(無題):司レオ 星奏館の居室の扉を開けた時、司はこの後のことを考えていて気もそぞろだった。
今日のところは学院での授業と個人レッスンを終え、その他アイドルとしての予定は入っていない。実家関係では最近大きな行事を終えたばかりで、一息つけている状況。そうであれば、この後は制服を着替えてアンサンブルスクエアで事務所周りの事務作業を片付けてしまおうか。そんな風に先のことに思考を巡らせていたところで、突如として目の前に広がった光景に、ぎょっと鞄を取り落とす。
「レオさん⁈」
「あっスオ〜! おかえり〜」
我が物顔で自身のベッドの上に楽譜を散らすその様子だけなら、司もそこまで驚きはしなかっただろう。
「おかえりって、あなた、その」
レオは、夢ノ咲時代の制服一式を身につけていた。
――それも、青い色のネクタイを締めて。
「その格好は一体……?」
♪
「ほら、最近あったかくなってきたし、衣替えの時期だろ? ちょっとクローゼットをひっくり返してたら、案外まだとってあったみたいで」
「はあ……ええと、それで?」
「驚かしてやろうと思って?」
レオはあっけらかんとそんなことを言う。
「……どうして、その」
「ん?」
見慣れないその服装は、司が目にしていた彼の制服姿とはまた異なっている。夢ノ咲学院二年生の指定ネクタイを締めて、上品な群青色のサマーニットを合わせたその姿は、司が会ったことのない、高校二年生の月永レオの姿そのものなのだろう。
「おまえが三年生になったってことは、二年生の姿のおれはスオ〜の後輩ってことになるな!」
「はい⁇」
レオは、司の緑色のネクタイをするりと引いて、ベッドの上に座らせた。
「だから、ちょっと『ごっこ遊び』がしてみたくて? 今はおまえが先輩で、おれが後輩!」
「だから、突然何なんですかそれは……」
「待てスオ〜『先輩』、おまえのそれは先輩として話してる? それとも後輩として?」
司は目を閉じて一呼吸つく。どうやら、この話に乗らない限り、話が進まなそうだ。
「……レオ『くん』。一先ず、Appointment無く人の部屋に張るのはやめてください。私とすれ違ってしまったり、他の方と鉢合わせしたらどうするんですか」
「一応、流星隊のやつに許可とって部屋に入ったぞ?」
「そういう話ではなくてですね……というか、SmartPhoneを無くしている訳ではないんですよね?」
「スマホ? えーーっと、今日はちゃんとあるなっ! ……ていうか、おまえ、後輩にも敬語使うのか……⁈」
「ええ、今までもずっとそうでしたよ? あなたも恐らく聞いたことはあるのでは?」
「Knightsに新入りがいっぱいいた時のことか? 確かにそうだったかもっ? いや分からんっ。なんかそんなに意識して聞いてなかった! っていうかなんかそうなると……あんまり変わんないな⁇」
レオは首を捻りながら「敬語が取れたスオ〜とかを見たら『霊感』が湧きそうだったのにな〜」なんてぶうぶうと文句を垂れている。司からすると、レオも特段普段と変わらない態度なので、若干の理不尽さを感じなくもない。
この戯れのような空想に、彼の『霊感』の刺激になるような変化は見出せなかったようだけれど、司はレオとのある会話を回想した。
「レオさんは……いつだったか、私たちの関係を――ともすれば、先輩と後輩が若干逆転しているようにも見える状態を『これでバランスがいい』と仰っていましたね」
「そうだっけ? ……ちょっとすぐには思い出せない! でも、おれならそう言うだろうな!」
「それならきっと、私が先輩で、あなたが後輩であっても、大元の……私達の在り方みたいなものに変化がないのは当然なのではないですか? それこそ、私が私で、あなたがあなたであるのなら」
ぱちくりとレオは大きな瞳を瞬かせる。
「……おれが好きに動いて、スオ〜が色々ツッコミを入れながらも横にいてくれる、みたいな?」
「そうです。そうして、あなたも私のことを相応に気遣い、慈しんで、愛してくれる。そうでしょう?」
司の言葉には、照れたように憮然とした視線が返された。そんな様子に少しだけ胸がすいて、そうしてまた、悪戯心も刺激される。
「それから、レオさん。別にこんな『ごっこ遊び』をしなくたって、司は敬語を外すことができるので」
いつでも言ってほしいなぁ、と耳元で低く囁いた。
【終】