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    坊ちゃんとマッシュ。テオ戦辺りと回想。仄暗い。

    #幻水小説

        ▽        ▽

     テオ・マクドールの鉄甲騎馬隊は、帝国でも屈指の負け知らずの隊であった。統率が難しいとされるガルホースを利用することで俊敏さと火力を兼ね揃え、耐久力があり打たれ強い。その上特注の鎧で覆われ生半可な武器では傷一つ与えられないときた。
     トラン湖の本拠地へと進軍してきた際の時間稼ぎのため一度刃を交えた。小手調べだと誰しもが思っていたというのに、まさか解放軍にとって深手を負うことになるとは予想だにしなかった。文字通り、鉄甲騎馬隊に手も足も出なかったのである。
     本隊で敵部隊の陣形を容易く乱し、その解れた箇所へと鉄甲騎馬隊を送り込み、そのまま蹂躙する。完成された形であるテオの軍隊にはマッシュも敬意を表する程であった。
     ──そして、今。
     テオ・マクドールとの二回目の戦闘に挑んでいるはずのその視界は、一面の炎に包まれていた。
     一体ここがどのような場所だったのか、何があったのか、全て炎に巻かれて消え失せてしまっていた。そこにあるのはただ、置物のように地に転がる黒々とした〝何か〟だけだった。
     炎によって全てを無に帰す行為。凄惨な状況を前に、マッシュは眩暈を覚えた。号令をかけたわけではないが、各隊に命を与えたのは己だ。唯一幸いであったのは、彼らが苦しむ暇もないまま息絶えたことだろう。
     鉄甲騎馬隊に対抗するためには、ガルホースが苦手とする魔法での攻撃が鍵となっていた。ドワーフ達が解放軍へと持ち込んだ、火の紋章片を利用した機械槍。一つ一つは小さい魔力でしかない紋章片を、この槍に装填することでその威力を数十倍に増幅させ、疑似魔術として放出する代物だという。籠城せざるを得なかった現状を打破するには十分な性能を持っていた。
     試しに使用する時間も素材の余裕もなく、今日日迎えることになった。
     漂う焼け焦げた臭いは半年ほど前に遭遇した焦魔鏡の効果と瓜二つであり──火炎槍という武器の恐ろしさを、痛感した瞬間でもあった。
     マッシュと同じく、呆然と立ち尽くしている多くの兵士を叱咤したのは、馬に跨がった軍主だった。
     ──兵士達よ、戦場をかけろ!
     ──テオ・マクドールの御首級は見えている!
     言いながら、解放軍の御旗を天高く掲げて見せた。
     父親ではなく敵国の将軍として対峙しているマクドール家の嫡男。おそらくテオも、解放軍リーダーとして彼を捉えている。でなければ、実の息子に対し大罪人などと誰が呼べようか。
     先陣を切って進んだティアがどのような顔をしていたのかは定かではない。ただ、マッシュは振動に合わせて宙を舞うティアのバンダナを見詰めながら、苦い思いを味わっていた。




    「あなたは無責任だ」
     グレッグミンスターへと連行しようとやって来た帝国兵を躊躇いなく手にかけた集団。その中心にいた、少年とも青年とも取れそうな彼──ティアが宣った言葉だった。
     戦争の気配すら感じられないほど小さい村に身を寄せていると、血の臭いに慣れた連中を見抜く目はより精度を増した。人の生き死にを見たくはない、ただ己のためだけに厄介事をこの村に呼ばぬよう、学校の真似事をしながら最大限手を回していた。
     それでも、不思議な縁というものは存在するのだと、実感した。オデッサの言伝と遺品だというイヤリングを目にしただけで、マッシュは彼女が求めるものが何かを理解してしまった。
     死してなお、オデッサは逃げるなと訴えてくる。
     戦場へ舞い戻れと誰もが口にした。言葉にしなければ、視線が語る。だからこそ、マッシュ・シルバーバーグという名を知らぬこの集落に身を寄せていたというのに。
     そんな中発せられたティアの声には、怒りも焦りも含まず、ただ憐憫の感情だけが滲み出していた。
    彼の付き人が息を呑む。仲間ですら圧倒されているのはその表情か、その精神か。
    「あなたは子供達に知識を与えながら、その知識を生かせる世の中にしたいとはお思いにはならないのか?このまま彼らが何事もなく成長して、健やかに育っていける、と?帝国に利用されることを望んでいるようにしか見えない。まるで、あなたのようだ」
    「……そんなことは」
    「ない、とは言い切れないでしょう。マッシュ殿。現に、あなたの居場所は帝国に筒抜けだった。それでは、戦事から足を洗ったとは言えない。本当に行方を眩ましたかったのなら、もっと遠く……帝国の目に届かぬところにまで行ってしまえば良かったんです。でも、あなたはまだここにいる」
     琥珀の瞳が己を写す。貫くような視線に、声が出なくなった。
    「未練があるからだ。そして、その未練は驕りから生まれたものだ」
     一人で戦争はできない、とティアは言う。一度見てしまったものを、無かったことにはできないと。
     カレッカで戦い散っていった同胞達は、己が生きていた国を、そこで生きる家族や知人を、想っているからこそその手と身体を血で染めた。
     含まれた想いを見ずに生き死にだけに囚われることを奢りだと指摘されるなどと。
    「戦に関わりたくないのなら、この町の住民を連れて今すぐにも逃げてほしい。五将軍の命令に従わなかったことが知れれば、必ず報復に合う」
    「……解放軍に参加しろとは言わないのですか?」
    「あなた以上に適任はいない。だからこそ、この軍に来てほしいと僕は軽々しく口にできない」
     マッシュは清水を飲むように理解した。
     真っ直ぐに見詰める少年は、己と同じなのだと。
     解放軍にとって必要な人材だと理解はしていても、戦争に加担させることに抵抗を感じている。それは経験の浅さがそうさせるのかもしれないが、その姿はこの町で教えを請うている子供のようでもあった。
     己が目を瞑っている間に、守りたかったはずの子供が代わりに戦場へ立つ。そんな世界を望んだわけではない。
     ──マッシュは半ば衝動的に、ティアを呼び止めていた。




     瞬間、ティアの目が見開かれる。
    「ビクトール、その男の首を撥ねろ!」
     誰よりも先に、誰よりも早く、マッシュは声を発していた。
     百戦百勝を誇る将軍といえども、軍の大半を失っては形勢を逆転させることはできないようだった。
    既に視界に捉えられる程の数の兵士しか残っていないというのに、テオ・マクドールは降伏するどころか解放軍リーダーとの一騎打ちを希望した。
     戦場に軍師の声が響く。これほど喧騒に塗れた環境でも十分に通った声は、周囲の注目を集めた。それは横に立つ軍主も例外ではない。
     ──ティアは、はっきりと笑みを浮かべていた。
     ビクトールが行動を起こすよりも先に、ティアの足が一歩、前へと出た。砂を踏む音が妙に耳に付く。
    「その勝負、受けましょう」
     横顔でも分かるほどに父を見据える目は、既に幼子のものではなく武人そのものだった。


     戦の度に、ティアは身体に、マッシュは心に傷を負う。
     長棍を振るう軍主を見る軍師の目はいつしかの彼のような憐れみに溢れていたことを、マッシュは知るよしもない。

        
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