No title #1渡り廊下から見える隣の棟の小さな教室
そこで一人キャンバスに向かう君を見つけた
「…天使が居たんだ」
顔を両手で覆いながらつぶやく浮奇に、ユーゴはミルクシェイクを啜りながら質問した。
「…Angel?どこでそんな可愛い子を見つけたんだよ?」
学食で購入したまだ一口も手を付けていないパスタをフォークで虐めながら、浮奇は恨めしげに顔を上げる。
「…わかんないんだよ」
そう言って、浮奇はことの顛末を話し出した。
A教室から出てすぐの渡り廊下あるでしょ?…そう、三階の。
一限が始まる前、ちょっと声出しがしたくて早めに教室に行こうとしてたの。
そうしたらいつもはカーテンが閉まってるところ、その窓から見える教室に天使が居たんだよ。
…すごく綺麗な子だった、キャンバスに向かって何か描いてみたい。
窓から射した光が真剣な横顔を照らしててさ、窓枠も相まってまるで絵画に描かれた天使みたいって思ったの。
はぁ~とため息をつき、そうして今度は腕を組み机に突っ伏してしまう。
「…隣の棟ってことは芸術学部だろ?ならサニーかアルバーンに聞いてみれば良いんじゃないか?」
名案だと手を叩くユーゴを、浮奇は目じりに涙を滲ませつつ睨み上げる。
「知りたいけど知りたくないっていうこの複雑な心境をもっと理解して…」
ガンっ!と頭を机に打ち付けた衝撃で、手を付ける気があるのかないのかわからないパスタに添えられたフォークがミートソースの海に沈む。
左手でフォークを救出しながら右手でスマホのメッセージアプリを起動し、共通の友人二人にメッセージを送る。
――果たして浮奇の天使は見つかるだろうか?
思考を巡らせつつ、ユーゴはパスタを口へ運んだ。
「やっほー!ユーゴ!浮奇!」
「二人とも久しぶり」
ユーゴのメッセージから数日後、四人はキャンパス内の食堂に集まっていた。
「よぉ!兄弟!」
「…お疲れ」
で?で?と興味津々といった様子で浮奇の隣に座ったアルバーンをたしなめつつ、向かいの席にサニーも着席する。
入学して以来、怒涛の忙しさに追われまともに顔もあわせられなかった四人はまずお互いの近況報告に花を咲かせた。『あの先生は必修だけど楽単だから来年おすすめ』など授業や教授、充実したシラバスや設備の話題で盛り上がり、話はいよいよ、浮奇の探している天使(仮)へと移っていった。
「ユーゴから聞いた三階の教室だけど、あの辺りは写真科の物置だから油絵科の生徒が居るなんてことはないんじゃないかな」
俺たちが調べた限りだとね!とアルバーンが付け加える。
「さすがの俺でも他学部の物置を勝手に開けるなんてできないからさ?」
にっこり、と微笑みながらウソか本当かわからない調子で自身とは違った色合いのオッドアイがぐい、と近づく。
――もっと詳しい話をきかせろ
そう、しっかりと顔に書いてあるアルバーンから目を逸らしつつ「…そもそも探してなんて頼んでない」とぼそぼそと俯き気味で答える。
早く諦めろという浮奇の願いが天に届いたのかどうかは定かではないが、身じろぎすら許さぬといった膠着状態を破る様にアルバーンの胸ポケットのスマホがバイブレーションする。
スマホを取り出し画面をスワイプするアルバーンを横目に、浮奇は体制を崩しため息を吐いた。
「ちょうど俺の友達の写真科の奴が雑誌返しに来るから、心あたりが無いか聞いてみようよ!」
めちゃくちゃ面白いやつでさ!入学早々上級生と芸術理論で派手にやりあってたんだよね!
浮奇の憂鬱を尻目に三人はアルバーンの友人だという写真科の人の話で盛り上がっていく。
浮奇にとってあの日の出会いはオルゴールの箱のような、誰もいない場所で一人で慈しむといったものであるのに。それをどこの誰とも知らないイカれ野郎に吹聴されるなどたまったものではない。
(…すぐ帰ってもらおう)
そう決心した浮奇のもとに食堂の喧騒を抜けて、よく通るハスキーボイスが届いた。
「ハーイ!アルバニャン!なかなか興味深い評論だったよ!」
「やっぱり?ファルガーはこういうの好きだろうなと思ったんだよね」
アルバーンにお礼を言いながら芸術雑誌を手渡す男。
ところでさ~…と話しかけるアルバーンも周りのその他大勢も目に映らなくった浮奇はその男を凝視する。
――すっと、通った鼻に少しかさついた薄い唇。
――星の光を湛えた瞳を縁取るまつ毛は瞳にに影を落とし、愁いを帯びさせる。
――そして、LEDライトの下であっても損なわれない。さらりと流れる美しい白銀の髪。
「天使ちゃん!」
ガタンッ!と勢い良く立ち上がったせいで倒れた椅子など気にも留めずつかつかと彼に歩み寄る。天使ちゃん!?と驚くアルバーンを無視して彼の両手をぎゅっと包み込む。
きょとんとした様子でされるがままになっているのも可愛いなと思いつつ自己紹介をする。
「声楽科一年、浮奇・ヴィオレタ。お付き合いを前提に友達になってください」
は?え?と、いまだ状況が飲み込めない彼に「名前、教えて?」と尋ねてみる。
「…え?あ、写真科一年、ファルガー・オーヴィド」
何もわかっていないのに律義に質問に答えてくれるのも可愛い。
ファルガー…ファルガー……ならふーふーちゃんだね。
そうして握りこんだ左手の薬指にキスを落とす。
「これからよろしく、ふーふーちゃん」
顔を真っ赤にしながら「…よろしく」と呟くファルガーと二人を見てゲラゲラと笑うアルバーン、男だったのかよ!?と驚くユーゴ。
そんな友人たちをにこにこと眺ながらサニーは「春だねぇ…」と一人呟いた。
浮奇
音楽学部 声楽科一年
サニー、アルバーンとは高校からの付き合い。
ユーゴとは学部説明会で道に迷っているところ助けて以来何かとつるむようになった。
ユーゴ
音楽学部 作曲科一年
サニー、アルバーンとは入学後、浮奇の紹介で知り合う。
サニー
芸術学部 建築科一年
浮奇、アルバーンとは高校からの友人。
いつか自分の設計した建物のエントランスにアルバーンの作った彫刻を設置したい。
アルバーン
芸術学部 彫刻科一年
浮奇、サニーとは高校からの友人。
芸術理論で上級生とレスバしてるファルガーを見て面白そうな奴だと思い近づく。
結果面白かったのでそのまま友人になる。
ファルガー
芸術学部 写真科一年
右手が義手、写真科だけど芸術批評や文化財保存学が好き。
入学早々上級生とレスバした。
油絵は趣味と実益(右手のリハビリ)を兼ねて続けている。