おやすみアメジスト(前編)最近、どうにも夢見が悪い。
「……」
これでもう一週間だ。途中で目が覚めれば救いもあるかもしれないが、こちとら肉体の全盛期で呼ばれた李書文である。
指一本動かない金縛りの中で言いようのない何かと目が会い続けたり、普段なら一撃で沈められるようなものに理由がわからないまま強い恐怖を感じ逃げ続けたり。しかしどれほどの悪夢であっても朝の定刻までは目が覚めない。更に起きてみればどうにも眠りが浅い気がして、書文は再びの悪夢からようやく抜け出た疲労の中で、朝の光を浴びた。
「それは困ったな。」
スカディの声は、朝食のブルーベリーヨーグルトとシリアルに吸い込まれていった。
「他人事のように言うな。」
ガヤガヤと騒がしい朝の食堂に彼女を見つけたのは僥倖だった。上手く言ってケルトの気の良い連中らから引き離し、隅のテーブルに座らせる。
「他人事なものか。書文、お前が困っていることは顔を見ればわかる。」
いつもより髪がほつれているなお前らしくもないと、スカディは手櫛で優しく編み損ねた髪の数本を整えた。背後からヘェーとクー・フーリンらの声が聞こえた気がするが、話がややこしくなるので落とし前はまた後日に付けさせることとする。
「そうだな…ではこれをやろう。」
スカディは懐から小袋を取り出し、中の宝石に何事かを描き香油を擦り込んでから書文に握らせた。
「これは?」
「アメジストだ、安眠の呪いがこめられている。ルーンを刻んだので分身した私を作ることもできる。」
本当に夢魔の類が出るのなら退治してやるからな、今夜は安心して眠れ。スカディはそう言って微笑んだが、こんなもので本当に夢見が良くなるのか、書文は少々疑問を感じていた。