What color かつん、とそれは床を転がった。
黄色と緑が混ざり合う瞬間をそのまま石にしたようなそれはコロコロと転がり、テーブルの足に当たって止まる。
「朧!大丈夫か!?」
「けほっ……だ、大丈夫です…大丈夫ですから…ちょっと離れて……近すぎて照れる…」
キスができるくらいまで近づいてきた維さんから顔を背ける。見慣れてるとはいえ、ここまで近いと流石に照れる…。ああ…良い顔……好き…キスしたい……って今はそれどころじゃな、!?
「…げほっ、」
「朧!?」
ゲホゲホと咳が止まらない。喉の奥から何かが迫り上がってくる感覚がしてきた。まただ。さっきもこの感覚と咳が止まらなくて、重い咳をしたら石が…!
「ゴホッ、カ、ハァッ!」
「朧!朧!っ病院に…!いやこれは個性事故か!?クソッどうすれば…!!」
「…っは……はぁー………また…石が……」
「朧、何か個性をかけられた覚えはあるか?」
「……ないですね…。内勤と取り締まりでしたから…。個性事故ではないと思います…。……これ、病院でどうにかなるんでしょうか…?」
『口から石が出ました』なんて非現実すぎてどうにもならないと思うんですが…。でも診てもらうべき?僕が何かの病気に罹ってて余命いくばくもないみたいなことになってても困るし…。内科でいいのかな…。
「…………どうしましょうねぇ…」
「お前…案外のんきだな…」
「いやぁ…維さんがめちゃくちゃ焦ってるから逆に冷静になっちゃって…。これでも焦ってるんですよ?」
「……はぁ…取り乱して済まなかった。…どうする?病院行くか?」
「そうですねぇ……とりあえず…お医者さんには診てもらいましょうか」
「…という訳で、お願いします」
「口から石吐いたのに冷静すぎる朧サンマジ最高だろww」
あいるちゃんに連絡を取って、医者をしているお兄様に診てもらうことになった。今日はお休みだったのに申し訳ないな…。
「お、お姉さん、大丈夫なの?どこか痛い?」
「大丈夫だよあいるちゃん。心配してくれてありが、ゲホッ」
「また石が…。ん?さっきより黄色が多くないか?」
「あ、本当だ。維さんと一緒にいた時に吐いた石は黄色と緑が均等だったのに」
「な、なんでそんなに冷静なの…」
「wwwwこのカップル最高www」
冷静に石を観察している僕らに、オロオロしているあいるちゃん、そしてこの光景を見て爆笑しているお兄様。……うん、ケイオスだね。
「はーwwもうホント面白ww」
「お兄ちゃん!笑ってないでお姉さんを診てあげてよ!!」
「はいはいww…にしても、珍しいモンに罹ったなぁ朧サン」
お兄様はゲラゲラと笑っていた顔を一転して、僕を見た。表面上は笑顔だが、目が笑っていない。怒っているような、僕を見定めようとしているような、何を考えているのか全く読めない表情だった。
ただ、一つわかる。応答を間違えたら、僕はそこで終わる。命までは取られないかもしれないけど、ひょっとしたらあいるちゃんとの記憶を全部消されて、それっきりにされるかもしれない。…僕、何かしでかしてしまったのだろうか…。
「これは『幻想病』とか言われてる病気だ。症状はいろいろある。朧サンみたいに口から石を吐くとか、目から真珠の涙を流したりとか。重いものなら体が鉱石化するとか、背中から蝶の羽が生えるとか…まぁいろいろだ」
「そんな病気初めて聞きました…」
「昔は結構あった病気だが、今は殆ど起きない。それはなぜか?…この病気の原因は幻想種からの怒りを買うことだからだ」
「幻想種、とは…?」
「これもまたいろいろだが、わかりやすく言えば妖精とか精霊といったヤツだな。昔は深く信仰されてて、見えたり話せたりする人間とかいたからな。だから昔は結構あった。…ま、今はみーんな信仰が浅いからな。そんなに起きないってワケだ。あとは…人間から乱獲だの見世物だのにされて出てこなくなった人狼や人魚からの怒りを買う、てのも原因だな」
その瞬間、刺されるような感覚がして、思わず自分の体を確かめた。どこも刺されていないし、出血もしていない。…殺意を飛ばされたのか、お兄様に。
「で、朧サンに質問なんだが……最近、海や森といった自然界の生き物に危害を与えたり、その場を荒らしたりしたことは?」
「…っゴホッ、ゲホッ、」
「おっと大丈夫か?…ああ、ちなみに朧サンが吐いてるその石はアンタの感情を表している。今吐いたのは緑。『プルチックの感情の輪』に当てはめると緑は『恐怖』を表す。……オレが怖いか?朧サン?」
「ゴホ…んっ……そう、ですね。訳もわからず殺意を向けられていることに恐怖を感じます」
維さんは…ああ、あいるちゃんを庇ってくれてますか。よかった。そのまま遠くにいてください。…お兄様、マジで怖いので。
自然を脅かした、か。……思い当たるの、一つしかないなぁ…。
「……三日前、公安上層部のとある阿呆が海で保護動物を密漁したのをしょっ引きましたが、それが関係しますかね?」
「アンタはその密漁に関与したか?無実を証明できるヤツは?」
「……海賊してるお兄様の船に乗せていただいたので、あの方が証明してくださるかと」
自然界でどうこうなら、それしか思いつかない。自分の娘に強請られたからってわざわざ密漁しやがって…結構大変だったんだぞ?
「…ん、ゲホッ、ゴホッゴホッ、」
「ん?暗い赤色の石?『激怒』か?」
「……あの産業廃棄物どもが密漁した理由を思い出したらイライラしてきまして。…………あの場で心臓抜き取ればよかった。あ、でも海が汚れてしまう…心臓鷲掴んで心臓発作起こせばよかった…」
「……っぷ、はっはっはっはっは!!!!いやー悪い悪い。兄弟に狼や人魚のヤツがいるんでな。そいつらや同胞に危害与えられたんじゃないかって疑っちまったよ」
「……疑いが晴れたみたいで、何よりです」
ふぅ、と一息つく。…いやマジで怖かった。死ぬかと思った…。
「お兄ちゃん!!お姉さんになんてことするの!!ちゃんと謝ってよ!!」
「あいるちゃん大丈夫大丈夫。僕も弟や仲間に危害与えられたかもって思ったらおんなじ事すると思うし。気にしてないよ」
「で、でも…」
「だーいじょーぶ。心配してくれてありがと、ゲホッ」
また黄色と緑の石を吐いた。…これ、感情を表してるのか…。『プルチックの感情の輪』だっけ?黄色と緑はなんなんだろう…。
「…朧」
「維さん。…あいるちゃんを庇ってくれてありがとうございます」
「……君の意見は尊重するが…あまり無茶はしないでくれ。寿命が縮みそうだ」
「…維さんの寿命が縮むのは嫌だなぁ…。気をつけま、ゴホッゴホッ」
「お姉さん…!!…お兄ちゃん、この病気なんとかならないの?」
「なんとかできるが…人魚の鱗がないと薬が作れねぇんだよなぁ…」
「あ、じゃあこのままでいいです」
「「えっ?」」
あいるちゃんとお兄様が僕を驚いた顔で見た。…ちょっと似てるな、驚いた顔。なんか可愛い。
「あー…………朧サン、この病気に罹ったヤツが短命だって言っても、そのままでいいのか?」
「へーそうなんですか。このままでいいです。……僕が原因ではないとは言え、幻想種からの怒りを買ったのは事実です。罪は罪。背負って生きていきますよ」
「お、お姉さんのつなぐくんはそれでいいの!?」
「……先ほどと同じだ。朧の意見を尊重する。彼女がそう決めたなら、私は意を反しない」
「ふふ…維さんのそういうとこ好き、ッゴホ」
「さっきから同じ石ばかりだな」
「維さんとあいるちゃんの時は黄色と緑の石ですねぇ…。この色は何を表しているんですか?」
二人はポカーンとした顔で僕らを見ていたが、お兄様は次第にくつくつと笑い始めた。…こらえなくてもいいのに。まぁ、そのうち爆笑するんでしょうけど。
「www朧サンが朧サンならwwつなぐくんもつなぐくんだったわwww」
「僕の維さんですから。……ところでお兄様」
「wwwwどうした?www」
「短命っての、嘘ですよね?」
「………へぇ、なんでわかった?」
「それは秘密です。教えて癖を直されたらまた面倒なので」
「wwwww朧サンも成長したじゃんwwww」
わかってるーww、と、また爆笑しているお兄様を、あいるちゃんは真っ赤な顔で睨んでいた。怒ってる、んだろうなぁ…。洒落にならない嘘をついたから。…にしても優しいなぁ。僕なんかのためにあんなに怒ってくれて…。女神?女神なのかな?
「あいるちゃん好きだなぁ…」
「ふぇっ!?///」
「あ、ごめん、声が出ちゃ、ゴホッ」
「お姉さん!!大丈夫!?」
「…ふふ、あいるちゃんの表情ころころ変わって可愛い、ゴホッゴホッ……はぁ…なんかもう慣れてきたな…石吐き出すの…」
「慣れないで!?慣れちゃダメだよ!?」
また黄色と緑の石…ここまでくるとわかってきたな。この石の意味。
「お兄様…黄色と緑で『好意』とか『愛』とかそんな意味ですか?」
「お、流石にわかったか」
「まぁこんだけ吐き出せばねぇ…。この石って害はないんですよね?」
「無害だな。ただの鉱石だ。一部ではコレクションとして人気が「幻想病に罹って石吐いてる人間がいるってココか!?」うっせぇよ静かに入れ!!あと人間は人間でもあいるのお友達だぞもっと丁寧に扱え!!」
丁寧に扱えって言うなら実行してくださいよお兄様…。僕あなたの薬とは笑えない冗談の被害めちゃくちゃ受けてる気がするんですが…。
ドアを勢いよく開けて二人の男が入ってきた。えっと…確か彼らは…考古学者のお兄様と…人魚のお兄様かな?
「おい説明しなかったのかよ、幻想病に罹ったのが朧サンって」
「言い終わる前に飛び出してったんだよ。俺悪くねぇし。…で、どうだった」
「ん?ああ…朧サンは馬鹿な人間の巻き添え食っただけ。無実だな。で、薬はいらねぇってさ。賭けはオレの勝ちだな」
「はぁ!?なんでだよ!?治す気ねぇのか!?」
「知らねぇよ。本人に聞け」
人魚のお兄様は僕をキッと睨みつけた。…この感じだと医者のお兄様が『薬を作らない』、人魚のお兄様は『薬を作る』に賭けてたのか…。
「なぁアンタ。本当は薬欲しいんだろ?やせ我慢してねぇで本当のこと言えよ」
「本当にこのままでいいんですが…」
「はぁ?このままずーっと石吐き続ける気か?馬鹿じゃねぇの?」
「オレのコレクションにできるからこのままでもいいと思うぜ?」
「うるせぇ!!お前は黙ってろ!!」
「なぁなぁ朧サン。その石オレにくれよ。幻想病ってどんな症状出るかわかんねぇからさ、コレクションなかなか増えねぇんだ」
考古学のお兄様…コレクターなんですか、この石の…。……うーんあげてもいいけど…。
「…緑の石と、赤の石だけならいいですよ?」
「えー…ソッチの黄色と緑の石も欲しいんだが…」
「これは維さんとあいるちゃんへの『愛』なので二人にあげようかと。欲しかったら二人に聞いてください」
「……朧サンのつなぐくん、「彼女の愛は私のものなので。申し訳ない」……あい「やだ」…ダメか…………ま、二つで我慢するか…。…あ、また出たらオレにくれる?」
「『愛』以外なら考え「オレそっちのけで話すんな!!」…申し訳ない。えーっと……何の話でしたっけ?」
「だーかーらー!!薬!!いらねぇとか正気かよ!!」
「至って正気のつもりですが…。……そもそも薬を作るのって人魚の鱗が必要なんですよね?それはどこから入手するんですか?」
「オレから取る以外に方法ねぇだろ!!」
「じゃあ尚更いらないです。この程度のことであいるちゃんの大切なお兄様を傷つけるとか万死に値しますので」
「…っ意味わかんねぇ!!何だよコイツ!!」
「朧サン最高wwww」
「だから言ったろwww朧サンはあいるとオレらのことめちゃくちゃ大事に思ってるから絶対薬の原料聞いたらいらねぇって言うってwww」
「あいるちゃんご家族は推しなので」
「「ドヤ顔やめてwwwww」」
医者のお兄様と考古学のお兄様は爆笑、人魚のお兄様は変なモノを見る目で僕を見る。…僕変なこと言ったかなぁ…?
「お姉さん…お兄ちゃんたちがごめんね…?」
「?何が?僕なんかされた?」
「……ううん、何でもない!それよりこの石本当にもらっていいの?」
「いい、けど……よくよく考えたら僕が吐き出したんだよねソレ。汚くない?一応除菌シートで拭きはしたけどさぁ…。やっぱり回収しようか?」
「だーめ!もう私のだもん!!えへへ…お姉さんからの愛…嬉しいなぁ…」
「あいるちゃんめちゃかわ、ゲホッ」
「わー!!お姉さん!!」
もはやお家芸のように石を吐き出した。…そういえばあいるちゃんの石は黄色が多めだよね。何か違いは…。検索しよう。
「プルチック、の、感情の輪…これか……。……あいるちゃん見て見て」
「?なに?」
「『プルチックの感情の輪』黄色は『喜び』だって。僕あいるちゃんに心配されて喜んでるから黄色が多いみたい」
「!!私もお姉さんに好きって言われて喜んでるよ!!一緒だね!!」
「ねー、ゲホッゲホッ……この石、アクセサリーに加工とかできるのかなぁ…。…維さんの石、アクセサリー加工したい…」
「魔法でできるぜ?しようか?」
「…維さん」
「私からもぜひお願いしたい。何にするかは朧に任せるよ」
「維さん大好き、ゴホッゴホッゴホッ……じゃあ、お願いします」
「吐いてる朧サンが面白く見えてきたwww…ほらお前らも手伝えよ」
考古学のお兄様は医者のお兄様と人魚のお兄様に促した。
「オレ無理。今から朧サンの薬作るし」
「え?鱗ないと無理なんじゃ…」
「鱗の成分を他のヤツで補う。原理はもうできてるから後は作るだけだ。……患者を救うのが医者だからな」
「………初めて医者のお兄様がまともな事言った…」
「朧サン?薬は薬でも媚薬作ろうか?」
「ごめんなさいそれだけはご勘弁を」
お兄様作の媚薬はもう懲り懲りです…。
「お前オレとの賭けに負けたんだから代わりに手伝えよ?」
「………何でオレが」
「ハイハイ強制参加なー。朧サン、ご希望のアクセサリーは?指輪?」
「指輪はまたいずれ。……カフスとネクタイピン、あと…アクセサリーじゃないんですけど、時計に石を使いたくって…」
「……へぇ…ピアスとかは?」
「ピアスは維さんが開けてないので…うーん…ブレスレット…?ネックレス…?」
「朧、ピアスホール開けるから、ピアス作ってもらいなさい」
「えっ?……いいの?」
「ピアスならずっとつけていられるだろ?いろんなデザインのものを作ってもらおう。日替わりで付け替えれるように」
「〜〜っ!維さん愛してる、ッゴホ、大好き…!!ピアスホール僕が開けるからね!?」
「もちろん。私に傷を残していいのは君だけだからね」
思わず維さんに抱きついた。本当…維さん好き…!大好き…!!
「…やっぱ、どこのつなぐくんもイケメンだよなぁ…」
「なー…イケメン過ぎて眩しいわ…」
「ってか朧サン、独占欲すげぇのな」
「?なんで?」
「あいる知らねぇの?カフスをプレゼントに渡すと『私を抱きしめて』、ネクタイピンは『私はあなたのもの』、腕時計は『全ての時間をともに過ごしたい』とか『あなたの時間を束縛したい』って意味があるんだぜ?」
「そーそー。ちなみにピアスやブレスレット、ネックレスは『独り占めしたい』『自分のものにしたい』って意味がある。…それをこの石で作るんだ。独占欲めちゃくちゃすげぇじゃん」
「…お姉さん…やっぱりすごい…」
「お前もこれぐらいガツガツいけば?朧サン達みたいに人前でイチャイチャしても照れないくらいになれよ。面白ぇから」
「お、面白がらないでよ!!」
後日、維さんは僕がプレゼントしたアクセサリーを全部身につけてモデルの仕事をした。その写真が載った雑誌は即日完売して重版がかかりまくったらしい。
……僕の愛を身に纏った維さん、最高です!!