Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kikhimepmop

    @kikhimepmop

    ゲ謎のはらすです。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    kikhimepmop

    ☆quiet follow

    夏の少年モチーフが大好きでどのジャンルでも書いてしまうのですが、春に家を出た鬼太郎が夏の水木のところに遊びに来た時の話。

    #鬼水
    #ゲタ水

    かわいいひと縁側でふたり並びアイスを食べた。僕は半ズボンの足をぶらぶらさせながら、水木さんは右脚を左に乗せ宙に浮いた足指をふらふらと揺らしていた。
    蒸し暑い日の夕方だった。空は曇っている。水木さんは暑いな、とハンカチでひたいの汗を軽くぬぐった。ほんぽんぽん。
    彼の仕草を間近でみるのは久しぶりだ。春にこの家を出て以来か。懐かしい気持ちはない。隣にいるのが当たり前すぎて、昨日もこの家にいたかのような気がする。昼過ぎに訪ねてきた時も水木さんは何も言わなかった。黙って勝手に家を出たはずの僕が急に現れたことに驚いていたが、小さく笑った後は、小言を言うでもなく、心配するでもなく、問いただすでもなく。ただ「ちょうどアイスあるぞ。食うか」といって縁側に座らせてくれた。
    そういえば「目玉は?どこだ?」とだけ聞かれたか。その質問もかつての日常だったから、やはり当たり前すぎて忘れかけていた。玄関に入るのに、右足から入ったか、左足から入ったか覚えられないのと一緒だ。「今日はひとりでのお遣いだったから父さんはいません」。答えると彼は「そうか」とだけ言った。春までと同じ「そうか」だった。
    本当はここに寄るつもりはなかったのに、用事を終えて帰るつもりだったのに、気がついたら玄関にいた。無意識に足がいつも通りの道を辿っていたらしい。恥ずかしい。
    ラジオから高校野球の中継が流れていた。アナウンサーの大袈裟な口調は空に消えていく。蚊取り線香の煙も消えていく。
    流れていく暗い色の雲の隙間から青い空が見える。強そうに輝く爽やかな青い夏の空だった。水木さんは好きそうだ。この人は明るくて過剰なくらい光っている場所が好きだ。晴れた日にランニングシャツを着て張り切って走っていた姿をチビの頃何度も見た。僕を誘いにきて笑いかける眩しい歯を見せた。大人しいと思われてる僕をすこし心配していたのか、ただただ競走に誘いたかったのか。
    たぶん走りたいだけだな。水木さんは仔犬みたいなところがある。かわいいのだ。顔とか一生懸命なところとか走り回っちゃうところとか。
    アイスを一心不乱に食べている。おでこに汗が光っている。夏の日差しがチラッと現れて、水木さんのおでこを照らす。かわいい。すごくかわいい。父さんも婆ちゃんも水木さんもみんな僕のことをかわいいっていうけど水木さんの方が絶対かわいい。絶対言わないけど。絶対に言わない。
    水木さんがアイスを口に運ぶ。いつも早食いの人だから今日も勢いよくアイスを食べる。婆ちゃんがいたらゆっくり食べなさいとまた怒られるかもしれない。それよりも頭がキーンってなるのが先かな。黙って顔を顰め、こめかみを抑える仕草をする水木さんを想像した。やっぱり可愛い。そのこめかみは僕が治してあげたい。さすって、大丈夫ですよと宥めてあげたい。鬼太郎はあんまり笑わないな、と言われるから、こういう時くらいは少し笑って声をかけたい。水木さんは可愛くて、夏が似合って、汗も綺麗で、美味しそうで、アイスみたいに食べてしまいたいと、ちゃんと笑顔で伝えたい。
    気がついたら舌を長く伸ばしていた。人間にはない僕のうんと伸びた舌を湿った風が冷ます。危ない。もう少しで水木さんの耳を舐めるところだった。伸びた舌先のほんの少し先で、欠けた耳の窪みに溜まった汗がぼんやりと光る。やっぱり美味しそうだとうっとりと眺め、はずれだ、という彼の声で我に返った。だめだ。今日の僕はちょっとおかしい。
    「鬼太郎はアイスの籤は当たったか?」
    振り向く水木さんの顔が見れず、代わりにアイスを見つめた。恥ずかしさを隠すように、溶け始めたアイスを舐めた。甘い。水木さんの汗も同じように甘いだろうか。
    絶対に甘いはずはない。むしろ塩辛いはずなのに、水木さんの汗なら絶対に甘いはずだと自らに反論し、世界に反発し、信念を確かめるように甘いアイスを舐めていたら頭がキーンとした。必死すぎる。
    「ばかっ。早食いしすぎだろ」
    婆さんに怒られるぞ、と愉快そうに笑いながら水木さんは僕のこめかみを抑えた。
    途端にお腹がギュッと重くなった。
    空にあった青い隙間は雲に埋め尽くされ、雨が降り始めた。
    帰るぞ、という彼の声がなんだか遠く聞こえる。

    夢に裸の男が出てくるようになったのは、その夏の夜からだ。


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏👏☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works