【吸死】はじめてのおともだち。【ジョンドラ】 ちいさなちいさなアルマジロ。テニスボールみたいなまあるい子。ひとりぼっちのはかない子。
私のとっときのたからもの。
ある日私の手のひらに転がり込んできたその子は、最近よく泣いていた。傷の痛みは癒えてきたし、日に日に目は開き、私の言葉への理解もしっかりしてきていたが、ニューニューと悲しげに独り泣いていることが増えた。
お父様に相談してみれば、親と離れて心細いのではないか、と。御祖父様に相談してみれば、ともだちがいなくて寂しいのかもしれないね、と。
私は暫し考えた。
それから屋敷中の余り布を掻き集め、針と糸を手にすると、小さなアルマジロのパペットを作った。出来がいいとは言えないが、指を入れて動かせるし、大切なあの子に似せて作れたと思う。
早速それを持って彼の元へ向かった。丁度起きたところのようで、か細くニュゥ〜と泣いている。私は気が急いてつい駆け寄っていた。小さな彼は足音にびくりと体を震わせたが、私の姿をつぶらな瞳で認めると、少し安堵したように息を吐く。しかし表情は強張っているように見える。
そんな姿を見ると、上手く行くのだろうか、浅はかな考えじゃないだろうか、と決まりの悪さが頭を過るが、やるだけやってみようじゃないか、と気持ちを切り替え、こほんこほん、と咳払いをしてみる。
「やぁ? ジョン。いい夜だね、よく眠れたかい? あのね、この広い屋敷にアルマジロ一匹では寂しいのではないかと思ってね、もう一匹アルマジロを招待してみたのだよ。だから、えーと……お話してみないかい?」
しどろもどろな私を、不思議そうに見上げるあの子。私はええい、とやけくそ気味にパペットをはめた右手を突き出して喋った。
「ヌヌヌヌヌヌ ヌョン!(はじめまして ジョン!)」
入れた指で頭をぴこぴこと動かしながら話しかける。ジョンはやっぱりなんだろう、とばかりに首を傾げていたが、見てはくれているようだ。
「ヌヌヌヌ ヌヌヌャン! ヌヌヌヌヌヌ ヌヌーヌ!(わたしはドラちゃん! おともだちになろうよ!)」
顔の前まで近付けてひょこひょこと、窺うようにパペットの頭を動かせば、彼も動きに合わせて首を揺らしていた。よくわからないなりに興味は持ってくれている様子が嬉しくて、私は小さなアルマジロが飽きるまで、たくさんパペットを動かしてお話をしたのだった。
ジョンはすくすくと成長した。もう寂しい時は独りで泣かず、私の元に来てお喋りしたり、お菓子を作ってお腹いっぱい食べたり、楽しいこと、頼ることを知ったマジロになった。大変な甘えん坊だが、私に懐いてくれる彼がより一層愛しくて、何よりも大切な子だった。
ある日お寝坊な愛し子を起こしに向かうと、何やら彼の話し声がした。しかし相手の声はなく、どうも一人で二役しているような内容だ。気になって、こっそり部屋を覗くと、寝床に座ったジョンが、あのアルマジロのパペットを持って話していた。
「ニュニュニュ ニュンニュ ニュニュニュ?(きみはげんきですか?)」
「ニュンニュ!(げんき!)」
パペットが話す時はこくこくとパペットの頭を揺らし、短い言葉、赤ちゃんのような話し方をさせ、それをジョンがあやしている、というシチュエーションらしい。これ見てていいのかな、と彼への配慮的に迷ったが結局は、こんなにも可愛らしい光景を逃せるものか、と息を殺して見守った。
「ニュニュニュニュニュイ ニュニュニュ?(さびしくないですか?)」
「ニュン!(うん!)」
「ニュンニュ ニュニュ。ニュッニュ ニュニュニュニュニュニュニュ ニュニュニュニュ(ヌンもです。だってドラルクさまがいるもの)」
急に出てきた自分の名前に、そのニュアンスの優しさに、私はつい動いてしまい、ドアにぶつかって呆気なく塵になった。ニュワー!? という驚きの声に申し訳なくなりながらすぐに再生すると、大丈夫だよと声をかけながら近づく。
「なかなか起きて来ないから呼びに来たよ、ジョン。我ながらいい出来のご飯ができたから食べてくれると嬉しいんだが、お腹の空き具合は如何だろうか?」
そんな風に聞けば、おなかすいた! と一も二もなく飛び付いてきた。しっかりキャッチした食いしん坊マジロの頭を撫でてやる。
「よしよし。いっぱい食べて大きくならなくちゃね、ジョン」
「ニュニュニュニュニュニュ ニュニュ?(ドラルクさま、見た?)」
わかりやすくギクリと固まってしまった。パペットとの会話のことだろう。罪悪感もあったのですぐさま謝ると、ニュ〜とやや恥ずかしそうだったが許してくれた。
「私としてはその子を大事にしてくれてるようで嬉しいよ、本当に。君の最初のともだちだものね。これからも仲良くしてあげてね」
そう言うと、急にジョンがニュニュニュニュ! と怒り出した。結構な剣幕で、ちょっと砂りそうになりながら愛し子を見る。
「ニュンニュ ニュニュニュニュニュ ニュニュニュニュニュニュ ニュニュニュニュニュニュ ニュニュ!(ヌンのはじめてのおともだちはドラルクさまです!)」
そう熱烈に、高らかに宣言されて、私は恥ずかしいやら嬉しいやらでぐっちゃぐちゃになる。
子供をあやしてるつもりでいたのに、彼がずっと見てたのは自分に似せたパペットではなく、それを動かして演じていた私自身だったというのだから。子供向けの道化を演じている私の本質を見ていた聡い幼子を前にして、私は羞恥心で顔から火が出そうだった。それと同時に、パペットの裏にあった私の気持ちが伝わっていたことに、至上の喜びも感じていた。
叶うならば、君の一番に、唯一無二になりたい。親代わりでも、仲間の代わりでもなく、私自身が君の救いになれやしないかと。
そんな私の傲慢を知らずとも受け入れて、私を真っ直ぐに見詰めてくれる黒い小さな瞳には、たくさんの愛情と慈しみが溢れていて。
いいのかな。
私は欲張ってもいいのかな。
君は私のものだと、独り占めしたくなっても、許されるのかな。
まだそれを聞く勇気もない私は、それでも熱視線にふやふやと溶かされてしまいそうな気分になりながら、彼をぎゅっと抱き締めた。
「ああ、そうだね、そうだったね。私は君のはじめてのともだちだよ、ジョン」
私のだいじなだいじなたからもの。
どんな宝石よりもキラキラしてて、どんな高級品よりも価値のある、私のお気に入り。そして。
私のはじめてのおともだちだ。