海のおおかみさん ある日、森の中、熊さんじゃなくて狼さんに出会った。……うん、何言ってるかわからないよね。順を追って説明しようね。
僕は仕事で、産業廃棄物…もとい汚職公安職員を取り締まろうとしたら、そいつの個性を食らって、気がついたらどこかの森?山?の中にいた。スマホは圏外、どこにいるかも検討がつかない。さてどうしたものかと大の字に寝っ転がって考えていたら、目の前に狼がぬっ、と顔を出した。僕は驚き過ぎて動けない。思考回路はショート寸前。はい今ココ!
(あれ?狼って人襲うっけ?日本の野生の狼って絶滅してないっけ?何でここに?ここは日本じゃないのか?って待って待って待って待って近い近い近い近い匂い嗅がれてるくすぐったい〜!!)
首筋をふんふんと嗅がれ、そのくすぐったさを耐えていると、更に僕を混乱させる事が起こった。
『なぁ、この人間からあいるちゃんの匂いするぞ?』
『えぇ?じゃあ知り合いか?』
『報告した方がいいんじゃないか?』
(…………狼が喋っとる…)
狼って……喋るんだぁ…。……………ってンな訳あるか!!!!!!!!嘘やろ狼喋っとる!!!!えっ何何何怖い怖い怖いマジでここどこなんよ!?僕無事に帰れるん!?助けて維さん僕まだ維さんからプロポーズしてもらっとらん!!!!!!プロポーズしてもらうまでは死ねん!!!!!!というか死なん!!!!!!!!
「……っぷ」
「!?……ど、どちら様でしょうか…」
1人パニックになっていると狼達の後ろにフードで顔を隠した人が立っていた。いつの間に…気配を感じなかった…。
「……名乗る程の者ではない。というかお前、コイツらが何言ってるか理解できるのか?」
「えっ、あ、はい、なぜかわかります……えっ僕口に出てました?」
「………」
僕の問いかけに答えずにジッ…と観察してくる。表情が読めないので敵意を持たれているがわからない。僕はただ、目の前の人を刺激しないようにゆっくり起き上がることしかできなかった。
「……ただの人間に幻想種の加護?お前何者だ」
「加護なんてついてるんですか僕。そんなことお兄様教えてくれなかったのに…」
「教える?お兄様?…………オイ、お前の名前は?」
「た、鷹見朧です…」
『なあなあ、この人間からあいるちゃんの匂いするぞ?』
「………そうか、お前が例の…」
彼は狼の頭を撫でながら小さく呟いた。
あの狼、あいるちゃんのことを知っている?……じゃあ、この人もしかしてあいるちゃんのお兄様?
「…そうだ」
「えっ僕口に出てましたか?」
「…俺は耳がいいから、聞こえただけだ」
「心の声も聞こえるんですか…わぁ…すげぇ…かっこいい…」
いいなぁ…それだけ耳よかったら仕事の時楽だろうなぁ…あの産業廃棄物どもの声聞いて即逮捕とかできるし…いいなぁ……羨ましい…。
「…お前、変わってるな」
「よく言われます。……あの…ここどこですか?」
「…ここは◯◯の山の中だ。お前何でここにいる?」
「◯◯!?めちゃくちゃ飛ばされてる…。…汚職公安職員を取り締まってたら個性を食らって飛ばされてしまいまして…。うわぁ…今日中に帰れないよなぁ…どうしよう…」
「…今日何かあるのか?」
「今日…………………夕飯がカレーなんです」
「…………は?」
「今日の夕飯がカレーなんです。朝、僕の維さんが『今日の休みはやることがないから、カレー作りに集中しようと思う』って言ってたんです。ただでさえ美味しい維さんのカレーが、更に、美味しくなってるんです。一刻も早く帰って食べたいんです絶対食べたいんです今日食べたいんです」
だから僕は絶対に、何が何でも、今日中に家に帰りたい。一日寝かせたカレーも美味しいだろうけど、でもそれは初日のカレーを食べないとなんか…美味しさが半減するような気がする。初日の味を知ってからじゃないと、二日目のカレーを楽しめない気がする…!!
「…っぷ、ははっ、はははははは!!やっぱりお前変わってるな!!」
「ありがとうございます。…狼お兄様、ここから一番早く帰れる手段ご存じですか?」
「褒めてないぞww……はぁ、久々に大笑いしたな」
お兄様はフードを取った。美しい銀色の髪がふわりと靡き、思わず見惚れてしまった。…やっぱりあいるちゃんご家族はみんな美しいなぁ…。
「一番早く帰れる手段か。魔法でさっさと帰してやってもいいが…人間には少し負担がかかるかもな…。……ついてこい」
「あ、はい」
僕は立ち上がり、歩き始めたお兄様を追いかけた。数メートル後ろを歩いていると、彼は後ろを振り向き、急に止まった。
「…何でそんなに離れてる?」
「あー…いや……その………狼お兄様は人嫌いと聞いたので、あまり寄らない方がいいかなぁと思いまして…」
「…兄弟から聞いたのか?」
「少しだけ…人魚お兄様と狼お兄様は特に人嫌いと聞いたので、僕なんかが近くにいると不快かなぁと…」
「……兄弟やあいるからお前の事は聞いてる。それにあんな無害丸出しの発言を聞いて、警戒する方がどうかしてると思うが?………お前ならそばに寄られても問題ない」
お兄様はそう言うと、また前を向いて歩き始めた。…僕、そんな変なこと言ったかな…?
とりあえず、三歩後ろまで近づいた。
歩き続けると、港に出た。…なんか見覚えのある豪華客船が停まってる。
「よぉ兄弟。…あれ?朧サン?」
「海賊お兄様?なぜここに?」
「ちょっと野暮用でさ。朧サンは?」
「ちょっと…仕事でミスしまして…」
「…コイツ、今日中に家に帰りたいらしい。乗せてやってくれ」
「?なんかよくわかんねぇけどいいぜ?朧サンだしな」
「あ、ありがとうございます!助かります!!やった…!!これで間に合う…!!」
「…今日何かあるのか?」
「……夕飯がカレーなんだと」
「何それwwwそんな理由かよwwwww」
海賊お兄様は爆笑していた。僕にとっては何よりも大事なことなんです…!!
「狼お兄様、ありがとうございました。このご恩は何かの形でお返しします…!」
「…別にいらない。…………これからもあいると仲良くしてくれればいい」
「それはもちろん。僕なんかでよければ喜んで」
「…本当、変わってるな。………朧サンは」
じゃあな、と狼お兄様は背を向けて去っていった。……初めて名前呼ばれた気がする。
「じゃ、朧サン行こうか」
「はい。先日に引き続き、お世話になります」
「いいって。ほら乗った乗った」
「そういえば、とばっちりで幻想病になったって?」
「はい。そのあと医者お兄様の薬を飲んだのでもう治りました。………あ、そういえば狼お兄様が僕に幻想種の加護がついてるって…」
「うん。ついてるよ?」
「軽!?……加護ってなんですか?」
「まぁいろいろ?絶対防御とか、空飛べたりとか?朧サンについてるのは『知識』の加護だな」
「『知識』…だから狼の言ってることがわかったのかな…」
「多分そうだろ。…見た感じ、全知全能って訳じゃないが、そこそこ何でもわかるって感じだな。まぁ朧サンなら『知識』の加護もらっても悪用しないから大丈夫だろ」
「……ちなみに、悪用したらどうなるんですか?」
「えー…聞きたい?」
「……や、やめときます。お兄様、幻想種のこととかいろいろ教えてくださいませんか?」
帰路に着くまで、海賊お兄様からいろいろ教えてもらった。……幻想種って、気まぐれなんだなぁって思いました、まる。
あ、カレーはめちゃくちゃ美味しかったです。ありがとうございましたお兄様方…!!