薄明の独り言 二人きりの夜には、肩を寄せあってお喋りしていた。
今日あったこと、明日あってほしいこと、やりたいこと。
春嵐がガタガタとマンションの壁を軋ませ遊びまわり、ゲリラ豪雨がばたばたとベランダで飛び跳ね踊りくるう。彼がちらりとだけ外を見て、すげえなと感嘆の声をもらすたび、僕の肩に熱い吐息がふりかかる。
耳だけではない、身体にこそ響くその密やかな笑い声が、僕は大好きだった。
やがて季節はいくつも巡って、二人きりで過ごす夜は終わりを告げた。
今日あったこと、明日あってほしいこと、やりたいこと。
止まない秋雨がコツコツと窓ガラスをノックしては去ってゆき、チラチラと降る雪が音とともに交通機関をも止めてしまう。だけど、ベッドに日がな一日寝転んで、ぼろぼろになったパスケースに嗄れ声で語りかける僕には、あまり関係のないことだった。
彼がそうだったように、僕にももうすぐこの世とさよならする日が近づいているのだ。
今なら言ってもいいだろうか。彼の最期には言えなかったことを。そして、今の今まで言えずにいたことを。
彼がいなくなってからも何千回と夜を過ごし、新たな夜明けを迎えようとしている今なら。
ねえKK。僕はね、あんたがいないと息もできないんだよ。
***
二人きりの夜には、肩を寄せあい、互いの熱を感じていた。
といっても、色っぽいことばかりしていたわけじゃない。むしろ、そうではない夜のほうがずっと多かった。
今日あったこと、明日あってほしいこと、やりたいこと。
オレの肩口に額を押しつけ、ぽつぽつと言葉を落としてゆく暁人の吐息は、どんな春一番よりも強く激しく、どんな炎風よりも熱く湿っている。
汗にぬるつく皮膚を越え、筋肉を越え、骨を越え。心の臓に直接響くような彼の密やかな笑い声こそが、オレにとっては何よりも輝かしい命の響きに聞こえていた。
やがて季節はいくつも巡り、二人きりで過ごす夜にも終わりがやって来る。
今日あったこと、明日あってほしいこと、やりたいこと。
変わらず言葉を紡ぐ暁人の声に、以前ほどの張りはない。それはオレも同じことで、肩口に押しつけられた白髪交じりの彼の頭を撫でるオレの手は、記憶にある爺さんのものよりずっと、しわくちゃのしみだらけになっていた。
荒れ狂う野分に押しまけ、鋭く響く木枯らしにかき消され。途切れ途切れにしか聞きとれない彼の声を、鼻歌のように流れてゆく旋律を、ただただ静かに耳に焼きつける。
オレがあの世に連れていくのは、こうして彼と過ごした日々の記憶、そして、この命の旋律だけだ。
今なら言ってもいいだろうか。決して口に出すつもりのなかったひと言を。もはや声も出せない今だからこそ。
のこしてゆく彼に聞かせるにはあまりにも残酷だが、まぎれもなく嘘偽りのない本心、ともに過ごした何千回もの夜に感じていたことを。最期のときが訪れようとしている今なら。
なあ暁人。オレはな、オマエがいなけりゃ息もできなかったんだよ。