いつか言祝ぐ、その時は温かい西日に包まれながら、まだ雨で湿った道を歩く。二人とも市電に乗れるような格好ではないので、仕方なく本郷の住宅地から歩いて子爵邸へ向かっているのだが、エランはむしろいつもより長くこうしてスレッタと歩けることを嬉しく思う。
「ふん、ふ〜ん、ふふっ」
きっとスレッタも自分と同じ気持ちだろう。少し調子の外れた鼻歌を歌いながらエランの隣を歩くその足取りはふわふわと軽やかだ。
「そういえば、あの包みの中身は何だったの?」
あの包みとは、エランがスレッタを勘違いするきっかけとなった、ゴドイが持ってきた包みだ。誕生日の祝いの品として寄越したそれは、そこそこの大きさがあった。
当時は裏切られた気持ちで荒れ狂っていた胸中の所為で分からなかったが、今思うと着物か帯か、それらに類するものではないかと推察する。
「えっ、あー……。すみません、あれはまだ開けてなくて」
「開けてない?」
はい、と返事をするスレッタは苦笑しながら、未だ涙の跡が残る丸い頬を指で掻く。
「エランさんのことが気になっちゃって、開けるのを忘れてました」
ツキンと肋骨の間に針が刺さったような痛みを胸に覚える。
優しいスレッタのことだ。自分の態度に気がとられ、包みをそのままにしてしまうことなんてすぐに考えつきそうなものなのに。
「……それは、ごめん」
「いえ!私が勝手に気にしてただけですから!謝らないでください」
「でも……」
「はい!もう謝ってもらいました!だからこれ以上は禁止です!」
丸い眉を精一杯吊り上げ、口元に両手の人差し指でカケを作るスレッタ。その顔にこれ以上は彼女も困るだろうと判断して、エランは頷いた。代わりに。
「帰ったら、僕にも見せて」
そう告げたエランにスレッタは丸い瞳をさらに丸くした。
「誕生日にどんな物を贈るのか知らないから」
ーー今は無理でも、いつかは……
スレッタに祝いの言葉と共に何かを渡せたらと思う。現状、エランはいけ好かないあの血縁上の父に生活も学費も出してもらっている。祝いの品を買うだけの金はない。いや、金自体はあるのだが、その金を使うのは絶対に嫌だ。
「……?はい、分かりました」
エランの思惑を分かっていないであろうスレッタに、わざわざ説明するよりも黙って準備をして驚かせたいという気持ちがむくむくと湧いてくる。いつも硬直したかのようにほとんど動かないエランの頬の肉も、この時ばかりはほんの少し緩んだ。
それからは、中断していたスレッタの予習をどうするかという話や、エランがスレッタを避けていた二日間は何をしていたかという話をしながら子爵邸へ向かって歩いていると、遠い遠いと思っていた帰り道はすぐに終わってしまった。