掠奪のN“マスター、計画はつつがなく進行。これでK地点の守護はP一人となった。確認だ。私がPの気を引き、マスターは一人K地点に侵入。Nを入手後、離脱、ここから一番近く安全な部屋まで逃走。いいね?”
物陰からK地点を伺うバーソロミューは、横で同じくK地点を伺うマスターに念話で問う。
マスターである少女は真剣な顔で頷いた。
“みんなが協力してくれたんだもの、やり遂げてみせるよバーソロミュー ”
決意をもって答えるその様子は頼もしく、彼女の脳裏にはここまでくるのに協力してくれたサーヴァント達が浮かんでいるのだろう。
まずはBhiの足止めをかってでてくれたカルナ達。Bouの足止めはドレイクでアンとメアリーはK地点にいるキャットを呼び出してくれた。最難関とされたはEmiはクランの猛犬。彼らの協力なくしてはNまで後一歩である、この状況すら作り出せなかっただろう。
そんな彼らを思う彼女に、Nを入手しても安全地帯に逃げ込むまでは気を抜かぬようだとか、Nを腹に収めきるまでが勝負だとかは無粋というものだろう。
“OK、では、”
バーソロミューは服を煌びやかだが肌の露出の少ないものから、夏の霊衣に編み直す。
首筋や腕、足元の健康的な肌色が晒されるが、まだ足りない。
上に羽織っていた服を脱げば、Tシャツだけになった上半身に、軽く、そうあくまで軽くだ、首元から胸元、そして腹にかけてペットボトルの水を足らす。水を飲もうとして失敗しましたよというように。
シャツが肌に張り付き、白い布地に褐色が浮かび上がるのを確認する。
ふむ。こんなものか。
バーソロミューは何か感心したようにこちらを見る、といか“これがエチオネ!”と念話で伝えてくるマスターの視線をあえて無視して、
“では出航だ”
と、K地点——キッチンに歩みだしてニパリとP、パーシヴァルに笑いかけた。
◆◆◆
何かは語ればいいのか。
夏の夏期休暇経て、どうにもパーシヴァルに好意を持たれているという事からだろうか。
あ、意外にコイツむっつりスケベだなと早々に気づいたあたりからだろうか。
それとも数時間前、海賊が共同で借りている部屋で遊びに来ていたマスターが「あ、これ夜にカップ麺食べたくなるやつだ」と、ゲーム中、黒髭が操る姫に向かってバナナを投げながら放った台詞からだろうか。
やはりマスターからだろう。
マスターはゲーム内、コーナーを華麗に曲がりながらさらに続けた。
「分かってるんだよ? 食べられるだけで幸福なんだって。しかもエミヤをはじめキッチン組のおかげでお店顔負けの美味しくて盛り付けもバッチリ、しかも栄養バランスも計算されているかんじ。おかげでよけいな贅肉知らずの健康体。でもさ、友達の部屋にお泊まりした時とか、遊びに行った時の、お腹が空いてなくとも食べるジャンクフードの味ってプライスレスじゃない?」
マスターの言っている事はわかる。
ここにいる海賊組は生前、友達の部屋に泊まってジャンクフードのきゃっきゃうふふの青春はないけれど、お綺麗に並べられ与えられた宝石だけでは満足できない心は誰よりも理解できた。
わかるからこそ、海賊組は全員、視線を交わし合った。
普段、お菓子やらジャンクフードを隠し持っている奴等だ。持ってるなら一つぐらいマスターに提供しやがれと。
だが誰しもが首を横に振った。
その状態にコントローラーを持っていないバーソロミューが指揮をとる。
「……諸君、普段は騙し騙され上等、騙される方が悪い我等だが、マスターの為だ。カップ麺を持っているかどうかの情報だけは嘘偽りなく申告するとしよう。私は先日大型犬が遊びに来て、お腹が空いたなら私が作りますからと没収され、日持ちする健康に良い食品にかえられた」
「……拙者、昨日、最後の一個胃袋におさめましたな」
「私はああゆうのより、ツマミが好きでね。ストックはしてないよ」
「私達もついこの前、切らしたばかりですわね」
ちょうど運悪く皆、手元になかった。
「とすれば、食料保管室か……」
「だがあそこは、警備が厳重だろ?」
バーソロミューの呟きに、レースが終わりコントローラーを置いた黒髭が反応する。
サーヴァントに本来、食事は必要ない。必要なのは生きる人間、マスターや職員だ。
食べなければ死ぬ彼らの生命線である食料は厳重に警備されて管理されている。そこに忍び込み、不慮の事態により何かを損壊、例えば大量の食料を使い物にならないようにしてしまえば、周り回ってマスターの生命を脅かしかねず、洒落にならない。
「持っているサーヴァントにちょっと譲ってもらうのはどうだい? エミヤと仲がいいケルトの青いのなんて、けっこう持ってるだろ? この前も栄養バランスがどうのカップ麺の食べ過ぎがどうのと喧嘩してたし」
ドレイクが言っているのはランサーのクー・フーリンだ。青タイツの方の。
エミヤと仲が良いかは疑問が残るが、他の者達より距離が近い。自分を悪くみせがちでその実、相手を気遣っているエミヤが直球で嫌味を言っている光景はみなれたものだ。
誰が交渉しに行くか話し合おうとした時、「あ〜、ごめん」と言いにくそうにマスターが切りだした。
「色々考えてくれて悪いんだけど、その……この話をしたのは、えーと、キッチンの中でね、棚に入っていたカップ麺の一つを見たのがきっかけで。赤いうどんのでね、そういえば友達の家にこれよく置いてあったなぁ、遊んでたらよくでてきたなぁ、今考えるとクッキーとかじゃないんだどれだけ女子力なかったんだお互いにとか、懐かしいなぁとかで、もれちゃって……」
キッチンか。
海賊達の頭にエミヤをはじめ、キッチンを守るサーヴァントが浮かぶ。一人でも手だれだというのに、今日は仕込みの後、キッチン組や食材を提供してくれているサーヴァントで会議をすると言っていた。ちょうどそう、今から仕込みが始まり、そのうち仕込みに参加していないキッチン組も食堂に集まりだすだろう。
せめて今日でなければと誰しもが心の中で思った時、マスターが明るい声で場を盛り上げようとする。
「ごめんね! ただ懐かしくてもれちゃっただけだから! 気にしないで! ゲーム! 続きしよ!」
挑発ではない、純粋にキッチンからカップ麺を奪うのは無理だと気を使った発言。
「「「「「……」」」」」
「えぇーと、みんな?」
その言葉が、掠奪をもって英霊となった海賊に火をつけた。
かくして、海賊とマスターによるK地点からN掠奪作戦が練られた。
マスターの「クー・フーリンが赤いうどんを持ってたら計画は中止という事で!」と一縷の望みをかけた申し出により向かった、クー・フーリン‘Sの部屋。
出てきた青いランサーはマスターにとっては残念ながら赤いうどんは所持しておらず、話を聞くなり「その計画まぜろ」と獰猛に笑った。どうやら日頃の小言のお礼に一泡ふかせてやるつもりらしい。
クー・フーリンが仲間に加わり、さらに本格的に練られる計画。
今、キッチンで仕込みをしているのはエミヤ、パーシヴァル、タマモキャット。
彼らの気をそらすか、キッチンから連れだす必要があり、かつ会議の為にキッチンに向かっているビーマやブーディカ、俵藤太や紅閻魔やキルケー、マルタ達の足止めも必要だ。
ブーディカはちょうどいい、ブリタニアの女王と話してみたかったんだとドレイクが引き受け、俵藤太は作れる和食の幅広げようと思ってたんだと黒髭が、マルタ達は部屋にいたキャスターや幼いクー・フーリン達が手伝ってくれた。
エミヤをキッチンから連れだすのはクー・フーリンが、タマモキャットはアンとメアリーが。
ビーマの足止めはどうするという話になり、仕方がない、と声をかけてきたのはドゥリーヨダナだった。
どこから聞きつけたのか、「マスターの為だからなぁ、仕方がないなぁ、わし様はしたくないんだが、マスターの為だからなぁ〜〜、ほんっっっっとうに仕方ないが令呪のブーストもかけてくれるというし、一肌脱いでやろうではないか!」とアシュヴァッターマンとカルナを伴ってビーマに喧嘩を売りに行った。
そして残ったパーシヴァルはバーソロミューの仕事となった。
マスターが、戸惑いの視線をバーソロミューに向ける。
「えぇーと……その、いいの?」
「もうそろそろ、ハッキリさせておこうと思っていたしね、ちょうどいいのさ」
こんな会話になったのは理由がある。
パーシヴァルは夏のドバイからバーソロミューに惚れている。これはカルデアの皆が知っており、なかなかの熱視線をバーソロミューにおくっていた。
バーソロミューとしては悪い気はせず、むしろ気をよくして、ちょっと揶揄ってやるかとわざと薄着になったり、うなじをみせたりと挑発したのだ。
始めのうちは。
熱がこもり焦れてむっつりになってきた目線に告白も秒読みだなとほくそ笑んでいたというのに、待てど暮らせど熱視線だけ。
告白する気配は一切なく、バーソロミューがそれとなく迫れば戸惑いの表情すら浮かべるときた。
そんなパーシヴァルに、
こっちが戸惑いたいわ!! 告白してくればOKしてそのまましっぽりの準備までしているというのに!!
と言えるわけもなく、散々揶揄った手前、こちらから告白するのも癪で、とはいえもう限界だった。円卓にすまなそうな顔をされるのも。モードレッドには「あ〜、なんだ、その……始めはアンタからの誘惑とはいえ、殴ってもいいからな?」とまで気をつかわれてしまった。もう耐えられない。
ちょうどいい機会だ、誘惑して本心を聞きだしてやる。
少なくとも色香に迷ってキッチンの守護をおろそかにしてしまったとなれば、あのむっつり視線はやめるだろう。
様々な思惑が絡まり、始まったN掠奪作戦。
足止め組は全て成功。
K地点では、クー・フーリンがカップ麺を大量に持ち込んでエミヤの前で食べて挑発、喧嘩となり、キッチンではなんなのでシミュレーターでの戦闘となり、連れだす事に成功。
タマモキャットは何か察したらしく、「良妻キャットたる我は何も語らず去るものと心得た。あ、でも報酬はニンジンで」とアンとメアリーと談笑しながらK地点から去っていった。
残るは守護騎士のパーシヴァル。
バーソロミュー は決着をつけてやると水で濡れた服、肌や胸元を張り付かせてパーシヴァルに声をかける。
「やぁパーシヴァル、明日の準備かい?」
「バーソロミュー?」
顔を上げたパーシヴァルはバーソロミューの顔を見て笑顔を作るが、すぐに固まって視線が胸元に注がれる。
「ば、バーソロミュー、それは?」
「ん? あぁこれかい? 少し飲むのに失敗してね」
手元のペットボトルを振る。
その間もバーソロミューの視線は皮膚に張り付いた服に釘つげだ。
「これぐらい自然乾燥でいいかと思ってね。まぁでも見苦しいというのなら……」
編み直すわけではなく、裾に手をかける。
ゆっくりと持ち上げていき、へそや腹筋が見えて胸元があらわになるというところで、大きな布が肩からかけられて身が隠れた。
顔を上げれば、駆けつけマントを肩にかけてきたパーシヴァルが真剣な、ともすれば怒っているようにもとれる表情で隣にいた。
自分を気遣ったであろうその顔を見て、バーソロミューは瞬時に額に青筋を浮かべるの力の限りマントを地面に叩きつけた。
ふざけんな、と。
「パーシヴァル・ド・ゲール、貴殿の好きな話し合いをしようではないか」
声は怒りが滲み出てドスを気かし、マントも足で踏みつけて、驚きの表情を浮かべるパーシヴァルを睨みつける。
「貴殿は私を抱きたいんだろう?」
「……え?」
「『え?』ではないんだよパーシヴァル。私の頸を晒せば噛み付かんばかりに見つめて、鎖骨を晒せば舐めるように見て、腹を出せば瞬きを忘れるぐらいにガン見して、短パンを履いたら視◯されてると勘違いするほどに見つめていたムッツリ騎士殿。いいかげん、貴殿の夜のおかずを提供するのにも飽きてきた。妄想の私のばかりではなく、本物を抱きたくは? 今なら跪いてゆるしをこ……んん?」
バーソロミューの言葉の途中で真っ赤になったパーシヴァルの顔がみるみる青くなり、顔に後悔が浮かぶ。
「すまない! バーソロミュー!! 私はなんて事を!」
「……?」
えーと、と、パーシヴァルの反応が想像していたどれとも違い、戸惑って食堂にいた他のサーヴァントを見やる。
そのサーヴァントは円卓の騎士トリスタンで、顔の前で手を合わせされ、なぜか謝られた。
なぜ? と思っているうちにパーシヴァルの言葉は続く。
「言い訳になってしまうが、これが性欲とはわからず!」
……うん? なんつった? この清き愚か者は。
「あの夏を共にしてから貴方が気になるようになり、目で追うようになり、姿が見えないと落ち着かなくなり、それはこの現界でできた新たな友だからと思っていた。だがカルナにはその現象は起きず、不思議には思っていたんだ。カルナや円卓の皆に相談しても明確な答えは得られず」
「相談したんだ」
「そのうち貴方が肌を晒すとその場所から目が離せなくなり落ち着かなくなり、知らない感覚が身の内から湧き上がるのを感じた。それが何か突き止める為にさらに注視するようになれば、ますます目が離せなくなり、そのうち何をしていても頭から離れず、特に寝る前など思いだして寝られなくなるほどで、カルナや円卓に相談しても、」
「相談したんだ!?」
ちょっとトリスタン卿!? と食堂にいた円卓の騎士を見れば、変わらず顔の前に手を合わされて謝られていた。
「これが性欲とはわからず!」
「二度もなかなかの声量で言わなくていいかな!?」
「私は友になんていう事を!」
「聞いてないね!?」
パーシヴァルは混乱の只中なのだろう。バーソロミューのツッコミに耳を貸してくれない。独白が続く。
「しかしこの現象は貴方だけで! 貴方以外は想像すらせず! なぜ友にこんな欲情を!」
真っ青で懺悔するパーシヴァルに、バーソロミューは大きな舌打ちをした。
「結論は一つだろう! つまりパーシヴァル・ド・ゲール! 貴公はこの最大にして最後の海賊バーソロミュー・ロバーツに惚れているのさ!」
「…………」
「…………」
「…………っ」
静寂の後、ボンッと真っ青だったパーシヴァルの顔が耳や首筋まで赤くなる。
「これが恋!?」
「君以外、全員そう結論づけてると思うよ」
「貴方が輝いて見えたのも」
「輝いて見えてたんだ」
「話せれば一日幸せだったのも、誰かと話していると心がざわついたのも、もっと盛りたいと思ったり、抱き上げたくなったりしたのも、部屋に遊びにきてくれた時に返したくないと感じたのも、全部恋?」
「あぁそのようだよ……ぅお」
自覚したパーシヴァルは早かった。
跪くとバーソロミューの片手を取り、メカクレの角度でバーソロミューを見上げた。
「跪いて許しを請えば、貴方の愛を得られますか?」
「……」
視界の端にマスターが無事に食堂から逃げたのが見える。
土産話も持たせたし自分の役割は終わった。ならば後は好きにしていいなと、どうしやろうかこの清き愚か者をと、自分を熱視線で見上げるパーシヴァルを見下ろす。
その熱視線はバーソロミューの顔を見つつも、ちらちらと胸元や腹にも注がれており、バーソロミューはコイツむっつりはむっつりなのかと呆れつつも、そんな所も可愛いと思っているのだから自分も重症だとなんだかおかしくなる。
だがこのまますんなり恋人になるのは面白くなく、バーソロミューは手を引き抜くとまだ床に落ちているパーシヴァルのマントを拾ってふわりと自分の肩にかけた。
「身体からでよければいくらでも? 心はこれから落としたまえ」
狼狽えるか怒ったパーシヴァルを残し、颯爽と去ろうと思っていたバーソロミュー。だが予想に反して、パーシヴァルは頬を赤くしながらも立ち上がると、バーソロミューの腰を引き寄せた。
「うん?」
「色々拙いと思うが、精一杯つとめさせていただこう」
「は? 君、心は伴わないとかなんとかいうタイプだろう!?」
「私の心は伴っているし、それに身体“から”や“これから”という事は、落ちる予定があるのだろう?」
「言葉のあやだが!?」
「そうなのかい?」
悲しそうなパーシヴァルの表情にバーソロミューは口をモニョモニョと動かしてから、「……もう落ちている」と小声で呟いた。