トリック・オア・トリート!「やあ、諸君! トリック・オア・トリート」
「「「は?」」」
声も高らかに教室に飛び込んできた担任(二十八歳)に、三人の教え子達は揃って胡乱な目を向けた。
その冷たい視線も何のその、恐らくは魔法使いの仮装をした五条はニッコニコと満面の笑顔で三人に近付いてくる。
無駄にイケメンなのが非常に癇に触るが、彼の教え子達は良く出来た子供達なので、敢えて口にするような事はしなかった。
「みんな、今日の授業もお疲れサマンサ~! という訳で、ハイ! お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ~!」
「「「………」」」
三人は顔を見合わせ、そして五条を見遣る。
その顔は一様に『何言ってんだコイツ』と物語っており、そして虎杖が最初に口火を切った。
「イヤ、あのさぁ…フツー先生がソレ言う?」
「そういうのは、私達生徒が言うモノなんじゃないの?」
「止せ、二人とも。この人に常識を求める方が間違ってる」
完全に白けたムードが漂うも、全くめげた様子のない五条は笑顔を崩さない。
「え、何々、お菓子がないって? それじゃ仕方ない…僕にイタズラされる覚悟、できてるだろうねぇ……?」
実に楽しげに口角を上げ、じわじわと迫ってくる怪しいイケメン。
えーこれホントに相手しなきゃダメ?と虎杖が釘崎と伏黒に困ったような視線を向けた、その時だった。
「いい加減にしなさい、五条さん。教え子にお菓子を強請るなんて恥を知りなさい」
低く落ち着いた声が教室に響く。
見れば、そこにいたのは。
「ナナミン」
「「七海さん」」
三人が同時に叫ぶ。
そこに立って呆れたような眼差しを五条に向けているのは、確かに七海建人その人だった。
「うわ、ナナミンかっけぇ! それ、何の仮装」
「さっすがクォーターね…顔から仮装から全てが完璧だわ」
「すげぇ似合ってます、七海さん」
三人から口々に褒めそやされ、吸血鬼の仮装をした七海は少々恥ずかしげに柔らかく表情を綻ばせながら、目を細めた。
「ありがとうございます、皆さん。突然お邪魔してしまって済みません」
「いーよいーよ、ナナミンだもん!」
「七海さんなら大歓迎よ」
「いつでも来て下さい、待ってますから」
「ちょっとちょっとお前等、態度違いすぎない 僕は ほら、最強の魔法使いだよ」
途中から完全に空気と化していた五条がここぞとばかりにアピールするも、
「あー、ゴメン先生。真っ黒だし、いつもとたいして変わらないっつーか」
「別に目新しくもなんともないわよね」
「なんの捻りもないです」
「ごふっ、」
三人からの悪気も悪意もない手厳しい批評を受け、珍妙な声と共に撃沈した。
そんな担任に構う事なく、虎杖が不思議そうに七海を見上げる。
「ナナミン、今日はどうしたん? 珍しいね、ナナミンがこういうイベントにのっかるの」
「えぇ、まあ。実は先程、二年生の教室に行ってきたんですが」
「二年生って、真希さん達のとこ?」
「そうです。今日はハロウィンですからね、日頃の慰労を兼ねてお菓子を配りに。君達の分もありますよ」
ほら、と七海は手にしたペーパーバッグを少し広げて見せた。
三人が覗き込めば、中には洒落たラッピングを施された箱が三つ入っている。
「え、これ、俺達にくれんの? やりぃ!」
無邪気に喜ぶ虎杖、声に出さずとも喜びに頬を紅潮させる釘崎と伏黒。
と、それを制するように、七海が三人の前に長くしなやかな、しかし確かに男を感じさせる指を一本立てて見せた。
自然と口を閉じた三人の耳に、耳触りの良い七海の声が通る。
「皆さん、今日はハロウィンですよ。お菓子をもらうにはどうしたら良いか…判りますね?」
悪戯っぽく微笑んでウィンクして見せる七海に、三人は揃って顔を見合わせる。
そしてニマーッと笑うと、声を合わせて叫んだ。
「「「トリック・オア・トリート」」」
「良くできました。さあ、どうぞ」
満足げに頷いて、七海がペーパーバッグから箱を取り出して三人に手渡す。
それぞれ異なったラッピングとリボンがかけられた箱に、否が応でも三人の期待値とテンションは急上昇だ。
「サンキュー、ナナミン!」
「七海さん、ありがとう!」
「大事に食べます」
三人から礼を述べられた七海はゆっくりと首を横に振り、先程から教室の隅でいじけている五条に目を向け、穏やかに告げた。
「お礼なら五条さんに。日頃から頑張っている君達を、ハロウィンに託つけて労ってあげたいと。そう言い出したのは五条さんですから」
「「「え、」」」
「! ちょ、オマ、七海オマエ、それは言うなって…!」
驚く三人が同時に五条を見れば、あからさまに動揺したのか、五条はあわあわと挙動不審にも見える所作をしながら七海に詰め寄ってきた。
「七海オマエ、なんでバラしちゃうのさ」
「アナタこそ何故黙っているんです。いつも余計な事ばかり言っているのに、こういう肝心な事は何ひとつ口にしないその癖、いい加減直した方が良いですよ」
「僕は良いんだよ、これで! その分、オマエがフォローしてくれてるんだから!」
「それではアナタがいつまで経っても誤解されたままじゃないですか。そんなの…私がイヤなんです」
「っ、七海……」
苦しげにキッと睨み付けてくる七海に、五条は刹那言葉を失う。
日頃から大切に想われている自覚はあったが、こうして改めて恋人の深い愛情を向けられると、どうしようもない愛しさがこみ上げてくるのだ。
「……ありがと、七海。オマエは本当に優しいね」
「…別に、優しくなんかありません」
「僕が誤解されるのがイヤなんだろ?優しいじゃん」
そう言って、そっと七海の髪を撫でる。
普段のカッチリとセットされた髪型ではなく、ナチュラルかつルーズに流した金髪は、特に触り心地が良い。
「ねえ、好きだよ七海。これからもずっと、僕と一緒にいてくれる? この先のクリスマスや正月、僕や七海の誕生日、七夕やハロウィン…否、イベントだけじゃない、何気ない日常も、ずっとずっと七海と一緒に過ごしたい。いつまでも、ずっと」
ダメかな…?と首を傾げて七海の顔を覗き込めば、彼は僅かに頬を赤らめつつ微笑んだ。
その微笑は、どこまでも慈愛に満ちて柔らかい。
「…そんな事、いちいち念を押されなくても、私だってずっと同じ気持ちですよ。例えどんな未来が訪れようとも…ずっと、アナタと共に生きていきたい」
「はは、改めて確認するまでもなかったね。もしかして僕達、バカップルってヤツ?」
「あながち否定できないのが辛いところですね…」
肩を竦めて答えると同時、唇が塞がれる。
遠慮なく抱き締めてくる腕に身を任せ、七海はそっと目を閉じた。
教室からは、いつの間にか虎杖達の姿は消えていた。
なんと言っても、彼等は空気の読める出来た教え子達なのだから。
◆ 了 ◆