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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    蒼の誓約 2

    ##パラレル

    ウツボたちの見せたものに、魔法使いは驚きました。
     夜空は深く遠く、洞窟の闇とは違い、星々に満たされ輝いています。冷たい空気が頬に触れ、波も無いのに彼らの髪を揺らしました。陸地には数えきれないほどの灯りが並び、またたいていました。
     そんな中で、彼はウツボ達の目にしているものを、言葉も無く見つめます。
     それは、青い火でした。熱帯魚を思わせる深い青が、火となって揺れています。長く長く伸びたそれは、波に揺れる海藻のような、いえ、海中の中にあっては見た事のない動きをして、揺らいでいます。なによりそれはただの火では有りませんでした。人間の、髪なのです。
     そんな人間、ウツボも魔法使いも見たことが有りません。人間の髪が燃えているなんて、そんなことは聞いたこともないのです。それは細い身体をした、随分と頼りなげなか弱い生き物でした。その白い肌は月の色に似ていました。その金の瞳は闇の中でも煌めいて見えました。
     とある島の浜辺に、その人間はじっと座っているのです。それが雄なのか雌なのか、子どもなのか大人なのか、彼らにはわかりません。ただその青い火と金の瞳が、夜の砂浜で浮き上がるように見えて、目が離せませんでした。
     やがて青い炎の人間は二人に増えました。彼らは一言二言呟くと、ゆっくり浜辺から去って消えます。
     そうして青が見えなくなっても、彼らは、魔法使いは何も見えなくなった浜辺を見つめていたのでした。



     アレは、なんだったのか。
     アズールにはわからなかった。わからないことがあるのは酷く不快だ。この海の偉大な魔法使いとなって何年も経つからこそである。
     海の全ては手に入れた。海の王も、絶世の美女も自分の手中であり、いつでもなんとでもなる、その上で敢えて自分の手中で泳がせるのが彼の生き方だ。全てを知っている。全ての願いを叶えられ、全てを持っている。それが、彼だ。
     なのに、双子たちが見せたアレは。アズールには知らない事ばかりだ。もっとも、直接見た双子でさえ知りはしないのだけれど。
     これまで、アズールは寝る間も惜しんで努力をしてきた。あらゆる魔法を手に入れ、あらゆる知識を無数の脳に叩き込んだ。そんな彼に、未知が有る事自体が許せない。この上は、陸に向かうしかないのではないか。日に日にアズールは、そのような気持ちになっていく。
     双子たちはそんなアズールの気持ちを理解しているのか、ソレをどこで見たのか教えてくれた。嘆きの島と呼ばれている場所で、鳥たちも恐れて近寄らないらしい。何故近寄らないのか、詳しく尋ねると、そこは死にゆくものたちが集まる場所なのだそうだ。死ねば泡となる人魚には理解のできない話である。
     アズールはしかし、その衝動を抑えることができなかった。何年も出ていなかった洞窟を、夜な夜な泳ぎ出る。久しく動かしていなかった足は泳ぎ方を思い出すのに少々の時間を要した。それから、双子たちが自分を見ていないのを確認して、目的の場所へと向かった。
     ソレはその日も、浜辺に一人で座っていた。
     海面から顔を出すと、冷たい空気が頬を撫でる。風、と呼ぶらしい。地上で波のようにものを揺らすのだ。だから、ソレの青い火も絶えず揺れていた。長い長い髪が、儚く揺れている。その光景をアズールは美しいと感じた。
    「……こんばんは」
     アズールは海面から上半身だけを出して、思い切ってソレに声をかけた。ソレからは、こちらが見えないらしい。人間は夜目が効かないらしい。ソレはきょろと周りを見渡してから、「誰?」と首を傾げた。目に見えぬ客を恐れてはいないようだ。
    「失礼、つい声をかけてしまいました。僕はここです、海の中ですよ」
    「海? ……人魚、なの?」
     人魚って本当にいたんだ。砂浜から少し離れている場所から聞く声は低くて、どうやら男、それも少年ではなさそうだ。それ以上近付くのをアズールはまだ躊躇っていた。陸に上がれば無力なのは、アズールも同じだから。彼が一体何者で、どうしてここにいるのかわからない限りは、安全とは思い難い。
    「ええ、僕は人魚です。……お嫌ですか?」
    「ううん。ごめん、暗くてよく見えないんだ。満月の夜なら君の姿も見えるかもしれないけど……男の人の声だね。人魚って、男もいるんだ」
    「それはもちろん。あなたたち人間に、雄と雌がいるように」
     それもそうか。青年の声は静かで、敵意は全く感じられなかった。アズールは彼の元を訪れる『客』にそうするように、優しく柔らかな声で話を続ける。
    「あなたのその髪が、とても美しくて。ついつい海面に出てしまったのです」
    「美しい? この髪が? ……そっか、人魚だから、知らないんだね。僕たちのこと」
    「ああ、申し訳ありません、失礼なことを言ってしまったでしょうか。僕は本心を言ったまでなのですが……」
    「ううん、気にしないで。そんなこと言われたの初めてだから、ビックリしただけ……」
     青年が苦笑している。あまり気分を害した様子も無い。それに、存外急な訪問者に対して会話をしてくれる。話が早い。アズールは暗闇で見えないとわかっていたけれど、微笑みをたたえて語り掛ける。
    「もし、あなたさえよければ、少しお話を聞かせてもらえませんか? 僕たちは陸のことには疎くて……。ああ、申し遅れました。僕はアズール。アズール・アーシェングロットといいます」
    「アズール。蒼の人魚かあ。すごく綺麗な名前。それにとっても穏やかないい気配だ。きっと優しくて真摯な人魚なんだね」
     そんなことを言われたのが初めてなのは、アズールも同じだ。一瞬面食らってしまったけれど、すぐに気を取り直す。何もわかっていない、無知な者を騙すのはお手の物である。
    「ありがとうございます」
    「僕はイデア。イデア……シュラウドだよ」
     同じように褒め返すべきか、と思ったけれど、アズールには陸のこともよくわからないから返しようがない。どうするべきか思案している間に、イデアと名乗った青年は「陸の事、あんまり知らないの?」と尋ねてくる。
    「ええ、何しろ人魚ですから。……そうだ、陸のことを教えていただけますか? 対価としてこちらは海のことをお話ししましょう。あなたの時間が許すなら」
    「……いいよ。今日はもう、『仕事』も無いから。……何から話そうか、アズール」
    「では、……火のことを教えてくれませんか? ああ、あなたのその髪のことではなく、一般的な火というものについてです。なにしろ、海中には有りませんから」
    「そっか。そうだよね。そうだな……何からどう説明しようかな」
     そうして二人の時間は始まった。
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    岩藤美流

    DONE歌詞から着想を得て書くシリーズ①であり、ワンライの「さようなら、出会い」お題作品の続きです。参考にした歌は「A Love Suicide」です。和訳歌詞から色々考えてたんですけど、どうも予想通りタイトルは和訳すると心中だったようですが、あずいでちゃんはきっと心中とかする関係性じゃないし、どっちもヤンヤンだからなんとかなりそうだよな、と思ったらハッピーエンドの神様がゴリ押しました。イグニハイド寮は彼そのものの内面のように、薄暗く深い。青い炎の照らしだす世界は静かで、深海や、その片隅の岩陰に置かれた蛸壺の中にも少し似ている気がした。冥府をモチーフとしたなら、太陽の明かりも遠く海流も淀んだあの海底に近いのも当然かもしれない。どちらも時が止まり、死が寄り添っていることに変わりはないのだから。
     さて、ここに来るのは初めてだからどうしたものか。寮まで来たものの、人通りが無い。以前イデアが、うちの寮生は皆拙者みたいなもんでござるよ、と呟いていた。特別な用でもなければ出歩くこともないのかもしれない。さて、寮長の部屋といえばもっとも奥まっている場所か、高い場所か、あるいは入口かもしれないが、捜し歩くには広い。どうしたものかと考えていると、「あれっ」と甲高い声がかけられた。
     見れば、イデアの『弟』である、オルトの姿が有る。
    「アズール・アーシェングロットさん! こんばんは! こんな時間にどうしたの?」
     その言葉にアズールは、はたと現在の時刻について考えた。ここまで来るのに頭がいっぱいだったし、この建物が酷く暗いから失念していたけれど、夜も更けているのではないだろうか。
    「こ 5991

    YOI_heys

    DONE第1回 ヴィク勇版ワンドロワンライ『ひまわり』で書かせていただきました!
    ひっさびさに本気出して挑んでみましたが、急いだ分かなりしっちゃかめっちゃかな文章になっていて、読みづらくて申し訳ないです💦これが私の限界…😇ちなみにこちらhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17839801#5 の時間軸の二人です。よかったら合わせてご覧下さい✨
    第1回 ヴィク勇版ワンドロワンライ『ひまわり』※支部に投稿してあるツイログまとめ内の『トイレットペーパーを買う』と同じ時間軸の二人です。
    日常ネタがお好きな方は、よかったらそちらもご覧ください!(どさくさに紛れて宣伝)



    第1回ヴィク勇ワンドロワンライ『ひまわり』


    「タダイマー」
    「おかえり! って……わっ、どうしたのそれ?」

    帰ってきたヴィクトルの腕の中には、小ぶりなひまわりの花束があった。

    「角の花屋の奥さんが、持ってイキナ~ってくれたんだ」

    角の花屋とは、僕たちが住んでいるマンションの近くにある交差点の、まさしく角にある個人経営の花屋さんのことだ。ヴィクトルはそこでよく花を買っていて、店長とその奥さんとは世間話も交わす、馴染みだったりする。

    ヴィクトルは流石ロシア男という感じで、何かにつけて日常的に花を買ってきては、僕にプレゼントしてくれる。日本の男が花を贈るといったら、母の日や誕生日ぐらいが関の山だけど、ヴィクトルはまるで息をするかのごとく自然に花を買い求め、愛の言葉と共に僕に手渡してくれるのだ。
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