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    「乾杯」+1hでした。
    スカーレティシア城陥落後の坊ちゃんとビクトール、フリックの会話。

    #幻水小説

        ▽        ▽


     宴会を開こうと言い出したのは、ビクトールだった。

     スカーレティシア城が陥落してから十日と経っていない日のことだった。
     母親代わりであった従者の弔い合戦は、無意識のうちに解放軍の士気を上げ、その勢いのままに花将軍と名高い五将軍の一人、ミルイヒ・オッペンハイマーを討ち取ることに成功した。喜ぶ暇も、悲しむ隙もないままに、事実が帝国の耳に届くよりも前に湖城へと帰りついた。現在は次に来るだろう戦に向けて日々話し合いを重ねている。
     そんなときに放り込まれた場違いな言葉に、半ば憔悴しきっていた解放軍の面々からどよめきが起きるのも無理はないことだった。
    「こんなときにふざけたこと言ってる場合か?」
     一石を投じたのは、ビクトールに特に近しい男だった。
     フリックは浮かべた表情に似合わず、腰につけられた剣の柄を揺らし金具を鳴らして見せた。剣を抜くほど短絡的ではないが、頭に血が上っているのだろう、その眼の冷たさは傍から見ているティアですら背筋にぞくりとしたものが走る心地がした。
    「おうおうフリックさんよ。血気盛んなのも良いけどな、ずっとそんな勢いで戦争なんざできるわけないだろうが」
    「だからと言って、ここでどんちゃん騒ぎなんてできるはずないだろう! こいつの前で──」
     勢いのままに口にしようとした言葉を、フリックは飲み込んだ。
     今時ここまで素直に感情を露わにする大人は珍しい。思わず笑みを漏らすと、フリックはよりはっきりと眉間に皺を寄せた。
    「フリック。そこまで僕に気を遣わなくていい。親しい人を亡くしたのは僕だけではないんだ。皆、痛みを抱えている。君も例外ではない」
    「……そういう問題じゃない」
    「分かっている。ありがとう。……で、ビクトール。宴会を開きたい理由は? 兵糧に余裕があるとは言えない中で軍全体で贅沢をする必要性はどこにある。現状、飲酒の制限はしていないが、城全体で行いたいのなら話は別だ。皆を納得させる理由を述べてほしい」
     ビクトールはフリックの怒りなど露ほども気に留めていないように、顎を掻きながら答えた。
    「理由か?  そうだな、強いて言えば──」
    「強いて言えば?」
    「楽しい気分になるからだな」
     フリックは遂に、ビクトールの胸倉を容赦なく鷲掴みにした。ビクトールは、凄みの利いたフリックの怒りを物ともせず飄々としている。
    「笑えないんだよ、そういう冗談は」
    「笑わせるために言ってないからな。じゃあ逆に聞くが、こんな辛気臭い雰囲気で、あの帝国相手に勝てると思ってんのか?」
     掴み掛かられて尚、ビクトールは顔を見据えて言い切ると、フリックは舌打ちしながらもあっさりと手を離した。
    「そうだな……君の言うことも一理ある」
    「おい、ティア」
    「一理どころじゃないぜ」
     フリックが更に口を開くより前に、ビクトールは続けた。
    「お前は、解放軍のリーダーだろう。そのお前がずっと暗い顔をしてると、他の奴らは思いっきり笑えないんだよ」
    「……否定はできない」
    「だろ? 俺が宴会を開きたいのは贅沢したいからでもなけりゃ、辛いことを忘れるためでもない。ただ単純に、お前がずーっと辛気臭い顔してるからだ。ティア。今自分がどんな顔してるか、分かってるか?」
    「顔?」
    「鏡見てみろ」
     言われるがまま、ティアは瞬きの手鏡を懐から取り出した。
     そこに写る己の姿は、酷いものだった。目の下にくっきりと隈を作っている。
     確かに、酷く疲れていた。
     元々、感情を表情と絡めて隠すのは得意なほうだと自負している。食事は摂っているし、睡眠も十分に確保するよう努めていた。こういった情勢だからこそ仲間達も同様に、あえて日常を守ることを意識をしているように見えた。
     それと合わせて、こちらに対して気遣うような行動や言動をしていることに気付いていた。気遣われているのは、グレミオの件があるからだろう。いくら解放軍の首魁とはいえ、戦いに赴かない仲間や末端の兵士からすれば己の姿は大人に紛れている子供にしか見えない。そんな少年の身内が亡くなった。周囲がどう感じているかは想像に難くない。
     それでも、異様に昂ぶった精神に引き摺られるように、身体が休まることがなかった。空虚となった心が満たされない。
    「な?  そんな面じゃ軍の士気に関わるだろう?」
    「……確かに」
    「だから宴会だ!  酒飲んで食って騒いで、そんで全部忘れちまえ! ……と言いたいがな、残念なことに忘れるには時間が足りない。そういうときはな、辛いだろうが飲み込むしかないんだよ」
     フリックが何か言いたそうな表情を浮かべたが、それを遮るようにビクトールが言葉を続けた。
    「いいか?  お前は解放軍リーダーで、今や俺達の総大将だ。酷だが、お前の沈んだ顔を帝国に見せるわけにはいかないんだよ。それにな、兵卒の中には赤月帝国に反旗を翻した事実だけでも苦しんでいる奴らもいる。なら、せめて勝鬨を上げたときくらい盛大に祝わないと、戦争なんざやってられなくなるぞ」
     ビクトールの言葉に、ティアは息をのんだ。
     解放軍の中には、帝国軍からの離反者も少なくはない。
     非道な扱いを受けたのか、帝国軍に戻りたくても戻れずにいるのか。事情は様々だろうが、今の帝国に戻ることを良しとしない者が大半であることは間違いないだろう。
     未だに戦いの終わりが見えない中で宴会を開いている余裕などないのかもしれない。しかし、だからこそ今だけでも共に戦った仲間達を讃える時間が必要なのかもしれない。
     フリックはビクトールの言葉に納得していない様子だったが、それ以上反論しようとはしなかった。



     宴会は、解放軍本拠地の一室で行われた。
     時間により顔触れを変えながら、皆思い思いに酒を飲み交わしていた。中には酒よりも料理に夢中になっている者もいて、ともすれば和やかな空気が流れてすらいた。
     しかし、やはりというべきか、戦争によって傷付いた者達もいるようで、時折すすり泣く声や怒りを露わにする声が、耳に届くこともあった。
     ティアはそんな仲間達からそっと目を逸らした。
     あれから、人の死について考える時間が増えた。
     今までも考えなかったわけではない。だが、それは漠然としたものでしかなかった。しかし今は違う。明確に死という事象を意識するようになった。それは、己に近しい者の死を経験したからだ。
     グレミオが死んだのは戦争の最中だ。彼はティアの従者として常に付き従い、時には盾となり剣となった。その過程で命を落とした。
     グレミオが死んでからというもの、ティアの見る世界は一変した。まるでベールを被せられたように現実感が薄らいでいくのを、他人事のように感じていた。そんな己に嫌悪感を抱いたが、歯止めがかからない。
     そして日々の生活においても、ふとした瞬間に彼の面影を感じることが多くなったように思う。それら全てが過去の思い出へと変わっていくことに恐怖しているのかもしれない。
     それほど、グレミオの死はあまりにも突然で、あまりにも呆気無いものだった。
     グレミオは常に側にいた存在で、その死は想像すらできなかった。だからこそ今この瞬間にも廊下から顔を見せるのではないかと思えてしまう。そんな瞬間は二度と来ないのだと、あの日、扉の先に残されたマントと斧が訴えてくる。
    「ティア、顔を上げろ。前を向け。お前にはその義務がある」
     いつの間にか隣へと座っていたビクトールが、ティアの肩を組んだ。
    「おーい、皆の集! 既に宴は始まってるが、途中から参加した奴らもいるから改めて乾杯するぞ! 酒の無い奴はいないか?」
     大きな声を上げたビクトールはティアの肩を組んだまま、グラスを手にその場で立ち上がった。引き摺られる形でティアも同様に立つと、会場にいた仲間達の視線は一気に軍主へと向けられた。
    「──今まで戦ってくれた者にも、これからも戦ってくれる者にも、分け隔て無い賞賛をこの宴、この杯に誓おう」
     ティアはグラスを天高く掲げると、その中身に口をつけた。
     飲み慣れない葡萄酒に喉が焼けるような感覚がしたが、構わずに息をつく間もなく飲み下す。
     酸味も渋味も、腹の中へと入れば無味になる。
     それはまるで、己の中に渦巻く感情を全て押し流すための儀式のようにも感じられた。


        
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