手遅れと知りつつ(斗メイ) 彼女を置き去りにしたくないと、魂の底からの叫びが聞こえた。しかし本来ならば、柳顔を伏したメイくんに気がつかないふりをすることが正だとも思っている。我が事務所が誇る唯一のエトワールはいま、事務所の自席でうつらうつらと安らかな寝息を立てている最中だ。
気の利いた紳士ならば迷いなくエトワールを抱き上げて、彼女に与えられし魂の住処へと送り届けるところだろうが――僕にとっては身に余る行為とも言えよう。おそらく彼女も望んではいまい。
今メイくんが担う案件はまさに、全てが決着する大詰めの局面に突入している。時には一瞬の隙も許されず、神経を鋭く研ぎ澄ませ、その繊細な感性を全身全霊で注ぎ込む必要があるだろう。彼女の全てが、成功か失敗かという命運の分かれ道にかかっている。その道を容易く奪おうとは野暮というものだ。
しかしながら、翼を休める戦士の束の間の平穏を助けたい気持ちは根強く、胸の中にある。現にこの手の中には、先刻までソファから零れ落ちそうに放置されていたブランケットが握られている。
ふうう、と長めに息をつき、そろりそろりと近づいていく。
指の先も触れぬよう注意深くブランケットをかけようとすれば、身じろぎした彼女は僅かに肩を震わせた。無防備さはエトワールの愛らしさをより一層引き立てるに違いないが、闇の眷属たる今の僕には少々刺激が強くもある。
「ん……」
「っ」
寝返りが叶わなかったその肩はなんと細く、うつくしいのだろう。窓からぼんやりと照らされた満月の光から覆い隠すべく、どうにか彼女にブランケットをかけた。
こうして無防備に身を凍えさせる仲間を、間接的に助けることは容易いはずだ。しかしながら彼女が相手というだけでぎこちなく、指先が震える理由については。
(……考えたら、あかんのやろなあ)
己の身に降りかかる命題に向き合うには未だ、覚悟が足りない。赦されないと理解していながら未だ、彼女からは離れがたい。
彼女を置き去りにしたくないと、魂の底からの叫びが止まない。湧き上がる願いに慄く臆病心は、気がつかないふりを続けている。