めでたいねぇ 転がるように家に入ってきた夏太郎は、興奮した様子でテレビの電源を入れた。尾形はそれをソファに座りながら黙って眺める。騒がしいやつだな。くあ、と尾形はあくびを零した。
「ちょ、なん、テレ」
「んー?」
チャンネルを回した夏太郎はテレビを指差す。映されたのは昼の情報番組で、とある店の前でインタビューを受けた人が何かしらを答えている。
テレビの左上には「今話題のふわふわスイーツ」と出ており、どうやらその「ふわふわスイーツ」を求めて列をなしている人たちにインタビューをしているようだ。ワイプではスタジオにいるアイドルが出てきたスイーツを見て「おいしそ〜」と口を動かしていた。
「連絡したじゃないですかぁ!」
「あー、そういえば」
尾形はテーブルの上のスマホに手を伸ばす。ぱ、と画面をつければ、そこにはいくつも夏太郎からの連絡が入っていた。ブルブルと震えているのは見ていたが、昼飯を食べた後で眠かったので後で確認しようと思ったのだ。通知で見える範囲で眺めていても緊急性を感じなかった。
さすがにこれが病気した事故にあった、はたまたうっかり人を殺してしまった連絡であれば話は変わるのだが、テレビのインタビューを受けたという平和な話題ならば少し温めたところで問題は起きない。
「もおおおお! 俺! テレビ! 出るんですよ!」
「みたいだな」
「見てくださいねって言ったのに!」
「そうらしいな」
夏太郎からの連絡をきちんと遡れば、インタビューを受けた話や、それを放送する番組の話がいくつも送られている。やはり通知でちらっと見たまんまだった。
スイーツの話題がいつの間にか終わった番組は、今日の天気と週間天気予報の説明をしている。尾形はスマホをソファに置くと、左手で空いてるスペースを叩く。
テレビの真ん前に座っていた夏太郎が振り返った。あんなに連絡したのに、と文句を言いたそうな顔をしている。
「夏」
「はぁい……」
名前を呼ぶと返事をしながらテーブルを避けて、尾形の方を向くようにソファに座る。右膝を立てて、左足は床に下ろす。ジト目で唇を尖らせた夏太郎の頬をむぎゅと潰すと、抗議のうめき声が聞こえた。
「さっきインタビュー受けたんだろ?」
「ふぁい……」
「今日そのまま放送ってことはないだろ」
「ふぇ? そおなんですか?」
目を丸くした夏太郎の顔を見て、尾形は首を傾げてから「編集とかあるだろ」と一人頷いた。手を離すと夏太郎は解放された自身の頬を揉む。
「確かに。えー、じゃあいつなんだろう」
「なんかもらわなかったのか?」
「なんか……あ、そういえばなんか、紙もらった気がします」
ぱ、と夏太郎がソファから降りる。テレビの前に転がしたリュックを拾いに行くのを見ながら、尾形は「しばらく毎日録画すればどこかで引っかかるだろ」と考えた。
特にテレビ出演を目指していたわけではないだろうが、せっかく夏太郎が地上波デビューするのだ。どうせなら最高画質で録画して、それをブルーレイディスクにコピーして残しておきたい。
となると明日から一週間か二週間分、昼の帯番組を録画するには容量が心もとない。尾形が録画しているわけではないが、いつの間にか夏太郎がアレもコレもと様々な番組を録画をしているし、場合によっては編集して目当てのアイドルが出演している部分だけ残しているのだ。一つ一つは五分から十分程度といえど、塵も積もれば山となる。
新しいレコーダー買うか? と尾形はスマホに手を伸ばした。夏太郎のテレビ出演に浮かれているのは俺も同じか、と笑みが漏れる。
「ケーキでも食べるか?」
「え? 食べます! え? なんで?」
リュックから紙を引っ張り出した夏太郎が嬉しそうな顔をする。尾形はレコーダーの検索をやめて、代わりに「ケーキ屋」と検索窓に入力した。
夏太郎がソファに戻ってきた。尾形のスマホを覗き込む。
「だったらさっき紹介してたとこ行きません?」
「ふわふわスイーツ」
「そう、あのすごいパンケーキ食べたいです」
ふわふわでとろとろのパンケーキを思い出しながら尾形は指を動かした。店名も場所も覚えていないので、番組名とパンケーキで検索をする。うまく引っかかってくれるといいが。画面がすぐに切り替わり、見覚えのあるパンケーキの写真が出てきた。
「ここ! えへへー、行きましょ行きましょ」
「そうだな」
尾形は夏太郎の頭をひと撫でする。
えへへ、と嬉しそうに夏太郎は笑った。