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    menhir_k

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    クロディにはなったけどクロードとディアスに怒られそう

    #クロディ
    clodi

    クロディ 凪いだ海が眼下に横たわっていた。澄み渡る夜の空気の中、控えめな波の音だけがディアスの鼓膜を揺らす。空に浮かぶ一際大きな星が、夜の海に降り注いで揺らめいていた。
     視線を落とした先の、崖下に広がる浜辺によく知る少女の背中を見留める。それから、その隣にいる先客の存在に気付き、ディアスは階段に向かいかけていた足を止めた。
     決戦を明日に控えて眠れない夜を過ごしているのではないか、と思われた血の繋がらない妹は、既に兄の手を離れ心細い夜を共に乗り越える相手を見付けていた。ディアスが故郷を離れ、マーズ村で彼女と再会するまでに二年の月日が経っていた。人が変わるには充分な時間だ。だから大切な幼馴染みの——レナの隣に誰かがいる事実に、一抹の寂しさのようなものを覚えこそすれ、得心がいかないことは何もなかった。ただ一つ引っかかるところがあるとすれば、彼女の隣に並び立つ人影がディアスの思い描いていた遠い星の青年ではなかったことだけだ。
     どうして今この場にいないんだ。苛立つディアスが舌打ちをしたそのタイミングを見計らったかのように、砂交じりの石畳を踏み締める足音が背後から近付いてきた。
     最近、頓みに身近に感じる気配に先んじて、ディアスは口を開いた。

    「遅かったな」

     足音が止む。振り向けばそこには、予想していた通りクロードが立っていた。ただし、そのラクールホープの煌めきにも似た鮮やかなブルーを湛えた双眸は驚きに見開かれている。

    「……ぼくを待ってたのか」

     ややあって、茫洋と青年は呟いた。夜目なので気のせいかも知れないが、その頬は心なしか紅潮しているようにも見える。そんな素振りはなかったが、もしかするとここまで走ってきたのかも知れない。仮に、そうなのだとしても遅い。慌てて走ってくるくらいなら、どうしてもっと早くに来なかったのだ、と怒りを通り越して若干呆れを感じながらディアスは米神を押さえて深く息を吐いた。

    「先客だ」

     崖下の浜辺を指し示す。そこにはまだレナ達がいた。ディアスに促されて崖下を覗き込んだ青年は「ああ」と短く相槌を打つ。悲嘆の声にしては呆気ない。

    「レナ達も来てたんだ」

     確かに先を越されたな、と彼は笑った。笑いごとじゃない、とディアスは思った。

    「下に行かないのか」

     確かに遅かったが、遅すぎるということはない。今からでも間に合うのではないかと考えてディアスは言った。

    「どうして。ディアスがここにいるのに」ディアスの言葉が心底不思議で仕方がない、といった様子だった。「それに、二人の邪魔をしちゃ悪い」

     確かに、クロードの言う通りだ。ディアスはもう何も言えない。好きにしろ、と短く告げて踵を返す。
     明日は敵の本拠地に乗り込む。今度こそ失敗は許されない。いつまでもこの場に留まる理由はない。ディアスは建物の中へと戻ることにした。すると、何故かクロードもついて来る。何なんだお前は、と肩越しに視線を向けてやればやたら良い笑顔が返ってきた。

    「……本当に何なんだ」

     薄暗い建物を半ばまで進んだ所で、ディアスは改めてクロードに向き直った。
     仄蒼く白光する水槽が、彼の輪郭を縁取っている。色素の薄い金髪は彩度を失って薄ら白く、碧い瞳はその深さを増してよくよく見知った別人であるかのようだ。

    「ディアスといたい」

     外から聞こえる波の音の合間を縫って、一際澄んだ水音が鼓膜を揺らす。何処かの水槽で魚が跳ねた。

    「明日の戦いのあと、ディアスはどうするんだ」

     ディアスの言葉を待たずに、クロードが少し困ったように笑いながら口を開いた。
     世界どころかエクスペルの外の命運をかけた大きな戦いのあとのことを突然訊ねられたディアスは返すべき答えに窮する。これからのことなど、何も考えていない。それどころか、刺し違えてでも仲間を守り抜いて、家族のところに逝く心積もりですらあった。

    「……お前はどうする」

     質問に質問を返すことは悪手だと解ってはいても、他に返す言葉がない。葛藤するディアスを他所に、クロードはあどけなく小首を傾げる。

    「まぁ、いずれ故郷に帰るんじゃないかな」
    「はっきりしないな」
    「だってほら、カルナスーーぼくの父さんが乗っていた艇は宇宙の藻屑になってしまったし、帰る手段はおろか、連絡を取る方法すらないわけだからさ」

     父親の死からまだ日も浅いというのに、何でもないようにクロードは父親の死に触れた。強がっているだけにも見える。それでもクロードの表情に陰りはない。ただ真っ直ぐにディアスを見ている。

    「ネーデの技術なら、故郷に帰ることも出来るんじゃないか」
    「だろうね。でもまずは明日の戦いに勝たないと。それに、レナをアーリアに送り届ける方が先かな」

     クロードの答えを聞いて安堵した。彼がレナを故郷まで送ると言うのなら随分と簡単な話になってくる。命に代えて、二人を守り抜けば良い。明日の戦いでディアスがしなければならないことはたったそれだけだ。

    「それで、ディアスは?」

     低く地を這うような機械の音が部屋の中に響いている。ガラス張りの水槽の中で泳ぐ窮屈な魚影が、クロードの頬を撫でるように蠢いた。

    「さっき、ぼくの質問に答えなかったろ」

     クロードから視線を逸らす。見渡す限り、辺りには水槽しかない。どの水槽にも海洋生物がいて、不自由な水の中をゆったりと泳いでいる。外に出ればすぐそこに、隔てるもののない大きな海が広がっていることを知るディアスは、その事実が酷く不公平であるような気がした。同時に、何物にも脅かされることなく、餓えもなく、緩慢に庇護を享受して囚われ続けることこそが彼らの幸福であるようにも思えた。

    「……父さんが死んだとき、怒りで目の前が真っ赤になった」

     クロードの声がする。視線を戻したが、そこに既に青年の姿はなかった。水槽の向こう側、泳ぎ回る魚の群れの合間から碧い瞳が覗いている。

    「あいつらを憎んだし、それ以上に自分を責めた」

     そうだ。ディアスにも覚えがある。家族を奪った賊への憎悪と、家族を守れなかった自責で気が狂いそうだった。覚えている。誰かの優しさが身を切るようだった。いっそ誰かに罰して欲しいと願いすらした。フィーナルから逃げ帰ったあの夜、クロードが口にした懐かしい怨嗟の声はディアスの胸によく馴染んだ。

    「けど、ディアスの痛みが知れた」

     ごとり、と穏やかな水音を裂いて異質な鈍い音が響く。水槽に額を押し当てたクロードが、言葉を続ける。

    「これがあなたの痛み。これがあなたの苦しみ。哀しみ」

     クロードの声は、寄せては返す近くて遠い波の音に何処か似ていた。

    「レナにだって知り得ない。ぼくだけが共有できる、そう気付いたときに押し寄せてきた愉悦と絶望」

     水槽を隔てて眺めるクロードは、溺れる人のようでもあった。

    「それから、失望」

     くつくつと喉を鳴らして笑う声がする。表情は判らない。俯いているからだ。もしかしたら泣いているのかも知れない。

    「父さんが死んだのに、こんなことでぼくは悦んでいるんだ」

     ディアスは水槽から離れた。仄蒼い暗闇を迂回して、クロードの許へ向かう。外から聞こえてくる潮騒のせいか、水槽の中で水泡が生じる音のせいか、深い海の底を掻き分けて潜っていくような心地がした。
     静謐を湛えた碧い視線と克ち合う。ディアスを待ち構えていたらしいクロードは、水槽を背にして立っていた。その表情は乾いていて、平坦だった。
     泣いているような気がしたのは気のせいだった。泣いていれば良かったに、とディアスは思った。泣いていれば、ただ黙って抱き締めて優しく甘やかしてやるだけで良い。そうして何もかも有耶無耶にして朝を迎えることも出来た。けれど、クロードは泣いていなかった。
     歯噛みする。家族の最期の姿が脳裏を過ぎる。
     一目で死に到る量だと判る血が柔らかな草地に飛び散っていた。ディアス自身も痛みと失血で朦朧とする意識と不鮮明な視界の中、それでも直鮮やか過ぎる赤い色が地面に吸われていく光景をただ見ていた。まだ幼いと言っても過言ではない妹の、ふっくらとした桃色の唇は血の気を失い、ディアスに助けを求める形のまま固まっている。かっと見開かれた双眸は、虚空を睨み付けて静止したまま動かない。つい昨日までレナと共に勇者の物語に輝いていた瞳に、再び光が宿ることはない。

    「いいだろう。それならば、オレも言ってやる」

     家族の最期の記憶に、眉根を寄せてディアスは吐き捨てるように言った。
     決して風化することなく思考のそこかしこにこびり付いた記憶は、今もディアスを苛み続けている。それでいい。例えどんな忌まわしい記憶だったとしても、悪夢にうなされている間は失った家族の存在を傍に感じられる。無力だった自分の罪は確かにまだそこにあって、生涯許すことはない。
     解かっている。解かってはいても、認めなくてはならない。

    「フィーナルから逃げ帰ったあの夜、オレだけがおまえを解かってやれるだろうと思った」

     驕りはなかった。誰よりも深くこの青年の痛みを理解してやれるという優越感もなかった。ただ漠然とした事実として思った。

    「オレでなければ、ならないと思った」

     掌で顔を覆い、ディアスは俯く。

    「今この時、おまえに寄り添う為に」

     苦しい。

    「オレの家族は奪われたのではないかとすら、思った」

     苦しくて息が、言葉が詰まる。虫唾が走る。潮騒が耳鳴りに変わる。家族の死を美化するような、冒涜するような思考に、怒りで意識が焼き切れそうになる。

    「ディアス」

     静かな声で名前を呼ばれた。顔を覆うディアスの手に、温かい指先が触れる。思い出の中の妹と同じ、子供の体温だ。

    「息をして」

     促されて、息を詰めていたことに気が付く。呼吸を取り戻しがてら手を外し、のろのろと顔を上げると、思たよりも近くにまで整った顔が迫っていた。

    「ごめん」

     ひどいことを言わせた。ごめん。クロードはくり返した。
     眉尻を下げて謝罪するクロードの方がひどい顔をしている。まるで彼を傷付けたのはディアスであるような錯覚に陥る。
     ふつふつと沸き起こる嗜虐心に突き動かされるまま、ディアスはクロードの無防備な顎を鷲掴みにした。見た通りの髭の気配すらないなめらかな肌に指を食い込ませると、非難の声が上がる前に口付けて塞ぐ。視界の端で、ディアスの手に掛かっていた指先が外れて宙を舞った。自由になった手でクロードの肩を押す。後頭部のぶつかった水槽が鈍い音をたてた。
     自分が何をされているのか気が付いたらしいクロードが暴れ出す。だが、それも長くは続かなかった。水槽に押し付けるようにして覆い被さると、腕の中のクロードはすぐに大人しくなった。ディアスを押し退けようとしていた手は、今は縋るように自分の顎を掴む男の袖を掴んでいる。気を良くしたディアスは、そのまま腕の中に閉じ込めた青年の口の中を好き勝手に玩んだ。
     そうして、先程までの目が眩むような息苦しさや怒りが鳴りを潜めた頃、漸くクロードを解放してやった。
     支えをなくしたクロードは、そのままずるずると床に座り込む。それから、何か信じられないものでも見るかのようにディアスを見上げた。その瞳には薄く涙の膜が張っていた。
     何で。だらしなく涎に塗れた口で彼は呆然と呟く。困惑するクロードに溜飲が下がったディアスは、小さく口角を持ち上げた。

    「息をしろ」

     浅く肩を上下させるクロードに指摘してやる。すると彼は思い出したように大きく息を吸い込むと、そのまま頭を抱えて絶叫した。いい気味だ、とディアスは思った。
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