星をつないで:司レオ『――このように、⼈は古くから、夜空の星をつなぎ、星座として動物や道具に例え、物語によってそれを伝えてきました』
照明が落ちた室内は、静かすぎない静寂の中で、ゆったりとした時間が流れている。
『それではこれから、そうした星座の起こりや逸話を⼀緒に辿っていきましょう――』
スピーカーから流れる説明に⽿を傾けながら、ふかふかとした座り⼼地の椅⼦の背もたれに体重を預けると、ほとんど寝転んだような体勢で半球状のスクリーンを仰ぎ⾒ることになる。右隣では、同じように椅⼦に⾝を預けたレオがこの⼈⼯的な星空を⾒上げているはずだが、座席の間隔から、その表情などを窺うことはできなかった。それでも、確かな気配と共に、静かな様⼦でそこに収まっている。
友⼈であるところの宙からは、最近、ユニット単位でプラネタリウムとのコラボに起⽤されることになったと聞いた。そちらも、上映時期が決定した際には、ぜひ観に⾏きたいところだ。今回の感触次第ではあるけれど、可能であれば、レオと⼀緒に。
今⽇この⽇に、「良ければ⼀緒にどうか」と、レオをプラネタリウムへと誘ったのは、他ならぬ司だった。アンサンブルスクエアから少しばかり離れた場所で個⼈の仕事が⼊り、たまたま、その近くの商業施設内にプラネタリウムが設置されていることを知ったのだ。レオもちょうど帰国を予定していた⽇で、空港からの道のりは然程遠くない。そうして、現地で待ち合わせる形で、⼆⼈で会う約束をした。
レオと所謂「お付き合い」を始めてから、こうして待ち合わせて出掛けることは、思い返してみれば初めてのことだった。わざわざ⾔葉にすることはしていないが、司としては、この⼆⼈きりの外出をデートとして定義づけている。
「楽しかったな〜〜!」
上映された演⽬が終わり、また、それに刺激を受けた彼の作曲も⼀段落した中で、そんな⾵に満⾜げに伸びをしたレオを⾒て、司は密かに胸を撫で下ろした。
知的かつロマンチックな雰囲気があるプラネタリウムは司の好むところであるし、レオは普段から、宇宙に対して並ならぬ興味がある様⼦が⾒てとれる。司としては、⼆⼈ともが楽しむことができる場所の折衷案のように思い、今回こうして誘ったのだけれど、レオはじっとしていることが苦⼿な節はあったし、単純に、退屈してしまわないか少しばかり⼼配だったのだ。
さらには、『霊感』を得て、上映中に作曲をし始めないかといった⽅向に起因するハラハラした気持ちもあったが、どうやらレオは、終了まではその衝動に持ち堪えたらしい。
それでも、上映後に明るくなった座席で作曲に集中し始めてしまったため、次の回が始まってしまう前に、レオをロビーまで引きずり出さなければならなかったことは、それなりに重労働だった。
⼣刻近くに待ち合わせをしていたプラネタリウム併設の商業施設を出れば、もうすでに夜の帳が下りる頃合いに差し掛かっている。⽇暮れは早く、そして、⽇が落ちてしまえば次第にしんとした寒さが顔を覗かせつつある季節だった。
レオは普段から寒がりの割りに、それほど厚着をする⽅ではない。フットワークの軽さからなのか、今⽇もバックパック⼀つで帰国してきたようだったが、その荷物量を⾒るに、上着の⽤意はしていなさそうだった。今⽇はこのまま、早めに帰宅した⽅が良いのかもしれない、と司は思う。
「レオさんも楽しめたようで何よりです。星空の映像が幻想的で良かったですよね」
星座についての説明も興味深かったですし、と続ければ、うんうんとレオは⼒強く⾸肯した。
「あんな⾵に球状のスクリーンで星の動きを⾒ると、ああ、地球って丸いんだな〜って実感するな! 今まで知らなかったような話もしてたし!」
彼の瞳の宇宙は輝いて、その様に⾒⼊るように、司はその⾔葉を聞いている。
「宇宙は未知と可能性に満ちてて、だから魅⼒的だ」
そんな⾵に微笑むレオの表情で以って、司は今⽇こうして⼀緒に出掛けることができたこと――初めてのデートが、無事に互いの⼼に残るような形で成功したことを確信することができた。
「作曲、終わるまで我慢していたのですか?」
「我慢してたっていうか、やっぱり、あれだけ暗いと書けなくって! 蛍光ペンなら良かったのか⁈」
ジレンマだった〜と頭を抱えるレオは、そのまま司の半歩先を歩いていく。ふらりと曲がった⽅向を⾒れば、帰路として想定していた道のりとは異なっていることに気が付いた。このまま星奏館へ帰るとして、別の⽅向の駅へ⾏くべきだ。司は反射的にレオの⼿を掴む。
「レオさん、帰り道が違います」
「え〜〜、そんなせかせか帰るもんじゃないろ?」
そうしてレオが発したその楽しげな声⾊から、どうやらルートが異なっていることは分かったうえで道を選んでいることが理解できた。
「それとも、この後どっか予約とかしてた?」
「……いいえ、あなたとの外出において、そういった気の回し⽅は逆に不粋だと知っていますから」
「いいぞ、分かってるなっ」
褒めるように、司が掴んだままだった⼿を握り返されて、その驚きから思わず、彼の⼿を放してしまう。周囲を⾒回して、軽率だったと思いながらも、離れた体温を名残惜しく感じた。
同じユニットということもあって、レオと出かけること⾃体は決して初めてというわけではない。彼の『霊感』に⾏程を合わせる必要性は、これまでの経験則として、司の中に蓄積されている。
「寄り道していこ、気の向くまま!」
「またそんな……」
「こらスオ〜、地図は⾒ちゃダメだ! 『霊感』の赴くままにっ!」
レオはそうして、⼀度離れた司の⼿を⾃然に引いて、改札⼝へと導いてゆく。
「あなた、⽅向⾳痴でしょう。先導を任せるには⼼許ないのですが……」
「ええ〜、じゃあスオ〜が制限時間決めて! それまでは放浪〜!」
「やっぱり放浪なんじゃないですか……」
発⾞する⽅向だけを⼤まかに確認して電⾞に⾶び乗れば、⼀般的な退勤時間とも重なっているせいか、⾞内は、座席に座ることができない程度には混雑しているようだった。
ESビルや普段の⽣活圏からは少しだけ外れていることもあって、申し訳程度の変装として装着しているキャップを⽬深に被りなおし、レオにも伊達メガネを押し付けた。そうしてそのまま、出⼊り⼝近くの吊り⾰に⼿をかける。周囲に⼈が多いこともあってか、レオは⼿すりに器⽤に体重を預けながら、割り合い静かに司の隣に収まっていた。
司としては、⽬的地へそのまま辿り着くことができるタクシーの⽅が、移動⼿段としては好みだ。アイドルという職業柄、普段から⼈⽬は気にしてしまうし、同じユニットのメンバーとはいえ、恋⼈と⼆⼈で出かけているのであれば尚更だ。しかし、レオはどちらかと⾔えば、移動の⼿段を選ぶことも含めて楽しんでいるようで、⾃⾝で⾞を出すことも勿
論あるけれど、公共交通機関を利⽤することも多かった。
王位を譲り受けてなお、レオは司の「王さま」だ。真⼼をこめて尽くしたい対象だ。どんな些細なことであれ、でき得る限り、彼の望みを叶えたいと常々思っている。帰路の些細なリクエストは、その⼀環として捉えることにした。
レオは何が⾯⽩いのか、⾞窓の外に楽しげな視線を向けて、⼩さな⿐歌を奏でている。
混雑した⾞内で、⾃然に寄り添うように⾝を寄せ合えば、頬を彼の猫っ⽑がくすぐった。
「おっ、次! 降りるぞ!」
「わっいきなりですね⁈」
突然のレオの声に反射的に従って、降りようとする他の乗客の流れに乗る。
「どうしてこの駅なんですか?」
「語感が良かったから! まあ、聞き覚えがない駅ではないし、寮までそんな遠くないだろ、きっと!」
「語感って……あなたという⼈は……!」
レオの⽅向⾳痴については、単純に道を覚えないということも起因しているのだろうが、今回のように、⾃⾝の感覚に⾝を任せて、進む⽅向を決定することの影響も⼤きいのだろう。それでも、今⽇は彼の『霊感』に、とことん付き合うことに決めたのだ。レオに続いて、司もホームを後にした。
「う〜〜結構混んでたな〜」
改札と駅舎から出て伸びをするレオは、やはり迷いなく次の道を選んでいく。遅れないように⼩⾛りでその背を追って、司はどうにか肩を並べた。
普段はあまり利⽤することのない駅の通りは、⾒たことのない建物の並びが新鮮に感じる。駅から通りを⼀本⼊ってしまえば、駅前の煌々とした明るさとは⼀線を画すように、薄闇の中で等間隔の街灯が並んでいた。⽖の先のような三⽇⽉は⼼許なく夜空に浮かんでいて、その控えめな有り様によってなのか、今⽇は星がよく⾒える。
「星、きれいだな〜」
何だかさっきのプラネタリウムみたい、とレオは肩を寄せてくる。司は、ひっそりと周囲の様⼦を探ってから、そうしてそのまま、同じくらいの強さで寄せられた肩に体重をかけて返した。
「そういえば、星座って、星の構成はちゃんと決まってるのに、つなぎ⽅は特に決まってないって⾔ってたよな。ちょっと意外だ」
「ああ、星座線の話ですか」
先ほどレオと鑑賞したプラネタリウムの上映演⽬は、星座の歴史やそれに纏わる神話について説明する内容だった。星座は、構成する星は決まっているものの、星と星同⼠を繋ぐ星座線については、厳密に規定はされていない、と説明されていたのだ。
「たしかに、少しくらい繋ぎ⽅が変わっても、そう印象に変化はないかもしれませんね」
「⼩さいころ、点を線でつなげて〜って塗り絵みたいなのあったな〜。あれも思えば星座みたいだった!」
おれは気付いたら全然違う結び⽅をしちゃってるタイプだった、とレオは笑う。
「つなぎ⽅だけじゃなくて、星座の星の⽅だって、⾃由でも良いのにな。もっと作曲をするみたいに……絵を描くみたいに、⾊々つなげられた⽅がおもしろくないか?」
「⾯⽩くはあるかもしれませんが……でも、⽬⽴つ星は⽬に留まりやすいでしょうが、⼀定以下になるとなかなか⾁眼では区別がつかないですよね。重複しちゃってもややこしいでしょうし。まあ、個⼈が遊びのようにつなぐのは⾃由なのではないですか?」
「わははっ、いいなそれ! じゃあ『スオ〜座』をつくろう!」
そうして、指で筒を作り望遠鏡のようにして、歩調はそのままにレオは夜空を仰いだ。
「……レオさんの分の星座は良いので?」
「おれってなんかもう既にある感じじゃない? ほら、獅⼦座っ」
「あなた⾃⾝は牡⽜座でしょう」
「おっ、よく知ってるな〜。『スオ〜座』に⼊れときたい希望の星とかはある?」
「そんな通販のような……」
司もそこまで星に詳しいわけではない。有名な星座の形が何となく分かる程度であったし、まして星の名前となると、なかなか認識しているものは少なかった。
「そうですね……それなら、獅⼦座のそばに良い感じの星はありますか?」
そんな⾵に問いかけてみれば、「キザ!」とけたけた笑われてしまう。
先ほどのプラネタリウムの演⽬でも、幾つかの星座の神話が取り上げられていた。星座として傍にあるということは、ほとんど恒久の時を共に過ごすことと同義だ。
「あの星と〜あの星、おっきくて綺麗だ。『スオ〜座』にどう? なんて星かは分からないけどっ」
「宇宙⼈」なら分かるかな〜と楽しそうに幾つかの星を指差していたレオは、ふと思い⽴ったように話題を変えた。
「……スオ〜はさ、知ってる? ドラ*もんってさ、⼦孫が未来を変えるために過去にやってくるとこから始まんの。どんな道のりでも、たどり着くべき未来の⽅向が同じなら、⽬的地を粗⽅同じにできる、って」
「ああ、それなら知っています。ほとんど古典のような作品なので、読んだこともありますね。……でも、⺟親が代わっても同じ⼦孫が⽣まれて、良い⽅向の改変のみが適⽤される、というのは流⽯に無理があるのでは?」
「まあ、その辺はな〜、フィクションだし。でも、なんか……、何でだろうな。今さっきの星座線の話で、そんなことをちょっとだけ思い出した。少しくらい何かが違っても、最終的におんなじように⾒えるって、そんな感じだろ? ……あっ、次の道こっちな」
そんな⾵にこれまで歩いてきた道の⾓を曲がると、少し先にコンビニエンスストアの煌々とした明かりが⾒えた。夜道の暗がりに視界が慣れてきたこともあり、明るい店舗の光は⽬を焼くようだ。
「あっ、コンビニ寄ろ!」
「良いですよ。何か買うものが?」
「寒いから買い⾷い〜!」
レオは楽し気にそう⾔うと、元気に⼊り⼝へ向かって駆け出して⾏く。
そのまま⾃動ドアをくぐると、レオは直接レジ付近のホットスナックコーナーへ歩みを進めた。そうして流れるように、レジで⾁まんを購⼊したようだ。司も何か買おうかと逡巡したけれど、結局、レジのすぐ横に並べられていたパッケージから、のど飴のストックが切れていたことを思い出して、それだけを購⼊した。
軽快な退出⾳とともに連れ⽴って店舗から出ると、早速レオは⾁まんの包装テープを外したかと思えば、それを器⽤に半分に割った。そうして何気なく、司の⽅へその⽚⽅を差し出してくる。
「ほらっ、スオ〜に半分あげる!」
「いいんですか?」
暖かな様⼦で陳列された中華まんのショーケースは魅⼒的だったが、このあとすぐに寮で⼣⾷を摂ることを考えると、司は購⼊を控えることにしたのだ。それでも、きっと半分程度の量であれば、この⾏程が分からない帰路によって、歩いてカロリーを消費できるだろうし、レオの厚意を無下にするわけにもいかない。そんな⾵に理由付けをして、割れ⽬から湯気が⽴つ⾁まんの半分を受け取った。
その時に、ふとレオから、「なんかほら、こういう感じだろ?」と視線を合わせないまま⾔葉にされて、この⼈も案外正しくデートという認識でこの場に居るのかもしれない、と司は思い⾄る。⾷べている間はどうしても無⾔となり、暫くぶりの沈黙が⼆⼈の間に横たわった。時折、歩道のブロックを隔てて⾃動⾞が通り過ぎていく。
「……おれらがさ」
その声に視線を向ければ、レオは早々に⾁まんを⾷べ終えてしまったようだった。次に曲がる⽅向を⼿振りで⽰しつつ、ぽつりとした調⼦で⼝⽕を切る。
「もしも、アイドルじゃなかったらどうだったかな?」
「……はい?」
司はまだ⾁まんを少しずつ頬張りながらも、レオから不意に発せられた問いかけに、思わず⾜を⽌めた。それは思い付きのようにも、はたまた思いつめたようにも聞こえて、少しだけ不安を煽ったが、何てことはないレオの表情と続く⾔葉に脱⼒する⽻⽬になる。
「たどり着く未来の⽅向が同じでも、全然違うおれらの話っ」
「……星座線が違うという規模なんですかそれは……?」
どうやら、コンビニに⼊る直前の話題が、思わぬ⽅向に再度展開されたようだった。件の漫画だって、そんなパラレルワールドのように前提が違う話はしていないのでは、と突っ込みを⼊れてみれば、「⾯⽩くないだろ〜それじゃあ!」という⼀⾔でレオに⼀蹴される。
「おれは作曲はしてるだろうし、スオ〜も当主してるだろ? 芸術家とパトロン的な⁈」
「えぇ……そういう、権⼒勾配がある上での関係は……どうでしょう、私としては」
「そう⁇ 今だって『王さま』なのに? 何なら先輩後輩だし……」
「私としては対等なつもりですが……理論づけが欲しいなら『王さま』と後輩で打ち消し、というのは如何ですか?」
司が真⾯⽬な顔でそんなことを答えれば、何のツボに⼊ったのか、レオは⼼底可笑しいという様⼦で笑う。
「ふはっ、なんだそれっ⾯⽩いな! 『スオ〜はえらくてえらくないの歌』が書けそう!」
そんな笑い声がようやく落ち着いた頃合いに、レオは⽬元を擦りながら、⼀転して静かな調⼦で⾔葉を続けた。
「というかさ、この話はなんていうか……、今みたいに、恋⼈として付き合う、みたいなことが前提じゃなくてもいいんだ」
「えっ」
「えっ?」
思わず声を漏らしてしまえば、きょとんとした声⾊がそのまま跳ね返ってくる。
「……てっきり私は、⽣まれ変わってもまた恋⼈に……みたいな⽅向のお話なのかと思ってました」
「わははっ、ロマンチスト!」
そんな⾵に軽快に笑い⾶ばされてしまえば、司はじとりとした視線を隣へ向けずにはいられない。恋⼈に向ける⾔葉としては無神経な部類に⼊るのではないだろうか。そんな視線に気付いているのかいないのか、レオはそのまま⾔葉を続ける。
「別に、恋⼈じゃなくても良い……あっ、これは別に今の関係に不満があるとかじゃないぞ⁉︎ でも、なんて⾔えばいいんだろうな、⾔葉は難しい!」
そのままわしわしと乱暴に頭を掻き回すものだから、彼のくせっ⽑はふわふわと揺れた。
「たとえば、遠くから⾒た時に、ああ、おれ達っぽいなぁって思えるみたいな……そういう⾵になってたら、それで良いなって。『おれとスオ〜座』、みたいな?」
「レオさんと私の星座、ですか……」
「そう!」
元気よく頷くと、レオはまた星を探すように空を仰ぐ。
「アイドルをしてなかった宇宙の話をしただろ? 他にも、もっと突⾶な感じだって良いよな! ……待って、妄想するから!」
むむむ、とこめかみを⼈差し指で抑えながら思案するポージングを取るレオは、⾄極真剣で、それでも楽しそうな様⼦だった。
「じゃあそうだなっ、宇宙⼈と宇宙⾶⾏⼠とか?」
「今でも割り合い、そんな感じですよ」
宇宙⼈そのものでも何ら違和感がない様⼦を指摘すれば、「そう⾔うんじゃなくて!」と怒られる。
「うーーんそれじゃあ……⼩さい頃にスオ〜を間違ってアブダクションしちゃって、元居た場所に戻した後、⺠間の宇宙旅⾏で宇宙に来たスオ〜と再会する感じでいこうっ」
「私の⽅が再会のためのhurdle⾼くないですか?」
⺠間の宇宙旅⾏なんて、莫⼤なお⾦が掛かるし、そのうえ確か、宇宙に出るためには最低限の訓練が必要だったはずだ。それでもレオからは、おまえならそれくらいできるだろ、と無条件の信頼を寄せられてしまう。
「あとはそうだな〜『敵対関係』とか!」
そう⾔うやいなや、レオは司の⼿⾸を引き寄せて、すでに⼩さくなっていた司の分の⾁まんの⽋⽚を⼝に収める。
「あ……っ⁈ 最後の⼀⼝を⁈」
残り少ない量だからこそ味わって⾷べようとしていた司は、元はレオが買った⾁まんだったとはいえ、憮然とした⽬で彼を⾒やった。その視線をものともせずに、上機嫌にレオはぺろりと唇を舐める。
「……というか、私たちはもともと敵対していたようなものだったでしょう」
ジャッジメントで喧嘩を売って、買って。⾃分たちの始まりは、元を辿ればそういうものだった。レオはおそらく偽悪的な振る舞いをしていた⾯もあろうが、それでも司は、⾃⾝とは絶対に相容れることのない存在だと強く思ったものだ。
「あなたのこと、好きになれそうにないとしみじみと思ったんですからね」と当時の恨み節をそのまま⾔葉に乗せる。
「わははっ、そう! 愛は転じやすいんだ! ライバル、仇敵、痴情のもつれ! わりと想像できそうじゃない?」
「……だとして、私はその関係のまま終わるのだとしたら、嫌ですよ」
何であれ楽しそうなレオの様⼦に、司はそっと釘を刺した。百歩譲って、レオと相争うことはそれで良い。Knightsは基本的に、ユニットの⽅針として、異なる意⾒を闘い合わせることで事態の解決を図ろうとする集団だ。それでも、仮に対⽴そのものが運命づけられてしまうとしたら、それは司⾃⾝の望むところではない。
そんな司の⾔葉に、レオは穏やかに⽬を細めたようだった。
「うん。……だから、きっと⼤丈夫」
「はい?」
真っ直ぐにこちらを⾒据えて、彼は何気ない調⼦で⾔う。
「スオ〜がそんなんだから、悲しい結末にはきっとならない!」
「そ、うですか」
司はこういう瞬間に、⾃⾝が勝ち得たこの⼈の信頼について――その意外なほどの⽐重の重さについて、どうしても思いを馳せることになる。背筋が伸びる、と⾔っても良いのかもしれない。レオ本⼈にとっては、何気ない⾔葉だとしても。
「猫と猫同⼠とかも良いよなっ、前に⼸道場でお世話してた⼦達みたいな! スオ〜もなんかある? 別の宇宙のおれらの案!」
「別の私達、ですか……」
こうして振られた話題は、レオの突⾶な妄想を聞いている分には⾯⽩くあるけれど、⾃⾝で考える上では割り合い難題だと思う。しかし、ふと常々感じていた微かなもどかしさを⾜がかりとして、司は思い当たった内容を⼝に出す。
「そうですね……、……私が、歳上とか?」
「それでそれでっ?」
「……⾔っておいてなんですが、今の後輩の皆さんはかなり聞き分けが良いので、全くもって想像がつきません……」
いつまでも追いつくことができないレオとの年の差には、そういうものと割り切っても、思うところがない訳ではない。不満だなんて⾔うほどではないが、ふいに⼤⼈ぶられたり⼦供扱いを受けたりすることのない⽴場について、こうして空想するには良い題材だと思ったのだ。だからこそ⼝にしたはずだったのに、やはり難易度が⾼い遊びだったかもしれ
ない。
「えっ、おれだって結構スオ〜に従順だと思うけどっ?」
「今、従順って⾔いました⁇」
信じられない思いで⾷い気味に司が問えば、レオは⼼底可笑しそうに笑ってみせる。
「わはは、⾒てて!」
くるりとこちらに向き直ったレオは、道の端に寄ると、居住まいを正して表情を引き締める。そうしてそのまま恭しく司の右⼿を取ったかと思えば、そっと唇を寄せた。頭を垂れた状態で、⽬線だけをこちらに向けてくる。
「……何なりと、『王さま』のスオ〜先輩?」
そして、取り繕った外向きの表情から、⼀転して悪戯っぽい笑顔を向けられた。
「どうだった?」
触れ合わせた⼿はそっと離されて、その熱が余韻のように司の⼿に残る。
「……何となく、想像できました。……後輩のあなたにも、⼿を焼くことでしょうね」
「続けて?」
「これまで会ったことがないような奔放さに呆然とするでしょうし、振り回されて、憤慨もすると思います。『先輩に対してなんですか!』みたいなことも⾔うかもしれませんね。……でも。それでも、きっとその、⽣意気な有り様に、⽬が離せなくなるんだと思います」
「おれ達っぽいな!」
満⾜気に笑うレオの笑顔に、眩むように⽬を細める。
「レオさんの⾔う『おれ達っぽい』ってどんな感じですか?」
「なんだろ……、⾔葉で説明するのはちょっと難しい」
待って、とレオは少しだけ先を歩いて、街灯の真下、スポットライトのように光が降り注ぐその場所に踊り出る。それはどことなく、彼が時々⼝にする「アブダクション」を連想できるような光景でもある。そんな思考からふいに不安に駆られて、司は正⾯から彼の⼿を取った。右⼿と右⼿をしかと握り合う。それは、端から⾒れば握⼿のような動作で、す
ぐにレオの⽅からパッと⼿を離された。
「すれ違うみたいに関わったと思ったら、なんだか、いつの間にか⼈⽣の⼀部みたいになるんだ。ふと掴んだ⼿が離せなくて、ふと興味を惹かれたら⽬が離せない。そうだな……きっと、そんな感じ」
そのまま、今度は司の右⼿に、彼の左⼿が絡められた。穏やかな微笑みは少しだけ遠くを⾒ていて、街灯が照らす頬はほんのりと⾚い。そんなレオの様⼦に、思わず⼒を⼊れて、繋いだ⼿とは逆側の拳を握りしめる。何故だかふいに、泣きたくなった。
「……おっ⁈ 良いな良いな、奇跡的だっ」
通りの⾏き⽌まりを曲がったところで、弾かれたようにレオは駆け出していく。突然離れていった⼿を寂しく思いつつ、司も⼩⾛りで彼を追いかける。
「レオさん? 何ですかいきなり」
「気付いてないの? ほら、たどり着いたぞ!」
数メートル先で振り返ったレオは、パッと両⼿を振って⾶び跳ねた。
「……星奏館」
視界が開けたそこは、帰り着く先であるところの寮の通りであることが分かる。普段使いしない道からの合流だったからか、促されるまで全くもって気が付かなかった。
レオの先導は、端から⾒ても本当に気の向くままといった様⼦で、司も彼の⾔いつけをきちんと守って、位置情報の検索や、地図の確認を⾏っていなかった。それなのに。
帰路で交わしてきたレオとの取り⽌めのない会話から、この、祝福じみたちっぽけな奇跡は、遠くから⾒てどんな形を象っていたのだろうか、なんて、司はそんなことを夢想する。そして、それこそが⼆⼈の星座の形なのかもしれない、とも。
「レオさん」
「なあに、スオ〜!」
振り返るレオは、ふわりと尾のようなまとめ髪を揺らして、しかと視線を合わせてくる。
名前を呼んで、名前を呼び返して。きっとそれまでにひと悶着あることだろう。⼿を取って、⼿を取られて。そうして印象が転じて、何度も互いを定義しなおす。そんなことが幾つもの宇宙でもしも起こってのだとして。
「……いいえ、呼んでみただけです」
「わははっ、なんだそれ!」
それが⾃分たちの在り⽅の形だとして、確かな歓喜が胸を満たした。
【終】
本当にずっと会話してる……
会話を書くのが好きですが繋げるのが難しい