ビジパが指相撲したらどうなるのか 学校帰りに事務所に寄った獪岳は、信じられない光景を見て固まった。
「何してるんすか、あの人たち……」
そう、また例のロクでもない大人代表の無惨と黒死牟が、右手を握り合い、向き合ったまま少しも動かないのだ。真剣に見つめ合っているが、いつものような卑猥な雰囲気はなく、じっと膠着状態が続いている。
どうやら指相撲をしているようで、あの二人があまりにも真剣な為、誰も笑うこともツッコむことも出来ず、かといって無視して帰るわけにもいかず、静かに勝負の行方を見守っていた。
綺麗に磨いた爪と白く輝くような指先の無惨と、がっつりと「武人の指」をした黒死牟の指先が向かい合っているのは何と無く不思議である。
普段、無惨に手を握られただけで真っ赤になる黒死牟が、こんな時だけ真剣な面持ちで無惨の親指をへし折りそうな勢いで挑み、対する無惨も黒死牟の親指を握り潰す気満々である。指相撲ってこんなに殺伐としてたっけ?
皆、思うことは同じだが、こんな時に限って童磨はテレビの収録で不在。鳴女も教頭業務で学園にいるため、そう、ここには雑魚しかいないのだ。
過去に何度も、この二人しか楽しくない対決は見せられている。ババ抜きに始まり、鬼ごっこ……ジェンガなんて二人して真剣にバランスを考えるもんだから一晩かけて驚異の欠陥高層建築を作るゲームみたいになっていた。
これも長期戦になるだろうと思い、獪岳はソファに座って飲み掛けのフラペチーノを飲み始めた。
そもそも二人とも、相手の甲に親指を押し付けているので、これでは絶対に相手の親指を押さえ込むことが出来ない。これ、勝負つくはずないじゃん、と獪岳は呆れて、来るんじゃなかったと後悔した。
「冷蔵庫にゼリー冷えてるから食べる?」
「あざっす」
気を遣った零余子が獪岳におやつを勧めるが、ごちょごちょ話していると無惨に睨まれ、二人はビクッとなり、無言で床にひれ伏した。
良い歳した大人が前腕の筋肉をパンパンに張らせて指相撲をしているのだから、この国って平和だな……と温かい気持ちになってくる。床は冷たいけど。
そうこうしているうちに、黒死牟が動き、無惨に攻撃を仕掛けたところ、呆気無く捕まり、あっという間にテンカウント取られてしまった。
「え?」
これまで数時間引っ張った割に、何ともお粗末な幕引きなので全員が拍子抜けする。
「疲れたぁ……」
無惨はソファに座っている連中を退け、そのまま倒れ込んだ。勝利の喜びよりも疲労感の方が大きいらしい。負けた黒死牟は涼しい顔で日常業務へと戻っていく。
そう、獪岳は気付いた。
「黒死牟様! これが『百戦百勝は善の善なる者に非ず』ということですね!」
と目を輝かせるが、絶対、そんな大それた話ではなく、黒死牟も飽きただけだということを、この場にいる無惨と獪岳以外の全員は解っていたが、敢えて獪岳の夢を潰してはいけないと思い、黙って終業時刻まで仕事をすることにした。