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    pon69uod

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    in浜松でニアミスエンカウントして薄い縁を作っていて欲しいという妄想。そろそろイベントほしいです。

    #スターライトオーケストラ
    starlightOrchestra
    #源唯
    yuanwei

    源一郎くんが朝日奈のハンカチを拾う話「朝日奈、これを」
     よく知ったショップブランドのロゴが入った小さな紙袋。黄色のリボンがかけられたそれは、朝日奈のよく行く店の、見慣れたものだ。手にする源一郎の顔を仰ぎ見る。普段と変わらない表情の源一郎からは何の情報も読み取れず、朝日奈ははて、と首を傾げた。
    「プレゼント? 私に?」
     今日は朝日奈の誕生日でも、何かの記念日でもない。源一郎に特別にお礼をされるようなことも、おそらくしていないはずだ。練習中に飲み物やおやつをコンビニで買って二人で食べることはよくあるけれど、源一郎は性分なのかなかなか奢らせてくれない。気がついたら先に二人分払われてしまうか、朝日奈が今回は勝った!と思ったときにも後から自分の分をきっちり割って払ってくれることが殆どだから、日頃のお礼というわけでも無さそうだった。
    「贈り物ではない、これは……君に返すものだ」
    「返す?」
     といってもそれは包装紙もリボンも貼られたテープもどう見ても新品で。いくら源一郎が器用といえどショップのシールをきれいに剥がして貼り直すなんてこと、きっとしないだろう。ますます分からなくなった朝日奈は、差し出されたそれを受け取るべきか否かを決めかねながら、ううん……と低く唸った。
     目の前に差し出された黄色いリボンが不意に揺れた。ゆっくりと取られた手にそっと袋が置かれる。かさりと鳴った紙袋は、よく見るとほんの少しだけ縒れていた。まるで、渡そうか否か躊躇われたあとのように。見上げた源一郎の顔は、懐かしいものを見るような瞳をして細められる。
    「君にずっと返したかったんだ」

    * * *

     源一郎は、歓喜と興奮の渦から抜け出せないまま、新幹線の改札口へと向かっていた。今日の演奏は素晴らしかった。どの楽団も本当にレベルが高く、良い演奏をしていたが、特に――ポラリスというアイドルユニットのバックで演奏していたオーケストラ。パンフレットには名前も出ていなかったようだが、どうやら結成されたばかりのオーケストラらしく演奏はプロのものと比べればまだまだ荒削りなところもあったが、その勢いと、情熱的で挑戦的な演奏に圧倒された。源一郎とそう年の変わらなさそうなメンバーが、あんなにも大きなホールで、あんなにも沢山の人々の拍手を受けて演奏している。もどかしいような、焦れるような。自分にはまだまだ遠く及ばぬ場所に居る彼らは本当に美しく、スポットライトにも負けぬほどに輝いて見えた。
    (オーケストラの……コンミスの名前は、何というのだろう)
     会場で購入したパンフレットの写真や紹介も木管のアイドルユニットの少年ふたりのものばかりで、バックで演奏していたオーケストラについては何一つ触れられていなかった。
    (いや、知っていたところで、どうなることでもない……か)
     御門のオーケストラに心を奪われ、同じステージに立ちたいという思いで家を出たのに、源一郎は未だその夢を叶えられていない。いや――もしかしたらもう、その願いは叶わないのかもしれなかった。それでも源一郎は楽器を構える。上手くなりたい、演奏をしたい、誰かにこの音を、この心を伝えたい。青森の家を飛び出したときと同じ気持ちを、源一郎はずっと、ずっと静かに燃やし続けている。
     消せない炎のようなその感情が、時々小さな風を受けて燃え上がるときがある。美しい音楽に出会ったとき、素晴らしい演奏を聞いたとき、そして「絶対に、ここで終わらせない」、強い意思を感じたとき。あのオーケストラは、まさにそんな風のような存在だった。

    「先輩、これ特急券と乗車券です。先輩は窓側、俺の隣に座ってくださいね」
    「朝日奈、無くすなよ。無くしても俺は知らないからな」
    「さ〜て、何食べよっかな〜!駅弁買っていこうぜ!新幹線で飲むビール、格別なんだよなぁ」
    「先生、家に帰るまでが演奏会です。朝日奈も、行きみたいにアイス全種買ったりするんじゃないぞ」
    「ありゃ酷かったもんなぁ〜。せめて何回かに分けて買うとかさ」
    「そういう問題でもないと思うがね」
     不意に、源一郎の後ろを団体が横切る。楽器ケースを携えて歩く団体も、今日という日がそうさせているのか、それとも音楽の街という立地がそうさせているのか、さほど目立たない。だからこれは本当に偶然で、そして運命だったのかもしれなかった。団体の中心にいた少女――それが先ほどのオーケストラのコンサートミストレスだったのだ。
     浜松の学生ではなかったのか。源一郎とは反対方向のホームに向かう一行を、不自然ではない距離から眺める。気安そうではあるが制服の種類もバラバラだから、別の高校から集まってきたのかもしれない。こうやって、色々な県を回って演奏をしているのなら、もし、願えば、自分も――
    「分かった!切符はここ!定期入れの中に入れてポケットに入れておくから!!朔夜覚えてて!竜崎くんも!成宮くんも!ここだからね!!!」
     明るい声がコンコースに響く。黄色いストライプの定期入れを示してポケットをぽんと叩いた少女は、にこりと微笑んだ。
     大衆に向けて音楽を奏でられる技術と環境。先に進むのだという夢と希望。春のような明るい笑い声、高め合う仲間たち――その空間は源一郎の望むものすべてがあるように見えた。
     触れたい。
     あの光に、あの喝采に、楽器に、音楽に、今、今すぐに。
    「あの、俺………っ」
    「あーっ!乗車時刻二分前!スタオケ各員、急ぐぞ!」
    「えっ!?ちょっ……待ってよ銀河くん!みんなも!!!」
     構内アナウンスに背中を押されるように、彼らは走って行ってしまった。呆然とする源一郎の目の前に、ハンカチが一つ落ちていた。
    (これは……)
     先程、彼女が切符を収めるために入れた代わりに、ポケットから取り出したハンカチだった。どこかにしまおうとして、落としてしまったのだろうか。拾って、階段を駆け上がる。もしかしたら、まだホームに居るかもしれない。渡して、それから、あと2分なら、もしかしたら――
    「…………っ、車両………、自由席か?いや、楽器を持っていたから……」
     自由席なら三両、指定席なら十三両もある。乗り込んでしまった団体を、この中から見つけ出すことはもう不可能だった。扉が閉まり、新幹線が発車する。ゆっくりと滑るように走り出した新幹線に源一郎は叫んだ。
    「頼む!!!!俺を………!!俺と、………き、……ま…を…………っ!!!!!」
     源一郎の悲痛な叫びは、轟音にかき消された。

     ホームで次の新幹線を待つ人々が、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。階段を駆け上がったのが今更きたのか、それとも柄にもないことをしてしまったからなのか、心臓がドクドクと脈打って顔も熱い。手に持ったハンカチで額を拭って、それが自分のものでは無かったことを思い出す。朝日奈――それが彼女の名前だろうか。「スタオケ」「朝日奈」指揮者の「銀河くん」。これだけ分かっていれば、調べられるかもしれない。忘れないようにメモに書きとめ、バッグにしまう。このハンカチは、どうしようか。勝手に捨ててしまうことはできないし、この駅の忘れ物係に渡したところで、本拠地が浜松でないなら困るだけだろう。ならば、
    (持っておこう……また、会える日まで)


    * * *


     一通り話し終えて黙ってしまった源一郎を見上げ、朝日奈は首を傾げた。ハンカチを落としたことはうっすらとそうかもしれないなと思う程度の記憶しかないが、源一郎がそう言うのならそうなのだろう。それを偶然源一郎が拾ったことも、理解した。けれども、何故源一郎は新品のハンカチを手渡そうとしてくるのだろうか。
    「これ、私が落としたのじゃなくて、源一郎くんが新しく買ったものだよね??あっもう捨てちゃったとか?」
     別に、そう高価なものでも、思い入れのあるものでもない。現にこうやって、源一郎に言われてなお、どんなものだったか詳細に思い出せないくらいだ。
    「……いや、持ってはいる。」
     いつどこで君に会えるか分からなかったから、そうぽつりと呟いて。制服のポケットから見覚えのあるハンカチを取り出した源一郎は、きまり悪そうに目を伏せた。
    「どこかで君に会えればいい、会えたらきっとーーそう願って、君が居るわけもない京都でも、故郷でも、肌身離さず持っていた。」
     半ば祈りの道具でもあった。お守りのような願掛けのような。制服のポケットに、帰省する際に持つバッグに、ハンカチを入れ替える度に願い、そして思い出した。心高まる演奏を、ライトの当たるステージの中で一層輝く彼女のことを。そして、その側に自分もあれば良いのにと願ったあの日の狂おしいほどの熱情も。幸いにも、と言ったところか。その願いは全て叶った。ハンカチは、役割を終えたのだ。
     源一郎の手の中にあるハンカチはきっちりと折り目がつき、丁寧に扱われていたことを物語っていた。これをそのまま渡してくれたって構わない、そう思うくらいに、落としたときよりも美しかった。そんな朝日奈の気持ちを汲んだのだろうか。源一郎は大きな体を居心地悪く縮めて、ますます目を伏せた。
    「だから、その……すまない。多分、香りが移ってしまっていると思う」
    「香り?」
     思わず嗅いでしまったハンカチからは、ふわりと甘い煙のような香りがした。朝日奈の知っている匂いだ。源一郎から貰った手紙と、そして、源一郎自身と同じ香り。気がついてしまって急に恥ずかしくなる。元々朝日奈のものなのに、まるで源一郎の所有物のようにしっかりと香りがついてしまっているのだ。数ヶ月の間、朝に晩にと時を選ばず、常にずっと側にあったというのだから仕方のないこと――なのだろうか。そういう関係では無いというのに、なんだかひどく艶っぽい話になってしまい、朝日奈は唐突に照れくさく感じた。
    「あっ、う………うん!そうだ、ね!?」
    「だからこれは元通りにして君には返せない。新しく買ったものを良ければぜひ使ってくれ。」
    「え……あ…………う、うーん……??」
     別に源一郎の匂いなら良いのに、頭に一瞬浮かんだ気持ちを払うように頭を振る。だめだ、なんだかとても危ない感じがする。けれども、もし源一郎の言うとおりに新しいハンカチを受け取ってしまえば、落としたハンカチは源一郎の手元に持たれ続けるということだろうか。それも、なんだか恥ずかしい。
     受け取っても受け取らなくても顔が赤くなってしまう展開になりそうな予感に、朝日奈は頬を抑えてため息を吐いた。
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