気になる。

    「余計なことをペラペラと。二度と大好きなお喋りができないようにしてあげようか」
    「ますます先輩が孤立しちゃうよ」
    「安心しろ、清々するだけだ」
    「だから街中!」

    べりっと剥がす。「止めなくて良かったのに」とタルタリヤが笑ったので睨みつけておいた。

    「ところで散兵」
    「……今度はなに」
    「君、好きな人いたりする?」

    スカラマシュが完全停止した。
    そして、とてつもなく悪そうな笑顔を浮かべたタルタリヤに気付き怒鳴りつける。

    「余計なことを言うな!」
    「質問しかしてないんだけどなぁ」
    「分かった、死ぬ準備をしろ」
    「いるのいないの?」
    「いるわけないだろ、くだらないっ……」

    その言葉に大ダメージを受ける私。や、知ってたけど……そんなハッキリ言わなくてもいいじゃん。
    先ほどに引き続き"自惚れ"という単語に打ちのめされる。恥ずかしい。
    そこでふと思う。私は彼と最終的にどうなりたいのだろう?仲間?親友?それとも……。

    (……恋人)

    考えてもみなかった、彼のことが男性として好きなのにも関わらず。性別の有無は論点の外。
    ファデュイの一人で、人外で。それでも愛おしく想う気持ちに嘘はないが、あまりにも大き過ぎる障害。
    そもそも彼の恋愛対象に私は入っているのか?ここでまたしても歴代彼女を見たい衝動が……まさか人形ではあるまい。

    (そこをクリアしてもさ、最大の難関があるよね)

    私が子供扱いされていることである。
    "寂しい"と言う辺り友好関係を築けていると信じたいが"恋人にしたい"と思われているかについてはどうだろう?せいぜい、し、親友止まり……。

    (スカラマシュと親友の時点ですごいとは思うけど)

    彼のサディスティックな姿を見る限りそんな存在はいないのではなかろうか。油断すると首を吹っ飛ばされかねないのだし。
    唸っている間にケンカがヒートアップしていた。

    「公子。僕はね、前々から君が気に食わなかったんだ」
    「追いかけっこしたら足の長さを見せつけちゃうから?」
    「あれを僕の本気だと思うな」
    「先輩って可愛いね」
    「考えうる限りの最も残酷な方法で葬るとしようか」

    電撃の爆ぜる音がした。青ざめ再度止めにかかって。
    タルタリヤがうーんと思案した後こう言った。

    「散兵とはぜひとも戦いたいけど、今はこっちに興味津々かな」

    (え?)

    トン、と彼に背中を押される。前に立っていた少年──スカラマシュの方へと。
    不意打ちで二人して反応が遅れ、スカラマシュが思わずといった風に手を出してきた。要するに……反射的に受け止められた形。

    「っ……!」

    予想外の密着にボワっと赤面する私。ス、スカラマシュにぎゅってされてる!!

    (い、いけない)

    いつまでもくっついていたら「死にたいの?」が飛んでくるに違いない。

    「ご、ごめん、ありが…」

    離れようとして顔を上げると、そこには。

    (……え)

    この間見た時よりも頬が赤いスカラマシュがいた。な、なに?この表情。

    「スカラ…」
    「さっさと離れろ、死にたいの!?」

    結局頂戴してしまった台詞と共にドンと押された、ひどい。
    次に受け止めてくれたのはタルタリヤ。ぽふりと背中に彼の身体が当たった。

    「あーあー、乱暴だなぁ。いやでも実に素晴らしいものを拝めたよ」

    満足そうな青年の声。素晴らしい?今のが?
    取り敢えず彼にお礼を言って離れようとしたのだが、

    「……タルタリヤ?」
    「なーに?相棒」
    「な、なんか、しっかり抱きしめてない?」

    むぎゅう〜っ。
    受け止めるの域を超えてバックハグだ。タルタリヤ相手とは言え流石に照れてきた。
    「あはは!」、笑って彼が顔を寄せてくる。

    「あれ?相棒、俺にドキドキしてる?」
    「し、してない!」
    「ほっぺた熱いよ〜?」
    「物理的に暑いだけ!」

    ぷにぷにと頬を摘まれ抵抗する私。するとスカラマシュがつかつかと歩み寄って来た。なんだか目が吊り上がっているような?タルタリヤがニヤリとした。

    「んん〜?散兵、なんで怒ってるの?」
    「仮にも執行官だろ、敵とベタベタするな」
    「本音をちょうだいよ」

    少年が今にも噴火しそうになる。私も灰になるって、この距離!
    なんとかタルタリヤの腕の中から脱出し、スカラマシュに懇願した。

    「落ち着いて、ね?」
    「僕はいつだって冷静だけど?……さっきから公子を庇うのは何故なんだ」
    「スカラマシュが殺る気満々だからでしょ!」
    「他にも理由があるだろ」
    「ええ?た、たとえば?」

    無視。いや、言いたくないといった感じか?
    後ろでタルタリヤがゲラゲラ笑っている、いい加減にしてほしい。言っておくけどあなた、命の危機だからね?
    目尻の涙を拭いながらタルタリヤがスカラマシュを煽った。

    「俺、先輩のこと大好きになっちゃった」
    「おぞましい……!死んで生まれ変わった君をその場で殺したくなるほど嫌いになったよ」
    「前は好きだったってこと?」
    「揚げ足を取るな!」

    ギャーギャー騒いでいるのを見て私は思わず噴き出してしまった。二人が同時にこちらを向く。殴ろうと腕を上げたのであろうスカラマシュがタルタリヤにほっぺたをつねられていて、ああもう堪えられない。

    「なにがおかしい」
    「どうかした?相棒」
    「や、ふ、二人って、仲良しなんだね」

    笑い交じりに返す。
    ほけっとする青年。少年はと言うと怒りのボルテージが上がったのかタルタリヤの髪を引っ張りだした。「痛いなぁ」、言葉とは裏腹に嬉しそうなタルタリヤ。
    スカラマシュからするとたまったものではないだろうが私は二人のやりとりに安心感を抱いた。

    (スカラマシュに気兼ねなく話せる人がいて良かった)

    今の彼は心の底から怒っている。けれどそれでいい。それがいいのだ。タルタリヤの屈託のなさは彼を素直にさせる。"同僚"、以前スカラマシュは少し他人行儀な表現をしていたが、私からすると。

    (友達に見える)

    タルタリヤは彼を怖がるどころか弄んでいる。こんな存在、そういないだろう。
    監禁された時、スカラマシュが彼に向けた殺意は本物だったと思う。あの怒りが継続していたらと考えたこともあったのだが、一週間前……心情を吐露されてからは大丈夫だと確信を持てた。会った当初はやるせない表情をしていたけれど、別れる際にはとても柔らかい顔つきになっていたのだ。

    彼らの関係にヒビが入る事態にならなくて良かった。しみじみと思い出に浸っているとタルタリヤに呼ばれた。

    「相棒。俺この後用事があるからさ、そろそろお別れの時間だ」

    後ろにはどうやら落ち着いたらしいスカラマシュがいる。もうちょっと言い合いが見たかったかもなんて思いつつ返事をした。

    「あ、そうなんだね。ほんとにありがとう、来てくれて助かったよ!」
    「どういたしまして、次会う時はディナーね、約束。それじゃ散兵もまたね。楽しかったよ」

    ツンとしてタルタリヤを見もしないスカラマシュ。慣れっこなのかクスッと笑い青年が歩きだした──私の方へと。え?なに、近いんだけど?
    視界の端でスカラマシュが眉間にシワを寄せる。

    「タ、タルタリヤ?」
    「散兵、俺さぁ」

    大きな手がクイと私の顎を上げる。そして、

    「……っ!?」

    頬にキスをされた。少年が唖然としているのが見える。そんな彼にタルタリヤが「君を大好きにはなったけど」、言いながら振り向き、

    「譲るとは一言も言ってないからね?」

    ウインクなんかしたものなので。

    「公子……っ!」

    ドスの効いた声と共に紫電が炸裂した。タルタリヤが双剣で打ち消していなければ港が「港だったもの」になっていたことだろう。

    「じゃーね、相棒!愛してるよ!」

    軽口を叩き、心底楽しげな笑顔をしたタルタリヤが光の速さで退散していった。これが足長の力か。
    一拍おいて、私は物凄く気まずさを覚えながら後ろを向いた。

    「ス、スカラマシュ」
    「……なに」

    周囲には誰もいない。当たり前だ、危険にも程がある。
    電撃の名残りを漂わせている少年に怖々近付いた。

    「な、なんで怒ってるの?」

    正直タルタリヤの捨て台詞の意味が理解できなかった為、スカラマシュがあそこまで憤怒した理由が分からない。"譲る"って、何をだ?
    私の問いに少年が一瞬動揺し、すぐに不機嫌モードへ戻る。

    「めんどくさ。一生考えとけば?」
    「ええ?」
    「君ってイチイチ言葉にされなきゃ駄目なのか?お生憎様、僕って優しくないんだよね。君の鬱陶しい笑顔を見たら今度こそ自分を抑えられなくなるし教えてあげない」
    「笑顔?私にとって嬉しいことなの?」
    「しつこい、消炭にするよ?」

    これは本気の怒り。黙っておこう。
    彼の扱いが上手くなってきたかもしれない、そう思っているとスカラマシュが不貞腐れたように言った。

    「君さ、男好きなの?」
    「へ!?ち、ちがうよ!」

    心外だ、なぜそんな考えに至ったのか。

    「そうだろ。男と二人でよくいるじゃないか」
    「や、女の子ともいるから!スカラマシュが知らないだけだって!」
    「うるさい、僕の言葉を否定するな。僕が右を指差して"左だ"と言えばそうなるんだよ、それが正しいんだ、分かった?」
    「めちゃくちゃ過ぎるよ!」

    いくらなんでも暴論だ。独裁者、鬼畜、横暴。
    口にする勇気は当然なく、流石にム〜ッとする。スカラマシュが私の態度を見て舌打ちし、小さく言った。

    「……公子に、惚れてるのか?」
    「え?」

    予想外の質問に口が開きっぱなしになる。

    「聞いてるんだけど?」
    「あ、ああ……まさか、友達だよ」
    「男女の友情なんか成立するはずないだろ」

    な、なんなんだ?やけに突っかかるな。
    つい訝しんでしまう。と、スカラマシュが目に角を立てて話を進めだした。

    「どこがいいんだ、あんな軽率でうるさくて…」
    「と、友達だってば」
    「嘘だ。……あいつにだらしなく笑ってさ。気持ち悪い」

    それっきり黙り込む少年。えっと……なんか、分かった気がする。捨て台詞には相変わらず理解が及ばないけれど……今、不機嫌な理由は。

    (……やきもち)

    もう、自惚れてもいいだろうか?
    スカラマシュが私を異性として好きだと……そこまでは、思わない。
    でも、少なくともだ。友達としては、気に入ってくれているのではないか?そうでなければ説明がつかない。頼む、そうであってくれ。
    神頼みを済ませたところで少年の手を握ってみた。

    「なにをっ…」
    「私ね、」

    ああ、いつからこの冷たさにホッとするようになったのか。

    「スカラマシュに話しかけられるのが、一番嬉しいよ?」

    辺りが活気づき始める。おとなしくなった少年に警戒心を解いたのだろう、人々が戻ってきたのだ。私たちの横を通り過ぎてゆく。
    その声は、雑踏にかき消されてもおかしくないほどに微かだった。

    「……あ、そ」

    苛ついて、照れくさくて、少しだけ……嬉しくて。
    そんな感情が織り交ざった声。
    ふてぶてしく俯いた彼の表情は帽子に阻まれてよく見えなくなってしまった。だから勝手に思っておこう。

    (……きっとすごく可愛い顔してるんだろうなぁ)

    決まりが悪そうに頬を赤らめているんだ、うん。私の中での確定事項。思うだけなら怒られないでしょう?
    にっこり笑って眺めていると、

    「……掘り出し物」
    「へ?」

    いきなり言って、スカラマシュが顔を上げた。

    「前に話した市場。……連れて行ってやっても、いい」

    私の目など一切見てはいない。ご機嫌ななめ。
    だけど、ちょっと待ってほしい。所謂……遠回しの……。

    「デートのお誘い!?」
    「やっぱりやめた」

    心の声が出てしまい「スカラマシュの用事に着いて行くだけだもんね?」と、焦って彼にヘコヘコする。十回謝り、やめたことをやめさせるのに成功した。フン、と鼻を鳴らしてスカラマシュが腕を組む。

    「先に言っておく。あの銀髪に教えたら稲妻を焦土に変えるよ」
    「えええ!?」

    ほんっと、さらりと恐ろしい発言をするなぁ。
    まあ今に始まったわけでもあるまいし、ここは折れよう。
    素直に了承して、ふと肝が冷えることを思い出した。

    「討伐依頼、今日までのやつあったんだった!」

    突然叫んだ私にスカラマシュがギョッとする。猛スピードでベンチに置きっぱなしの紙袋を掴み、少年の元へ戻った。

    「明後日!明後日の朝九時に名椎の浜!」
    「え?ああ……」

    私の勢いの良さにスカラマシュが若干引き気味に頷いてくれた。
    彼と約束できた高揚感で顔を綻ばせ、ガサゴソとパイを一つ出し少年の手に持たせる。

    「な、なに」
    「あげる!美味しいよー!」
    「いらない、子供じゃあるまいし…って、おい!」

    時計を確認し全力疾走する私。去り際に手を振って叫んだ。

    「またねー!すっごく楽しみにしてるから!」

    ポカンとしたスカラマシュの顔が見えた。それにいたく満足し、急げ急げと私はターゲットのいる場所へと走っていったのだった。

    (スカラマシュとデートだ!)

    もう一度、"思うだけなら許されるよね"とこっそり考えて。






    「……なんなの?押し売りじゃないか」

    忙しなく去った少女に対して独りごちる。僕より依頼が大事なんだ。へぇ、そっか。どうでもいいけど。
    無理やり渡されたパイに視線をやる。紙袋ごとよこせよ、気が利かないな。持ったまま帰れって言うのか?そもそもいらない。

    (邪魔だな……)

    やむを得ず一口かじる。なぜ公子が買った物をこの僕が……くそ、噛み砕いてやる、脳内に浮かんだあいつの顔ごと。

    (ふーん、限定品ね……案外悪くな…)

    いや、悪い。
    自分に腹が立って心の中で撤回した。

    (全然、美味しくない。君の味覚を疑うね)

    まあ手が塞がるし完食してやってもいいけれど。
    ……しかし、だ。

    (市場の周辺にそこそこ許せる程度の料理を出す店がある)

    最後のひとかけらを飲み込み、ふぅ…と息を吐く。甘過ぎるな、不合格だ。
    口直しを探すべく一歩踏み出し、考えた。

    (君に理解させる必要があるね、本当に美味しい物とは何かを)

    別に喜ばせたいだとかは思っていない。僕は僕の為にしか生きていない。
    ただ、教育しなくてはと考えたのだ。

    (物知らずが隣にいたら恥ずかしいからね)

    そこは分からせておかねばなるまい。間違えても別れ際に見せたような、あんな笑顔を……。

    「思い出したら苛々してきた」

    君って僕を不快にさせる天才だね。
    だが、連れて行くと言ったことを今更後悔したって遅い。約束してしまったのだから。

    「……約束」

    初めてだ、誰かとこんな。

    (……でも)

    これは悪くない。存外……悪くないな。
    当日待ちぼうけさせるのも面白そうだけどやめておいてあげるよ。

    茶屋の前で足を止め、なぜだか小さく笑った。
    彼女はどうやら"限定品"とやらに弱いらしい。

    そんなくだらない発見に呆れつつ。
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