上司が犬になりまして 何かの呪いか奇病か、人が犬になるという現象が流行っており、まさか、この鬼舞辻事務所でそれを発症したのが、鬼舞辻無惨だったという悲劇が今回のお話。
悲劇と言えば悲劇だ。中身が鬼舞辻無惨とはいえ、今は犬。言葉も話せないし、自分で歩いて国会議事堂へも行けない。ただ、そこまで誰も深刻に思っていない原因が、その見た目のせいである。
「無惨様が犬になると、こうなるのか……」
ごくっと黒死牟は生唾を飲み込んだ。サングラスが割れそうな勢いで見入っているので、めちゃくちゃ恐ろしい。
「でも、何と無く想像できちゃうよねー! ウチの信者でも発症している人が結構多くてさ、みんなで祈祷しているけど全く効果がないんだよね。でも、めちゃくちゃ可愛いね!」
童磨が抱き上げようとすると、無惨(犬)はウーッと唸った。
「そんな可愛い顔で、そんな睨み方しないのー!」
完全にナメている童磨にキャンキャン吠えまくる無惨(犬)。そう鬼舞辻無惨は黒いロングコート・チワワに変身してしまったのだ。
黒死牟がすっと抱き上げる。体重は恐らく2キロないだろう。極小チワワである。黒死牟の手のひらにギリギリ乗るんじゃないか? という大きさなので、黒死牟は潰さないよう細心の注意を払って抱っこしている。耳はピンッと立ち、ふわふわで艶やかな毛並み、丸いアップルヘッドに短いマズル。足が短く小ぶりなので、めちゃくちゃ高級なチワワで、モデルのような容姿をしているが、本人の性格と小型犬の気性の荒さが相俟って、さっきからキャンキャンキャンキャンと煩くてたまらない状態なのだ。
「これ、どれくらいで元に戻るのだ?」
「さぁ? うちの信者もみんな泣き崩れているよ。経営者とかさ、単純に言うと偉い人たちが犬になっちゃうケースが多いみたいで、てんやわんやみたいだよ」
そう言われ、うちもそうだと気付き黒死牟は真っ青になった。
こんな時の産屋敷! と思ったが、鳴女に訊くと何と耀哉もあまねも犬になってしまい、学校中が同じくてんやわんやの大騒ぎだと言う。
「この国を滅ぼす気か……?」
「上が変わってもやっていけるでしょ? ただ新しいトップが誕生したら、その人も犬になっちゃうかも」
「そういえば童磨、お前は何故平気なのだ?」
「教祖って扱いを受けているけど別に社長でもトップでもないし。あぁ、一応法人化しているんだけど、そこの代表役員は犬になってたなぁ」
ハハハッと大笑いして、一匹狼のフリーランスって気楽と言いながら帰っていった。
さて、この可愛いチワワをどうするか。
「真実のキス、とかで元に戻りませんかね……?」
黒死牟が無惨(犬)に顔を近付けると、ちろっと小さな舌で鼻先を舐められた。
もう、国なんて、どうにでもなれ。無惨(犬)が可愛すぎるのだ。無惨(犬)を抱いて黒死牟はすたすたと玄関へと向かう。
「帰る。お前たち達者でな」
「黒死牟様! 俺たちを見捨てないで!」
無惨がいない今、頼れる相手は黒死牟しかいないので、皆が泣きながら黒死牟に縋る。
「しかし、無惨様が元に戻らない限り、どうしようもないのだ……」
そう思って腕の中の無惨を見ると、大きな瞳をウルウルさせて黒死牟を見つめている。あー、めんどくせぇこと考えるのやーめた。無惨様と家帰ってあーそぼ……と黒死牟が心の中で考えていると、更に皆が大声で泣くので、無惨(犬)の機嫌が再び悪くなり、ギャンギャン吠え始めた。
ちょっとした地獄絵図である。このままだと国が潰れる前に自分がストレスで死んでしまう。だが、このまま戻らなくても良いかも、だって無惨様、超可愛いし……と思う部分もあり、色々と悩ましい日々が続くが、何故か1週間経つと犬は全員人間に戻ったのだ。
折角自宅にペット用のグッズを揃え、世話に慣れ始めた頃だったので黒死牟はとても残念そうにしていた。