あまい恋人「ジューンくん♪ どう?」
くるりとターンして腰に手を当てポーズをとる。
「さあ沢山褒めてくれていいね!」
『似合ってますね』かな『可愛いっすね』かな? まぁ百歩譲って『……いいんじゃないすかぁ?』って照れ顔で言うのもいいことにしようね!
「あーー」
腕時計を着けながらぼくを見て、予想通りの照れ顔を見せたジュンくん。
「明日のドラマの打ち上げに着ていくんだね!」
そう言った途端、ジュンくんのお顔がブスっとなった。
「なんつーか、そのダボッとしたニット着ると、全体的にボヤっとするって言うか、大きく見えますね」
「はぁっ!? な、なに……、きみもしかしてぼくが太って見えるって言うの!?」
「……まぁ、」
「なに、なんて失礼なこと言うんだねこの子は!!」
ぼくは全身鏡の前に立つと、右に左に身体を捻ってポーズをとる。全然太ってないよね!?
「確かに白くてふんわりしたシルエットだけど、首元が大きく開いているからちゃんと締まって見えるし──」
「あー、だめだめ、おひいさんのためを思って言うんすからね。明日は別のにしたほうがいいっすよ」
ジュンくんはぼくの横に立って一緒に鏡を覗き込むと、チョイチョイと自分の髪を整える。それから怒りで桃色になっているぼくの頬にチュッとキスをした。
「いってきますね」
「ジュンくん! まだお話は終わってないね!」
ぼくの頬を両手で挟んでむちゅーっと、今度は唇にキスをした。
「今夜はオレが打ち上げなんで遅くなると思います。ちゃんと戸締りして先に寝ててくださいね」
言いながら玄関に向かうジュンくんを追いかける。
「うん、分かった……じゃなくて!」
「あ、夕飯はロールキャベツです。冷蔵庫にありますから温めて食ってください。じゃ、いってきまーす!」
「ジュンくんっ! もぉ、いってらっしゃい……」
むむむむむ、ぼくの心にとんでもないモヤモヤを置いて、ジュンくんはお仕事に行ってしまった。
今度は玄関のシューズクローゼットの鏡を見る。やっぱり可愛いし、綺麗だし、格好いいぼくが映っている。ジュンくんの目か頭がどうかしてるんじゃないの?
ニットを脱いで着替える。汚すわけにいかないからね。明日このニット絶対着ていくんだね!
――――――
メアリと遊んだりもするけれど、出演した番組をチェックしたり、ドラマの台本を覚えたり、オフだと言ってもお仕事に関係してやることは沢山ある。冬は日が落ちるのも早い。気づけば窓の外と室内の明暗は反転して随分経っていたようだ。
「ご飯にしようか、メアリ」
今夜の晩ご飯はジュンくんが作っておいてくれたロールキャベツだ。ひき肉にはおからが入っていてカロリーを抑えているんだって。だけどコクのあるスープでトロトロになったキャベツに包まれてるから言われなきゃ分からない。
「美味しいね」
声に出したらジュンくんがいないのを意識して寂しくなった。きっと一緒に食べたらもっと美味しかったね。ジュンくんは今頃打ち上げだろうか。明日はぼくが夜にいないからまた一緒にお夕飯食べられないね。
のんびりとお風呂に入って、ボディクリームを塗って、軽いストレッチ。それからドライヤー。毎日のルーティンをこなしていると、スマホにメッセージが届く。
『あと三十分くらいで着きます』
ふーん……あっそう。美味しいロールキャベツで忘れかけていたけど、ぼくは怒ってるんだったね!
「そうだ!」
一旦はパジャマに着替えていたけれど、またさっきの白いニットに細身のボトムスに着替えた。ジュンくんに前言撤回させてやるんだから。
玄関の鍵の音が聞こえたのでお迎えに行く。
「おかえり……」
「ただい、……ま……」
ジュンくんはぼくをチラリと見たけど何にも言わずに洗面所へ向かう。手洗いとうがいをしたあとは、キッチンでミネラルウォーターを飲んでいる。
「風呂入ってきます」
「ちょっと! 何か言うことあるよね?」
「何が?」
はぁと不機嫌そうに漏らしたため息からはアルコールの匂いがする。
「もういい、明日着て行って他の人の反応見てみるね!」
「はぁ!? やめろって」
睨むようなジュンくんの視線に訳が分からない。そんな目で見られたら、腹が立つ以上に悲しくなってしまう。ぼくはプイと顔を背けた。
「何を着ていこうとぼくの勝手だよね?」
ジュンくんはぼくの肩を強く掴むと首筋に唇を当てた。
「──んな無防備にうなじも鎖骨も晒して!」
「……へ?」
「あんた自分がどんだけ色っぽい格好してるか分かってんすか?」
ぼくを見るジュンくんの目は据わってる。
「しかも酒が入って体温上がったら肌がピンクになって、色気爆上がりになるんすよ?」
「きみ、実は結構酔ってるね?」
酔ったジュンくんはとっても素直に、いつもの十倍増しに『おひいさん大好き』オーラ全開になるのだ。
「酔ってないっす」
「……心配してるの?」
「悪いっすか?」
「本当は似合うって思ってる?」
「むちゃくちゃ似合ってます。可愛いれす」
ジュンくんはぐりぐりとニットの肩に頬をすりつけた。
「……ふふ、ふふふ、おかしなジュンくん。ぼくはきみだけのおひいさんだね。心配無用だよね」
「あんたにその気がなくても、オレだったらすぐ押し倒してますよぉ」
「今は……? 押し倒してくれないの? ……んッ!」
ジュンくんの唇がぼくのものを塞ぐ。誘うように口を開けばすぐに熱い舌が入り込んできた。続いてじっとりとした手のひらがニットの下から潜り込む。
「こらこら、服伸びちゃうね。ちゃんと脱いでから」
「だめ、かわいいから、そのままがいいれす!」
――――――
「ん……」
息苦しさに目が覚めると、ジュンくんの腕と言わず足までもぼくに絡みつくように抱きしめられていた。
「ちょっと、ジュンくん重いね」
「……おひーさん、すき、です」
むにゃむにゃと夢現に言ってへにゃと笑う。酔ったときや、寝ぼけてるときみたいに、普段からもう少し甘い言葉を言ってくれてもいいのにね。ぼくは苦笑いしてからチュッと鼻先にキスをする。少し早いけれど、もう起きてもいい時間だ。頑張って重たい腕から抜け出した。
「な……、な……何これーーーー!!」
ジュンくんに押し切られて着たままだったニットは、色んな液体がかかって乾いて、カピカピになっている。
「今日着て行けないね!」
ニットを脱いでジュンくんに投げつける。それでも起きなくて、今度はぼくの代わりにニットを抱きしめて眠るジュンくん。
「おひーさん……」
「ジュンくんっ!!」
「うわぁっ!」
大きな声で叫ぶと、ジュンくんはやっと目を開けた。
「うるせえ、なんすか朝っぱらからぁ」
裸のぼくを見て手を伸ばして笑う。
「お誘いですかぁ?」
「違うよね? そのニット見てみるといいね」
「……う、わぁ……これは着て行けませんねぇ」
そう言ったジュンくんのお顔が、どことなく嬉しそうなのはぼくの気のせい?
「すみません、責任持って綺麗にします。新しい服もプレゼントします! あ、何か食いたいもんないです?」
「ふんっ!」
盛大に顔を背けて、ぼくはシャワールームへ向かった。
ゆっくりシャワーを浴びてリビングへ行くと、食卓には朝食の準備がされていた。サーモンとほうれん草の入ったオープンオムレツがある。本格的なキッシュを焼く時間まではなかったけれど、ぼくの好きなものを作りたいですって誠意は感じられた。向かいのジュンくんの席には昨夜の残りのロールキャベツがある。
「……そのロールキャベツ、半分ちょうだい。……美味しかったね」
「全部やりますよ!」
ジュンくんはパッと顔を輝かせる。
「いいの、半分で。一緒に食べようね」
「はい!」
一晩置いて温め直したロールキャベツは、スープが煮詰まって少し味が濃くなっている。キャベツもとろけすぎてお肉が顔を出していた。
「ジュンくん、どんなに美味しいお料理も煮詰めすぎればぼくだってしょっぱく思うかもしれないね?」
ジュンくんはロールキャベツを見て、それからソファの背に掛けられた白いニットを見た。
「……すみません」
ぼくはおからの練り込まれた肉だねをお口に入れた。
「でも、ジュンくんの愛情はとても嬉しいね」
うん、お肉はまだ柔らかくて、噛むとキュッと閉じ込められていた旨みが舌の上に広がってきた。
「美味しい。一緒に食べるとより美味しいね」
今度はオープンオムレツをフォークに刺してジュンくんのお口へ持っていく。ぱくりとお口に入れたジュンくんは満足げに頷いた。
「そうですね。こっちも美味しくできましたよぉ」
ジュンくんが笑って、ぼくも笑って、特別なんてなくても一緒に食べるご飯は幸せだなぁなんて思ったね。
「じゃあ、ぼく行ってくるね」
キッチンで洗い物をしているジュンくんに声を掛けると、手を拭きながらこちらへやってくる。
「……あの、その格好で行くんすか?」
「なあに? 問題ある?」
黒のタートルネックのニットだ。首回りも開いていないし、ふんわりもしていない。
「また太って見えるとか言わないよね!?」
「うーん……」
「正直に言って!」
「う……、身体にピッタリしすぎて、胸の筋肉がどことなく浮き出てるし、なんつーか腰のラインが……エロいです」
「〜〜ジュンくん〜〜??」
「だって、ホントに……」
「いってきまーす!」
「おひーさーん」
ジュンくんに背を向けて靴を履きながら言う。
「……〇〇ホテル」
「えっ?」
振り返り靴べらをジュンくんに押し付ける。
「今夜の打ち上げの場所だね。連絡するから迎えに来てね!」
「はぁ? オレも仕事……」
「早く終わらせるんだね!」
「……ったく、仕方ないっすねぇ」
面倒くさそうな声。でもほんの少しニヤけた表情。
ぼくたちの周囲からはジュンくんがぼくを甘やかしているって認識みたいだけど、ぼくもだいぶジュンくんには甘いよね!
玄関土間に降りれば、ジュンくんのほうが少し背が高くなる。ぼくは顔を上へ向けて目を閉じた。
愛が沢山煮詰まった少ししょっぱいキスを受け取って、ぼくは玄関のドアを開けた。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃーい!」