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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    激重編。スメールをどう料理するか今から楽しみです。

    #スカ蛍
    ScaraLumi

    散兵様の哀別「スカラマシュ、おはよう!」
    「……おはよう」

    朝起きて、挨拶をして、返事がある。
    それは当たり前のようなことで今まで気にも留めてこなかった。
    だってそういったやり取りをするのは、家族だったり友達だったり、仲間だったり。
    相手がファデュイだなんて、どこぞの公子でもない限り有り得なかったのだから。

    「朝食なにがいい?やっぱり稲妻風?モンド料理にも挑戦してみない?」
    「何でもいいよ……挑戦も何も、普通に食べているし。君より七国の食事には詳しいと思うけど?」
    「じゃあモンド!待っててね〜」

    ため息が聞こえる。わざと大きく吐いているな、これは。
    しかし私は幸せいっぱい夢いっぱい状態なので全くもって気にならない。
    スカラマシュと当然に朝を迎えているのだ、不満なんてあるだろうか?
    上機嫌でフライパンに卵を割り入れた私に向かって、彼がまた憎まれ口を叩く。

    「言っておくが君はここに訪ねて来ているだけだぞ。一緒に住んでいる妄想をするなよ?」
    「すっ…分かってるよ。そんなの、こんなテンションで終わる訳ないじゃない」

    スカラマシュが盛大にお茶を噴きこぼした。「き、君……本当に大胆になったね」、咳き込みそうな彼に疑問符を浮かべる私。何か変なことを言っただろうか?
    焼き上がった目玉焼きを皿に盛り、今度はソーセージをフライパンに投入する。タルタリヤに貰ったものだ。

    (って言うと怒りそうだから内緒)

    必要最低限の家具だけ誂えた簡素な部屋を見渡し、ここにいられる喜びを噛みしめる。
    あの日──スカラマシュに想いを伝えた私は、鶴観に隠れ家を構えて追手をやり過ごすと言う彼に「それがいい」と頷き、一旦別れを告げた。
    とは言え、また行方不明になったらと不安ではあり。

    『嘘じゃないさ、鶴観以上の隠れ場は今のところ思いつかないし。……そんな顔しないでくれる?面倒だなぁ。…………もういい、地図貸して。場所、記してあげる』

    そんな顔って、どんな顔?
    乱暴に地図を返された私に、結局その質問をするタイミングは訪れなかった。スカラマシュが自ら居場所を教えてくれた嬉しさと安心感で吹っ飛んでしまったからだ。
    足取り軽く稲妻へ帰り秘境についての報告を終えた私は、地図を眺めてはニヤけ眺めてはニヤけ……相当不審者だったと思う。
    そして今日。つい先ほど。
    早速スカラマシュの元へ向かうべく早朝走り込みをキメていると、曲がり角で巨大な何かにぶつかった。

    『すみませ…、ってタルタリヤか』
    『ちょっと待って、俺だったら謝らないの!?』

    どうやら、秘境で私にイジワルし過ぎたからとお詫びの品を渡しに来たらしい。無駄に豪勢な包みの中身は、

    (これね)

    最後の一品、レモンを絞ったソーセージを皿にのせる。
    不穏さの欠片もなくなっていたタルタリヤに改めてホッとし、そういえば去り際に投げキッスをされたが無視してしまったなと考えながら、私は「まだなの?」と苛つき始めたスカラマシュの前に朝食を置いた。待ってくれていたのか、可愛いなぁ。
    静かに目玉焼きを口に入れるスカラマシュ。食器の音はほとんど立てない……前々から思っていたが、物凄くお上品だ。

    (鬼の長官様、らしいけど)

    佇まいや仕草には優雅さがある。影に似て……。
    きちんとした教育はされていないだろうに、それでも彼女の影響を色濃く受けているように思う。
    小さな口でソーセージを少年を見て少し切なくなっていると、

    「食事しているのをジロジロ見るのが君の礼儀なんだね」
    「ご、ごめん!」

    皮肉めいた正論で殴られ、素直に謝る。

    「食べ方、綺麗だなって。つい」
    「っ……なにそれ」

    歯切れの悪い返事をしてきたかと思うと、スカラマシュが勢い良くおかずをかき込み始めた。いきなりどうしたのだろう?

    「あ。そのソーセージ、ちゃんと味わった方がいいよ」
    「は?」
    「一本、二千モラ。希少な高級スパイスを云々」
    「驚いたな。君、案外裕福なんだね」
    「ううん。私が買ったんじゃなくてタルタリ…もががっ!」

    慌てて口を覆ったが遅かった。思いっきりジト目の少年が私とソーセージを交互に見ている、憎らしげに。やらかした……。

    「あ、あのー。スカラマシュ、これはね」
    「……別に構わない」
    「え?」

    そっとフォークを皿に置き、斜め下を見ながらスカラマシュがこう言った。

    「だって、あいつより僕の方が大切だろ」

    アイツヨリボクノホウガタイセツダロ。
    一瞬、言語能力を失ってしまった。
    ぽかんとしている私に、少年がトドメをさす。

    「……この前の。そういう意味で捉えていいんだろ」

    ほんのり、赤く染まった頬を見せてきながら。

    (この前の、というのは)

    『大好きだよ、スカラマシュ』
    あれのこと、だよね?それしかないよね??
    ボンッと爆発した私に、スカラマシュが「おい!?」と流石に焦った表情をする。
    そりゃこうもなる。不意打ちで思い出してしまった挙句、そんなに可愛らしい反応をされてしまったら。

    「うん……スカラマシュは、すごく大切な人」

    なんとか返事をすると、少年が俯き華奢な手を自身の目の前で不自然に動かした。え、この動きって……。
    今はあの大きな帽子を被っていない。空を切った指にハッとした彼を見て、私は堪らなく愛おしさを感じる。
    これが幸せってやつならば、ずっとずっと続けばいい。





    「光華容彩祭?」
    「うん、稲妻で開催されるんだって」

    鶴観に通い出してしばらく経った頃。
    私は容彩祭の詳細をスカラマシュに話した。特段興味を持った様子もなく、いかにも難しそうな本から視線を上げない彼。
    そんな姿にも慣れてきて、微笑ましささえ覚えるようになった私は話を続けた。

    「鎖国令撤回後初の大型祭典らしいよ」
    「ふーん」
    「屋台とか、新刊即売会?とかあるみたい」
    「人間って次から次へとくだらないことを考えるね」

    ここまで予想通り。返事をしてくれるだけマシかな。

    (スカラマシュとお祭り、行きたいな)

    とは、口が裂けても言えない。状況が状況であるし、そもそもモロに雷電将軍のお膝元だ。彼としては色々と複雑だろう。
    仕方のないことだが、やはり残念ではある。
    ……だから、スカラマシュと少しでもお祭り気分を味わえる方向に話を持っていこうと思う。

    「客人の案内とやらを頼まれちゃって。行っても、いい?」
    「なぜ僕に許しを求めるんだい?勝手に行けばいいじゃないか」
    「何日間か鶴観に来れない可能性が高くて」

    そう言うと少年が僅かに言葉に詰まった。本が閉じられる。

    「スカラマシュ?」
    「…て」
    「へ?」
    「何日間かって、なに?……明確にして」

    ぶわーっと、悶え狂いそうになる感覚が全身を駆け巡った。
    決して私の方を見ようとしないスカラマシュ。耐えられない、飛びつきたくなる。

    「一週間もないと思う!」
    「長くない?いつまで遊び呆けるんだよ、稲妻人ども。……長いよ」
    「スカラマシュからすれば一日にも満たないんじゃない?何百年も生きてるんだし」
    「うるさい、今関係ないだろ」

    関係あるよ。
    それ以上のイジワルはやめておいてあげた。
    ほんの少し口を尖らせ、わざとらしく本を読み始めた少年が微笑ましかったからだ。
    たっぷり十分ほどが経過し、ぽそりと「……君の好きにすれば」と返答が来た。
    ちょっとだけ罪悪感がしたが、その代わりお土産をどっさり買ってくるつもりだ。鶴観で二人っきりの容彩祭。スカラマシュは楽しんでくれるかな?

    (誰かと過ごすお祭り、初めてだろうなぁ)

    本当の容彩祭はいつか遠くない未来で一緒に行けたらいい。今年はこれで十分だ。

    (スカラマシュといられたら十分)

    私としばらく会えないと分かった時の、先ほどの表情。
    もうそれだけでお祭りの話をして良かったと思った。
    モヤモヤしている彼には申し訳ないが、大声で好きだと叫びたくなるくらいには嬉しかったのだ。

    (ちょっとはあなたが行方不明だった頃の私の気持ち、分かった?)

    なんてね。
    逢いたい人に逢えない、話せない。
    そんな寂しさを私に覚えてくれたんだと、その事実を噛みしめながらスカラマシュを見つめた。






    ついに訪れた容彩祭は予想外の動きを見せていた。
    謎の紙、新刊盗難事件……解決するまでは到底お祭り気分になれなさそうだ。
    サインのし過ぎで腕が上がらなくなっている枕玉先生こと行秋にマッサージを施した後、外に出た私は五歌仙の資料と紙を取り出した。
    枕玉先生案件はアルベドと万葉のサポートがあれば大丈夫だろう、改めて考えをまとめたい。

    (こっちは盗"作"事件なんだね)

    翠光、葵の翁、赤人、墨染、そして黒主。
    彼らの間で何があったのか?
    私は意見を求めるべく、パイモンに話しかける。

    「ねえ、どう思う?パイモ…って、いない!」

    そういえば空腹を訴えていたな……おそらく屋台から漂う香りに誘われて旅立ってしまったのだろう。
    ちゃっかり姿を消したパイモンに肩をすくめ紙に視線を戻した…が。

    「なに読んでるの?ラブレター?」
    「っ!?」

    大きな手に、ひょいと紙を奪われた。聞き慣れた軽口と共に現れたのは、

    「タルタリヤ!どうしてここに…」

    憎たらしいファデュイ執行官・公子だ。
    「へー」だの「ふ〜ん」だの言いつつ、隅々まで文章を読んでいる。理解しているのか?

    「祭りって聞いて。鎖国令は撤回されたし特に問題ないよね?」
    「ぐ……っない、けど」

    テウセルたちへ送るのか、鞄の中の土産品まで見せられた。自分はと言うと仮面に加えて狐面まで……エンジョイし過ぎだろう。
    以前の稲妻であればウザ絡みをされようものなら「許可証持ってません、この人!」と突き出せたのに。

    (いや、痴漢と言えばいいのでは?)

    社会的に抹殺されかかっているとは知りもしないタルタリヤが、やれやれと芝居がかった仕草をしながらこう言った。

    「酷いな、相棒。俺がいるのにラブレターを貰うような相手が?」
    「どう見てもそんな内容じゃないでしょ」
    「言いたかっただけだよ。えーっと、何なに?散兵が赤人を罠に嵌めた」

    ドキッとする。なぜスカラマシュが出てくるのだ?
    私の動揺が伝わったのか、にっこりしてタルタリヤが紙を返してきた。

    「言いたかっただけだよ」
    「な、なんで?」
    「相棒がどんな反応するかなーって」
    「スカラマシュだと思うような何かがあったんでしょ?」
    「ううん、本当にただのデタラメだよ。どうしてそんなに食い下がるんだ?」

    これ以上問い詰めても意味はなさそうだ。どうやらいつもの冗談らしい。

    (心臓に悪いからやめてよね、物騒な内容なんだし)

    言っていい冗談と悪い冗談がある。
    タルタリヤに腹を立てつつも、相手にするだけ無駄だとスルーして紙をバッグにしまった。
    ところがどっこい、躱せない爆弾発言が降ってくる。

    「相棒って散兵が好きなの?」
    「ぶっ!?」

    何を言っているのだ、このスネージナヤ万歳男は!?
    なんでもかんでも口にするなと、流石にお灸を据えてやるべく一歩踏み出す。
    しかし。

    「っえ」

    タルタリヤから距離を詰めてきて、危うく唇がくっつきかけた。慌てて引こうとするも手首を掴まれる。

    「ちょ…っ」
    「少し甘いんじゃないか?」
    「な、なにが」
    「散兵が好きなら、その自覚が足りないんじゃないか?って」
    「すっ…話を勝手に進めないで!」

    確かに好きだが、ベラベラと他人に話すつもりはない。少なくとも今はまだその段階ではない。
    「隠したいのなら構わないけど」、不敵な笑みを見せたタルタリヤが、私の心臓を抉る。

    「俺如きの嘘ひとつで揺らいだら、駄目だろ?」
    「……!」

    重く響いたその言葉に顔が強張るのが自分で分かった。距離を詰めたままのタルタリヤ、目が笑っていない。
    やがて、私の額に軽くキスをしてから離れてくれた。私はまだ動けずにいる。

    「俺に心変わりするならいつでも大歓迎だよ」

    立ち去るタルタリヤから視線を逸らさず、私は拳を固く握りしめた。






    「鍛造図の、偽造……」

    パイモンが深刻な声音で言った。
    綾華からの情報提供により、五歌仙を巡る謎は真相に近づき始めている。
    赤人は何者かの裏工作により陥れられた。それは楓原家の過去とどうやらリンクしているみたいで。
    雷電五箇伝。これが重要なキーワードだ。
    八重神子、神里綾人から依頼の詳細を聞かされた時は、まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。
    鋳造図改ざんの真実を突き止める道中、万葉に気遣いの言葉をかけられる。

    「どうした?随分と思い詰めているでござるな」
    「えっ!あー、えっと。話が重くなってきたなぁって」
    「ふむ、確かに。……心配はいらぬよ、今拙者たちがどうにかなってしまう訳ではなかろう?」
    「うん……そうだね」

    万葉に申し訳なくなってしまった。
    もちろん、五歌仙物語についての不安は大きい。楓原家と神里家を襲った不幸に目を逸らさずいられるのか自信がない。
    だが、私の心に影を落としているのはタルタリヤとの一件が原因でもあるのだ。

    (揺らいでなんか、ない)

    やめてよ、そういうこと言うの。
    せっかくスカラマシュと楽しく過ごせているのに、水を差すような台詞を吐かないで。
    本気で思ったはずがないじゃない、スカラマシュが赤人を…なんて、酷いデタラメ。

    (……恋しいな)

    急に寂しくなってきた。スカラマシュに抱きつきたい。
    私はあなたのことが大好きなんだよ、とはっきり口にしたい。
    "それって、自己暗示?"
    タルタリヤの声がした。
    こんな台詞は言われていない。私の弱さがそう囁かせたのだ。
    頭をぶんぶんと振り、黒い感情を吹っ飛ばす。くだらない。ほんっとうにくだらない。
    顔を引き締め、私は神里屋敷へと足を踏み入れるみんなの後を追った。

    結果は、信じたくないものだった。
    鋳造図の改ざんは事実であり、そのせいで万葉の祖父は父親の最期を見届けることもなくなった。
    しかし、それは序章でしかなかった。
    天領奉行に差し押さえられたという、楓原家の屋舎にあった盆栽。その底に隠されていた白い紙。
    奉行所の外にある池に浸して現れた文章は…。

    (そういう、ことだったんだ)

    重傷を負った神里家当主。
    傾奇者と遭遇した楓原義慶。
    その少年は、"国崩"と名乗ったらしい。
    かつて悲劇が起きた場所である海辺まで案内された私たちは、衝撃の過去を知らされた。

    (国崩……前にパイモンから聞いたな)

    偽名?
    だとすれば、なぜ英雄でもないその名を選んだ?
    なぜ"丹羽"という人物に反応した?一体なんの関係が…。
    考えても考えても分からない。
    一旦思考を遮断し、私は波打ち際に立つ万葉の言葉を待った。

    「ことの真相を知れただけで拙者は満足でござるよ。曽祖父が願ったように、前を向いて生きていこうと思う」

    私たちの方へと振り向いて、万葉が最後にこう締め括った。

    「もちろん、もし当時の敵が未だ存在し何らかの陰謀を企んでいるならば、見過ごすつもりはないでござる」





    黒主=国崩。
    国崩=…。
    その答えは、神里綾人によってもたらされた。



    「お疲れ様でした。蛍さん、パイモンさん」
    「綾人、五歌仙物語を残したのはやっぱりおまえだったのか!ひどいぞ、オイラたちをいじくり回すなんて!」

    五歌仙広場に帰ってきた私は、万葉たちと話した後に神里家現当主を訪ねた。
    労いの言葉を無視して憤慨するパイモンに、綾人さんが困ったように笑う。一応言い訳があるとのこと。
    綾人さんの説明になるほど、確かに、そうだね…と、おとなしく耳を傾ける私を見てパイモンも次第に納得していった。

    「事情は分かった。……ところで、あの…」
    「黒主の正体、ですよね?」

    流石は綾人さん、察しがいい。
    ウンウンと頷く私に、綾人さんが一拍おいて先ほどよりワントーン低い声で話し始めた。

    「あることがきっかけで盆栽に気づいたと話しましたよね?」
    「うん」
    「あれは、将軍様が鎖国令を撤回したばかりの頃…」

    足元が、崩れていく。

    (え?)

    綾人さんの声が遠のいていく。

    (……え?)

    何を言ってるの?
    綾人さんまで、私の気持ちを確かめているの?

    「蛍?」

    パイモンに呼びかけられ、ハッと我にかえる。綾人さんも不思議そうにこちらを見ていた。
    嫌な予感にドクドクと脈打つ心臓を抑えつけて、私はなんとか返事をする。

    「ご、ごめんなさい。えっと…国崩って、結局誰なの?」
    「黒主の肖像画に隠されていますよ。ですが、貴方……既に心の中に答えがあるのではないですか?」

    その問いには、もう何も声を発することができなかった。
    タルタリヤのように嘘であってほしい。
    五歌仙物語が空想でしかなかったことにしてほしい。
    私にスカラマシュを信じさせてほしい。
    頭がガンガンする。吐き気がする。なんの冗談だ?全部夢であればいいのに。
    肖像画に水をかける為に夜を待つ間、今自分は存在しているのかどうかすら不安になった。そのくらい、生きている感覚がないのだ。
    真相を知りたい。知りたくない。知らなければならない。

    (スカラマシュ、ここに来て)

    たとえ真実が私の予想通りだとしたって、あなたが手を握ってくれていれば大丈夫なの。
    そばにいて、私に笑いかけてくれていれば信じていられるの。

    「蛍。そろそろいいんじゃないか?」
    「っあ、うん」

    パイモンに言われて初めて、周りに誰もいなくなったことに気がついた。
    枷でもあるのかと思うほどに足が重い。断頭台へ向かう罪人って、こんな心境なのかな。

    (実際、そうじゃない)

    何を他人事みたいに考えているのだ?
    私はスカラマシュを救いたい。彼の罪を一緒に背負っていかなければならない。
    唇を噛みしめ、途方もない時間をかけて肖像画の前に辿り着く。
    手にした桶にはたっぷり入った水。
    罪人を洗い出す、聖水だ。

    (大丈夫……きっと思い違い)

    一瞬ためらった後、私は勢い良く肖像画に水をかけた。
    アルベドの描いた、見事な人物絵が花開く。

    「本当に……よくできてる」

    誰の絵なのか、言われずとも分かる。

    「これって…っ散兵じゃないか!」

    パイモンが驚愕の声を上げた。それと同時に私は桶を落とし、大好きな人の姿絵を虚ろに見つめた。

    (……だめ)

    信じなきゃ、だめ。
    何か理由があるんだよ。
    今はもう、酷いことなんてしないスカラマシュに生まれ変わったの。
    だって私に、あんなに可愛い表情を見せてくれるようになったんだよ?何を企んでいるって言うの?
    だから、だから。

    「綾華と万葉はまだ、水をかけていないのかな」
    「!」

    パイモンの何気ない一言で現実に戻される。

    (綾華、万葉……私の、大事な友達)

    哲平の時と同じだ。自分に近しい者とスカラマシュが関係していた。
    胸が張り裂けそうになる。
    綾華と万葉がたくさんの苦境を乗り越えてきたことを知っている。それらには、スカラマシュが原因となったものがあるのだ。

    「おい、蛍?」
    「ごめん、ちょっと考え事したい。後で戻るね」

    パイモンに乾いた声で伝え、私は町を離れた。




    重い。
    なんて重いんだろう。
    スカラマシュと背負っていく罪は。
    "もし当時の敵が未だ存在し何らかの陰謀を企んでいるならば、見過ごすつもりはない"、万葉の台詞が蘇る。
    友人と刃を交える未来だって……あるのかもしれない。

    (過去には戻れない)

    今回知ったことは事実として受け止めなければならない。
    当然、スカラマシュにも事情は尋ねる。必ず理由があるはずだ。
    そう、肝心なのはこれから。
    スカラマシュが改心しつつあるのもまた事実だと思う。私の役目は彼を信じ、支えていくこと。友人への咎を知り、その上で包み込んでいくことだ。
    決して争いになど発展させてはならない。

    (もっと強くならなくちゃ)

    自分は心身共に未熟だ。
    スカラマシュに揶揄されたようにお花畑脳なんだろうし、タルタリヤに言われたように甘い。
    成長しなくてはならない。

    (……鶴観に行こう)

    容彩祭、終わっちゃったな。ごめんねスカラマシュ、お土産買えなかった。
    「どうでもいいよ、そんなの」。
    少年のことだ、そうやって冷たくあしらってくるんだろうな。
    でも今は、その台詞がきっと優しく感じられる。言葉の裏に隠された真意を私は分かっているからだ。
    "君が帰って来てくれたから、どうでもいい"。

    「スカラマシュ……」

    ただの妄想に涙腺が緩む。早く行こう、今すぐに。
    踵を返すと、思わぬ人物が立っていた。

    「蛍。どうしたでござるか、そんなに焦って」
    「万葉!?」

    町を背に、穏やかな笑みを携えた少年がそこにいる。先ほどまで思い浮かべていた顔だったせいか驚きを隠せない私。なぜここに……?

    「お主、途中から明らかに元気をなくしていたであろう?気にかけていたところに町の外へ向かうのが見えたものでな」
    「心配かけちゃってたんだね……ごめん、ありがとう」
    「礼には及ばぬ。して、何がお主を悩ませているでござるか?拙者たちのことでまだ気が滅入っておるのか?」
    「それ、は」

    まさか、黒幕は私のよく知る人物だったとは言えない。ごまかすしかない。
    せっかく気遣ってくれている友人に対して自分はなんて不誠実なんだろう。しかも、この件はこれからもずっとごまかさなければならないのだ。
    スカラマシュを選んだ私の、紛れもない罪。

    「言いにくければ構わぬよ」

    優しい言葉に胸が詰まる。
    取り繕うための返事をしようと口を開いた時、

    「……っ血の匂いがする」
    「え?」

    万葉がただならぬ様子で視線を巡らせる。確かに、風に乗って僅かに鉄錆のような匂いが…。
    どこだろう?なんの手がかりも掴めずにいると、万葉が目を瞑り耳をすました。そして、

    「森の方でござる。男の叫び声がした」
    「う、うん!」

    少年が指差した先へと走って行く。誰か、魔物に襲われているのだろうか?急がなければ……!
    息を切らせて辿り着くと、そこには信じ難い光景が広がっていた。

    「……え?」

    むせ返りそうな濃い血の匂い。焼け焦げた木々。
    血溜まりの中でうずくまり、震える男。
    それを見下ろす──スカラマシュ。

    (……痛い)

    痛い、心臓が破裂する。胃の中にあるものを全部吐き出しそうだ。
    なに、これ?
    何が起きているの?
    万葉が私を庇うように前に立ってくれる。状況を見定めているみたいだ。

    「お主……」

    万葉の声に、スカラマシュがこちらを向く。
    ゾッとした。
    顔も、服も。血でべっとりと濡れていた。おぞましい赤があちこちから滴っている。
    それなのに平気な表情をしている。さも当然かのように、無機質な…。
    ゆっくりと滑らせてきた少年の視線が私を捉える。
    なぜこのタイミングなんだ?まだ立ち直り切れてはいないのに、こんな光景を見せられては…。
    頭がどうにかなりそうになった私は、最大の過ちを犯した。

    「なにを……してる、の?」

    スカラマシュの瞳が、一瞬見開いたのちに光を失った。
    その感情の呼び名は、きっと。

    (失望)

    あんなにうるさかった心臓の音が聞こえなくなった。
    私、本当に死んじゃったのかな?
    全身の感覚がないの。目の前にいるのはスカラマシュなのに、そうだと分からないの。
    取り返しがつかないことをしてしまった。
    過去には戻れないってさっき自分で思ったばかりじゃない、バカ、バカ、私のバカ、スカラマシュに信頼されていた頃の私には、二度と、二度と、

    「あ……」

    スカラマシュが帽子を下げる。待って、顔を見せて。
    どこにも行かないで。
    足が動かない。闇に消えていく、最愛の人が。
    万葉がうずくまっている男に駆け寄り、背中をさすってやりながら何か聞いている。かろうじて男の言葉を認識できた。

    「お、俺、魔物の群れに襲われて、怖くてうごけなく、なって。少年に、助けられたんだ。何体も倒して、最後には焼き払って、それで」
    「手を……差し伸べようとしてくれていたのだな」

    私はその場に崩れ落ちた。歯の根が合わない。
    自分に万葉のような冷静さがあれば。
    スカラマシュは理解したのだ。私の目に、声に、疑惑の色があることを。
    彼にはそれだけで十分だったのだ、見限るには。
    弁明などスカラマシュはしない。
    きっと彼は、百の信頼を求めている。
    一。
    たった一、欠けていたって駄目なのだ。
    そうでないと、もう誰のことも信用できなくなっている。
    だから私は。
    その続きは心の中でさえ閉じ込めた。
    万葉に何度も謝って、男性を町まで送り届けてほしいとお願いして、私はスカラマシュの後を追った。





    少年の居場所に宛てなどあるはずがなかった。分かっていれば今まで苦労していない。
    走り過ぎて、咳に血が混じったっておかしくないと思った。
    ついには足が体重を支えられなくなり、地面に情けなくも倒れ込んでしまう。

    (星が見えない)

    今夜は曇っているようだ。
    真っ暗な夜空を仰ぎ、ぜえぜえと荒い息を吐き続けた。
    このまま死んだって構わないと思った。

    (スカラマシュに嫌われた)

    生きる意味が見出せない。スカラマシュを傷つける自分なんか、消えてしまえばいいんだ。

    「う……っ」

    涙が溢れる。一番泣きたいのはスカラマシュだ、泣くな、泣くな。
    隠れ家を訪ね始めてまだ間もないのに、鶴観での思い出が駆け巡る。
    朝早くに行き過ぎると怒られたこと。
    逆に、夜はいつまでも引きとめられたこと。
    帰りが遅いと危ないんじゃないかと、結局泊まらされたこと。
    あたたかさを求めて、くっついて寝たがっていた。私が髪を撫でると安心したように眠りについてくれた、あの幸せな時間。

    「やだ…っ、スカラマシュ……!」

    潰れそうな涙声で叫ぶ。
    喉が駄目になるくらいでスカラマシュに振り向いてもらえるなら、それでいい。
    何度も呼び続けた辺りで、突然頭上に影が落ちた。

    「どうせなら俺のことで泣いてほしいな?」
    「……!」

    またしてもタルタリヤだ。腰に手をあて楽しげに私の泣き顔を見下ろしている。
    そして、茫然とするこちらにお構いなくどっかりと横に寝転んできた。「今日の空、微妙だなぁ」、呑気にそう言って。
    本当に星がないかどうか確かめて、わざとらしくガッカリしてみせてから話しかけてくる。

    「俺のアドバイス、役立った?」
    「……うるさい」
    「役に立ったんだね。良かった」

    ちっとも良くない。
    カッとなった私は思わずタルタリヤに掴みかかった。

    「いい加減にして!私がどれだけ落ち込んでると思ってるの!?」
    「自業自得なんだろ?」

    馬乗りされているにも関わらずけろりとした様子の青年に、二の句が継げない。図星だからだ。
    そうだよ、自分で掘った墓穴に向かって認めたくない、入りたくないって喚いてるんだよ。バカみたい。
    タルタリヤが助言してくれていたのに。
    万葉は頭ごなしに決めつけていなかったのに。
    黒主のことがあって頭がぐちゃぐちゃだったから?そんなの言い訳にならない。

    「それで?」
    「……なにが」
    「諦めるの?」
    「っ!」

    自暴自棄になりかけている今、聞きたくないワードだった。

    (諦める……)

    その方がずっと楽だ。敵として再会して戦えばいい。悪は滅ぼすべき。簡単明瞭、何も考えなくて済む。
    今更信頼を取り戻すなんて不可能に近い。スカラマシュからすれば裏切られて突き落とされた気分なのだし。
    なら、諦めれば。

    「…だ」
    「聞こえない」

    タルタリヤの胸元を掴んだまま、私は怒鳴るように捲し立てた。

    「絶対やだ!スカラマシュを助けるの!スカラマシュはね、暗い海の底で誰かが来てくれるのを待ってるんだよ!?放っておけるはずないじゃない!」

    たった一、欠けていたって駄目なのだ。
    だから。
    だから私は、

    「世界がどう言おうとも、私だけはスカラマシュを信じなくちゃいけなかったのに……!」

    もう耐えられない。
    私はタルタリヤがいることなど忘れて大声で泣き出し、子供のように喚いた。
    振り出しに戻った。自分のせいだ。私がスカラマシュの手を離したんだ。
    あんなに人間みのある表情を見せてくれていたのに。

    「みんな大事なの、それは本当……!でも、スカラマシュは特別なんだよぉ……っ!初めて、誰かを好きになったのっ……これも本当なの、うそじゃない……!」

    スカラマシュがどうして危険を冒してまで、あの場にいたのか?
    その答えは容彩祭前の彼から容易に導き出せる。

    「待ち切れなくて来てくれたんだよ……私がっ…いないと、さみしいって!そう思ってくれてたんだもん……!私もそうだよって、伝えに行かなきゃいけない……っ」

    平気そうな、無機質な顔?
    違う。分からなかったのだ。
    誰かに手を差し伸べる時、どんな顔をすればいいのか。
    私が勝手にスカラマシュをそういう風に見てしまっていただけなんだ。
    叫び過ぎて喉が痛い。同じことを何回も繰り返し言っている気がしてきた。
    スカラマシュ、ごめん。ごめんね。ここで謝ったって仕方がないよね。
    でも、他になす術がないんだよ。
    わんわん泣き続ける私に、タルタリヤがあっけらかんとした言葉を投げかけてきた。

    「なんだ、答え出てるんじゃないか」
    「……え」
    「もうちょっと苦しむ相棒が見たかったんだけどなぁ」

    よっこらせ、と起き上がった青年がつまらなそうに私の手をほどいた。
    そして、ぽかんとしている私にニヤッと笑う。

    「俺にしたら?わざわざ茨の道を行かなくてもいいでしょ」
    「なっ…」

    何を口走っている?空気というものを読めないのか?

    「あんな気難しいのやめなよ、疲れるだけだろ」
    「はぁ?」
    「すぐ怒るし。一言に対して十言くらいの嫌味を返してくるし。絶対俺の方が」
    「スカラマシュを悪く言わないでっ」

    我慢ならず、タルタリヤに容赦なくげんこつをかましてやった。呻いている、相当痛かったのだろう。

    (ふざけないでよ、全く)

    しかし不覚にも気づかされた。弱い私の、それでも揺るぎない気持ち。

    (諦めたくない)

    満身創痍で本当の本当にボロボロだ。
    道は完全に閉ざされたかのように見えるけれど。
    国崩としての過去に触れられたのは大きい。私はスカラマシュのことを知らな過ぎる。
    よくよく考えずとも、そんな状態で彼を救うなんて土台無理な話だった。おめでたいにも程がある。
    削られて、磨かれて、ようやく宝石は美しく輝く。
    その過程はとても痛くて、耐えられずに砕けてしまうこともあるのだろう。
    だが、それを乗り越えてこそ。

    (スカラマシュを支えていける)

    相手を知らないまま寄り添うなど不可能だ。
    ならば理解しよう。断固たる自信をもって彼を信頼し、信頼されるために。
    他でもない私が、彼を守り抜くために。
    私がスカラマシュのことで頭がいっぱいになっていることを察したのだろう、タルタリヤがため息をついた。この憎たらしい青年に今日は感謝しなければならない。

    (スカラマシュ。あなたの全てを教えて)

    涙はもう引いている。
    深呼吸をし、私は大地を踏み締め立ち上がった。
    そうして、雲間から覗いた一つの星を見つめて決意を新たにしたのだった。






    さあ、舞台はスメールへ──。
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