冷凍保存のきみ「起きてるか?」
サボをだっこしたまま一緒にソファで寝てるとエースが帰ってきた。
テーブルに酒が汗かいて並んでる。
ほっぺに添えられた手が冷たい、ほおずりをしながら見上げるとやっぱりエースだった、こんな白髪生えてたか?生えてた、黒と半々に生えてて22に見えないジジイだ。
遠いいつか、エースにずっとこうされたかった気がする、いつかっていつだろう。
ぼーっと見てるとエースがおれのおでこを拭きはじめた。
「んひい、しゃっけ」
「動くな笑うな黙ってろ、どらっ」
「ひひひエースぅ」
「動くなっつの…!」
腕を伸ばしてエースの服や髪を引っ張るとおれのよく伸びるほっぺを伸ばされた、ぱちんっ!と元に戻りおでこから離れてった厚手のタオルが血だらけでソファに落ちた。
あんまり痛くねえけどくすぐったい、頭の中がころんころんってきれいな玉がわっかになってまわってる、やっぱり若白髪を光らせるエースがいる。
「サボ起きねえな」
「え?お、起きねえな、おれ悪いことしてねえぞ」
エースはサボをソファから抱きかかえ床に寝せ、おれの体をぺたぺた触った。
スタンガンで気絶させたって言ったら怒るかな、と思ってたらすぐにポケットからでかめのスタンガンが没収されてまたほっぺを伸ばされた、漫画くらい伸びるほっぺ。
「守ってやれなくて悪かった」
「エースが酒買ってこなかったらこうならねえんだけどな」
「酒で大人しくなるならそれでいいだろ、おれが買わなかったら盗んでくるし」
「あひゃひゃひゃひゃっおとなしくてこれかよエースって絶対サボに飲むなって言わねえよな」
「一瞬でも楽になるなら別にそれで」
「そっか楽になるのかいいなおまえら楽になれて。おれは痛えし掃除だるいんだけどな」
いじわる口撃を浴びせながら、買ってきた缶ビールを冷蔵庫に入れて重たい角瓶を台所の棚にしまうエースの背中が小さく見えた。
あんま頭よくねえにいちゃんと、頭が壊れたにいちゃんがいる家からいい加減出ねえとって思ってるけど、おれがふたりを置いてったらだれが光熱費の振込とか入金とか、あやしい宗教勧誘おっぱらったりとか、薬飲ませたり床とかお風呂の掃除してやるんだろうと考えると途端に頭にもやがかかっちまう。
サボが酒を飲みだしたのはなんでだったっけ、エースが仕事はじめてからだ、エースの仕事は具体的によくわかんねえけど、働いてるのに財布が常にからっぽだ、引っ越さねえとおれまで引きずられちまう、でももやもやするんだよな、名義とか、銀行とか、住所とか、ハンコとか…そういうの、ふたりを落ち着かせた後に考えるのすらめんどくせえ、でもなにかしねえと、せめて物件選びくらいしねえとこのまま今週が毎日が今が永遠に連載され続ける、なんてこったおれにはもうそんなめんどくせえことする元気なんてねえのに。
「なんか食うか」
「肉くいてえ豚汁とか」
「はあ?今からかよ」
「明日でもいーぞ昔作ってくれたろ、サボと住む前。豆腐ともやしと麺ばっか食うのよくねえってローとかサンジとかが。エースのメシ食いてえよお」
「…いいけど」
「うおおっ」
「肉一個あるし」
からだを起こして台所に行きくたびれた背中に抱きついて、いつのまにか生えまくってる若白髪をいっぽんひっこぬくと、エースはおれをくっつけたまま冷凍室を開いた。
四角い氷、丸い氷、小さい氷に占拠されてて、それをかきわけかきわけ底を探ると賞味期限切れの豚こま薄切り50%オフがひとパック。
「サボには内緒な」
霜焼けた発泡トレイを手に取ると冷凍庫が閉められた。
ひろびろとした冷蔵庫を開けると上の段にはでかい豆腐4つと口の開いたもやしひと袋、真ん中に横置きのポン酢ひとつ、1番ひろい下の段にストロングゼロ500mlが5本、アサヒスーパードライ500mlが8本きれいに並んでる。
この下の段はうちの神棚。
サボと暮らしはじめてすぐ、うちはびーがんなんだってヴィーガン知らないエースが言ってた。
頭よしよしとだっこで全部まるめこまれるエースは当てにならねえ、サボに聞いたら肉も魚も野菜もバナナもいちごも臭えだの生ぬるくてキモいだの、おれの腹は棺桶じゃねえだのうるせえこと言って、あったかくておいしそうな臭いがすると吐いちまって、だからそんなありさまだからうちはびーがん、冷たい乾麺と眠剤かじるサボは野菜すら食わねえし時々部屋から出てハリケーンやゲリラ豪雨や火山噴火を起こしてまた部屋に篭る、サボはびーがんでかみさまばからしい。
「内緒はなしだろエース、いっかい食わせてみようぜ」
「んん」
「んんでねくてよ。前デート行って梅ざらめのせんべい食ったんだろ?今日ごーふるもガリガリしてた」
「無理させたくねえ」
「食わせねえ方がかわいそうだ、熱くて臭くなきゃいいんだろ?冷やしてポン酢ぶっかけりゃ食うんじゃねえか?エースが作ったっつったら多分吐きながらでも食うぞ」
「んん…」
「ハットリクリニックがサボ受け入れOKだってよ閉鎖病棟の個室で。ほらサボのカウンセラーの、肩にくるっぽー乗せた先生がいるとこ」
「絶対にやめてくれ…!」
「嘘。冗談だぞ大丈夫だ」
ぶるっと震えたエースの白髪をもう一本引っこ抜く。
サボのごっこ遊びに夢中なエースはもうマグカップくれたりしない、ルフィって呼んでくれたりしない、きっと死んだ。
豆腐ともやしを出し冷蔵庫を閉め、シンクに向かって豆腐の汁を捨てるぞんびの横で霜焼けた豚肉のビニルを剥ぎ引っ張り出すと、くすぐったいおでこがじんわり痛み、頭のもやが少しずつ晴れていくのを感じた。