合コン的な何かで出会う夏尾「第一印象から決めてました!」
居酒屋のトイレの前。
男女それぞれ個室が一つずつしかないのは、前に来たことがある店だから知っていた。尾形さんがトイレに立ったのを見て、俺もついてきた。トイレに用事はないけれど、どうしても尾形さんに話しかけたくて後を追った。
飲み会が始まってから一時間半が経ち、店員にラストオーダーを聞かれた。それぞれ最後の一杯を注文して、ぼちぼち終わりか〜なんて話もして、全体の雰囲気的に二次会も行きそうな感じがしているんだけど、俺はみんなで二次会に行きたいんじゃなくて、尾形さんと二人だけで二次会に行きたかった。
最初から「人数合わせのために呼ばれました」って顔をしていた尾形さんが気になっていた。なんでかって? そんなの顔が好みのドストライクど真ん中だからだよ! 自己紹介で「尾形だ」とだけ名乗ったときの低い声もどどどど好みで、友だちから「ハズレ席でごめんな」って目を向けられたけど、俺は「大当たり席ありがとう!」と目で答えた。
向かいに座る尾形さんにどんな質問を投げても短い答えしか返ってこない、会話はキャッチボールってこと知ってる? と聞きたくなるような、全く続かないやりとりも全く苦ではなかった。
なんでかって? 顔と声が好きだからだよ!
多分このまま一次会が終わったら尾形さんは真っ直ぐ帰る。そういう目をずっとしている。でも俺はどうせ今日が最後になるなら後悔のないようにしたいって思ったから、会話の盛り上がっているテーブルをそのままに尾形さんを追いかけたのだ。
今俺の顔が熱いのは酒のせいでもあるんだけど酒のせいだけではなくて、尾形さんの顔色が最初からずっと変わりないのは飲んでいるのがウーロンハイと見せかけたウーロン茶のせいだと思う。ウーロン茶しか飲んでないのに顔色が変わっていたら、それは体調不良を疑った方がいいんだけど。
「ははぁ」
尾形さんが笑う。
口角を上げただけの、嘘くさい笑い方だけど、多分きっと恐らくお願い本心からの笑いであってくれ。
「で?」
「お、俺とこの後別のところで飲み直しませんか!」
尾形さんは俺の言葉を「ふーん」と聞き流しながら席に戻る。これは返事がもらえない感じ? トイレに用のない俺は尾形さんの後ろをついていく。
刈り上げられて丸見えのうなじに興奮する。いいな、あの境目をちょっとでいいから舐めたい。舌で柔らかいうなじと、ざりざりした生え際を感じたい。
テーブルにはラストオーダーで頼んだ濃いめのハイボールが届いていた。尾形さんの席にはウーロン茶。答えがないまま席に着く。
トイレから一緒に帰ってきた俺たちにみんな興味がない。もしこのまま尾形さんと二人で二次会に行けないなら、俺も適当に帰ろうかな。移動中にこっそり離れても気づかれない気がする。
テーブルの下で脛を尾形さんに軽く蹴られた。
見ればニヤニヤと笑う尾形さんと目が合って、これはまさかもしかしてもしかしなくてもってこと!?
尾形さんのウーロン茶はいつの間にか半分以上減っていて、俺はまだ二〜三口しか飲んでいないハイボールを一気に飲む。ごくっごくっと喉が鳴るのが分かった。ジョッキ越しの尾形さんはやっぱり笑っていて、俺はそれだけで酔いが回る。
違うか、濃いめのハイボールのせいか。
でも尾形さんも俺を見ながらウーロン茶をぐびぐび飲んでいる。
必死にハイボールを飲む俺と、何てことない顔をした尾形さんはほぼ同時にそれぞれを飲み干した。
炭酸のせいでゲップが出そうになるのを堪えている俺をよそ目に、尾形さんが立ち上がる。やだ、置いていかないで。
その気持ちが目に出ていたのか、それとも最初からそのつもりだったのか、尾形さんは財布から一万円札を出した。それをテーブルに置いたと思ったら、流れるように俺の肩を掴んで無理やり立たせる。待って待って、今俺酒飲んだばっかだからそんな急に待って。
「じゃ、俺はコイツと次行くから」
「おが」
「行くぞ」
慌ててスマホとコートを掴む。忘れ物はないはず。あったら友だちに持って帰ってきてもらうか、またこの店に来ればいい。
「夏太郎、つったな」
「は、はい」
「近くに行きつけの店がある。が、そこで飲むなら終電を逃すと思え」
「え、えと」
「来るか来ないか」
「行きます!」
コートの袖に腕を通しながら右手を上げる。
行きつけ? 終電? 臨むところだ!
「ははぁ」
尾形さんが笑う。俺は酔っ払いだし、と心の中で言い訳をして尾形さんの腕をとった。コートのポケットに手を入れていた尾形さんは、俺をチラッと見たけどそのことについて何も言わなかった。
「こっちだ」
歩き出す尾形さんに、引きずられるようについて行く俺。
宣言通り終電を逃した俺と尾形さんがその後どこに行ったかは、内緒のお話。