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    sabasavasabasav

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    坊ちゃんとジョウイ。祝祭6のエアスケブ。そんなつもりはなかったんですがジョウイのカウンセリングみたいになってしまった。坊ちゃんは、キャロ組に対しては頼れる先輩であろうとしてほしいね……

    #幻水小説

                


     午後の陽は既に傾き始めていた。雲が薄く広がり、陽光は鈍く白く濁って、地に淡い影を落とす。
     庭先に面した古びた縁側。この村には宿がないからと村民らが快く貸してくれた空き家。民家の造りにしては少し贅沢な檜の板間に、ジョウイは膝を抱え、黙って空を眺めていた。
     リアンとナナミは食料の買い出しに出ていた。短くて小さな留守だった。だがその隙間に訪れた静けさは、普段の旅路にはない質の重さを孕んでいた。
     風が渡るたびに、庭の草が波のように揺れた。微かな虫の声と、遠くで笑い合う子どもたちの声だけが世界の音であり、ここには誰の気配もなかった。ただ一人を除いては。
    「静かですね。あの二人がいないと、余計に」
     口を開いたのはジョウイだった。どこか問いかけるようで、しかし答えを求めているようでもない声音だった。
     その隣にいた少年――否、年若く見えるが実年齢はジョウイより年上の旅人、ティア・マクドールは、閉じたままの睫毛をわずかに動かし、こちらを振り向くことなく答えた。
    「静寂というのは、時に人を落ち着かせ、時に不安にさせるものだ。今の君は、後者かな」
    「……さすが、英雄というものは、言葉の選び方もそれらしい」
     皮肉混じりの言葉に、ティアはやはり反応を示さなかった。庭に目を向けたまま、膝に置いた指先だけがわずかに動いた。
     言葉が宙に消えるまでの、ほんの短い間の沈黙。
     ジョウイは、呼吸を整えるように息を吸った。口の中で何かを確かめるようにして、それから、切り込むように言った。
    「マクドールさん。ひとつ、訊いてもいいですか」
    「……どうぞ」
    「あなたは、どうして戦ったんですか?」
     ティアはようやく顔を向けた。その表情には、微かな困惑と、それを上から撫でるような静謐があった。
    「どうして、とは? 国を変えるために動くのはおかしくはないだろう?」
    「一般論はいりません。あなた自身のことを訊いているんです」
     やわらかながら、少し熱のこもった声。
     ティアはほんの一瞬、目を伏せると、静かに言葉を継いだ。
    「帝国の腐りきったところを見れば、理解できるはずだ」
    「それもまた、一般論です」
     ジョウイの声には、感情の波がうっすらと乗っていた。怒りではなく、落胆。期待と現実の落差に言葉を選びかねたような、鈍い棘があった。
    「あなたが何を見て、何を失って、それでも尚、戦うことを選んだのか――僕は、それが知りたいんです」
     少しの間、風が通った。ティアの髪が軽くなびく。その影が、ジョウイの顔にかかる。
    「君は答えを求めているのではなく、答えを否定するために僕に尋ねているのかもしれないね」
     ティアの声音は、叱責ではなかった。ただ、深く掘り下げるための道具のように、静かに提示される理だった。
     ジョウイは笑みを浮かべたが、それは自嘲の色を帯びていた。
    「否定するつもりはありません。ただ、理解はできない……あなたは、僕が欲しかったものを全て持っていたから」
     膝に置いた手が強く握られる。
    「仲の良い家族、裕福な家、大切な親友。家名の重みにさえ、誇りを持てた……それでも、あなたは戦った。全てを捨てて、国を壊し、創った。僕には、そんな選択はできません。たとえ国が腐っていても、僕は壊す勇気なんて持てなかった」
     ティアは目を閉じた。風がその身を撫でるたび、影が揺れて、どこか幻のようにも見えた。
    「君も、感覚は分かると思っていたんだが。アトレイド家といえばハイランドの名家だろう?」
    「名目上は、です」
     ジョウイは乾いた声で言った。
    「確かにアトレイド家は、ハイランドで名の知れた家でした。けれど僕には、名ばかりの家だった。……血の繋がらない父は、僕に期待も愛情も抱いていなかった。僕の存在は、家名に対する汚点だと思っていたのかもしれません」
     語る声に温度はなかった。抑制されていたというより、言葉を形にするまでの間に何度も心で焼かれ、もはや熱を失っていた。
    「リアンやナナミ、それにゲンカク師匠がいてくれたから、かろうじて立っていられた。でも……家では、ずっと独りだった」
     ティアは何も返さなかった。ただ、表情のどこかに、静かな憐憫が浮かんだように見えた。
    「僕には分からない。あなたがどうして、あれほどのものを失ってまで武器を取ったのか……どうして、そこまでして戦ったんですか?」
     その問いは、今度こそ真実だった。責めでも、皮肉でもなく、迷いを抱えた者の率直な疑問。
     ティアは、ようやく微かに口元を緩めた。
    「君が思っているほど、僕は強くなかったよ。失うべきでないものを失った……だからこそ、これ以上失わないために戦うしかなかった」
    「失いたくないから、戦った?」
    「そう。手遅れになる前に武器を取ることができる者なんて、一握りだ。大抵は何かを失ってから、ようやくそれに気付く。僕も、例外ではなかった」
     ジョウイはティアの言葉に何かを言い返そうとしたが、その先の言葉が紡げなかった。
     分かりたくなかったのかもしれない。分かってしまったら、己の中の憧れと現実の矛盾が、決定的になってしまうからだ。
    「僕の肩書や経歴は、情報でしかない。確かに僕には家族とも呼べる人達がいたし、マクドールという姓もそこそこ知られているだろう。生活に困ったこともない。でも、それが全て良い方向に働くとは限らない」
    ジョウイの眉が微かに動く。ティアは続けた。
    「父は、戦場で相見えた敵だった。親友は、僕を守ろうとして死んだ。従者は、僕のために命を捧げた。家名は、僕を縛る鎖となった」
     静かに、しかし一切の誤魔化しもなく語るティアの姿に、ジョウイは僅かに息を呑んだ。
    「君にも、大切な人はいるだろう?」
     ジョウイは少し視線を落とし、言葉を吐くように続けた。
    「それは——」
    「誰かがいることと、誰かを信じられることは同じじゃない」
     その言葉には、重ねられた時間と喪失の重みがあった。
     ジョウイは、しばし言葉を失っていた。
     己が欲しかったものを全て持っていたはずの少年が、実のところその全てを背負い、その重みによって決断を強いられていたことを、今、ようやく理解し始めたのかもしれなかった。
     だが、それを認めるには、あまりにも未熟だった。
     窓から空を仰ぐと、夕雲が広がっていた。風が変わる気配がする。
     夜の帳が少しずつ降り始めていた部屋の空気は冷えていたが、それを感じさせないほど、二人の間に流れる時間は濃密なものだった。
     ティアは、火の揺れる蝋燭をしばし見つめ、それから、何かをはかるように言葉を置いた。
    「君は、強くなりたいんだね。ただ、その強さがどこに向かっているのか、見失っているようにも見える」
     ジョウイは顔を上げた。鋭い否定ではない。だが確かに、自らの根幹をなぞるような言葉だった。
    「あなたに、僕の何がわかるんですか」
     その問いは、かつての自分自身にも向けられたもののようだった。感情を殺しきれずに発せられた響き。だが、ティアは変わらず穏やかな顔をしていた。
    「分かっているとは言わない。でも、同じくらい、君も僕のことを知らないはずだ」
     その声音は相変わらず静かで、温い。
    「さっき、どうして戦えるのかと問うたね。簡単なことだ。僕は、戦うしかなかった。理想のためでも、誇りのためでもなく、それしか選べなかった。ただ、それだけだよ」
    「選べないものは、選んだことにはならないでしょう」
     ジョウイは反射的に言い返していた。まるで、己の言葉の正しさに縋るように。
    「では君は、選べていたのか?」
     言葉が、出てこなかった。
     それは否定ではなかった。自らの過去が即座に思い返され、言葉が続かなかった。
    「君が僕を見て抱いているのは、幻影だ。誤解というより、期待に近いかもしれない。それが壊れて失望したとしても、それは僕とは関係がない」
     ティアは、正論を静かに突きつけるように話す。その一言一言が、理屈として成り立ちすぎていて、ジョウイはそこに入り込む余地を見いだせなかった。
    「でも、それで君が少しでも我が身を振り返るきっかけになるなら、その幻影は、そのままでいい」
     蝋燭の灯りが揺れ、窓の外の空はすっかり夜に飲まれていた。街灯の光が遠くに滲み、そこに人の営みが確かにあることを感じさせる。
     ジョウイは、手を組んだまま俯き、ようやく小さく呟いた。
    「……あなたが英雄と呼ばれている理由、少し、分かる気がします」
    「それも幻想の一つでしかないよ」
    「分かってます。だから、それを壊して、作り直します。自分で」
     ティアは、ほんのわずかだけ目を細めた。それは微笑みにも見えたが、すぐに消えた。
     それは、廊下の奥から軽快な足音が聞こえてきたからだった。
    「ただいまー、ジョウイ、ティアくん! いろいろあったけど、ちゃんと買えたよー!」
    「ナナミが店主と押し問答になってしまって……ごめんなさい、遅くなっちゃった」
     扉が開き、リアンとナナミが袋を抱えて入ってきた。部屋には、あっという間にいつもの明るさが戻る。
     リアンは軽く肩をすくめ、「荷ほどきしてくるね」とだけ言い残して奥へ向かった。ナナミもその背を追ったが、ふと振り返り、ティアとジョウイを見比べるように目を留める。
     何かを察したのか、それともただの気まぐれか。ジョウイには分からなかった。
     ティアは立ち上がり、リアンの荷を一つ手に取ると、自然な動作でリアンに続いた。振り返ることも、余計な言葉もなく。
     その背を、ジョウイはしばらく黙って見送った。

     ティアの言葉は感情から来る訴えではなかった。ましてや赦しを求めるものでも、裁かれるものでもない。ただ淡々と、筋道を立てて語られた事実の積み重ねに過ぎない。
     だが、そこにはジョウイの思い込みを崩すに足る強度があった。そして、それを前にして、ジョウイは言葉を失い、同時に何かが静かに癒やされていくのを感じていた。
     言葉のやりとりの中に含まれなかった感情と、伝えきれなかった思考。
     それでも、ティアとの間にあった距離は、確かにほんのわずか――ほんの一歩だけ、縮まった気がした。


        
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