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    namidabara

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    5/22 進捗
    5日目/5/19の続き 尾も月も泣くのが下手そうだなぁと思います。
    今日は支部にも上げたから結構進んだのでは? 終わりは見えない。

    #尾月
    tailMoon

    尾月原稿 最早尾形の心の壁は、崩壊一歩手前の砂の壁と化していた。尾形の心が目の前の男を知りたい、理解したいと暴れるたびに、誰にも傷つけられないようにと心を囲っていた壁が内側からボロボロと崩されていく。
     尾形の過去を知ったあの日には、その壁はもう少し強度を保っていたはずだ。それがいつの間にこんなに、と思った後で、月島は自嘲した。俺じゃないか。尾形の心の壁に僅かにできた欠けた部分に指を捻じ込んで、引っ搔いて中身を覗き見たのは他ならぬ月島だった。あの日月島は、恐る恐る開かれた尾形の心に触れることを選択した。その結果がこの男をこんな風にしたというのなら、月島には取らねばならぬ責任があるのかもしれない。

     未だに真っ黒な目で己を見下ろす男を見上げた。その萎れた姿が半べそをかく子供のように見えて愛おしく思ってしまったのは、末期なのだろうか。
    「聞いてて気持ちいい話じゃないぞ」
    「その傷の時点で分かりますよ。それでも、知りたい」
     月島はぽん、と自身の隣を叩いてみせた。尾形は黒い瞳を丸めた後、いそいそと隣に腰かけた。そこで尾形はようやく、どこか遠くの方のキッチンで水が滴っていることに気づいた。嗚呼、気づかなかったのだ。この人と共に居るから、貴方の瞳を見てたから。尾形は無言のまま月島に用意していた着替えを手渡す。
    「話すのは得意じゃない。長くなるぞ」
    「上等です。泊っていけばいい」
     端から端まで嫌な記憶が敷き詰められた悪夢だった。それでも、今はいつものように心臓は五月蠅くない。指先も冷え切っていないし、冷や汗だってとっくのとうに引いていた。
     己のことを語るのは嫌いだった。聞くに堪えない悍ましい道行だった、到底人様に聞かせられるものではないだろう。同情されるのも、眉を顰められるのも御免だった。己の人生の醜悪さは己が一番分かっている、今更誰かにとやかく言われたくなんてなかった。
     だけど。だけど、この男には話そうと思った。この男がおっかなびっくり自分の心の大事な部分を曝け出してくれたように、自分もまた、曝け出そうと思った。きっとこの男は道場も侮蔑もしないだろうから。
     鶴見しか知らないその過去を、自分以外誰も知らないその心を、月島は乾いた唇を一舐めしてから語り出した。
    「俺の家には、獣が居たんだ——」





    どれくらい経ったのだろう。この完璧なモデルルームのような部屋には時計がないから、時間の進み具合がまるで分らない。でも、随分と長い時間言葉を紡いでいたような気がする。月島は時折言葉を詰まらせて、その輪郭を震わせながらもなるべく平静な様子で語った。自分がどうやって生きてきたのか、どうして自らを獣と自称するのか。とっくに塞がったと思っていた傷口は、こうして指でなぞってみると存外鈍く痛んだ。それがどうにもまだ生きているような風に思えて、月島は妙な気分になった。
    「菊田さんには新入社員の時助けてもらってな。それからずるずると関係が続いてる」
     こんなものか、と語り終えた月島は、ずっと黙って聞き続けていた尾形に視線を向けて、ぎょっとした。
    「なん、えっ……。尾形、おい!」
    「なんです、喧しい」
    「お前の顔面の方が喧しいだろ……。何で泣いてんだ」
    尾形の二つの大きな黒瑪瑙からは、ほとほとと無数の水晶が零れ落ちていた。平然と言葉を紡ぎながらも、その涙は溢れて溢れて止まらない。顔はいつも通りの涼しい顔をした色男だというのに、その両目からはボタボタと涙が流れ落ち続けているものだから、なんだか雑なクオリティで作られたCGを見ている気分だった。
    「泣いて……、は……? なん、で」
    「こっちが聞いてるんだが」
     指摘されて拭った手の甲が濡れていると分かり、尾形は目に見えて動揺した。暗がりの中忙しなく視界が彷徨った。ぱしぱしと瞬きをするたびに細かな涙があちこちに飛び散る。
    「お前、グロくて泣くようなタマじゃないだろ」
    「そんな訳ないでしょう。……ただ」
    男は言葉を区切って大きな掌で口を覆う。何かに気づいてしまったような素振りだ。月島が視線だけで続きを促すと、尾形は口を覆ったまま恐る恐る言葉を吐き出した。
    「…………ただ。生きてて、良かった、って。月島さんが」
    「……は」
    「色々あったけど、生きる選択をして今ここに居るんだな、って。それが良かったな、って、思ったんです」
    自分で言っていて信じられないのか、大きく目を見開きながら呆然と呟く。その言葉に同情も嫌悪も含まれていなかった。ただ、尾形なりの精一杯の祝福が、ふんだんに塗されているだけだった。
    「俺、……俺、今すげえキモくなかったですか」
    「なんで」
    「だって、あんな話聞かされて、生きててよかったって感想ヤバいでしょ。なんでこんなこと思ったんだよ……」
     目を白黒させながら肩を落とす尾形が面白くて仕方なくて、月島はベッドに転がって手を叩いて笑った。あの尾形が。人を小馬鹿にすることが誰より得意で、お涙頂戴が露骨にアピールされた陳腐な映画や漫画を鼻で笑い、スマートに全てを熟すことに情熱を注ぐこの男が。一人の男の過去を聞いて、涙を流して、生きててよかったとだけ言ったのだ。

    「アンタと居るとどんどん俺が俺じゃなくなる、気色悪ィ。責任取ってくださいよ」
    「あっはっはっ! お前、いや本当に涙止まんないな! バグかよ!」
    イライラしながら乱暴に髪をかき混ぜる度に、尾形の生白い頬からは水晶が飛び散り、シーツや月島の太腿を僅かに濡らした。下手くそな泣き方で、初めて見る泣き顔だった。泣き方を知らない子供の泣き方だった。月島と同じ泣き方だった。
    ベッド際に腰かけて頭を抱える尾形の腕を引く。存外簡単にその身体は預けられて、二人は思いっきりベッドへと沈んだ。静かで薄暗い部屋の中に、盛大にベッドの悲鳴が響く。
    尾形は月島の首に鼻を摺り寄せて、かりかりと四角い指先で黒革のベルトを引っ搔いた。鶴見が特別に誂えたそれは、ずっと膿んだ心の傷跡を隠し続けている。そしてそれはこれからも隠し続けるのだ。醜悪な傷跡だから。
    「誰かに噛んで貰わんのですか」
    「ああ。ずっとこのままだ」
    「どうして。番になれば、少なくとも不定期のヒートからは解放されるでしょう」
     番に合わせてちゃんと周期的なヒートに変わっていくはずだ。死人ではない番を作れば、少しは生き辛さから逃れられるはずだろう。
    「俺は一生獣のままでいい。俺にもあの血が流れてるんだと思ったら、誰かと心を結び付けて人間になるより、一人で獣でいた方がよっぽどいい」
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