夏太郎の香りを堪能したいだけ「いいから」
と強く言われて、夏太郎は後ろに下がろうとした。
しかしすぐに壁にぶつかる。逃げ場はない。
目の前で真面目な顔をしている尾形を突き飛ばすしか、道はない。
どうしてこうなってしまったのか。夏太郎はどうにか尾形の気を逸らせないか考えるが、先ほど言われた言葉ばかりが頭の中をぐるんぐるん回ってしまう。
「俺の顔の上に座れ」
「い、嫌です……」
「何でだよ。お前、今その座布団の上に座ってるだろ。それが俺の顔になるだけだぞ」
「なるだけだぞって……ええ? 嫌ですよぉ……」
「夏太郎」
「やぁだぁ」
そういう会話を経て、夏太郎は壁際に追い詰められたし、尾形は前のめりになっている。頭と目を回している間に壁に手を突かれてしまった。背中に汗が垂れる。
「ちょっと座るだけだ」
「やですぅ」
「いいから」
何がちょっとだ、何がいいからだ。
「な?」
可愛く首を傾げたところで、夏太郎は首を縦に振らない。
じい、とうるんだ瞳で見られたところで、頬を優しく撫でられたところで、顎をなぞってから喉仏に触れた尾形の指が鎖骨を滑ったところで、夏太郎はうんと答えない。
「かーん?」
「もーーーーーーお!」
夏太郎は尾形の肩を押す。急に動き出した夏太郎に、尾形は反応が遅れた。そのまま押し倒されて、夏太郎の温もりがとっくになくなった座布団に頭をぶつける。見上げた夏太郎の顔は真っ赤になっていたが、目の奥がギラついている。
「ちょっとだけですからね! 苦しかったら言ってくださいよ⁉︎」
「ははぁぶ」
尾形の笑い声は夏太郎の尻の下敷きになった。
さすがに全体重はかけられない。そう思ってつま先を立たせた夏太郎の優しさを尾形は払う。
「あ! こら!」
夏太郎が体勢を整える前に、尾形はその太ももを抱えた。何が楽しいのか全く分からないが、夏太郎の下で尾形は少し笑っているようだ。ちゃんと息はできているのだろうか。苦しくなったらちゃんと教えてくれるのかな。
しばらくすると、太ももを軽く叩かれて、抑える力が弱くなる。夏太郎は慌てて腰を浮かした。ギリギリまで我慢していたのではないか、と心配になって尾形の顔を見ると、恍惚の表情を浮かべている。
どういう気持ちなんだろう。やっぱりよく分からない。
「尾形さん、大丈夫で」
「夏太郎、パンツ脱げ」
遮るようなその言葉に、夏太郎はにっこりと笑顔を作る。何も言わずにもう一度腰を落とした。