「はいこれお返し」
寮へと帰る高専の廊下。今さっき帰って来たと言う五条先生にバッタリ会って手渡されたのは、高級感漂うお洒落な紙袋だった。
「もしかしてホワイトデーの?」
「そ。先月悠仁からとびっきりのチョコ貰っちゃったからね」
「へへ、有難う先生。中身何だろ」
「フッフッフ。開けてからのお楽しみ。あ、明日悠仁休みでしょ? 僕も丁度休みだから、今夜どう?」
「いいね! じゃあ今から夕飯の材料買って……」
「ごめん悠仁。でも僕今からまた出かけなきゃなんだ。なるべく早く終わらせてくるけど、ご飯は先に食べてて? 終わったら速攻行くから!」
「オッケー。でも忙しいのに大丈夫?」
「無問題! それに悠仁と映画見るのは僕の癒しなんだから、悠仁であってもそれを阻止しようなんて許さないよ?」
「何それ。でもまぁ、俺といて疲れるって言われるより全然良いし、寝ないで待ってるから、早く帰ってきてね先生」
「任せなさい」
そういって別れた後、今度は釘崎に会う。
ズンズンとこっちへ近づいて、ピンと伸ばした指先が顔の前から、紙袋の方へ移った。
「あんたソレどこで手に入れたのよ。限定チョコじゃない」
「え。チョコなのコレ」
「まあアクセサリーや香水とか手広くやってるブランドだけど、そのショッパーは数量限定のチョコの袋ね」
「いやぁ五条先生からホワイトデーで貰ったんだよ。チョコレートだったか……」
「……別にチョコに意味なんてないわよ?」
「んー……でもほら先生優しいし?」
「馬鹿ねぇ。だいたい嫌いな奴にわざわざマシュマロあげようなんて思わないし、相手が三度の飯よりマシュマロ好きって人だったらマシュマロあげるでしょ? しかもそれ、一粒入りと言う超高級品よ?」
「マジ 」
「ってかそもそもあんたがちゃんと告白してないんだから、先生だって返事もクソもないわよ。宙ぶらりんしてないでさっさと砕けてきなさい。骨は拾ってやるわ」
そう言って釘崎は手をひらひらさせて去って行ってしまった。
◇
言われた通り先に食事と、なんなら風呂も済ませソファーへ寝転がる。
修行の一環で行われた映画鑑賞は、思いのほか先生にとってもいいリフレッシュになっていたようで、先生とはこうして時間が合うとたまに地下室で一緒に過ごしていた。
次の日が休みの時はそのままこの部屋に泊まる事もある。先生に対してそう言う気持ちを抱いてる身としては、一つしかないベッドで一夜を共にするのは複雑な心境ではあるものの、正直、どうしたって嬉しい気持ちが勝っていた。
自分の部屋より高い天井をぼんやり見つめる。
先生に出会ってから怒涛のような日々を駆け抜けてきたが、来月には二年に進級し、担任も先生のままとは限らない。だとすればこのタイミングは丁度いい機会なのかもしれない。そう思うとあとはどうやって切り出すか、なんてあぐねていたら、『ただいま~』と大きな声を響かせて先生が帰って来た。
「おかえり~。お疲れ様」
俺がまったり起き上がり先生の方へ向き直ると、先生は少々不満そうな顔で立ち竦む。
「ちょっと悠仁、それだけ?」
「え、他になんかある?」
「もしかしてまだプレゼント開けてなかったり?」
「え? あれなんかすごいチョコなの?」
「チョコ? も~。やっぱりまだ見てないんじゃん。じゃあほら今開けてみてよ」
「いやぁ後で食べようと思って部屋に置きっ放しで……」
そう告げると同時に一瞬で先生は紙袋を持って、俺の隣に倒れ込むようにどかっと腰掛けた。
「はい」
「あ、どうも」
二人の間に気まずい空気が漂う。
最初はちょっとぶすくれたていた先生だったが、袋を開けて小さな箱を取り出すと、俺のリアクションが楽しみと言わんばかりに、アイマスクを外して露わになっていた青を輝かせる。
やはり一粒入りのチョコと言われても納得してしまうサイズの箱。むしろこのサイズで他に何が入っていると言うのだろう。ドキドキしながら箱を開けると、暖色寄りの蛍光灯を反射させた銀の指輪が輝き鎮座する。
「え?」
「ふふ。末永く宜しくね、ゆーじ♡」
「え、な、ちょ」
「この僕が気付いてないとでも? 大人はね、ずるいんだよ。キミがちゃんと声に出して言わないと、僕はどんどん突っ走るから覚悟しといてね?」
宣言通り、告白の間もなく唇を塞がれた挙句、一瞬にして寝室へと景色を変えたので、『初心者コースでお願いします』と俺は声を大にした。