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    棚ca

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    棚ca

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    ロシア行く前のまだできてないというか月が喰われる前の鶴月。はー可愛い可愛い

    #鶴月
    craneMoon

    鶴月SS「うん、買いにいくか」

     肩から落ちそうな布を両側からギュッと寄せてやる鶴見を、ダボダボの背広の中でムスッとした顔が見上げている。鶴見が他の誰かから譲り受けたというその紺色の背広は、再び箪笥へと戻されることになりそうだ。

    「私なんぞのためにそのようなお気遣いは……あの、何故前を留めるんですか」

     正直袖を通す前から分かっていた月島は、特に落胆もなくさっさとその背広を脱ごうとしたのだが、ボタンを留め始めた鶴見に動きを止められた。

    「これ、女物だったな」
    「どうしてお分かりに?」
    「右側の布が上になるようになっているだろう? こうやって……」

     鶴見はそう言いながら、五つのボタンのうちの残り三つを留めてみせる。

    「手伝いをする者が右手で扱いやすいように、男物とは逆になってる。西洋の婦人服は一人で着脱するには困難な物が多いからだ」

     なるほど、などと思っていると、鶴見は今度はそのボタンを外し始めたので、月島は慌てた。

    「鶴見少尉殿、あとは私が……」

     しかしその言葉はさらりと無視された挙句、鶴見は何故かさらに月島が元々着ていたシャツのボタンに手を掛け始めた。

    「何をなさってるんです?」
    「実際、ボタンの位置で効率性は変わるものかと……」

     月島はワケも分からず、かといって抵抗する理由もなく、ただじっとしていた。
     ロシア遠征──余った袖口に視線を落とす。狭い島しか知らなかった月島は、陸軍に入隊した時だって慣れない景色と新しい価値観に多いに戸惑った。そんな自分が遥か遠いロシアに行くことになるなんて、身に余る話だ……加えて監獄から、なのだ。そんな自分を嘲笑うかのように、紺色の背広は肩からズルリと滑り落ちる。田舎生まれの貧乏人はまず着ていく服がない。もう無用だろうと月島はその背広を、何やら熱心に取り組んでいる鶴見の邪魔にならぬようそっと脱いで脇に抱えた。

    「女性でもこうとは、大柄なんですね。ロシア人は」
    「そういう傾向にあるな。我々とは骨格からして違う。だが覚えておけ、気合いではけして負けない」
    「はい、鶴見少尉殿」

     月島はいつも通り従順に答える。

     はい、

     鶴見少尉殿。でも、

     何故、女物の服が貴方に譲られたのですか?

     すっかりシャツのボタンを外し終えた鶴見は自身の顎髭を撫でていた。

    「……何か分かりましたか?」

     少々の肌寒さを感じながら月島は尋ねてみた。鶴見は目を細めて、部下の鍛え抜かれた上半身を眺めている。続く沈黙をじっと耐えながら鶴見を見上げると、造形の整った顔立ちは微笑みをたたえていたが、読めない表情であった。月島はただ次の指示を待つ。全く、掴みどころのない御方だ……そう思いながら。
     
     その鶴見はというと、上機嫌でもあり、物足りなくもあった。一時は痩せ細ってしまったが再び逞しくなった身体、無骨で真っ直ぐな精神、それでいて鶴見にされるがままの無抵抗っぷり、尊敬と信頼の感じさせる安定した受け答え……それらが鶴見を喜ばせたが、同時に「完全な」支配への欲求がムクムクと沸き起こり、目の前の少し不安げな様子の月島を食べてしまいたいとまで思っていた。きっと肩に埋まらんばかりに近付いて臭いを嗅ごうとすれば、抵抗してくるだろう。そんな嫌がる様子が見てみたいとすら思う。
     優秀な兵士、私が見出した、私が救った、私が役割を与えた。私を愛すだろうか? 脅しや抑圧では叶わない、傷や罪ごと掬いとる根深い支配で、彼を隅々まで満たしたい。嗚呼、ロシア遠征が楽しみで仕方ない。きっと彼は使えば使うほど、よく私の手に馴染む。

    「さて、どこへ買いにいこうか……茅場町がいいな。中央から行きやすいし」

     ようやく口を開いた鶴見の言葉に、目線だけを寄越し軽く俯いていた月島の顔がバッと上げられた。

    「しかしッ」
    「任務のために必要だ、そうだろう? 大丈夫、軍が支払うさ」
    「鶴見少尉殿をお付き合いさせるのは忍びなく……」
    「私とでは気疲れしてしまうか?」
    「そんなこと!」
    「これから私とは長い時間を共に過ごしてもらう。悪いが慣れてくれ」

     ウインクをすると月島は恐縮した様子で、光栄です、とだけ言って一礼をした。気付かぬ間にシャツのボタンはすっかり閉じられている。

    「銀座の洋菓子も食べようか、月島。ご婦人ばかりでなかなか店頭では食べれないが、あたかも所帯持ちの人を訪れる際の手土産かのように買うんだ。それを、自室で自分だけで食べる。この滑稽さが甘みを増させる」

     茶目っ気を見せる鶴見に対して、月島は穏やかに微笑む。「笑う」ことが適切な対応だと判断したからだ。そんな上辺の対応はいらない。が、今はまだいいだろう……。

    「月島はエクレアを食べたことはあるか?」
    「エクレア……? いえ」

     これからこの男に与えることになるであろう「初めて」が幾千とある。それが甘いものから苦いものまで、私のものになるのだ……なんて甘美で、唯一無二で、神聖ですらある! これから阿鼻叫喚の地獄を走るのにあたり、これほど素晴らしいことはない!
     鶴見は、何故か少しだけ額が疼いた。
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