君と共に最後まで。ーーー何気なくただ、そばにいて。
「ーねえ、KK。今日って早く帰ってこれる?」
朝、出かける前の事。
暁人からそう唐突に切り出されたKKの口から、んあ、と間抜けな声が漏れる。
「別に予定はねえが・・・どうした?」
そう返せば、暁人がぷう、と頬を膨らませた。
「今日、七夕でしょ」
「ああ」
なるほど今日は7月7日か。
「夜、パトロール行かない?ほら、こういう日っていろんな人の思惑が渦巻いたりするだろ」
「ああ、確かにな」
暁人の言うとおりで、多くの人の心を動かすイベント事がある日ってのは、マレビトも生まれやすい。しかしそもそも七夕とは「祖先の霊を祀るための神事」が元であって、人々の願い事を叶えてもらう行事ではないのだが・・・
まあなんでも自分たちの都合のいいように変えちまうところが人間らしい、というべきなんだろうな、とKKは思う。
ーというより、今じゃオレもその「都合のいいことばかり考える」人間の仲間入りだ。
願って叶うものならば願いたいことは山ほどある。
それもこうして、体を得てこの世界に戻ってこれたからこそ言えることなのだが。
暁人はこんな日に生まれたマレビトを少しでも祓いたい、と思っているのだろう。
「・・・・そういう人がいたら、ね。例え僅かでも、自分たちの力が助けになればと思うんだ。他の人には無い力を与えられた代わりに。・・・駄目かな」
切なげに困ったような顔をして俯くパートナーのそんな顔を見て、そんなの知らねえ、と言えるほどにKKは冷酷な人間ではない。
「・・・分かった。できるだけ早く帰ってくる。オマエも無理しない程度に早く戻れよ」
「・・・ありがと、KK」
満足そうに抱きしめられ、そっとキスを交わす。
ー畜生、朝から元気にさせられてもなあ?暁人クンよ。
KKの心を知ってか知らずか。それとも自分も同じ気持ちであると気づいたのか、
暁人が笑って体を離した。
「・・・・大丈夫、今日は早く終わらせていっぱい・・・しよ?」
「・・・・ったく、お誘い上手になりやがって」
「ふふ」
笑ってもう一度、触れるだけのキスを。
「よし、じゃ、行ってくるね」
「ああ、気を付けてな」
いってらっしゃい。気を付けて。
それらの言葉は互いに、ここにまた必ず戻ってくることを約束するための、まじないのようなものだ。交わすキスも含めて、それらは明確に力を持つ。
ふたりを繋ぐ、大切な「しるし」になる。
そうしてまた1日がはじまる。一足先に家を出た暁人の足音が聞こえなくなる頃、
戸締りを終えたKKも、外へと繋がるドアを開けた。
ーーー
「あー、降り出しそう…」
夕方、大学が終わって、暁人は飛び乗ったバスの窓から空を眺めた。
折角の七夕なのだ。同じように空を眺めてため息をついている恋人たちもきっとたくさん居るだろう。
去年はどうだったろうか。思い返すも何の思い出も湧いてはこない。そんな事すら考えることなくバイトに明け暮れていたような気がする。
しかし、今の自分は幸運にも、離れ離れになることなく側にいてくれるひとがいる。だからこそ、稼ぎ時である今日、七夕の夜などにバイトにも入らず、こうして家路を急いでいるのだ。
(・・・KK、もう帰ってきたかな)
バスから降りて、走り出す。
どうせあの筆不精は、LINEなどまともに返しやしないのをわかっているから、自分が先に帰りついて、連絡を入れる方が早いに決まっているのだ。
軽快に階段ひとつ飛ばして、アパートの玄関に辿り着く。鍵をポケットから取り出したその時、スマホの着信音が鳴った。
「え、珍し」
開いた画面に表示されていたのは紛れもない恋人の名で。
【駅着いた。何か買って帰るモンあるか】
ふふ、思わず笑みがこぼれてしまった。別にLINEで返してやっても良かったけど、急に声が聞きたくなって、鍵を回しながら器用にLINEの通話ボタンを押す。
ほどなくして『暁人?』と彼の低くて優しい声が耳元から響いてきて、少しだけぞわぞわと下半身が疼く。この声で名前を呼ばれるのが好きだ。
「ごめん、LINEより通話のが早いと思って。僕も今帰ったとこ」
『ああ、だろうな。で?どこも寄らなくていいか?』
きっと、片付けが要らないようにと出来合いの食料の調達を申し出てくれているのだろう。
「あー、もしよかったら。なんか軽くつまめるやつ。サラダとか唐揚げとか、あると嬉しいかも」
『だろうと思ったぜ。もーすぐスーパー着くから、適当に買ってく』
「うん、宜しく。昨日のお味噌汁あっためて待ってるね」
『おう、頼むわ』
通話を終えて、スマホを耳から離す。ぞくぞくする背中をぶるると震わせ、暁人はふふ、と声に出して笑った。顔がにやけるのがわかる。嬉しい、うれしいと、心が熱くなる。
こんなに何気ない会話が。短いやりとりが、こんなにも愛しくて。早く会いたくて、たまらなくなる。
ーほんの少し前まで、考えられなかった光景だ。
自分の名前を呼んでくれる声がある。側にいて、触れてくれる手がある。抱きしめてそれから、とろとろになるまで愛してくれる身体がある。
窓から見えるどんよりした空とはうらはらに、暁人の心は喜びに湧く。
さあ、それなりに重い買い物袋を下げて帰ってくる恋人のために、自分が出来ること。あたたかい食卓を用意するために、暁人はエプロンを手に取り、キッチンに向かった。
ーーー
「ただいま。色々買ってきたから適当に出してくれ」
「おかえり!手洗ってきて。すぐ準備する」
数十分後、KKが帰ってきたときにはすっかりと食卓の用意は整っていた。どうせ後でまた着替えるのだ、ネクタイだけ外し、言われた通り手だけ洗って食卓に着く。
二人揃って手を合わせ、いただきますを口にする。こういう時の所作を欠かさないところ、いいんだよな、とKKが緩く微笑んだ。
KKが暁人を好ましいと思うところはもちろんそれだけではない。
色素の薄い、蜂蜜を溶かしたような瞳も、
時々顔を出す生意気な一面も。
軽やかに自分を呼んでくれる声も、好きだ。何よりー
「・・・どうかした?KK」
箸が止まったまま凝視するKKに、暁人が不安げに声を投げる。
「ん、ああ。オマエに見惚れてた」
「はぁ?!なにそれ!?」
もう!変なこと言うなよ!ご飯冷めちゃうしっ!
顔を真っ赤に染め、慌てたように茶碗を手に持つ。がふがふと飯を掻っ込む様子を見て、声を上げて笑う。そんなKKを軽く睨みつける姿も、結局は愛しいと思う材料にしかならない。
ーああ、かわいいな。んで、なんでこんなにエロいんだろうな、オレの暁人は。
「おい、暁人、おべんと付いてんぞ。取ってやるから、ほら」
「ん"っ!?」
すい、と手を伸ばしてやれば、一瞬固まるものの。素直に触れさせてしまうところを見てしまうと、キスしたい、そんな衝動に駆られる。
軽く触れた頬。そのまま米粒を取ってやることも出来たが、KKはその手でぐいと顔を引き寄せた。
ーぱく。
「ん"、な、け、けぇ、…ッ」
「おら、取れたぞ」
「ーーーあ、ありがと…」
これ以上はパトロールに行けなくなるから、おとなしくしておいてやろうか。
ふふふ、と上機嫌を隠すことなく、KKは買ってきた春巻きに齧り付く。
暁人もそれ以上は何も言わず、食事を再開した。
ー続きは帰ってから、ゆっくりすればいい。夜はまだ、長いのだから。
ーーー
「・・・ふぅ、やっぱり何だかんだ湧いて出るもんだね。お札多めに持ってきてよかった」
「だな・・・ったく、人間が戻った世界だってのに元気なモンだよ全く」
いくつかある中でも特に霧ヶ丘神社の裏手、深い森に覆われた場所にはやはり結構な数のマレビトが湧き出していた。
手こずったのは、今までによくいたサラリーマン風の影法師たちではなく、一般人に近い見た目をしていたため、普通の人間と見分けがつきにくかったことが原因だ。
特に女形をしたマレビトは顔を覆って泣いている姿の者が多く、油断して近づいては敵だった、ということを繰り返し。
麻痺札を駆使して何とか森の外に彼らを出すことなく殲滅を果たした、というのがつい先刻のこと。
「あー疲れた・・・ねえ、神社で屋台出てたよね?ちょっと寄って行こうよ」
「言うと思ったぜ・・・まあ程々にしろよ?」
動いた後には腹が減る。それはKKも認めるところだった。しかし暁人の場合ー
「たこ焼きと焼きそば、りんご飴は絶対だろ、あとベビーカステラも欲しいし・・・あーでも肉巻きおにぎりも捨てがたいよな・・・」
「オイ、せめて甘味は持って帰れ。オレは食わねえぞ」
「えー・・・?まあいっか。とりあえず、たこ焼き!」
「はいはい」
本当はこのために出てきたんじゃねえのかコイツ。愚痴が喉元まで出かかってなんとか押しとどめる。
「・・・あ」
「どうした?」
ウキウキと目の前を歩く暁人が、不意に足を止めた。
どうかしたのか、とKKが口に出すより先に、くるりと振り向く。
「・・・忘れるところだった。ごめんKK、屋台より先に、寄るところがあったんだ。一緒に来てくれる?」
「・・・?ああ・・・」
屋台の灯りはもうすぐそこだ。暁人が食い物を目の前にしてなお優先すべき事項があるということに、内心KKは驚く。
だが向かった先を見て、納得した。
「・・・ねえ、僕たちも書いていこうよ。短冊・・・持ってきたんだ」
神社の境内の側、色とりどりの短冊が並ぶ何本もの笹。そう、今日は七夕の夜。
「KKとね、一緒に。書きたかったんだ。願い事」
「・・・ったく、乙な事してくれるじゃねえか。いいぜ」
良かった、と笑いながらバッグから何色かの短冊とペンを取り出した暁人のほっとした表情がどこか泣きそうにも見えて。
KKがそっと暁人の髪を撫でる。
「暁人。願い事はもう決まってるのか?」
「願い事、とは違うけど。書くことは決めてる。KKは?」
「オレも・・・そうだな、決まってるな」
「じゃあ・・・書こう」
互いに側に設置されていた机に短冊を置き、ペンを走らせる。
一足先に書き終えた暁人がそっと近くの笹に短冊を結び、祈るように空を眺めるのを見ながら、KKも違う笹に短冊を結んだ。
なんとなく、互いに「何を書いたか」は聞かないままで。
KKが結んだのを見て、「・・・行こっか、お腹空いた。今度こそ屋台!」と暁人が駆けだす。
「転ぶなよー」
後ろからついていきながら、そっとKKも空を仰ぐ。
(・・・本当の願いはもう、叶っちまったようなモンだからな。もう傍にいてやれない分、これくらいはいいだろ。あとは・・・コレも、だな)
ふ、と笑みを零して、隠していたもう一枚の短冊をそっと、暁人の結んだ笹に結び付ける。
そこには、『交通安全』ーKKらしい簡潔な4文字が、空に揺れていた。
ーーー
それから結局、最初に宣言していた全ての屋台飯を買い込んだ暁人は、持ち帰ったベビーカステラを嬉しそうに摘まんでいる。
本当にどんだけ入るんだオマエの胃袋。呆れを通り越して感心するKKだったが、幸せそうに頬を膨らませる暁人を見ているとなんだかそんな心配も杞憂でしかないのだろうと思い知らされる。もういい、まだ若いのだ。存分に食え。
「それにしても・・・・折角七夕なのに、結局、全然星、見えないな・・・」
ベビーカステラを口に入れもぐもぐしながら、窓を開けて空を眺めていた暁人が、残念そうにそう言って、KKのいるソファまで戻ってくる。
「まあ空の上じゃ曇りも晴れもねえだろ。なんとか会えてるんじゃねえか?当のご本人さんたちは」
「まあ確かに、地上の人間たちの願い事なんて本人たちには知ったこっちゃないだろうけどさ」
夢ないなあもう、と呆れたように言う暁人の背中に、そっと手を回してやれば、満足そうに笑う暁人と目が合う。
「・・・ねえ、KKが何を願ったかはわからないけど・・・叶うといいね、お願い事」
「・・・ああ。オマエのもな」
「ーそうだね。叶うといいな。僕のも」
静かにそう言って、目を閉じる。
そっと触れるだけのキスをすれば、カステラの甘い香りがした。
「・・・なあ暁人」
「うん」
「オマエの中に居たときのようにはいかねえが・・・これからも離れずに、オレの側にいてくれるか?」
「・・・え」
「オレはオマエと添い遂げたい。オマエがそれを望んでくれるんならな」
言い終わる前から暁人の瞳が潤む。言葉よりさきに答えをもらった気分だ。
「うん・・・!!うん、もちろんだよ!!KK、僕だって・・・ずっとずっと、一緒にいたい・・・!KKと一緒に・・・最後まで、生き抜きたい・・・!」
胸に飛び込んでくるその温もりをしっかりと抱き留めて、その願い、オレが叶えてやるよ、と囁く。
神様になんて頼るな。その願いを叶えてやれるのは、オレだけだ。
ありがとう、すすり泣きのようにか細い声が届く。
そのまま押し倒して、今度は長い長いキスを交わした。
ー朝まではまだ長い。さあ、今度はふたりの願い事を一緒に叶えようか。
互いに欲している、その先を。体もたっぷり満たしてやらなきゃな?
肯定の言葉は無い。だが、背中に回った腕が答えだと、オレは知っている。
KKはうっそりと笑って、愛されたがりの恋人を満足させるべく、その肌に手を滑らせた。
ー街の灯りで霞んだ空。1年に1度しか会えないふたりに見咎められて邪魔されないように、カーテンは閉めたままで。
ーーーいつも通り、あとがきという名のいいわけ。
七夕であげたショートバージョンを膨らませた結果、随分とまとまりのないものに
なってしまいました。そして無駄に長い。
短冊の下りは、公式での暁人くんの「最後まで生き抜く」と
KKの「家内安全」をそのまま取り扱ったものとなっています。
暁人くんのほうには「KKと一緒に・・・」という願いを、
KKには「別れた家族の安全を」という願いを付加させてみました。
KKが「本当に叶えたかった願いはもう叶ったようなもの」と言っているのは、
「体を取り戻して暁人の側にいること」そして、
「暁人がプロポーズを受けてくれること」だったのですが、
うちのKKはすっかり暁人くんが自分のことしか見えていないことを信じているある意味おめでたい頭の持ち主だったようなので、こんなオチになっています。
でもこのあと(んああああ良かった断られなくて・・・!!)ってめっちゃ悶えていてくれたらいい・・・暁人くんも朝になってから(えええあれプロポーズ・・・プロポーズだったよね?!夢じゃないよね!!!?)と二人して挙動不審になってたらいいなと個人的には思います。
何はともあれあまいちゃ設定で書ききれてよかった!
あみゅ様お待たせして申し訳ございません・・・!
楽しんで読んでくださるとうれしいです・・・!