紅の噂 タソガレドキ城の奥に向かう廊下の中程で、タソガレドキ城主黄昏甚兵衛は立ち止まると、天井に向かって声をかけた。潜んで付き従っていた雑渡昆奈門は天井板を外し、短い返事と共に顔を出した。
「伝子さん、帰っちゃったんだってね」
「………はい」
伝子とは忍術学園教師山田伝蔵が女性に変装したときに使う名である。数ヶ月前、その名でタソガレドキ城に下女として潜入していたのだが、あろうことか、その伝子を甚兵衛がお気に召してしまった。正体を知る昆奈門が一計を案じ、伝子と二人で恋仲である振りをした。功を奏し、甚兵衛が伝子について興味を示す素振りもなくなったので、昆奈門は胸を撫で下ろした。伝子も、忍術学園の夏休みが終わったのだろう、伝蔵に戻るべくタソガレドキを去っていった。それですべては終わったと考えていたのだが、今になって甚兵衛がその名を出すとは。主の考えを読むべく、傍らに静かに降り立った。
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