我呂夢*****1
飛信隊には参加しない後方支援部隊を取りまとめる女がいた。大将の信から「レンは戦えねーけど怪我の治療や補給ですげー頼りになるからヨロシク頼む」といわれてしまえば従うほかなかったが、戦えもしない女が戦場にきて何ができる?
立ち振る舞いや話し方受け答えからして河了貂や羌瘣より年上のだろうと見ているが、どんな奴なのかと聞けば、
「戦から戻ってきたときに”おかえり”って迎えてくれるのがいいよな。癒されるっていうか、ほっと一息つけるっていうか…」
「そうそう、あの笑顔を見るために頑張れるんだよな」
というのが大体。
飛信隊の奴らは普通に受け入れてるようだったが、怪我の治療や補給はあの女がいなくたって各自でできている。意味あんのか?
魏の著雍を侵攻することになり、その戦いの中で軍師の河了貂が攫われた。
助けられずに戻ってきた羌瘣にあたる信を諫めれば、これから助けに行くという羌瘣を渕さんがさすがに無理だと止める。
どうすればいいかわからない。そんなの苛立ちを止めるようにテントに入ってきたのは後方支援部隊を取りまとめる女だった。たしか楚水副長を診ていたはずだが…
「私なら河了貂を助けられる」
「レン!?」
戦えない女に何ができる足手まといだといえば「そんなことはない」と返してきた。女は俺に向かって静かに言葉を放つ。
「確かに我呂の言う通り私は戦えない。だけど河了貂と交換すればわたし1人の命で済む。河了貂をみんなで助けに行って何百何千人の命が消えるよりも、兵ではない私1人の命なら戦わずして河了貂を救える」
意外だった。女は殺されるのを覚悟して身を差し出そうとしている。
「反対だ。仲間を差し出すなんてできるかよ!却下だ却下。それにお前”狐火”はどうすんだよ」
「最初からわたしがいなくなっても止まらないようにしてある。何も問題ないし、魏の敵将に蕞での話をすれば簡単に殺されはしない」
「ダメだ。お前を差し出すことは絶対にしねえ」
信、さっきからその女が最近話に聞く戦場専門の飛脚薬問屋”狐火”の関係者のように話してるが一体なんなんだと信に聞けば「レンは狐火の店主だ。飛信隊になる前からの付き合いなんだ」というではないか。
古参の奴らも細かいところまでは知らないのか「そうなのか?」「へぇ」なんていってやがるが、狐火の店主がまさか女なんて聞いてねえ。麃公軍にいたときの噂では体格の良い大男だとか、何百人もの人間を率いる統率の取れた頭の切れる人物だとか…
全然ちげーじゃねーかよ!
話はどんどん進んでいく。
「私を差し出さないならこの先もよく考えて、信」
「信殿、レン殿の言う通りです。全体のことを考えなければいけません。楚水副長も倒れ河了貂抜きで凱孟を撃破し、とてもあと2日で呉鳳明本陣へ行けるとは思えません」と。今のうちに大将謄のもとへ作戦中止を請う伝者を送るべきだという渕さん。
作戦の…中止……
「ちょっと待て」
羌瘣が声を発した。
「今まで私もレンと河了貂を交換しなければならないのかと考えていたが、実は河了貂がさらわれたとき、代わりに敵の指揮官らしき奴を捕らえたんだ。河了貂が私に叫んだんだ。”その男をさらえ”と」
まさか…それって…
「はっ、…人質交換!そうだよそれがあった!よし今すぐ人質交換するぞっ!」
気持ちがはやる大将を止める奴はここにはいねえのかよ…
「おいおい、ちゃんと考えてから決めろよ。罠にはめられることだって十分考えられるぜ」
「何なんだよ我呂てめぇさっきから!いい加減にしろォ」
沛浪が怒りの声をあげる。
「俺は別に大将のやることを拒否ってるわけじゃねぇ。古参が命を差し出すほど河了貂を大事にしてるのはわかったが俺みたいな1、2年くらいしか一緒にいない奴らにとっては、何百何千の命よりもそこの女一人差し出す案のほうが理にかなってると思うわけだ。だからこの際動機の深さを聞いときてぇ。みんな何でか触れねぇようにしてっけど、河了貂ってお前の女なのか?お前にとって河了貂はどういう存在なんだ?」
そこをはっきりしてくれるとこっちも納得がいくと信に伝えれば「テンは俺の身内でたった1人の妹みたいなもんだ」という。何もせずに河了貂を見殺しにするような真似は絶対にできないと。
河了貂を人質交換で救出する手筈を整える間、焚火の前に座ってぼうっと炎を眺めている狐火の店主、レンの隣に座った。
「おまえ、死ぬのが怖くないのか?」
「怖いよ。けど、何もしないで見て見ぬフリをしていたくない。あれが私にできる唯一のことだった」
俺はこの女のことを見誤っていたのかもしれない。
「その…悪かったな。お前のこと足手まといだなんて言って…」
「気にしてない。本当のことだから」と返ってくる。
ぱちっと炎が爆ぜる。
「ありがとう、我呂。わたしの案に同意してくれて嬉しかった」
「お、おぉ…」
死ぬのが怖いのに死ぬことを同意されて嬉しかったって…なんだそれ。変な女。
それが俺とレンの関係のはじまりだった。